クリスマスの夜


聖書にはイエスの生まれた日が明確にされていないという事実。知ってはいたけど、あらためて言われると、そういえばそうだった、と思う。冬至のお祭りとセントニコラスの祝日が合わさって今のクリスマスになったということを『サンタクロースの大冒険』(岩波新書)で読んだ記憶がある。

礼拝でチャプレンから次のような言葉があった。

「聖書にはイエス様の生まれた日が何時なのか、書かれておりません。しかし、みな、イエス様は世の中がもっとも暗いときにお生まれになったと信じました。そこで(冬至の)この時期にクリスマスを行うようになったのです。」

「いま、キャンドルの光は、暗闇の中に光る小さな光を表しています。その光を得たよろこびをお祝いいたしましょう。」

手元で揺れるろうそくの光を見ながら、イエスが寒くて暗い世の中に光をもたらしたことをあらためて感じた。

チャプレンの言葉はつづく。

「2004年に起きた新潟県中越地震で、走行中に土砂崩れに遭って生き埋めとなり、4日後に救出された2歳(当時)の優太くん。暗闇のなかで恐ろしい思いをしたに違いありません。しかし、彼は、大家族で育ったのではないかと思いました。おおぜいの家族のみんなから愛されて育ったので、その暗闇のなかでも、必ず助けがくることを信じて、じっと待つことができたのでしょう。」

このたとえ話はわかりやすい。神が優太くんの命を救ったとは言わない。愛に恵まれて育ったから救援を待つことができた、という。

先日読み終えた『新約聖書を知っていますか』では、「人間を愛して、愛して、愛してやまない神」がいて、その神を信じて、神の愛に応えるために「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」というのがイエスの教えの核心ということ。

愛に恵まれるということは、自分が人を愛することによって得られること。だから人を愛する人には、暗闇のなかでも光がある、ということでしょうか。


ふと、シェーンベルクの『浄夜』(浄められた夜)を聞きたくなった。あいにくCDはない。初めて聞いたのは20年くらい前だろう。ずっと受胎告知のことを表した曲だと思っていたが、どうもちがうみたい。曲の最後がいい。


水 - 12 月 19, 2007   04:38 午前