Books

HPを作りはじめてから読んだ本を紹介しています。あいうえお順に並んでます。

新井素子
ハッピー・バース
ディ
 主人公「あきら」は大学卒業後「フリーライター」として生活をしていましたが、夫「公人」の強
い勧めで、自分の書いた小説をとある新人賞に応募し、それが大きな賞を受賞します。次から
次へと再版がかかる状態になり、「あきら」に"黄金の時"が出現するのです。
 ─ああ、もう、どうしようどうしよう。これはもう、すべてすべて、きーちゃんのおかげ。─
 一方、「あきら」が喫茶店で取材を受けていたその時、もう一人の主人公「裕司」は"最悪の
時"を過ごす羽目になってしまうのです。彼は、予想外の出来事─受験の失敗─により、東京
で予備校生活を送っているのですが、母親との電話での会話から喫茶店での不愉快な記憶が
蘇り、「あきら」に対し、逆恨みをしてしまうのです。
 ─俺が、この俺が、こんなに……なのにあいつは……だとしたら……。─

久々に読んだ新井さんの小説。まさに「サイコホラー」という感じで、身体の内側からぞぞ〜っと
しました。
最初は、「あきら」に対しては若干夫にべったりの普通の女性、というイメージしか抱かなかっ
たのですが、少しずつ彼女が壊れていく様子を読み進むうちに怖くなってきました。
「裕司」のしたこと(あきらにいたずら電話をかけたり、手紙をおくる行為)は確かに許しがたいこ
とだけどね。
 以下ネタバレあり(反転文字にしてます)。
 いたずら電話に悩まされた「あきら」がモジュラージャックを抜いてしまい、電話がつながらず
に心配した「公人」が帰りを急ぎ、事故にあい、亡くなってしまう、という辛い出来事が起こるの
ですが、そこからの「あきら」の壊れ方が異常。。。
 壊れかけている人を描かせると、やっぱり新井さんは上手い、と思います。「おしまいの日」で
も感じましたが。

池永陽
走るジイサン  頭頂部だ。頭の上に猿がいる。という出だしでこの物語は始まります。
 主人公「作次」は、今年69歳。奥さんは何年も前に亡くなっていて今は息子夫婦と暮らしています。その嫁の「京子」さんにほのかな恋心を感じた時からどうやら頭の上に猿が住みついたらしいのです。もちろん、他の人には見えません。
 なにしろ、「作次」さんの周囲の人達の様々な事情がおもしろいのです(おもしろがっちゃいけないんだけど)。大阪からやってきたラブラブな正光・房江の老夫婦(何か曰くありげ)、退職してすぐに老妻から離婚を迫られる健造、奥さんを5年前に亡くした子持ちの19歳年上の男性と恋愛関係にある明ちゃん。そして「京子」さんも昔の不倫相手からストーカーまがいの事をされて。。。
 この「京子」さん。「申しわけありませんが、私は年寄りが嫌いです。」と「作次」に宣言したりして、すごい女だ、と最初は思ったのですが、この人もまた魅力的なキャラなのです。貧乏に慣れていた生活からかある意味ものすごく逞しいのです。反面、息子の「真次」。遅くにできた一人息子のせいか、ずいぶんと甘やかされて育ってしまい、すごく自分勝手。「作次」に対しても、2階にはぜったいにあがるな、とか言いたい放題。もう少しなんとかならんのか、って感じ。
 全体的にほっこりとさせてくれる物語でした。タイトルのように「ジイサンが走る」のはラストです。
水の恋  親友、洋平が死ぬ直前に釣り上げた「幻の仙人イワナ」。「とんでもねえ顔だった・・・」というその人面魚を釣りあげれば、洋平の死が事故なのか自殺なのかはっきりするだろう、と主人公「昭」は飛騨の神馳淵へ足を運びます。昭は、大学時代、映里子をめぐって洋平と「大学を卒業するまではお互いに手をださないでおこう」という紳士協定を結んだものの、二人が一緒に一夜を過ごした日のことが頭から離れず、それを問いただすこともできずに悶々とし、結婚後も映里子に対して嫉妬と不信感を拭い去ることができないでいるのです。 
 昭は、釣りをする中、大阪から来たという、樫木と歌子のカップルと知り合います。その樫木は、元スジ者で、訳あって組を逃げ出したのですが、仙人イワナに中指を食いちぎられ、病院へ運ばれたことがきっかけで、組の者に発見されまさに「地獄」のリンチを味わったために、「仙人イワナ」を釣り上げることに執念を燃やしています。
 映里子の勤める学習塾の生徒、小学3年生の卓也。彼は「パニック障害」という病を抱えています。以前父親と釣りに行った時、父親のしたことにより、精神的に傷を負ったのですが、そのせいか、両親は離婚し、現在は母親と二人暮しです。そして母親の再婚話も絡んできます。
 タイトルから、この小説は、しっとりとした大人の恋物語かと思って読んだのですが、かなり衝撃的な内容でした。
 性的な表現もかなり露骨で、ちょっと嫌な感じもしました。
 「卓也」の母親に関しては、「あなたは親としての自覚はあるのか」と問い質したくなったし、主人公「昭」に関しては「いつまでもしょうもないことにこだわるな」と活をいれたくなりました。
 どうしようもない人間の「業」みたいなものをすごく感じる物語でした。洋平の妹、由佳や、エキセントリックな教師、玉木の存在に救われ、洋平の父、清次の言葉で物語に深みが増した、という感じです。
コンビニ・ララバイ  一人息子を事故で亡くし、その後妻までも事故に遭い亡くなってしまった、という過去を持つコンビニ店長・「幹郎」。この物語は、そんな主人公「幹郎」を中心に、彼をとりまく周囲の人の視点になって進んでいきます。
 第1章:妻の死が事故か自殺かと思い悩む「幹郎」は仕事にも熱がはいりません。せっかく妻とふたりで人生をやり直すためにはじめたお店なのに、いつつぶれてもかまわない、となんだかなげやりな心情が吐露されています。
 第2章:従業員、治子。ヤクザ者の「哲次」に想われていて、「組を抜けたら考えてもいい」と返事を。そして、本当に組を抜けてきた「哲次」と付き合い始めるのだけど、彼の背中の刺青をみて理性では納得しているが、体が拒否してしまい。。。
 第3章:「ミユキマート」で働き始めて5日目の従業員、照代。夢を追う「シナリオライダー」との急な別れに納得できないまま、会社をやめ、心の葛藤を抱えています。
 第4章:劇団員、香。芝居で少しでも大きい役をもらいたくて、演出家、小西と寝てしまいます。ですが、もらった役は、またもや端役。「ミユキマート」で売っているあるパンがきっかけで、辛い過去を思い出し。。。
 第5章:「ミユキマート」で買った物の代金を払わずに、腐れ縁のように続いていた情夫、栄三とともに姿を消した克子。近くの町でスナックに勤め始めるのですが、そこで「石橋」という真面目な男性客に想いを寄せられ。。。
 第6章:「ミユキマート」の万引き常習犯、加奈子。援助交際をしていてお小遣いに困っているわけではないのに、なぜかやめられません。彼氏の「満」は、自他共に認める優等生。そんな彼にも「おやじ狩り」という趣味があって。。。
 第7章:「ミユキマート」の前のベンチで仲睦まじく語りあう男女のお年寄り。二人とも好きあっているのだけれど、どうやら子供たちの大反対にあっているようで。。。

 全体的にせつなくなるような物語ですが、暗い気持ちにはならずに、読後感はさわやかでした。池永さんらしく、登場人物のキャラづけがしっかりしていて、存在感がありました。
アンクルトムズ・ケ
ビンの幽霊
 小さな鋳物工場で働く「西原」。彼は社長の「藤田」から不法残留外国人のタイ人労働者「チャヤン」「ポーン」「ラッチャ」を入国管理局に通報して、強制送還されるようにしろと言われているのですが、なかなか実行に移せません。というのも、社長は彼らに対してもう一年ほど、給料を半分しか払わずにいて、そのまま帰国させようと企んでいるのです。
 そしてひょんなことから知り合ったストリートミュージシャン「フウコ」と出会い、生まれ育ったマンガン鉱山での「崔秀仁(チェ・スーイン)」とのハーモニカの思い出が甦ります。
 妻とのぎくしゃくした関係、息子との行き違い、様々な鬱屈を抱えて、西原は「どいつも、こいつも」と中途半端な口癖を小さく繰り返すのです。。。

 最初から最後まで考えさせられる物語でした。
 不法残留という負い目からか、給料を半分しかもらえなくても何も言わず、黙々と働く「チャヤン」達。せつなすぎます。主人公もその矛盾に憤りながらも弱小企業では、自分を守ることで精一杯。
 その中で「フウコ」の生き様がなんだかすごかったです。就職差別、そして同胞から「裏切り者」呼ばわりされ現在の生き方を選んだ彼女。そして、物語ラスト、主人公の現状からの脱出に一役買うわけですが、力強いキャラクターだと思います。
 ただ、主人公が妻に感じる気持ちにはちょっと共感できない部分もあって、それは私が女性だからなのかなぁ、と思いました。


井坂幸太郎
重力ピエロ  主人公「泉水」の住む仙台市に起こる連続放火事件。その放火事件の前には必ず近辺のビルに奇妙な落書きがされているのです。落書きを消すことを職業としている半分血のつながった弟、「春」と癌で闘病中の父と3人で、落書きに隠された暗号の解読を試みます。

 まず、主人公の「泉水」と弟「春」、そして父親の交わす会話がとてもおもしろく、サクサクとページをめくってしまいます。父親が本当に素敵です。
 「春」の身辺調査をする「順子」、探偵を副業とする「黒澤」のキャラクターもなかなか楽しいです。「泉水」の会社にDNA鑑定を依頼する「葛城」という男も登場しますが、読んでいるだけですごく嫌な男だ、というのが伝わってきます。
 読み進むうちに「順子」や「葛城」の正体がわかるようになっていて、緻密な構成を感じさせます。謎解きの要素もあり、家族愛の要素もあり、すごく楽しめる小説でした。遺伝子についての説明はわかったつもりでサラッと読み流しましたが。

市川拓司
いま、会いにゆきま
 澪(みお)が死んだとき、ぼくはこんなふうに考えていた。
 ぼくらの星をつくった誰かは、そのとき宇宙のどこかにもうひとつの星をつくっていたんじゃないだろうか、って。
 そこは死んだ人間が行く星なんだ。
 星の名前はアーカイブ星。
という文章ではじまるこの小説は、最後までやさしさにあふれています。
妻、澪を失ってから、巧と息子の佑司は二人で肩を寄せ合いながら暮らしています。
ある雨の日、いつものように森を歩いていると、妻の澪と再会します。澪は以前の記憶を失っているようなのです。
 そうして、幽霊として戻ってきた(?)澪との生活が始まります。巧は、何も覚えていない澪のために、二人の出会いから結婚、そして佑司の誕生までを少しずつ話していきます。違和感を抱いていた澪も、少しずつこの生活に慣れて、二人はもう一度恋に落ちるのです。。。

