京都地方自治ネットレポート20060315
「格差社会への挑戦」最低生計費試算
 京都総評は今年1月末に「最低生計費試算結果」を発表した。これは、2004年の秋からプロジェクトチームを作り作業をしていたものだ。最初は、どのようにして試算をするのか全く不透明だったが、仏教大学の金沢誠一教授の全面的なご協力をいただいた。おそらく金沢教授の協力なしにはできなかったと思う。10名程度のプロジェクトチームには、京都総評の役員や傘下組合の役員だけではなしに、最低生計費に詳しい組合員をはじめ、京生連の高橋事務局長にもご参加いただいた。この作業を通じて、感じたのは、京都には大変優秀な方々がたくさんいるというということだった。さて、この「最低生計費」とは何か、なぜこのような試算をしたのか、どういう意味があるのか、そして、試算結果の内容などについて述べていきたい。

「最低生計費」の試算とは?

 私たちが最低生計費の試算をしようと考えたのには、大変深い思いがあったからだ。長年、最低賃金(注1)の引き上げや新しい制度確立を求めるとりくみをしてきたが、常に「壁」を感じてきた。最近では、「現在の最低賃金は生活保護の最低生活費より低く問題だ」との主張をしてきたが、制度の違いを理由になかなか受け入れてもらえなかった。しかし、現行の最低賃金では生活できないのは明らかで(注2)、実際にどれぐらいの生活費が必要なのか試算してみたいと常に思っていた。また、以前(02年末)調査に行ったアメリカでの「生活できる賃金」を支払わさせるとりくみ(リビング・ウエイジキャンペーン)では、生計費問題の研究が進められ、それを根拠に「生活できる賃金」の支払いを義務づける条例が各地で実現していた。
 日本の社会の中で最低限の生活をするにはどの程度の生活費が必要なのか?アメリカと同様に貧困化が進行する日本で具体的な数字を提示することは、大きな意味があると考えた。
 試算は、次のような方法でおこなった。まず、算出方法をマーケットバスケット方式で行うこととした。これは、全物量積み上げ方式というもので、最低生活の明示する消費生活内容を、品目別に一つ一つ積み上げるやり方だ。そして、二つの調査をおこなった。「生活実態調査」と「持ち物財調査」で、前者は、日常の生活のあり様を把握するもので、どこで物を買うのか、昼食をどのようにしているのか、旅行や娯楽をどのようにしているのかなど、最低生計費のモデルを考える基礎にした。後者は、何を持っているのかの調査で、これは、すべての持ち物を記入するという点で、大変いやがられた調査だったが、この調査結果をもとに、最低生計費に算入する持ち物を決めていった。
これらの調査結果を踏まえて、次に行なったのは、最低生計費のモデルを決めることだった。最低生計費と言っても、どこで住み、どのような生活スタイルを選ぶのかで違ってくる。この頃になると、一体最低生計費とは何かと言うことについて、繰り返し議論した。調査の結果などから、私たちが選んだのは、二つのモデルで、「若年単身世帯モデル」と「中年夫婦と未婚子の4人世帯モデル」だった。いずれも京都市内在住とし、若年は、男性20代、賃貸アパート1K住まい、4人世帯モデルは、40台夫婦と男子・中学3年生と女子・小学3年生で、賃貸マンション3DKとした。また、自動車は持たず、通常は自転車と公共交通利用とした。そして、持ち物調査の結果にもとづき70%の人が持っている物のリストを作成し、価格調査をおこなった。7割の保有率と言うのは、最低限必要なものとの想定からである。価格調査は、生活実態調査にもとづいて、多くは大型店で調査をした。これらの価格は、一般標準的なものよりはかなり安いものを選んでいる。そして、この結果にもとづいて、耐用年数と消費量を決め、月価格を算出した。同時に食費、水道・光熱費、保健医療費、交通通信費、教育費等々について、統計を利用して月あたりの費用を算出した。


1、最低賃金とは、使用者が労働者にかならず払わなければならない最低限の賃金額のこと。都道府県ごとに決められ、毎年、審議改定される。京都は時間額682円。
2、最低賃金による生活体験は、京都総評青年部が実施している。月12万円ちよっとの生活費では、食生活がきわめて貧困になるとともに、人とのつきあいや社会生活に障害が生じることが明らかとなっている。


「最低生計費試算」の結果

 以上のような方法で算出したのが、表に示したものだ。(ここでは誌面の都合で、若年単身者のみを紹介)若年単身世帯モデルの場合、最低生計費は、158053円で、税金などを入れた月額は185426円、年額で2225112円となった。この表の最初の「消費支出」は、「食費」から「その他」までの消費生活の内容を一つ一つ積み上げたものだ。この「消費支出」の約1割を「貯蓄・予備費」として14000円としたのは、最低生計費といってもすべての人が同じ生活を送るものではなく、多様性があるということが前提だからだ。試算する最低生計費はあくまで平均値で、人によって違う。冠婚葬祭などの交際費としても必要との考えから追加したもので、「消費支出」と「貯蓄・予備費」を合計して最低生計費とした。
  なお、表として示していないが、もう一つのモデルである「中年夫婦と未婚子4人世帯」の場合は、月額で387877円(税抜き)、税込みで457906円、税込み年額で5494872円だった。
さて、この最低生計費とは、時々テレビでやっている「1万円生活」などとは、全く違う内容をもっている。一言で言えば「人間に値する生活」を送ることができるかが問われている。飢餓的な水準を最低とする考え方ではなく、人が社会生活を送る中で、しかも、働いて社会生活を送る上での最低限を考えている。当然、適切な栄養を得て、社会生活ができる、人と交際できる、住居や被服をはじめ、最低限の教養娯楽ができることを想定している。
 年額で222万円というのは、どのような意味を持つのか、若干の例を上げてみたい。国税庁は源泉徴収にもとづいた統計を発表している。(民間労働者のみ)最新のデータでみると、200万円以下の年収の労働者数は963万2千人存在している。200万円から300万円は、703万1千人で、ここまでで、労働者の数は全体の30%を占めている。私たちが試算した最低生計費以下の収入の労働者は、約1千万人はいることになる。
 生活保護費との比較を単純におこなうと、京都市は1級地の1なので、18歳単身で、生活扶助1類=42080円、生活扶助2類=43430円、住宅扶助=42500円で、合計127940円。年額で1535280円。これに冬季加算=15450円(5ヶ月分)、期末一時扶助14180円を足すと1564910円となる。そして、これ以外に医療扶助等があるとともに、公租公課を考慮に入れると約200万円ほどとなる。(注3)私たちが試算した最低生計費は、わずかだが、これを上回った。これは、教養娯楽費や交際費、貯蓄・予備費など、社会生活する上で最低必要な生計費を入れたためだと思われる。なお、補足的に説明すれば、個々の費用の比較はできない。それは、生活保護費の根拠が不明確(注4)で、私たちがやったように、それぞれの消費生活の内容がわかるようになっていないからだ。


