正  尊 


 平家討伐の後に兄の頼朝と仲違いが生じた義経(シテツレ)は、京都九条の邸に謹慎していました。 鎌倉の頼朝は、土佐坊正尊(シテ)を義経の刺客として、京都へ遣わしました。 これを知った義経は、京都に着いた正尊を邸に呼び出しましたが、道中病いを理由に正尊は応じません。 辨慶(辨慶)に強引に連れて来られた正尊は、入洛の目的を義経から厳しく問い糾されますが、私的な熊野参詣と言い張り起請文を書いて、 それを読み上げ、追求を遁れました。
 正尊を宿舎に帰した義経は、密偵(アイ)を出してその動向を偵察し、迎え討ちの準備を整えます。
 正尊は、手勢を引き連れ気勢を上げて、義経の邸に攻め入ります。迎え討つ義経陣は、静御前(子方)まで加わって、 双方ともに激しく戦いますが、正尊は捕らえられ、義経の面前へ引き出され、邸内に連れ込まれます。
 安宅の「勧進帳」、木曽の「願書」とこの「起請文」を三読物と云い、謡い方の難しさが、聞かせどころとなっています。 両軍の郎党が多数の登場し、実戦さながらに立ち廻り切組をしますので、能独特の切組の仕方を見ることが出来ます。


解説目次へ    展示室TOPへ    平成13年1月1日更新