解説   蟻通


 紀貫之は、和歌の神である、紀伊の国の玉津島明神に詣でようと、和泉の国を通っていますと、急に日が暮れ、雨も降り出し、その上乗っていた馬も、俄に脚を折り曲げて進まなくなり、呆然となりました。
 老人の宮人が、松明を照らして来てこの様子を見、さては下馬をしなかったなと言います。紀貫之は驚いて、此処は馬に乗ってはいけない所か、と尋ねますと、物を咎める蟻通の明神の社前だから、馬に乗って通ろうとすると、命もないだろうと言います。松明の光に見ますと、雨の闇の中に、社壇の有るのが仄かに見えます。紀貫之は、即座に「雨雲の立ち重なれる夜半なれば、ありとほしとも思うべきかは」と一首の和歌を詠じますと、老人は必ず、明神も感銘するだろうと言い、馬も元のように起き上がりました。
 老人は貫之に乞われて、祝詞を奏しますが、実は自分が神であると告げて、姿は鳥居の蔭に消え失せました。


解説目次へ    展示室TOPへ    平成13年1月1日更新