地方自治ネットレポート20060920
地域経済の再生と「最低生計費」活動
○はじめに
 京都総評が試算した「最低生計費」は、京都や日本のナショナルミニマムを確立する上で、具体的な指標となるもの。今回の試算が社会のルールとなれば、日本の労働者の幸せにつながることは確実。同時に地域経済にも大きなプラスが期待されることが分かった。
 我が国の貧困ライン(最低生活基準)が存在しないと言っても過言ではない。(報告書10ページ)この指摘があるとおり、歯止めなき賃下げ・社会保障切り下げが労働者・国民を襲っている。労働者で言えば、自らの価値の値崩れ(賃金引き下げ)のなかで、「働けど働けど、我が暮らし楽にならざる…」というワーキングプアが社会問題にもなっている。こうしたことが、自らが住みくらす地域経済にも悪影響を与え、地域産業の疲弊と地域の寂れを招いているという悪循環の構造が生まれつつある。経済の立て直しが構造改革によって進んだかのような喧伝を与党やマスコミが行っても、早晩日本経済全体がもっとギクシャクしたものとなってこよう。
 京都総評の最低生計費試算が、京都の住民のローカルミニマムとなって生かされてこそ、京都経済の再生と安定が展望できる。このことをいくつかの角度から提起することが、実現への道であろう。
 不十分で概念的だが、地域経済との関係があると考えるものを出してみた。各位のご意見をお願いしたい。また、経済分野での研究が必要と考えるので、どのように進めたら良いかのご意見もお願いする。

○最低生計費試算(概略)額
 若年単身世帯 月額(税込み)197,779円 年額(税込み)2,373,348円
 夫婦と子2人  月額(税込み)482,225円 年額(税込み)5,786,700円
 高齢者単身  月額(税込み)185,061円 年額(税込み)2,220,732円
 高齢夫婦世帯 月額(税込み)312,135円 年額(税込み)3,745,620円

○ヨーロッパなどの最低規制(貧困ライン)など
◇ドイツでは、収入・消費任意調査(EVS)をもとに連邦政府が提示する基準額を最低値として州が決定。
 ドイツにおける貧困基準(1人当たり所得938ユーロ=月)別紙
◇スウェーデン社会省は、「適切な生活水準」の根拠を、毎年消費者庁が示す「標準家計(マーケットバスケット方式)」に求めている。この標準家計は「社会のなかできちんとした生活を送るために必要な商品やサービスの消費を含むもの」であり、「社会的に通常と思われる生活を送るに十分な水準」を保つことを目的として算定。
◇アメリカは毎年、連邦「貧困水準(poverty thresholds)」を公表。アメリカで暮らすために必要な最低限の所得水準を表す目印。様々な政策効果を評価する際の参照基準ともされている。管轄はアメリカ農務省。人々が最低限必要とする食料品を定め、それを貨幣換算したもの3倍。+物価変動を考慮し算定。
 2004年現在、65歳未満単身者 9,827ドル、65歳以上単身者 9,060ドル、子ども1人含む3人世帯 15,205ドル、子ども2人含む4人世帯 19,157ドル
◇最低所得保障関係資料(別紙)

○最低生計費(試算)が京都のローカルミニマムの基準をなることの意義
 実現できればなにが変わるのか。
 京都総評が算出した生計費試算が、ローカルミニマムの基準となれば、地域最低賃金、生活保護、年金、失業保険という4つの現金給付の基準となる。
また、自家労賃、下請け単価の労賃の目安、京都の公共事業関係の算定基準となり、自治体が契約する事業、政府からの補助金等の算定基礎としてなど、地域経済への影響を及ぼす。この点に関しては、自治体や国にミニマム保障も含めた支払いを行わせるために「公契約法」「公契約条例」などの整備が不可欠で、こうした制度整備のなかで有効な地域経済への影響が出ると考えられる。

 概念的には、最低賃金基準が大幅引き上げるわけである。この引き上げは、とりわけ生活にゆとりがない層(非正規労働者など)が引き上げ影響を受けるわけであるから、引き上げ分は消費行動に回り、地域経済的には大きなプラス要因である。同様の状況は、下請け単価などの引き上げにつながり、中小零細な下請け企業にとっても起こることになる。これらを検証し、できれば数値的なシュミレーションが出来れば、実現への大きな素材を提供することになる。

 公共事業依存型の地域経済活性化を要求する自治体と国の公共事業推進策が相まって地方自治体への財政悪化を招いたわけだが、この事業の中でも地域格差を拡大する実態が隠されていた。京都府内北部のA自治体では、ありきたりの工業団地造成を行った。しかし、経済情勢は変わり立地する企業はほとんど無かった。ようやくいくつかの企業が来た時の商工部長との懇談の中で「ようやく企業が幾つか来たが、正社員は大阪から、地元雇用はアルバイトばかりで税金すら払ってくれない状況だ…。」というものだった。こうした構造は日本の特徴だが、最低賃金が、最低生計費を上回るものであれば自治体にとっても状況は好転する。企業雇用が非正規であっても一定の賃金保障と納税の割合が増えるからである。この面からの地域経済への影響は実は重要な課題を持っているのである。格差社会の修正・是正という役割である。

