解説   井筒


 諸国一見の僧が、南都奈良から初瀬に赴く途中で、石上の在原寺に立ち寄りました。
 一人の女が、とある塚に花水を手向けて、懇ろに回向をしていました。不思議に思って子細を尋ねますと、此の寺の本願の在原業平を弔っていると答えます。辺りは秋の色深く、草は茫々と古塚を覆い、露深々とした風情は、昔の跡を残す趣です。
 僧は更に業平の事を問いますと、女は業平が、振り分け髪の頃より睦ましかった紀の有常の娘と、後に妹背を契ったこと、又其の同じ頃に、河内の高安にも女が居て、通っていたが、妻の歌によって思い止まった事などを語り、自分は紀の有常が娘であると言って、井筒の陰に隠れて、姿は消え失せました。
 其の夜が更けて旅僧の夢に、女は業平の在世の姿に扮して現れ、深く業平を懐かしむ思いを述べて、舞を舞いましたが、古寺の鐘の音と共に、暁の空に消え失せました。


解説目次へ    展示室TOPへ    平成13年1月1日更新