 みんなすごくやさしい人たちばかりです。澪を失って呆然としている巧が立ち直るまでじっと待っていてくれた職場の所長。いつまでたっても冬物の背広を着てくる巧に、そのことを指摘できずに困っている事務員の長瀬さん。いつもの公園で出会うノンブル先生。
 巧も佑司も澪もお互いのことをすごく大事にしているのが伝わってきます。心に不具合を抱えていて、普通ならなんでもないようなことができない巧(電車に乗れない、映画館へ入れない、記憶力が弱い等)、澪が死んでしまったのは自分のせいなんだと思い悩む佑司、自分がいなくなったあと、二人がちゃんと生活できるだろうかと心配する澪。3人の、家族の絆がすごくいいなぁ、と思いました。また恋愛小説としても、すごくいいんじゃないでしょうか。澪の「すごくとくした気分。だって、また最初からあなたと恋が出来るんだもの」というセリフがすべてを物語っている感じです。
 最後の手紙は感動的でした。

今江祥智
優しさごっこ  夏休み、「あかり」の両親は離婚し、「あかり」は絵本画家のとうさんと二人で暮らすことになってしまいました。二人は慣れない、料理、洗濯、掃除に必死で取り組みます。
 とうさんは、知り合いの「内田」さんの紹介で大学の講師も引き受けることになり、「あかり」の周囲の環境もめまぐるしく変化していきます。。。

 25年以上前に描かれたこの物語ですが、両親の離婚という悲しい出来事(だって、かあさんのことも大好きだったんだもの)にも、明るく立ち向かう、「あかり」の強さに心打たれました。小学生なのに、すごくしっかりした、でも子供らしい素敵なおんなの子なのです。そして「あかり」がとうさんを、とうさんが「あかり」を気づかう、優しさに包まれた物語の世界に感動させられました。
 時々チラッとのぞかせる、好奇に満ちた「世間の目」にもドキッとさせられましたが、彼らと関わる登場人物がみな個性的で優しくていい人たちばかりでよかったなぁ。
 続編「冬の光」もぜひ読みたいなぁ、と思いました。


岩井志麻子
夜啼きの森   物語は、老婆の語りから始まります。その老婆は、昔大事件をおこした辰男という青年の姉なのですが、きつい方言(岡山弁)で過去を回想しています。
 各章は、別個の人間の視点で描かれていて、村の人たちに「辰男」がどんな人物として映っているのかがわかるようになっています。
 狭い集落で、もとをたどればみんなが身内という事実、夜這いの習慣、貧しい村の中での貧富の差、これを読んでいるとじめじめと陰惨な空気が周りに漂い、重い気分になってきました。利発で愛らしかった「辰男」が、村人から、嫌われ、怖れられ、虐げられて、そして最後に事件を起こす様子は、本当に怖かったです。村人を憎むようになった「辰男」ですが、「辰男」が悪なのか、村人が悪なのか、ちょっと考えさせられました。
 これは昭和13年に、岡山県北部で起こった「津山33人殺傷事件」を題材に描かれたフィクションだと後で知りました。「八墓村」を連想させるなぁ、と読んでいる間ずっと思っていたら、同じ題材だったんですね。「八墓村」は、その子供の話で、事件のことはそんなに触れられてはいないですが。


宇江佐真理
銀の雨〜堪忍旦那
為後勘八郎
 主人公である為後勘八郎は、「堪忍旦那」と人々からいわれています。下手人に寛容な処遇をするためです。その勘八郎が色々な事件を解決していく話です。事件、といっても、その背景には宇江佐さんお得意の事情というものがあって、決まりどおりに罰をあたえては気の毒に思えるものもありました。そこで堪忍旦那が知恵をしぼるのですが、やはり同じ同心の中にはそんな彼をよく思わない人もいるわけです。岡部主馬がその代表なのですが、若さゆえに罰は罰として受けるべきだ、との厳しい姿勢で勘八郎に対して反感をもっています。そして物語後半、その主馬にとってつらい出来事が起こります。少しずつ、勘八郎の情け、というものを理解していく主馬。ラストはハッピーエンドで、ほのぼのとした読後感でした。
 私個人としては、少年梅助と浪人郁之助との楽しげな交流、そして別れを綴った「魚棄てる女」、主馬のことを好きでいながら、かつて「醜女」といわれたことが心にひっかかり素直になれない勘八郎の娘、小夜の心の葛藤を描いた「銀の雨」がよかったです。
あやめ横丁の人々 主人公、慎之介は祝言の最中に、花嫁を奪われ、相手の男を斬り付けてしまいます。花嫁は男の後を追って自害してしまいます。婿入りするはずだった花嫁の家の者から恨まれ、命を狙われることになった慎之介は身をかくし、みつかりそうになると別の場所へと転々とします。
 そして辿り着いたのが「あやめ横丁」。ここに住む人々は、なにかいわくありげな様子。世話になっている権蔵は詳しくは話してくれずにもやもやとした日々を過ごす慎之介。。。
 
 この物語は、少しずつこの町の事情を知っていくにつれ、ぼんくら三男坊が立派な青年に成長していくところがすごくよかったです。権蔵の娘、伊呂波との言葉の掛け合いや、子ども達の生き生きとした様子などはとても楽しく、また、心に仔細を抱えて生活する人たちの切なさ、などしみじみと読ませる作品でした。
深尾くれない  鳥取藩士、後に雖井蛙(せいあ)流兵法を立ち起こした実在の人物、「深尾角馬」の物語です。
 第一章「星斬の章」。「角馬」は剣の道の精進や、生きがいである牡丹作りのために、後妻となった「かの」に対して思いやりのない行動をしばしばとります。「江戸詰め」の折に彼の先妻が下男と関係を持ち手討ちにして以来、結婚生活に幻滅を感じていたこともあるのかもしれませんが。それでも少しずつ、「かの」と「角馬」は打ち解けていったかのように思われたのですが、生まれてくる子供を男の子と決め、女なら「鍋」とでも付けよ、という冷たい言葉などに打ちのめされ、次第に「角馬」の育てる「深尾紅」と呼ばれる牡丹を憎むようになります。
 そして、ひょんなことから再会した父のかつての部下「戸田瀬佐衛門」と深い仲になってしまいます。。。
 第二章「落露の章」。「角馬」と「かの」の間に産まれた「ふき」。彼女は、母は病死したと教えられて育ちますが、ある時真実を知ってしまいショックを受けます。そして「角馬」に「お父様、後生だけえ、うちが何をしても、斬らんといて」と涙するのでした。。。
 「角馬」は五十歳を迎え、城下でのお務めと剣法の指導を退くことを決意します。そして「ふき」も父と一緒に「八東群隼郡家」についていくことに。そこで、「ふき」は農家の次男、「長右衛門」と恋に落ちてしまうのですが、そのことがきっかけで、物語は悲惨な最期を迎えることになってしまいます。。。

 なんとも悲しい物語です。「角馬」ですが、短矩のため、反骨精神が強く、「武士」であるということにこだわるあまり、不器用な生き方しかできないのでしょうか?丹精込めて世話をしている「深尾紅」を愛するように、たった一言でも「お前のことが愛しい」と告げることができたのなら、「かの」や先妻も他の男と深い仲になったりしなかったことでしょう。剣を極めるためには仕方のないことなのでしょうか?様々な疑問が湧き起こりました。
 第二章では、「ふき」のやんちゃなところなどは、楽しく読むことができました。宇江佐さんはやっぱり、おてんば娘を描くのが上手いなぁ、と感心してしまいました。
 (以下、ネタばれあり)
 物語終盤、「清兵衛」「治右衛門」「長右衛門」を斬ろうと決意してからの不気味な程の「角馬」の静けさはものすごい緊張感をただよわせ、先を読むのが怖くなる程でした。そして「切腹」の沙汰がおりてからも取り乱すことなく、見事な姿勢を貫いた「角馬」。これが彼の「生き方」なんだ、と妙に納得させられました。「深尾角馬」について描かれた他の物語も読んでみたいなぁ、と思いました。
〜河岸の夕映え〜神田掘八つ下がり  6つの短編からなり、どれも宇江佐さん特有のほろりとさせられる物語です。一部のあらすじを紹介します。
 「浮かれ節」:幕府の小普請組の三土路保胤(みどろやすたね)は、ひょんなことから「都々逸坊扇歌」と「都々逸合戦」をすることになります。結果はいかに?
 「身は姫じゃ」:岡っ引きの「伊勢蔵」は子分の「龍次」と一緒に土手沿いを歩いている時、橋の下で七、八歳ぐらいの女の子がいるのを見つけます。何日か前からその子を通りでみかける、と「龍次」は言います。素性を聞いても女の子は「身は姫じゃ」と答えるのみで要領をえません。「伊勢蔵」はその子をしばらく預かることにしたのですが。。。
 「神田掘八つ下がり」:主人公「菊次郎」は、父が亡くなってから薬種屋「丁子屋」の主人としてがんばっています。町医者「桂順」とは、年も違えば性格も違うのに、妙に馬が合って、親しくつきあっています。桂順は、「菊次郎」の知り合い、旗本次男坊の冷飯喰い「青沼伝四郎」のことを「近頃、珍しいほどの実直な若者」として褒め称えるのですが、彼が貧乏を理由に縁談を断ることに心を痛めます。そして「菊次郎」と「桂順」は「伝四郎」の縁談がうまくいくように奔走するのですが。。。
 この物語の登場人物、なんだか知ってるなぁ、と思ったら以前の著作「おちゃっぴぃ」でも描かれていました。「身は姫じゃ」の「伊勢蔵」は娘と「龍次」の結婚問題に悩んでいたし(龍次が若すぎる、と思ったら父親はなんと30代だったのです)、表題作「神田堀八つ下がり」の「菊次郎」は赤字の丁子屋を存続させるため、持参金目当てに嫌々結婚しなくてはならなかったり。
 続編とでも言ったらいいのかな。なんだかすごく懐かく感じ、彼らの幸せな暮らしぶりを知ることができて爽やかな気分になりました。
玄冶店の女  江戸・日本橋の「玄冶店」と呼ばれる狭い路地に住む、元花魁「お玉」が主人公の物語。この路地には妾宅が軒を連ねています。「お玉」も小間物問屋「糸よし」の主「藤兵衛」に身請けされて、ここに住み、「糸よし」から品物を取り寄せ、小間物屋「糸玉」を開いて暮らしているのです。
 「お玉」を慕い、「糸玉」には色々な人が訪れます。芸妓屋の娘「小梅」。「小梅」の三味線の師匠で元深川芸者「お喜代」。向かいの隠居の世話をする「お花」。様々な事情を抱えながらも、活き活きと暮らす女たちを描く連作短編集。