 また、生活保護、年金などへの影響は、一つは今の低い水準の改善にともなう地域経済への影響が考えられる。同時に、こうしたローカルミニマムの設定と最低規制は、住民への安心感を与え、京都地域への定住指向を強め、経済の安定と同時に地域社会の安定にも寄与すると考えられる。できればこうした社会的な影響も併せてシュミレーションできれば、なお説明資料としての重要性を増すだろう。

(1)最低生計費基準が地域経済に及ぼす影響
@労働者の賃金改善に関して
 まず、最低生計費の水準がローカルミニマムとなれば、京都の労働者賃金の最低額を規定し、これ以下で雇ってはいけないことになる。
 現行(2006年10月発行予定)最低賃金は、1時間あたり686円である。
 生計費試算の1時間あたり賃金をどのように計算するのか。
 ※京都府労政課の資料によると、平成16年の府内5人以上規模企業に働く常用労働者の年間労働時間(男女含む)は1780時間である。従って、単身世帯最低生計費の年額をこの数字で割り戻すと、1,333円(現行地域最賃は647円引き上げる必要がある)となる。現行の賃金でこの額を下回る額、労働者数を洗い出せば、影響額が出ることになる。
 ……………
 年収ベースで現行最賃で計算(686円×1780時間)すると1,747,960円で、最低生計費は2,373,348円であり、差は625,388円である。税務統計階層(平成10年分)で見ると200万円以下の源泉徴収数は男子で6.1%、女子36.9%、計で17.4%である。平成12年に実施した「国勢調査」によると、府内の就業者数は127万人であり、この最低生計費実施により影響を受けると思われる労働者数は、22万1千人と推計される。したがって単純に言えば、625,388円×221,000人=1382億1074万8000円が消費行動を引き上げる額と推計される。
 これに、H7年度の京都府産業連関表(14分類)の最終需要生産誘発計数(平均)に乗じて、他の産業に与える影響額を試算すると1956億円の影響が出る。合計で、約3338億円の経済効果・波及効果が得られることになる。
 平成14年の京都府製品販売総額は7兆6075億1775万円であるから、この経済波及効果は、4.4%にものぼる。

 ※なお、京都経営者協会の調査によると、府内企業の平成17年3月学卒者の初任給は、総合職が大学院卒技術で22万円、大学卒事務で20万1千円、大学卒技術で20万2千円、大学卒営業で20万1千円、高校卒事務で16万4千円、高校卒技能で16万1千円となっており、一般職が大学卒事務で19万5千円、大学卒営業で19万8千円、高校卒事務で16万1千円、高校卒技能で15万9千円となっている。総合職で、高卒者、一般職ではすべてが最低生計費を満たしていない水準である。
 ※さらに、2004年月間現金給与総額(事業所規模5人以上)は、京都府315,386円(全国332,784円)となっており、最低生計費の「夫婦と子2人」月額(税込み)482,225円であるから、かなりの労働者世帯が最低生計費を満たしていないと想定される。
 こうした、資料から見ても改善に成功すれば、京都の労働者の生活水準の大幅な改善と地域経済への寄与を達成させることが出来る。

A公契約条例などでどのような効果が期待できるか。
 京都府内市町村経済の自治体の財政依存度(別紙、なお使われている資料は98年の市町村内総生産と自治体決算額)
 自治体の姿勢によって違う効果…自治体内の企業・団体・個人への事業委託の度合い、規模、内容により地域循環度が違う。規模の小さな自治体ほど効果が大きいと考えられる。
 いずれにしても京都経済(府内の総GTP)のなかで行政の占める執行される予算は、少なくとも10〜20%にのぼると思われる。「小さな政府」政策のなかで自治体財政の縮小が進められているとはいえ大きな状況である。
 京都府、京都市、市町村を合わせると、府内自治体の財政規模は、約3兆円くらいと考えられる。この自治体財政の投資がより府民に厚く配分される。

B生活保護基準との関係
 平成15年の生活保護被保護世帯数は30,039世帯(45,808人)である。
最低生計費が社会的に最低ラインとなると生活保護は…。
 (これは要検討)

(2)21世紀日本の労働と生活のルールをつくる労働運動
@理念として
 世界の永続する平和は、社会正義を基礎としてのみ確立することができる(ILO憲章前文) ILOの追求する課題としてのディーセントワークを実現するための物質的な基礎となるのが貧困ライン
 グローバルな競争社会の中で、ルールがなければ、日本の国内労働者の安心と安定を守れない。

A具体的なとりくみ
 世論化…雑誌、新聞、マスコミなどへの展開…
 具体的な政策(法、条例)と研究活動…引き続き研究会など
 自治体関係、議員、政党への働きかけ
 経済団体との懇談、共同研究など(LRTなどは市議会も含む検討委員会が設けられた?)


小川進おがわしん(労働問題アナリスト)

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