数年前、四国を旅していた時に出会った男の話をする。
僕は或るキャンプ場で2連泊していた。そして3日目、彼は現れた。
男は37歳で新潟から来たという。僕はバイク旅だったが彼はバスで来たようだ。
なぜか上州屋の袋を持っているが釣りでもするのだろうか。

その夜、話をしていると明日から川を下るのだという。
そう、ここはカヌーのメッカ四万十川。
全国各地からカヌーイストが下りに来る。彼もその一人だろう。

そろそろ寝ようかという時、友人”J”のテントポールが折れた。
何もしていないのにポキッと折れテントが崩れ落ちた。
明日、何かが起こる。

翌朝目覚めると男の姿は無かった。河原で準備しているようだ。
朝食を済ませ河原へ行ってみるとそこにあったのはカヌーではなくカラフルな
ビニールボートだった。紛れも無く子供用のあれだ。
男は汗を流しながらボートを膨らませる。
シュッシュッシュ、黄色の足踏みポンプがリズミカルに音を奏でる。
ボートが膨らむにつれある文字が浮かびあがった。
「Fashion 200」
ファッションさん誕生である!

ボートを膨らませ終えるとバックパックから黄色いオ
ールを引き抜き、上州屋の袋からは磯釣り用ライフジャケットを取り出した。既に彼の額には競泳用ゴーグルがセットされ泳ぐ気配さえ漂わせている。
僕はもう笑いそうだ。

だが、彼にはキャンプ道具一式という大荷物がある。はたしてどうするのか?
振り返ると彼はキャンプ道具の入ったバックパックを上州屋のビニール袋に
詰めだした。物理的に入らないのだが彼なら入れるかもしれない。
なぜ入れるのか聞いてみると防水の為だという・・・積むつもりだ。


さあ、出発。
だが100mほど下流に瀬がある。
瀬の先からのスタートを勧めると「瀬の手前で一旦上陸するよ」
と余裕の笑顔で出発した。


しかし、流れに乗ったファッション丸はいう事を聞いてくれなかった。
ファッション丸は必死でもがく37歳のオッサンを乗せ、まっすぐ瀬に突入し
白波の中へ消えていく・・・。
僕は走った・・・幸せな気分で走った。

ファッション丸は瀬の先で上陸している。
無事なようだ。
全身ずぶ濡れのファッションさん・・・
防水されていなかったバッグパック・・・
最高だ。

彼はもうやめたいと思った。だが100mでは川旅とはいえまい。
新潟に妻と息子を残して来ているのだ。彼は再出発した。
200m先に大きな瀬がある事を彼は知らない・・・。



彼の川旅は300mで終わった。



翌日、僕は20kmほど下流の河原でキャンプしていた。
そこで会った仲間達とファッションさんの話で盛り上がる。
話をしている最中も何艇ものカヌーが通り過ぎていく。
流石はカヌーのメッカである。
上流を見るとまた1艇下って来る。
だが他のカヌーと様子が違う。
カヌーはパドルで漕ぐのだが、あれはオールのようだ。

「オール!?」

しかも黄色い!
奴だ・・ファッションさんだ!
彼の川旅は終わっていなかったのだ!
Fashion 200の文字がどんどん近づく。
彼は上陸すると開口一番こう言った。
「やれば出来んだよ!」
彼の魂の叫びは谷間に木霊し川旅は幕を閉じたのだった。


その後、話を聞くと急流個所は回避し流れの穏やかな場所から再出発したらしい。
その夜はファッションさんも交え大いに盛り上がった。

彼は小学生の息子との確執に悩んでいた。
妻にどこかへ行ってこいと言われた。
「だが新潟の女は最高だ」 など何故か上機嫌で話してくれた。

翌日、僕は九州に向かう事にした。他の仲間達も各自散らばっていく。
バイクの者、自転車の者と様々だ。沈下橋の上で握手を交わし皆出発していく。
ファッションさんも意気揚々と出発していった。

だが、ファッションさん、今日は日曜日・・・バスは無いのですよ。



バスは無い

やり遂げた男

実録! 冒険野郎ファッションさん

何の不安も無く出発!

不安でたまらない

完