 宇江佐さんの小説を読んでいると、江戸時代の生活を実際にみているような気がします。それくらい、文章に活気があるんですね。
 主人公の「お玉」。みんなから「姐さん」と慕われて、すごく素敵な人物。「藤兵衛」から、生活の援助を打ち切られるとなったら、未練を断ち切るために、割り切って、仕入先を変えてしまう、というのも「さすが江戸っ子」という感じで、気持ちいいです(その思いは、うまく相手に伝わらなかったけれど)。そして、若い浪人「青木」との恋愛模様。今は浪人の身でも、仕官先が決まれば未来のひらけている「青木」に対して、いつかは別れがくる、と思いながらも心は止められない、その想いがすごく伝わってきていじらしいです。
 他の登場人物もよく描かれています。20歳の若さで隠居の妾になった「お花」。でもちゃっかりと間男がいたりして、たくましく生きています。「お喜代」もかっこいい!湯屋で「小梅」に対する口さがない噂を聞きつけるなり啖呵を切るところなんか、「よくぞ言った!」と感心するばかり。「小梅」も、自分の慕う「お玉」と「青木」の関係を知って、焼きもちを焼いてしまうあたり、かわいいなぁ、と思ったり。
 ラストもハッピーエンドを予想させる内容で、読後感は爽やかでした。
黒く塗れ─髪結い伊三次捕物余話  「髪結い伊三次」シリーズ5作目。
 「蓮華往生」:ある日、「お文」のもとに同じ深川芸者「喜久壽」が訪ねてきます。「伊三次」と「緑川平八郎」が調べている「天啓寺」について「伊三次」から何か聞いていないだろうか、と。
「緑川」とは「喜久壽」の旦那で、彼の本妻が通いつめているという「天啓寺」の境内の大蓮華の台座に座ると大往生でき、噂をききつけた年寄りが押し寄せているというのです。。。
 シリーズ第一作目から読み始め、ついに、「伊三次」と「お文」も祝言をあげ、妊娠、出産と、物語が新たな展開を見せ、見逃せない一冊です。
 連作短編の形で綴られ、「大奥」、「富突き」、「幇間(たいこもち)」と時代を感じさせる話題も盛りだくさん。
 表題作「黒く塗れ」では、妖しげな呪術に巻き込まれた二人の女性を救うために「伊三次」が大活躍をします。
 ラストの「慈雨」もよかったです。「伊三次」は前作で、妹のようにかわいがっていた「お佐和」が、スリ稼業をしている「直次郎」に想いを寄せていることを知り、二人のためを思って「お佐和」から手を引くように「直次郎」に忠告しました。そして「直次郎」は指を切って稼業から足を洗い、そして行方をくらましたのですが、何も知らない「お佐和」の想いはつのるばかり。
 名前を変えて、舞い戻ってきた「直次郎」もまた、「お佐和」のことが忘れられず真面目に暮らしていました。
 「伊三次」は、もし結婚してから「直次郎」の前身のことで夫婦仲がおかしくなったりしたら、どちらも不幸になる、という危惧から二人を引き離したのですが、「お文」や他の人たちからの助言を受け入れ、真実を話すことにするのですが、その辺の葛藤がすごく伝わってきました。
 このシリーズ、読んだあと、すご〜くほっこりした気分になります。いつまでも続いてほしいなぁ。

魚住直子
超・ハーモニー  主人公「響」は、中学1年生。有名中学に合格して、上々の人生が開けているはずだっ
たのに、学校の勉強のペースについていくのが辛くなってきています。そんなもやもやし
た生活をしている中、「響」が6歳の時に家出した兄がひょっこりと帰ってきました。それ
も、女性の格好をして。お店の改装で仕事が3週間ほど休みになったので、その間だけ
過ごさせて欲しいと言って帰ってきた兄「祐一」と、「祐一」を空気のようにあつかう母親、
ひたすら無視する父親との奇妙な3週間が始まります。。。
 
 まず、主人公の「響」にすごく共感が持てます。周りの子供よりも頭が良くて、有名中学
の受験もパスして、と思ったら、そんな子ばっかりが集まった中学では、みんなのレベル
が高すぎて、早くも挫折気味。一生懸命やってもなかなか成績が上がらなくて、でも、過
去の栄光を知っている両親はそれが受け入れられない。その辺の心の葛藤が切なかっ
たです。そんな両親のことを「祐一」は「息苦しい」と表現します。それでもやっぱり認めて
欲しい、と願っています。
 もし自分が「響」だったら。
 もし自分が「祐一」だったら。
 もし自分が両親だったら。
 登場人物の立場になって考えてみると、両親の態度もなんとなくうなずけてしまいま
す。息子が「女になりたい」なんて言って、「はい、そうですか」というのは無理ですよね。
葛藤があって当たり前。
 ラストはすごく良かったです。「響」の友人「太」もなかなかいいキャラでした。
リ・セット  母親と二人暮しの主人公「三帆」は買い物帰りに散歩した砂浜でテントが張ってあるのを発見します。なんとなくテントに近づくと、突然入り口がひらいて、中から男の人が出てきました。そして「三帆」にむかって「ゆづこ」と言ったのです。そのあと、「いや、そんなわけないか。もしかして三帆かい?」と。その男性は「三帆」が一歳のときに別れた父親でした。
 「三帆」は「もうしばらくここにいるから、またいつでも遊びにおいで」と言う父の言葉の通り、頻繁にテントに通います。聞かされていた父親像と少しズレた感じの父親に妙に惹かれていく自分を感じながら。。。

 まず、友達関係。2年のクラス替えで仲良しの「トーコ」と「リッちゃん」と同じクラスになって喜んだものの、そこに「篠山あかり」がグループに入ります。「あかり」は一年生のときも3人と同じクラスだったのですが、仲の良かった友達が夏休みに転向して以来、どのグループにも入れず、かげで「ビミョー」という名前がつけられているのです。周囲には4人グループとして認識されていき、3人は表面上は仲の良い振りをしていますが、「あかり」がいないときには「ビミョーネタ」として彼女のことをばかにしたりしているのです。
 これは、イタイ。。。中学生の頃、特に女の子は「グループ」という単位で行動しないといけない、みたいな感じがあって、どこのグループにも入れないとけっこうつらいものがあると思う。受け入れられていないとわかっていながらも、「三帆」達にしがみついている「あかり」がとてもいじらしい。
 そして「三帆」のマンションの上の階に住む「ソガメ」君。となりの市の私立中学に通っているのですが、「呪いをかけられてるから」と毎日のように自分の持ち物をベランダから落として捨てています。
 「三帆」も「トーコ」も「リッちゃん」も「あかり」も「ソガメ君」も他の子達も、みんな自分の中学時代を振り返ったら(あ〜、こんな子いたよなぁ)と思わずにいられないような存在感で、すごく夢中になって読んでしまいました。
 児童書の欄にあった本ですが大人でも十分に楽しめます。魚住さん、2冊目ですが、これからも注目です。
非・バランス  小学校5.6年のときに受けたいじめをきっかけに、主人公の「わたし」は中学入学の前に学校という世界で生きるためにルールを二つ決めます。
 一つ、クールに生きていく。
 二つ、友だちはつくらない。
 そして、中学2年生になった今もモットー通りに生きています。
 ある日の夜、「わたし」はコンビニから帰る途中、学校で流行っている「ミドリノオバサン」をみかけ、思わず「タスケテ」と言ってしまいます。「ミドリノオバサン」の緑色の部分にふれながら願い事をとなえると、その願いはかならずかなうというのです。
 言った後で、(なにをいってるの?)と戸惑う「わたし」。それにふりむいたのは緑色ではなく、黄色いレインコートを着た若い女性でした。
 数日後、ひょんなことから再会したその女性は「ハヤシモト サラ」さんといい、彼女とのつき合いによって「わたし」は心の安らぎを感じていくのですが。。。

 クラス替えって、ドキドキしました。仲良しの子達と離れてしまったらいやだなぁ、友だちできるかなぁ、とか。この物語の主人公の「わたし」もそんな思いで、小学5年をむかえます。そして、うしろの席にすわった女の子と仲良くなろうとしたのですが、お調子者の性格が災いしてか、どこかで歯車が狂ってしまったのか、クラスの女子全体に無視されるようになってしまったのでした。その辛さを、心の奥に封印しようと、「わたし」はルールにしたがって、中学生活をおくるのですが、読んでいてすごく苦しい気持ちになりました。
 他にも、悩みを持った人たちが登場します。「茶髪三人組」の一人、「増村みずえ」もそうだし、「ハヤシモト サラ」さんも、誰にも言えない心の傷を持っています。それぞれに、(あー、わかるかも、そういう気持ち)と相槌を打ちながら、読みました。
 後半、自分の気持ちをふっきるために「わたし」は行動を起こすのですが、なかなか良かったです。あー、スッキリしたって感じかな(笑)。
オレンジソース  主人公「みさき」のクラスの「松本」さんは、みんなから「オレンジソース」と呼ばれています。去年の夏休みに転校してきてから、最初からすごくえらそうで、前の学校のことをすごく自慢して、きわめつけに、給食に出たとり肉料理に対して「この料理は、本当はオレンジソースをかけて食べなきゃいけないものなのに、ここの給食はひどすぎる」と言ったことからみんなのヒンシュクを買ってしまい、ついたあだ名だということなのですが、「みさき」には、彼女がそんな風にえらそうな感じにはみえないのです。
 ある日、「みさき」は学校帰りに、「松本」さんに呼び止められ、一緒に遊ぶことになってしまったのですが、彼女はとてもやさしくて普通の女の子で、自分がクラスから浮いてしまったことにすごく心を痛めている様子です。でも翌日、彼女と遊んだことを友達にどうしても言うことができませんでした。そんな「みさき」に、「松本」さんはこう言うのです。─「学校ではわたしのこと、気にしなくていいからって、ずっといいたかったの。いままでどおりでいいの。ほんとに気にしないでね。どうせ、わたし、学校では石にしかなれないから。」─

 児童書コーナーにありました。読み始めたときから「重いテーマ」だなぁ、と思いました。早く転校先のみんなと仲良くなりたくて、積極的に話をしてそれが裏目にでてしまった「松本」さんがすごくかわいそうで、泣けてきます。「みさき」も「彼女はそんな子じゃない」と、クラスのみんなにわかってもらおう、と気持ちだけはあるのですが、実際にみんなが彼女のことを悪く言い始めると、何も言えなくなってしまい、すごく自己嫌悪に陥ったりして、その辺の心の葛藤もすごくよくわかるのです。
 ラストの運動会で「みさき」のとった行動に拍手!!!

