ある風車被害者の独白10


まだ死ねません
                   2012年12月 31日

 

昨年の冬、Aさん夫婦があいついで亡くなりました。そして、今年もまた、気温が下がった 11月にBさんが亡くなりました。続いて12月、Cさんが庭先で倒れ、救急搬送されましたが、かろうじて命を取り留めました。偶然なのかどうか、皆、脳梗塞でした。その住居はそれぞれ風車から900mほどのところにあります。
 この冬は、例年より寒さが厳しいという予測で、これから本格的な寒さに向かっていきます。また犠牲者が続くのではないかと、不安を感じています。

 高齢者の突然死は「いい死に方だ。」と思う人もいるでしょう。しかし、私は今、まだ死ぬわけにはいきません。風車被害を訴える私たち被害者が死んで口を閉ざしてしまえば、事業者も町役場も万々歳です。私たちの苦しみを「風車とは因果関係はない」「苦情はあんた一人」「病は気から」とはねつけきたのですから。
 あまりの苦しさに絶望し、もう死んだ方がましだと、風車の前で死ぬことも考えました。灯油をペットボトルに入れて、事業所に乗り込もうと真剣に思ったこともあります。だから、病では死ねません。病に斃れたくはありません。私は生きて、闘わなければなりません。真面目に生きて、平穏な余生を送ってきた私が、なぜ虫けらのように扱われるのか。怒りを感じているからです。

 低周波音が健康被害をもたらすという科学的知見はないという根拠で、私達の被害は闇に葬られ、私達は、日々、拷問のような苦しみに喘いでいるのです。業者は、利益追求のためなら手段は選ばず、人々を地獄に追いやっても、痛くもかゆくもないのでしょう。そんな状況で、私は死にたくはありません。私は人間です。人格を持った人間です。業者が利益をあげ、町役場が、業者の納める固定資産税を目当てに、私たちを犠牲にしています。そのような守銭奴のために、私達は犬死だけはできません。私たち住民の健康と安全な生活を守るべき町役場や町長に大きな不信感を持っています。

 エコキュート裁判が今、各地で行われていますが、これも同様です。ハウスメーカーもエコキュート・エネファーム製造者も、低周波音被害に苦しむ被害者の実情を、「科学的知見はない」「受忍限度内である」「生活騒音はお互い様」などと見捨て、被害者をクレーマーと扱っています。自社製品、あるいは自社の建築した住宅によって苦しむ人々が各地に出現する状況を目前にしながら、この事業者もまた、社会的、道義的責任を感じているとは思えません。あなたたちは社会に貢献していると胸を張って言えるのでしょうか。誇りをもって、仕事をしていると言えるのでしょうか。



                 和歌山県由良町風車被害者Tさんとの会話を元に管理人が書きました。
                       (管理人ブログ"社会を蝕む低周波音”より)          






 



   雲が空を厚く覆う日は、症状がさらに強くなります。町を離れ
    ると、嘘のように気分がすっきりとします。