3、通常、働いた場合には勤労控除が追加されるがここでは入れていない。また、同じ1級地の1でも住宅扶助の最高額は異なる。
4、現在の生活保護費の算定は、水準均衡方式と言い、一般世帯との対比で決められている。(1984年から一般勤労者世帯消費支出の6割台後半が被保護世帯の消費支出)そのため、一般世帯の所得水準が低下する中で、保護基準の削減が行なわれている。この方法だと、最低生活の歯止めは利かないこととなる。

増大するワーキングプアーと歯止めの無い社会
 
 「格差社会」が大きな話題となっている。小泉首相は、最初はそんな格差は存在しないと言ったそうだが、最後は肯定し、かつ容認した。さきほど、国税庁の統計を紹介したが、このうち、200万円以下の労働者は、1999年の時は803万7千人だった。これが、04年には963万2千人になったのである。実に5年間で159万5千人増加した。しかも、全体の労働者数は45万人ほど減少したので、低賃金の労働者が確実に増大していることが分かる。最近、こうした労働者のことをワーキングプアーとよぶようにようなった。働いても収入が少なく、貧困であるという意味だ。この背景には、財界が非正規雇用の労働者を急増させたことが一番大きい。その影響をまともに受けているのが、青年や女子の労働者だ。青年の雇用の約半数が非正規雇用(24歳以下)という実態にある。中高年でもアルバイトなどの非正規雇用が急増している。
 しかし、これでは、青年が将来に展望を持てないだけでなく、社会全体がうまくいかなくなる。当然、消費力が落ちるとともに、社会保険も危機となる。税収も減少し公共的なサービスの低下にもつながる。社会不安も増大せざるをえない。「勝ち組み」「負け組み」、最近では「待ち組み」などというつまらないことを言う大臣も出現しているが、これらは、すべて、青年の個々人の責任に問題をなすりつけるものでしかない。本来、すべての人は、憲法25条で定められた「健康で文化的な生活」を享受することができなければならない。働いても生活することができない収入しかえられないというのは、大きな社会問題である。
 これは、日本の社会に大きな問題があることを示している。ひとつは、低賃金をくい止める歯止めが機能していないことだ。最低賃金は、あまりにも低く機能していない。二つ目は、諸外国にあるような貧困ラインというものが示されず、文字通り底なしになっている。生活保護制度はあるものの、政府の「適正化」によって受ける条件がある人々でも排除されてしまっている。

格差社会への挑戦

 格差社会は、ゆがみのある社会で是正されなくてはならない。今、グローバル化の中で、世界中の問題でもある。この是正をどのように行なっていくのか。その答えの一つが、働いて得る賃金の底あげをはかることだ。底上げをはかるには、社会的に一斉に行なわれないとできない。本来、そのために最低賃金制度があるが、現在の制度は、低すぎるために逆効果をもたらしている。当面この制度を改善すること、さらに、EU(欧州連合)でもふたたび注目されている全国一律最低賃金制を日本で確立することが求められている。そして、底上げをはかる場合の目安を明らかにしていくことが必要だ。最低生計費の試算は、その一つの提示となる。私たちは、こうしたとりくみを進めるためにも、日本に住む人々が、最低生計費がいくらぐらいになるのかについて、具体的に知ることが必要だと考えている。
 国際的には、OECD(経済協力開発機構)やILO(国際労働機構)、EUなどが、貧困ラインや最低賃金の考え方を示している。例えば、OECDは、中位所得の50%以下の人々を貧困者と定義し、日本(15・3%)とアメリカ(17%)が先進国の中で貧困率が異常に高いと話題となった。EUは、最低賃金について、その国の平均賃金の60%とする目標を提示し、各国で具体化がはじまっている。世界ではワーキングプアーや貧困をなくす取り組みが真剣にとりくまれている。こうしたとりくみは、労働者だけではなしに、国民生活の最低限の基準(ナショナルミニマムという)を形成することにつながる。
私たちは、今回の試算を生かし、青年、女子、非正規雇用の労働者の賃金・労働条件の改善、格差社会をなくすとりくみを強めたい。

辻 昌秀つじまさひで(京都総評副議長)
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京都総評では、「格差社会への挑戦」最低生計費試算報告書(概略版)を作成しています。1冊500円の制作実費でお送りしています。
申し込みは、京都総評まで(TEL075-801-2308・FAX075-812-4149)

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