内田康夫
十三の冥府   大学4年生の「神尾容子」は、子供の頃に聞いた「なにわより、十三まいり、十三里、もらいにのぼる、ちえもさまざま」という唄のことが時々気になっていました。母に聞いても「知らない」というこの唄を自分はなぜ知っているのだろう、と疑問に思っています。そんなとき、彼女は八戸しの蕪島(かぶしま)でお遍路さんがこの唄を口ずさんでいるのを耳にします。後日、そのお遍路さんが亡くなったことを知ります。
 また、古文書「都賀留三郡史」の真贋論争を取材するため青森入りした「浅見光彦」は、「お遍路殺人事件」や、他の殺人事件にも巻き込まれていきます(というか、首を突っ込んでしまいます)。。。

 プロローグの「なにわより〜」の唄からの入り方に、惹きつけられました。内容も「アラハバキ」信仰とかいった伝奇的な事柄ももりだくさんで興味深かったです。でも、ちょっと難しかったけど。謎解き、というか、過去に起こった事故を殺人事件じゃないか、と疑うあたり、さすが「浅見光彦」なんだけど、今回はちょっと謎解きに関してはあんまりワクワクしなかったなぁ。先が見えてしまったからかも。
 いつまでたっても年をとらない「浅見光彦」さん(笑)。読み始めた頃は私よりもだいぶ年上だったのに、気づいたら同年代になっていました。ドラマなどで登場する俳優さん達も世代交代していますね。私のイメージとしては「辰○琢郎」さんが一番ぴったりくるなぁ、という感じなんですがみなさんはどうですか?
しまなみ幻想  「浅見光彦」は「平塚亭」で、友人の「島崎香代子」をみかけ声をかけます。そして彼女の隣に座る「村上咲枝」という少女と知り合います。「咲枝」の母「美和」と「香代子」は、音大時代の親友で、「咲枝」は「香代子」でなければだめだと、祖父たちを説得し、「島崎ピアノ教室」へフェリーでわざわざ通っているのです。
 「咲枝」の母「美和」は実家の和菓子屋の借金を苦に、「来島海峡大橋」から飛び降り自殺をした、ということになっているのですが、「咲枝」はどうしてもそのことが信じられません。「光彦」は、その死の真相を調べるため、「しまなみ海道」へ向かいます。。。

 今回の「浅見シリーズ」は良かったです。主人公の「咲枝」のキャラクターがすごく魅力的だったからかな。
 それに、つい先日、バスツアーで「しまなみ海道」を通ったりしてなじみのある地名や名物が登場したことも原因かも。「伯方島」も寄ったし「大三島」も寄ったし。そこの「オオヤマヅミ神社」は散策したし。この本にも登場した「村上水軍」の話も添乗員さんが言ってたなぁ、とか。
 ↓ここからちょっとネタバレ(反転文字にしてます)。
 「浅見シリーズ」、好きなんだけど、犯人が最後に自殺してしまい、光彦がそれを黙認(?)するケースがありますよね。散々周囲を引っ掻き回して、協力してくれた刑事さんにさえ、真実を告げずに、事件は彼の中だけで完結する、というような。私はこういったラストは個人的には好きではないのですが、今回は、ちゃんと「悪」が存在した、という点もよかった、と思った理由かな。
 余談ですが、この本にはでてなかったけど旅行の際、「伯方の塩」を使った「塩アイス」というのがあって、食べてみたらこれがおいしかったです。


海月ルイ
烏女  主人公「珠緒」は「ハンガー屋」。店舗を持たず、ハンガーだけを持って移動し、祗園や木屋町、先斗町の高級クラブやスナックと契約し、洋服を売って生計を立てています。
 ある日、知り合いの元ホステス「美希」から、失踪した主人(村田)を探して欲しいと頼まれます。
 「村田」を探すため情報を集めるうちに、「珠緒」は「烏女」の噂をホステス達から聞きます。─「祗園には烏女がいるのや」「烏女が怒らはると、人が死ぬのや」─
 「烏女」とは?そして「村田」の失踪に「烏女」は関係しているのでしょうか?

  「烏女」は一体誰なんだろう、という謎解きも気になりましたが、何よりも主人公「珠緒」の生き様がすごく惹きつけられました。
 「ハンガー屋」としての生き方、借金の取立屋から逃げるため各地を転々としながら生活している元夫「亮」との関係、祗園での有名人「南方泰造」からの資金援助を断る毅然とした態度など、自分の信念を貫く姿勢がすごくいいなぁ、と思いました。
 (以下ネタバレあり。反転文字にしています。)
 さて、「烏女」の正体、「あ〜、そうだったんだ〜」とちょっとびっくりしたぐらいだったんですが、「ケンちゃんのおっかけの女の子」が「勝一」だったとは、想像できませんでした。私は「ケンちゃん」が「勝一」ではないかと思っていたのです。
 それから、「亮」に対しても、最後まで「彼は敵か味方か」なんて穿った読み方をしてしまいました。
 おもしろかったです。
子盗り 結婚して10数年、子供のできない陽介、美津子夫婦。旧家の跡取りが誕生しないことで、姑は美津子に対して数々の嫌味を言います。更に、分家の叔父、叔母も加わって、精神的に追い詰められた美津子は。。。
 いたる所に、美津子を責める言葉がでてきます。「陽介は貧乏くじをひいた」とか「嫁して三年、子無きは去れ」とか、ちょっと信じられない思いで読み進みました。
 この物語は、美津子を中心に、彼女と関わることになった、看護婦の潤子、スナックのホステスひとみという女性が登場します。
 潤子は、過去に旧家に嫁いだことがあるのですが、だらしない旦那に愛想をつかし、自分の娘なのに、世話をさせてくれない姑にも腹をたて、娘を連れて家を飛び出します。その後、姑達の罠にはめられて大事な娘は取り上げられてしまう、といった悲しい過去があります。
 ひとみは、いつも食べ物を口にしていないと気がすまない、巨漢の女性。精神的にも未発達で、私の印象は「壊れた人」。美津子に対する嫌がらせなどは、読んでいて背筋が凍る気がしました。
 
 すごい話だな〜、というのが正直な感想。物語ラストでの姑の行動にもはっとさせられるものがあり、重い気分になる物語でした。


江國香織
薔薇の木枇杷の木
檸檬の木
 毎日の飼い犬の散歩で出会う男性に心をときめかす主婦や、これといって仲が悪いわけではないのに夫との離婚を考えている女性、上司である女性の夫を好きになってしまうアルバイトの女性、姉の元恋人を未だに好きな女性、等など、とにかくいろんな登場人物が次々にでてきて、あらすじを説明するのはとても難しいです。

 これを読んだ感想は、世の中の既婚者はこんなにも不倫をするのか、という疑問でした(笑)。未婚の方が読んだら本気にしたりして。まあ、恋をしたい、という気持ちはわからなくもないんだけど。江國さんの本を読むのは初めてで、文章は読みやすくて好きな感じだけど、この小説は、登場人物を整理するのに疲れてしまいました。終わる頃にやっと理解できたんだけど。それぞれの人間関係が理解できるとおもしろいです。良くも悪くもドラマがあるし。でも好き嫌い別れるかも、この本。

大沢在昌
心では重すぎる  主人公「佐久間公」は、薬物依存者更生施設「セイル・オフ」でカウンセラーをしながらも、本業の私立探偵の依頼も受けている。失踪人調査を得意とする「佐久間」への今回の依頼は、かつて大人気漫画「ホワイトボーイ」の作者で現在消息不明となっている「まのままる」を探し出して欲しいというもの。依頼人のもとへ向かおうと東京駅に降りたった彼を待ち受けていたのは、二十代初めの若者。「セイル・オフ」で更正しようとしている高校生「雅宗」の様子を聞き、「飼い主様が待ってるんだよ」というのです。「佐久間」は「まのままる」の捜索をしながら「雅宗」の以前の仲間達の様子も調べていくのですが、いくつもの事実が絡まって、手を引くにはもう遅すぎる状況に追い込まれていきます。。。

 この物語、「週刊文春」に連載されていた時、職場での休憩時間にとても楽しみに読んでいました。とは言っても、最初の方や、途中読み忘れていたりして、所々抜けてましたが。しかも妊娠初期に体調を崩し、1ヶ月ほど休んでいるうちに連載が終了してしまい、最終回も見逃してしまったので、いつか本がでたら読もう、と思っていたのですが、出産や子育てに追われているうちに、忘れていました。そして、偶然、図書館でみつけたのですが、あまりの分厚さにちょっとためらい、しばらくは手に取れませんでした。
 今回、思い切って読んでみたら、やっぱり、おもしろ〜い!一気に読んでしまいました。実は、大沢作品、これが初めて。なので、若かりし頃の「佐久間」さん、全然知りません。今度読んでみようっと!
 物語は、週刊誌に連載を持つ漫画家の過酷さや、若者達のドラッグ問題や、やくざとの絡み、など、盛りだくさんで、しかも「飼い主様」という謎の女子高生の登場でなんだかミステリアス。彼女の憎悪の原因がなんなのか、すご〜く気になります(わかってしまうと、ちょっと期待はずれ、という気もしましたが)。お薦めです。
雪蛍
 「家出した娘を探して欲しい」─薬物中毒患者の更正施設「セイル・オフ」での仕事のかたわら、女性実業家から依頼をうけた、探偵「佐久間公」。
 彼は苦労して辿りついた先々で、かつてのライバルであり命の恩人でもある「岡江」に先を越されてしまうのです。「仕事として、事務的にやるようになったから」と探偵業から遠のいていた「佐久間」ですが、この仕事を通して、「探偵は職業ではなく、生き方だ」と再び探偵業を再会する決意をします。
 
 佐久間公シリーズの5作目ですが、6作目の「心では重すぎる」を先に読んでいるので順番が逆ですね。しかも前4作は未読です。
 20代のころ、ある意味「仲間」として情報を得やすかった若者が、「佐久間」さんのことを「おっさん」呼ばわりして、なかなか捜査が思うようにすすまないという現実に苦労する「佐久間」さんの苦労が伝わってきます。ただ、それでもじっくりと取り組む姿勢に、少しずつ若者達の態度が変化して行く様子がなかなか良かったです。
 「セイル・オフ」の問題児で放火癖のある薬物依存の少年「ホタル」と佐久間公が気持ちを通わせていくところはじ〜んときました。

