解  説   隅 田 川


 京都北白川に住む、吉田の何某の一子梅若丸は、人商人に誘われて、東国に下りました。
 これを知らされた母親は狂乱の体となって我が子の後を追います。尋ねに尋ねて、遂に武蔵と下総の国境の、隅田川まで参りました。折から出かかる渡し船に乗って、対岸へ渡ります。その船中で、船客の一人が対岸に聞こえる念仏の声の謂れを、船頭に問います。船頭は、その間いに答えて、その哀れな物語を、語って聞かせましたところが思いがけなくも、その話は、我が子の身の上だったのです。
 悲嘆に沈む母親を、船頭は墓所へ連れて行きます。今迄は、会うことを頼りに、遥々遠くまで来ましたが、それも無駄となり、土中に眠る我が子の姿を、再びこの世で見たいと、泣き伏します。しかし、誰の弔いよりも、母の弔いを亡き子は、一番喜ぶであろうと勧められ、母も共に大念仏を唱えます。
 その母の真心が、地下の亡き子に通じ、塚の中より愛児の念仏の声が、聞こえてきます。その声に形を求め、形に声を求めて、今一度、更に一度と、飽くことのない愛着悲嘆の中に、夜もほのぼのと明け、跡は草茫々とした塚のみ残る、隅田川原となりました。


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