解説   岩 船


 治世の御代に天皇は、臣下(ワキ)を遣わして摂津の国住吉の浜に市を開設して、 高麗唐土(こま・もろこし)の財宝を買い取るように命じました。
 市の中に姿は唐人で言葉は大和詞を話す童子(前シテ)が居ました。 不思議に思った臣下が声を掛けますと治世を祝って来たと云って持っていた宝珠を捧げました。 重ねて由来を尋ねると、宝珠の名は如意宝珠であり、自分はそれを届けに来た天の探女(あまのさくめ)であると名乗り、 高麗唐土の宝物を載せた天の岩船を漕ぎ寄せると告げて消え失せました。
 やがて八大竜王(後シテ)が海上に飛来し、金銀珠玉を山のように載せた宝の船を漕ぎ寄せて、 その宝物を悉く天皇に献上して、御代の栄えを寿ぎました。
 喜多流では脇能として、前場後場の二段形式の古風な構成のまま、今に伝承しています。 流儀によっては、後場のみの祝言形式のみを伝えています。


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