荻原浩
神様からひと言  会議の席での失態(暴力沙汰)から、せっかく中途入社した会社の販売促進課から「お客
様相談室」へ異動となった主人公、「佐倉凉平」。個性的な同僚に囲まれ、顧客のクレーム
に追われる毎日を過ごすことになるのですが。。。

 物語冒頭のプレゼンで、せっかく自分が必死で作成した企画書を、どういうわけか、まるで
自分が作成したかのように発表しはじめる上司「末松」。しかも要点も押さえずに棒読み状
態でいることにふつふつと怒りがわいてくるあたりの描写がすごく伝わってきて、そこから何
が始まるのかと、わくわくしながら読み進みました。
 そして、その時の「凉平」の行動により事実上「左遷」と言う形で物語が続いていくのです
が、配属先「お客様相談室」の同僚のキャラもなかなか素晴らしい。ギャンブル好きの「篠
崎」をはじめ、フィギュアおたくの「羽沢」、失語症の「神保」などなど。
 かかってくるクレーム電話も、イチャモンのようなものから、作り方がわからないという初歩
的なもの、おまけに何度もかけてくる「常連」さんもいたりと、様々です。それにしても、「スー
プをあけるときに飛び散って服が汚れたじゃない!」というのはクレームなんでしょうかねぇ。
そんな電話かけてくる人がいるのかな、とも思うけど、僅かながらの社会人としての経験
上、世の中にはいろんな人がいる、というのは充分にわかっているので、否定できないよな
ぁ。ただし、正当な問い合わせに関して(例えば、麺から異臭とか)、「心ばかりの品」でうや
むやにする、というこの会社の姿勢には「凉平」でなくとも「???」と疑問に思ってしまいま
す。
 また、古い考えがはびこる社内で、一見頼りになりそうな副社長も、結局はただのバカ息
子だったわけで、その辺も期待したりがっかりしたりあきれたりと、楽しませてもらいました。
 最初はなかなか素直に謝罪の言葉がでてこなかった「凉平」ですが、電話を受けるごとに
成長していく過程もよかったです。ラストはスッキリ爽快!そして「リンコ」との再会もいい感
じに描かれていて、ほのぼのとした気持ちになりました。


奥田英郎
イン・ザ・プール  「伊良部総合病院」の地下1階でひっそりと営業(?)している「神経科」。様々な心因性の病を抱えた患者(心身症→水泳依存症、持続勃起症、被害妄想、携帯依存症、強迫神経症)、がそこを訪れてまず驚くのは、担当医「伊良部」のとんでもないキャラクター。色白デブで注射フェチ(?)、おまけにマザコンでもあるようだし。。。

 実際にこんな人がいたら、絶対に近寄りたくないし、気持ち悪いよねぇぇぇ、なんて思いながら一気に読んでしまいました。
 「自分は他の人と比べ、おかしいのではないか?」とかなり切実な悩みを抱えて「神経科」へやってきたはずなのに、自分よりもあきらかに変な「伊良部」に診察されて果たして問題は解決するのだろうか、と登場人物達が不安になりながらも、結局は症状が消えていく様が、なんとも言えずおもしろかったです。
 一番強烈なキャラクターである「伊良部」。泥棒まがいのことはするし、「おかあさんに叱られる」なんてもろマザコン的セリフを吐くし、いきなりアクションスターのオーディションを受けに行くし(もちろん問題外)、本気で子供と景品の取り合いをするし、火の始末の心配をする患者の不安にさらに追い討ちをかけるようなことを言うし、ある意味、すごい人ではあるよね〜。あまりにも天真爛漫(これって褒め言葉だけど)すぎて、憎めない人物だなぁ、と思いました。あくまでもフィクション上での人物ということですが(笑)。
 露出過剰気味の看護婦(でも無愛想)「マユミ」ちゃんもなかなか楽しい♪普段はクールなんだけど、時折茶目っ気をみせる時があって、思わずニヤリとしてしまいました。
 映画化されてますが、どんな感じになっているか是非とも観てみたいなぁ。。。
 そういえば続編の「空中ブランコ(こちらは未読)」もドラマ化されるみたいだし、見逃せないです。
邪魔  ある「放火事件」に関わることになった人達の身に起こった、悲惨、とも言えるような出来事を描いた作品。
 「おやじ狩り」の少年達。その少年達に危害を加える刑事「九野」。九野を逆恨みする刑事「花村」。そして花村を利用するやくざ「大倉」。
 なんだか嫌な人たちが多く登場します。「放火事件」で九野とコンビを組むことになる刑事「服部」や「放火事件」の目撃者「及川茂則」の人間性は読んでいて本当に腹が立ってきます。
 もう一人の主人公、「及川」の妻「恭子」が「パートの雇用条件の改善」問題に巻き込まれてから、一人の平凡な主婦から、孤独にも負けない強い女へと変貌していく様は、読んでいてすごく惹きこまれました。「健康食品」を隠れ蓑に、ゆくゆくは新興宗教への強引な勧誘をするパートの「磯田」に凛とした態度で応戦するところがあるのですが、「よくぞ言った」という感じ。
 あんまり書くと、ネタバレになりそうなのでこの辺にしておきます。「ここが良かった」とか「これは意外だった」という内容は書ききれないぐらいあるので、興味を持った方は是非、読んでみてくださいね。で、こっそりと教えてくださいね(笑)。
最悪  鉄工所の社長「川谷」は、真面目に仕事をし、堅実な生活を送っています。ところが、最近新しくできた向かいのマンションの住人から「日曜日は音を出さないで欲しい」等を要請され、話は市役所の環境公害課へ持ち込まれます。取引先からの無理難題をこなすためには、休日返上で機械を動かさなければならないし、かといって、近隣と揉め事はおこしたくない「川谷」はどうしたものかと悩みます。
 また、銀行員「みどり」は、窓口に訪れる少しボケた顧客「柴田老人」に気にいられ、窓口で長話をされたり、お茶に誘われたりし、うんざりしています。そして銀行の行事「新歓キャンプ」の時に支店長からセクハラを受け、悩んでいます。素行の悪い妹の事も心配の種です。
 パチンコやカツアゲで生活している「和也」は、悪仲間「タカオ」と組んで「トルエン」を盗み、売りさばこうとしていましたが、目撃者がいたことから、車を借りたヤクザに弱みを握られてしまいます。ケジメをつける、という名目で二人で1000万を用意するように言われます。
 一見無縁のような3人が、見えない糸に操られるかのように引き寄せられ、ある場所で遭遇します。3人の人生はどうなっていくのでしょう???

 それにしても、この3人の主人公達が遭遇する災難(?)は本当に「最悪」です。その中でも「川谷」社長には心から同情します。不況のせいで、取引先の言うことをきかなければ仕事がなくなってしまうため、必死で働いているだけなのに騒音問題に巻き込まれ、「太田」氏の話術にはめられて追い詰められていく様は「あ、そこで頷いたらだめやんかぁ。」とか「どうするのよ〜!」とか思わずつぶやきながら読んでいました。
 また「みどり」さんの「柴田老人」に対する困惑なんかも、似たような経験をしたことがあるせいか(お茶には誘われなかったけど)よくわかりました。特に社内行事の参加不参加に悩むところも「そうそう、そうなのよ〜!」と実感しました。
 「和也」君に関しては、転落の人生は自業自得かなぁ、とも思うのですが、物語ラストで(本当に、どうなってんだ。これは現実か─?)と困惑する様子は少しかわいそうだなぁ、と思いました。
 心理描写がリアルで、読みだしたらやめられませんでした。

乙一
暗黒童話  主人公「白木菜深」はある雪の日、片目を失います。そして、その日から、今までの記憶ま
でもすっぽりを失ってしまったのです。
 祖父のはからいで眼球移植を受けた「菜深」ですが、時々、手術を受けた左目に自分のまっ
たく知らない風景が映し出されるのです。
「菜深」は、左目で見る「夢」を書きとめて綴じたバインダーを持って一人旅にでるのです
が。。。

 乙一さん、初読みです。前から少し気にはなっていたのですが、偶然図書館にこの本があっ
たので、手に取りました。
 かなりグロい描写が多かったですが、あまりにも強烈過ぎたためか私にはリアリティが感じ
られなく、あまり気にせずに読んでしまいました。
 それよりも、記憶をなくしてからの「菜深」の寂しさや辛さの方が目立っていて、せつなかった
です。
 以前の勉強もよくできて、明るくて人気者だった「菜深」を覚えているお母さんの「菜深」に対
する態度がすご〜くむかついてしょうがなかったし。
 最初の方で「がんばって勉強をしたし、ピアノの練習もしたけど、昔みたいにうまくで
きなかった。笑う練習もがんばった。何もかも人並み以下で、みんなが呆れるのがわ
かった。本当に今の私はできそこないだと思う。しかし、お手伝いもするし、お母さんの
ことが大好きだから、今の私を好きになってほしい……。」と「菜深」は母親にそう伝える
のですが、母は冷ややかに「菜深」をみると、何も言わずに部屋を出ていき、以後、彼女と話を
しなくなるのです。
 娘にここまで言わせて、なんで、解ってあげないのよ〜っっっ(怒)!!!ただ、もし自分が
母親の立場だったら同じような態度をとってしまうかもしれないんだけど。。。
 ラストの「菜深」の心理描写もじ〜んとして、爽やかな読後感でした。

乙川優三郎
かずら野  山科屋への一生奉公をすることになった菊子。絹糸を生産するために糸子として働くというのに、新しい着物を誂えてもらったり、部屋をあたえられたり、と他の糸子とはなぜか待遇が違うのです。不思議に思いながらも、一生懸命に仕事を覚える菊子ですが、ある日、主人の彦市が部屋にやってきて、その時初めて、自分が彦市の妾として買われたことに気づきます。そして、妻を寝取られて、彦市を恨んでいた息子の富治が、彦市を殺してしまいます。逃げ延びて、新たな地で生活を始める二人。貧乏に慣れていない富治と、貧乏には慣れている菊子。もともと強い愛情で結ばれているわけではないので、二人の間には少しずつ溝ができてきます。
 乙川さんの小説を読むのはこれが初めてですが、すごく文章が美しい、という印象でした。物語は、ちょっと悲しい終わり方をするですが、菊子、富治、それぞれの屈折した愛情のようなものを感じ、これでよかったのかも、と思いました。
霧の橋  主人公「紅屋惣兵衛」は、元は「江坂与惣次」という武士だったのですが、訳あって商人へと転じ、現在は、妻の「おいと」と「紅屋」という小店を商っています。そこに「勝田屋」という小間物問屋が上質の紅に目をつけて、取引を申し出ます。大きなお店に品を卸すと、「紅屋」の紅がどこでも手に入ることになってしまい、後には店の存続問題にまでつながってしまうとの懸念から、惣兵衛はその申し出を断ります。そんな中、組合仲間の「巴屋」が「白梅散」という良質の白粉に目をつけられ、巧妙な手口で、「勝田屋」に乗っ取られてしまいます。「惣兵衛」は、なんとかして手を打たなければ、と「おいと」や番頭の「茂兵衛」とともに、策を練ります。
 
 冒頭の章のみ、「惣兵衛」の父、「江坂惣兵衛」の物語になっています。それによって、「紅屋惣兵衛」が、なぜ武士から商人へと転じたのかが理解できるようになっているし、物語に緊張感が生まれてきます。
 この物語の見所は、「紅屋」と「勝田屋」の商いの戦いだけでなく、元武士としての心が捨てられない「惣兵衛」の葛藤、妻「おいと」との愛情やすれ違いなど、数えられないぐらいあって、読み終わったときは、すごく感動しました。すばらしい作品だと思いました。
生きる  表題作「生きる」:藩主が亡くなると、忠義と悲しみを形で表すため、「追腹」をする習慣のあった時代。主人公「又右衛門」も漠然とした覚悟を持っていたのですが、筆頭家老「梶谷半左衛門」から呼び出しを受けます。共に呼び出された「小野寺」と二人、「いかなる場合にも決して腹を切らぬこと、それが藩命であることを他言せぬこと、そしてその二点を守る限り両家の存続を保証する」という一文を加えた誓紙に署名をすることになります。
 周囲に「卑怯者、臆病者、恩知らず」と白い目でみられながら生き地獄のような苦しみを抱えて生きる「又右衛門」ですが、娘婿の「追腹」、息子の「切腹」、妻の「病死」と辛い出来事が次々に起こります。生きることに疲れきって、梶谷家老へ恨みつらみの書状を書き始めるのですが。。。

 「追腹」の習慣、今の時代では考えられないことですね。藩主に可愛がってもらったのだから当然「追腹」するだろう、という周囲を裏切って、生き続ける姿が切なかったです。だんだんと勢力を増していった次席家老派から嫌がらせを受け、娘には「ちくしょう」と恨まれ、ものすごい絶望を味わったことでしょう。ですが、物語最後は、少し、光を感じることができるような内容になっています。少しほっとしました。

 他2編のあらすじです。
 「安穏河原」:自分が信じる「大義」のため奉行職を捨て、生活に窮し、娘を身売りさせることになった「素平」。「織之助」は、時々、「素平」からお金を渡され、娘の様子をみに女郎屋へ足を運びます。娘の「おたえ」は「人間の誇りだけは失うな」と教えられた通り、苦界に身を落としながらもけなげに生きています。

 「早梅記」:隠居生活をはじめた「高村喜蔵」は、妻に先立たれ、倅夫婦ともそりが合わなくなり、淋しさを感じながら、昔、奉公人として雇っていた「しょうぶ」のことを思い出します。「喜蔵」の縁談がまとまった翌春、何も求めず、恨み言も言わずに去っていった「しょうぶ」は今どうしているのだろうか、と。

 直木賞受賞作のこの小説。さすがに、どの話も懸命に「生きる」人々の姿が描かれています。


恩田陸
三月は深き紅の淵
 作者未詳の「三月は深き紅の淵を」という小説をめぐって繰り広げられる4章からなる物語。この本は、ごく一部の人に配られたもので、きびしい条件があります。一つ、作者を明かさないこと、一つ、コピーを取らないこと。友人に貸す場合、たった一人だけ、しかも一晩だけ。
 第一章「待っている人々」。主人公巧一が、勤務先の会長の別宅に招かれ、会長や友人達と、本の在り処を探す物語。
 第二章「出雲夜想曲」。編集者隆子が、本の作者ではないか、と思われる人に会うために、友人朱音とともに出雲まで夜行列車で旅をする物語。
 第三章「虹と雲と鳥と」。二人の異母姉妹の死をめぐって彼女達の周りの人たちの様々な感情を描いた物語。至る所に「三月の〜」を思わせる部分がちりばめられています。
 第四章「回転木馬」。これから「三月の〜」を描きはじめようとしている主人公が書き出しを考えているところから物語は始まります。現実と架空の世界が交差して入る様が幻想的な雰囲気を醸し出します。
 三章までは本にまつわる謎にワクワクしながら読みました。四章は、今までの章とは感じが違って私にはちょっと難解な感じがしました。恩田さんの小説は、読み終わっても余韻がしばらく残るような感じで、とてもいいですね。


角田光代
あしたはうんと遠くへ
いこう
 好きな男の子「野崎修三」にあげるために、レコードを何枚も替えて、好きな曲のテープを作ってる高校生の女の子「泉」。そんな彼女の1985年から2000年までを綴った物語。
 
 タイトルに惹かれて、図書館で借りました。
 主人公の「泉」ですが、なんとなく、あ〜、わかるなぁ、という感じ。必死に作ったテープをやっとの思いで渡した、と思ったら、その直後「野崎」が男友達に「あいつなんかこえーよ」と言っているのを聞いてしまったことなんかは、ほろ苦い恋の思い出を連想させられたりして。。。
 そして、彼女の恋愛に対する思い込み(?)というのか、なんだか、その行動力はすごい、と思うのですが(アイルランドへ旅したり、トライアスロンに挑戦したり)、ちょっとなじめなかったりもしました。っていうか、ちょっと極端すぎるんでないの?と思ったり。読んでるときは結構おもしろくて、一気に読めたんだけどな。
 以下ちょったネタバレですが、年下の「ポチ」とあだ名される男の子と同棲しながら、通っているスポーツクラブのインストラクター「シノザキ」とも付き合い、挙句の果てに「シノザキ」にストーカーされる、という展開は「やっぱりなぁ」と思いながらもちょっとだけ気の毒にもなりました。付きあった男性にあんまり魅力がないっていうところも気になりました。なんでこんな人たちに惚れるんだ???って感じでしょうか。今回はちょっと辛口になってしまいましたが、これを書く前に、この物語の辛口批評を読んでしまったせいかもしれません。影響されやすい私。。。


金城一紀
FLY,DADDY,FLY  平凡なサラリーマン、「鈴木一」。可もなく不可もない人生の道程で、愛する妻と娘の存在だけが自分の誇りです。
 そんな「鈴木」に大変な出来事が起こります。娘が「石原」という高校生と痴話喧嘩の末、暴行を受け、顔とお腹を怪我したというのです。
 実は「石原」はボクシングの高校総体優勝者で、3連覇を目指して特訓中の身。彼の学校の教頭「平沢」と教師「安部」は「将来ある若者のためにもこれ以上、騒ぎを大きくしないでくれ」と「鈴木」に告げます。
 ショックの余り、相手の言い分を疑いながらも娘を完全に信じることができなかった「鈴木」は、これ以上、情けない思いをしたくないと、「石原」を倒す決意をし、学校に乗り込みます。ところが、ちょっとした手違いで、別の高校へ行ってしまい、そこで、「山下」「南方」「板良敷」「萱野」「朴舜臣(パクスンシン)」という学生達と知り合います。そして、「打倒、石原」を目指して喧嘩の達人「朴」の指導によるまさに死に物狂いのトレーニングが始まったのです。。。

 最初から最後まで一気に読めました。「鈴木」がトレーニングで少しずつ強くなっていく様がとてもおもしろく、一見非情にもみえる「朴」のシゴキ、読んでいてスカッとします。個人的には「山下」のキャラがとても楽しかったです。
 実際にはちょっとありえない出来事かもしれませんが。。。 

北村薫
スキップ  高校2年生の「一ノ瀬真理子」は、ある日、うたた寝をしていて目覚めると、25年後へ移動していました。そう、時間を「スキップ」していたのです。その世界では「真理子」は結婚していて「桜木真理子」として生活をしていたようです。そして自分と同じ年齢の「実也子」という娘もいるのです。
 心は17歳でも、体は中年。そのギャップにショックを受ける「真理子」ですが、元の世界に戻るまではここでの生活になじまなくては、と、42歳の「桜木真理子」として生きようと、懸命に努力するのですが。。。

 北村さんの「時と人」シリーズの第一作目。
 ここに登場する人たちは、みんな愛にあふれています。
 主人公「真理子」がすごくいい。25年後、自分はどういう人物なのかを、少しずつ探って行くうちに「国語教師」だということを知り、春休み明けに、教壇に立たねばならないと知ると、旦那さんである(自分にはまだ受け入れられないけれど)「桜木」さんに、授業の進め方などを教わり、予習をし、堂々と授業をやってのけたりと、常に前向きな姿勢が心地よいです。
 娘の「実也子」も、心は17歳の「真理子」のことを信じて、実際の母親の「真理子」のことは「あのお方」なんて形容したりしてなかなか楽しいです。
 そしていいな、と思ったのは「桜木」さん。「真理子」の旦那さんなのですが、17歳の「真理子」の気持ちを尊重して、やさしく暖かく見守る様子がすごく微笑ましいです。「真理子」も少しずつ、そんな「桜木」さんを頼りにするようになり、この二人の関係がすごく初々しいのですよ(笑)。もう一度、恋愛をしているような感じですね。
 その他にも、教師の「真理子」を敵対視しているような生徒の出現、熱い眼差しで「真理子」を見つめる生徒など、(この先の展開は?)とドキドキするような内容も盛りだくさんで、本当におもしろく、そしてホロリとさせられる物語でした。
ターン  主人公「森真希」は、ある日の午後、家具屋からの帰りに、強引な割り込みをしようとした車を避けようとして、大型ダンプと衝突してしまいます。
 気がつくと、「真希」以外誰もいない世界にいました。そこでは、いくら1日を過ごしても、午後3時15分─事故の起こった時間─になると、元の時間に戻ってしまう(ターンしてしまう)のです。。。

 「時と人」シリーズ2作目。今回の主人公「真希」は、版画家です。といっても売れっ子というわけではなく、週2回、子供相手の美術教室の先生をして日々の糧を得ています。
 二人称で物語が進んでいくのですが、最初少し読みにくくて、なかなかページが進みませんでした。ですが、物語中頃、「泉」という人物が登場してからは、これから先どんな展開になっていくのかが気になって気になって、一気に読み終わってしまいました。
 「真希」は本当に素敵な女性です。たった一人しかいない世界でも、なんと真摯な態度で生きているのでしょう。この世界ではいくら無茶なことをしても、3時15分になると、何事もなかったかのように元に戻ってしまうのに。お店で必要な物を買うとき、誰もいなくても代金を置いていくんだもの。もし、私が「真希」と同じようなことに出くわしたら、きっと自堕落に生きてしまいそうです。
 ちなみに、あとがきで北村さんが描かれている、本書中での矛盾点、解説してくださっているのですが、難しくて頭がこんがらがっちゃいました。私は全く疑問に思わずにさらっと読んでしまったのですが、別にいいよね(笑)。

蔵前仁一
世界最低最悪の旅  日本人旅行者が体験した驚天動地のとんだ災難や事件を「旅行人」編集長である蔵前さんが厳選した体験談。

 本の帯によると「空前絶後!事実は小説よりも悲惨なり」と記述されているとおり、かなりここに登場する方たちはものすごい体験をされています。七章に分かれていて、「海外のちょっと変わった食べ物での体験談」、「旅での失敗談」、「死にかけた話」、「冗談ではない出来事」等など。
 一番印象に残ったのは、第五章「バツイチになる日 わたしは無実なのだ!」です。これは旅行作家・岡崎大五さんの体験談。自分の知らないうちに、戸籍上、タイ人の女性と結婚していることになっている、というのです。日本人との結婚を証明されたタイ人女性は容易にビザを取得することが出来、日本に入国し、仕事にありつける、というわけで、その手の書類の売り買いをする人たちの仕業なのだそうです。浅田次郎さんの短編にそういった話があったのを思い出しました。
 岡崎さんは、以前タイの法律事務所で仕事をしていたことがあり、どうやらそこから「戸籍謄本の売買」という犯罪が行われていて、警察に目をつけられてしまったのです。彼がどうなったのかは、本編を読んでみてくださいね。


小林聡美
マダムだもの  女優である「小林聡美」さんのおもしろおかしい出来事を綴ったエッセイ。

 まずページ最初の「マダムのデジカメ写真館」から笑わせてくれます。「トイ・ストーリー」の「バズ」との寝起きの挨拶に始まって、「マトリョーシカ」にさりげなく旦那さんの三谷さんが写っていたり、時代劇のヅラをかぶってポーズ決めてたり、楽しいです。
 以下、内容を少しだけ。
 ・5年目の結婚記念日に、せっかく旅行を計画したのに三谷さんの仕事が片付かず、「延期できないかな・・・」と突然言われてしまったマダム。さてどうする???
 ・ひょんなことから手に入った「生ゴミ処理機」。いつしか「ゴクミ」と名前までつけられ、大活躍!ところがある日、どこからともなく、異臭が漂ってきて。。。
 ・愛犬「ラブラドール」の「とび」ちゃんの膝のお皿が脱臼!病院へ入院する「とび」ちゃんとのしばしの別れに涙するマダム。そして感動の再会になるはずが。。。
 ・朝早くからロケにでかける三谷さんのために、自分も早起きをしていざ仕事場へ送ってあげようとはりきるマダム。果たして、彼女の決意は報われるのでしょうか???

 上に書いたのは、ほんとにちょこっとだけです。残りは読んでみてね。おもしろい、っていうか、あんまり何も考えずにサクっと読めます。

今野敏
ST 青の調査ファイ
 心霊現象が起こるというマンションの一室で、チーフ・ディレクター(CD)の「細田」が死体となって発見されます。「川那部」検死官は現場の状況から「単なる事故死」だと判断するのですが、いくつかの疑問点をST達が指摘します。霊能者「安達」は「霊障」が原因だと言うのですが、果たして真実は?
 「ST」シリーズ、4作目。
 今回は、「ねぇ、僕、もう帰っていい?」が口ぐせの「青山」君が心霊現象と霊能者「安達」に関心を寄せ、積極的に捜査に参加。「赤城」も「安達」が心霊現象を体験する時に起こる偏頭痛を異常に気にするのです。
 何も考えていないような会話の中から、いつの間にか人の本質をズバリと指摘する「青山」君は、さすがプロファイリング担当ですね。
 心霊現象に関しては、一応の論理付けがされていて、「あ〜、なるほどね」と思いました。
 物語ラストで「青山」君の言ったセリフ(以下反転文字)
「安達さんに気づいたわけじゃない。赤城さんが、妙に安達さんを気にしているのに気づいただけだ」
というのがなんだかいいなぁ、と思いました。一人一人バラバラで行動するイメージの強い「ST」達ですが、心の底ではすごく仲間意識を持っているのね。4作目ということで、これもキャラ達の成長の一つなのかな。
 「菊川」警部補が、またまた「ST」寄りになってきたところも見逃せません。
 このシリーズの感想書くの好きです(笑)。というか「これはおもしろいよ〜」といろんな言葉を使って褒めているだけのような気も。。。
ST 緑の調査ファイル  リハーサル会場への移動中に、「ストラディバリウス」の盗難事件が発生。このバイオリンは、約1ヵ月後に控えた「新東京フィル」のコンサートのために人気ソリスト「柚木優子」がイタリアから持ってきたもので、話題を集めていました。さらにホテルの一室で、コンサートマスター「小松」が死体となって発見されます。
 これは密室殺人なのか?「ST」のメンバーは、バイオリン盗難事件と密室殺人の謎を解くことができるのでしょうか?
 「ST」シリーズ、7作目。
 今回はタイトルから「翠」ちゃんが主役だなぁ、と思いながら読みましたが、「青山」君と「菊川」」さんもクラシックファンということで、けっこう活躍してます。二人が意気投合して会話している様子がすごく微笑ましく感じました。
 それから、注目はやはり「翠」ちゃん。あの聴力には毎回感心させられますが、もし自分が同じ能力を持っていたら、きっと耐えられないんじゃないかなぁ。聞きたくないことまで耳に入ってきて、こんなこと聞きたくなかった(知りたくなかった)という思いを何度もしてきてると思うんです。そんな彼女が、生まれて初めて出会った、(空白部反転文字)分と同じ能力の持ち主である指揮者「辛島」。彼に出会ってから、いつになく塞ぎ込んだりして、今までにない心の葛藤がすごく伝わってきました。そして、そんな彼女を気遣う「菊川」警部補。シリーズの最初の方では、明らかに「ST」に対していい感情を抱いていなかったのに、回を重ねるごとに、彼らのよき理解者であり、仲間となっています。「菊川」のそんな感情の変化や、彼に限らず、頼りないキャップ「百合根」の成長具合なども、全然不自然でなく描かれているところもこのシリーズの魅力といっていいんじゃないかな(もちろん「ST」の成長もね)。
ST 赤の調査ファイル 高熱のため、病院で処方された薬を飲んだ男が急死するという事件が起こります。医療訴訟では、病院側の落ち度は認められませんでした。遺族は刑事告訴に踏み切ります。この案件がSTに持ち込まれ、「赤城」を中心に「百合根」「菊川」「ST」達が原因解明に挑みます。
 「ST」シリーズ、5作目。
 文句なしにおもしろかったです。今回の主役は「赤城」さん。対人恐怖症のため、直接患者とは接しない「鑑定医」の道を選ぶに至った過程などが明らかになっていきます。
 それから「大学病院」のシステム。紹介状なしで訪れると親身になって診てくれないとか、「医局」での絶対者の存在とか読んでいてすごく参考になりました。
 薬についても、普段何気なく飲んでいるけど、ショック症状が出ないかとか気をつけないといけないなぁ、とか色々考えさせられました。
 調べていくうちに辿りついた事実は、絶対にあってはならないことで、読みながら私まで怒りがわいてきました。
 今回、すご〜く嫌な人物がでてきます。それは事件の起こった京和大学病院の「大越」教授。研修医時代の「赤城」さんをいじめまくった人物で、病院内を我が物顔で威張り散らしてるんです。もう許せん!!!
 それから「ST」達や「百合根」を目の敵にしていた「壕元」巡査長。たたき上げの彼はどうしてもキャリアに対して反感を持ってしまうのですね。忙しい、というのも理由のひとつですが、まぁ、こちらは物語が進むにつれ嫌な人物度は薄れていきますが(笑)。
 また、今までのシリーズでは、「ST」たちは自分の得意分野以外には興味なし、といった印象を受けてたんですが、「赤」では不思議な連帯感を感じました。物語ラストで「赤城」さんの言ったセリフにすご〜くあらわれていますよ。
ST 黄の調査ファイル  マンションの一室で、男女4人の死体が発見されます。この若者達は宗教団体「若葉苑」の信者でした。検死官は集団自殺だと断定するのですが、遺書がないことや、現場の不自然さを疑った「青山」の発言もあり、「ST」たちは調査を始めます。教団の代表「阿久津」、対立の末「若葉苑」を離れた「篠崎」、若者達のグループで唯一自殺に加わらなかった「町田」。彼らのうちの誰かが自殺に見せかけて若者達を殺害したのか、または別の人間の仕業なのか、それとも本当に自殺なのか、興味は尽きません。
 「ST」シリーズ、6作目。今回の主役は現役僧侶でもある「山吹」さん。いつもいつも落ち着いていて、素敵です。またもや、「ST」廃止派の「川那部」検死官とことごとく意見が対立しているのですが、今回は現場の刑事達が協力的で、綾瀬署の「塚原」さんなんて、最初はちょっと横柄な態度だったけど、中盤頃から「翠」と「黒崎」の「人間嘘発見器コンビ」が気に入ったとみえ、行動を共にしたりといい感じでした。
 それから、シリーズが進むにつれて、「ST」メンバーの過去が少しずつ解き明かされていくのでますますキャラに親近感が。特異なキャラだなぁ、と思いながら読んだ1作目、2作目よりも好きになりました。
 「町田」の禅の体験に同席したりと、「百合根」警部も今回は頑張っています。
 「山吹」さんのセリフ「(以下、反転文字)誰のために修行をなさろうというのか。誰のために参禅なさるのか。ご自分のためではないのですか?他人のためなら、おやめになられたほうがいい」「他人に認められようとか、感心してもらおうとか、ほめてもらおうと思っているうちは、他人のために修行をしているということです。」が印象的でした。
ST 警視庁科学特
捜班
 多様化する現代犯罪に対応するため新設された警視庁科学特捜班(ST)。
 法医学担当医師「赤城」。化学事故やガス事故の専門家「黒崎」。文書鑑定、プロファイリング担当「青山」。物理担当で並外れた聴覚能力を持つ「翠」。薬物のエキスパートで現役僧侶でもある「山吹」。
 そしてその5人のまとめ役「百合根」警部に、捜査一課のベテラン警部補「菊川」が加わり、繰り返される猟奇事件の真相に迫ります。
 今回は、男でも思わずみとれてしまう凄絶な美貌の持主「青山翔」のプロファイリングが事件を解決に導きます。
 登場人物のキャラが特異でなかなか楽しめました。5人のまとめ役「百合根」警部が、「ST」に 反発する刑事達との板ばさみでおろおろする姿がなんだか同情を誘います。謎解きに関しても満足でした。
ST 警視庁科学特捜班〜毒物殺人  「フグ毒」によろ変死事件が連続して起こり、事件に取り組む「ST」達。事件の背後に「自己啓発セミナー」の存在を嗅ぎつけます。有名女子アナの身に迫る、「自己啓発セミナー」の罠。。。
 今回は現役僧侶の「山吹」がすごい活躍をみせてくれます。「死者の復活の儀式」や「薬物」に関する知識などは感心するばかりでした。
 そして「ST」廃止派の「川那部」検死官とことごとく意見が対立しますが、第一作で「ST」に反発を感じていた「菊川」警部補が少しずつ彼らに理解を示していく様がなかなか良かったです。「百合根」警部も少し成長したかな?
ST 警視庁科学特捜班〜黒いモスクワ  「美作竹上流」という総合武術のモスクワ支部立ち上げ式のセミナーに、STの「黒崎」が行くことになり、休暇をとります。
 同じ時期、ロシア連邦保安局(FSB)との情報交換のために、STの「百合根」と「赤城」がロシアに出張します。到着後、二人はFSBのアレクと共に、ロシア・マフィアが亡くなった爆発事件の捜査をすることになります。そこで、休暇中の「黒崎」と、モスクワ在住の宗派の用事で訪れた「山吹」も合流します。
 その後、「菊川」警部補、STの「青山」「翠」も駆けつけ、事件解決に全力を注ぎます。

 「ST」シリーズ、3作目。今回は舞台が「ロシア」ということで、国際的な感じです。「黒崎」さんは、武道の達人、ということで、最初は警察の仕事とは関係なく、自分の習っている「美作竹上流」のセミナーのためにロシアに旅立つのですが、「アレク」が「美作竹上流」のモスクワ支部に関係しているために仕事で出張している「百合根」と「赤城」に再会するのです。
 さすが「ST」らしく、普通なら見逃してしまうような、些細な証拠から真実を探る様子はおもしろかったです。


重松清
疾走  優等生の兄、「シュウイチ」。彼は、進学校のレベルについていくことができずにだんだんと精神を病み始め、ついには犯罪者になってしまいます。そこから主人公の「シュウジ」の家庭は崩壊していきます。。。

 まず、最初に驚いたのは物語が終始「おまえ」で語られること。特別違和感はなかったのですが、ずっと「語り部は誰?」という感じでした(物語最後にわかりますが)。
 「沖」と「浜」の差別的な対立。「バブル」の影響で計画された「リゾート化」のための立ち退き問題。走ることができなくなった「恵理」。14歳の若さで、やくざに飼われている「みゆき」。ずっと重苦しい雰囲気で、物語が進んで行くのです。
 そして怒り、といってもいいような感情も。兄、「シュウイチ」ばかりをかわいがる母親。壊れかけていく段階で、なぜあんな風に、「シュウイチ」のいいなりになるのでしょうか。まるで「シュウジ」の存在を無視しているかのよう。無口な父も同様に、優しいようでいて無責任。結局逃げ出すしかないんでしょうか。
 残酷、ともいえるような、いじめのシーンや、性描写もかなりあったし、救いようのない物語だなぁ、と思いながらも一気に読んでしまったのは、やはりラストが気になったから。
 この物語で、かなり重要な役目を果たす「神父」。彼も、つらい過去を背負って生きているのですが、「シュウジ」にとって教会に通うことが救いにつながったのかは、謎です。「神父」の弟に会ったことも「シュウジ」の人生を大きく狂わせることになったような気がするから。。。
 そして何より、この本の装丁。怖すぎ(笑)。よくみたら、そんなことないんだけどね。でも内容にはあっているかも。重松作品の暗く重い内容の本の中でも一番、暗く重い本でした。子供が「シュウジ」や「みゆき」の年齢になったら、きっと読むには辛い本になると思いました。
リビング  「家族」をテーマに描かれた12編の短編集。
 引っ越し運が悪い若い(?)夫婦が新居を購入し、隣家との関わりに四苦八苦しながら生活して行く様を描いた「となりの花園」の四季を軸に、他の短編がはさまれています。
 性格のキツいひいおばあちゃん「千代」と、「千代」にキツいことを言われながらも遊びに来る幼なじみの「八千代」さんとの関係に疑問を抱くひ孫「スミ」の視点で描かれてい「千代に八千代に」
 優しくはあるし、嫌いではないんだけど、どこかずれた優しさ─王様のやさしさ─でなんにもわかっていないダンナにちょこっと反発して、同窓会のためにプチ外泊をした「ユウコ」さんの物語「一泊ふつつか」
 小説家の主人公が、昔の友だち「くじらちゃん」から「孫が生まれました」という手紙をもらって、矢沢永吉に青春を捧げた(?)学生時代のことを懐かしく振り返る「YAZAWA」
 どの短編も「あ〜、重松節だなぁ。」と思えるものばかりだったのですが、両親の離婚のため、翌日から苗字がかわってしまう主人公の一日を描いた「モッちん最後の一日」 が印象的でした。モッちんの前向きな姿勢、友人たちの優しさが心地よかったです。お父さんもお母さんも、別れることにはなってしまったけれど、それぞれのモッちんへの愛が伝わってきて、ラストは爽やかな読後感でした。
卒業  身近な人の「死」をテーマに描かれた4編の物語。

「まゆみのマーチ」:母の危篤にかけつけた主人公とその妹、「まゆみ」。子供時代、歌が大好きだった妹の「まゆみ」はいつでもどんなときでも歌い始めてしまい、周囲から変な子にみられてしまいます。そして教師に授業中マスク着用を命じられ、そのことが原因で学校に通えなくなってしまうのです。一方、主人公は成績もよくクラスでもリーダー格の少年で、妹の「まゆみ」をかわいく思いながらも、恥ずかしい、と感じ、複雑な気持ちを抱いていたのです。不登校になった「まゆみ」をいつでもあたたかく見守ってくれた母の思い出を、現在の二人の状況を絡ませながら綴られています。。。
 主人公自身は息子の「亮」が不登校の状態で悩んでいるのですが、同じ思いを経験した「まゆみ」との会話によって、親として、これからの息子との接し方に変化がおきそうな希望の光を感じられるラストでした。タイトルにもなっている「まゆみのマーチ」の歌詞に泣けました。

「あおげば尊し」:厳しくて冷たい高校教師だった父が病に倒れ、最期は自宅で、という父の希望で在宅看護という方法をとった主人公。
 主人公自身は現在小学校の教師をしていて、「死体」と言うものに対して異常なまでに興味を持つ「康弘」という生徒のために生徒達に父の看病をさせ、「命の重さを伝える教育」を試みますが。。。
 最初は「康弘」君に対して嫌悪感を抱いてしまいましたが、彼の家庭環境がわかってくると少し納得もしました。主人公のとった行動は、教育としては間違っているかもしれないけれども、お父さんは満足だったのではないか、と思うと否定はできないような、でも複雑な気分でした。

「卒業」:ある日、主人公のもとへ、中学2年生の「亜弥」という女の子が訪ねてきます。彼女は学生時代の親友「伊藤」の娘で、彼女が生まれる前に「伊藤」は自殺してしまったのです。「あのひとはどんな人だった?」という「亜弥」に主人公は昔の記憶を辿りながら「伊藤」との思い出を語ります。。。
 いじめにあっている「亜弥」。子会社への出向を命じられた主人公。「亜弥」の新しい父親「野口」さん、「亜弥」の母親「香織」。様々な人の心の葛藤が実にうまく描かれていて、読んでいて切なくなりました。

「追伸」:現在、小説家として脚光をあびはじめた主人公の母は6歳の時に亡くなり、その後、後妻となった「ハル」さんにことごとく反発していました。彼は義理の母の存在を消し去り、母が生きていたら〜、という仮定の上でエッセイを執筆し始めます。。。
 病弱な母親が綴った日記がすごく辛かったです。それを心の支えにする主人公の気持ち、その日記にこだわる後妻の「ハル」さんの気持ちもすごく伝わってきました。ちょっとした行き違いでこじれにこじれた主人公と「ハル」さんを気遣う、腹違いの弟の存在も見逃せません。
定年ゴジラ
 主人公の「山崎」さんは、長年勤めた銀行を定年退職し、自由で気ままな第二の人生が始まったところ。とはいうものの、実際そうなってみると暇を持て余し、なんとな〜く居心地の悪い思いをしながら過ごしてるんです。
 そんな「山崎」さんですが、朝の散歩をしているうちにお仲間ができていくわけです。町内会長の「古葉」さん、威勢のいい「野村」さん、温厚そうな「藤田」さんなど。そして読み進むうちに、彼らの住む「くぬぎ台ニュータウン」での大小様々な出来事が描かれていくのです。
 この本は以前読んだのですが、文庫化の際に加筆された「帰ってきた定年ゴジラ」部分が読みたくてずっと気になっていたので、結局買ってしまいました。
 そして再読したわけですが、やっぱりこの本好きだなぁ、と再確認させられました。
 なんといっても主役の「山崎」さんを含め、主役級の「お散歩仲間」のキャラ設定が良いのです。
 嫁と姑との板ばさみで心労の耐えない「古葉」さん。
 長年の単身赴任から開放されて我が家に戻ったものの浦島状態で家に自分の居場所がない(と感じている)「野村」さん。
 「くぬぎ台」の開発を担当し、定年後、街の寂びれ具合に心を痛めている「藤田」さん。
 みんな何か心にモヤモヤを抱えているにもかかわらず、「明るい第二の人生を!」という気合みたいなものが感じられるのです(私の勝手な印象ですが)。
 各章について、色々書き留めておきたいこともたくさんあるのですが、私の拙い文章なんかではなく、是非とも作品を読んでいただきたい、と思います。
 第六章の「くぬぎ台ツアー」は若い方が読まれたら、きっと心がしめつけられるような気持ちになるんじゃないかなぁ、と思うのですがいかがでしょうか。

雫井修介
火の粉  退官した裁判官、「梶間勲」の隣に、「武内」が引っ越してきます。彼は、2年前、一家惨殺の犯人として逮捕されたものの、証拠不十分として、一転、冤罪として無罪判決になったのです。 そのときに判決を下したのが「勲」でした。
 「武内」は、人のいい隣人として、「勲」の妻「尋恵」や息子「俊郎」らに受け入れられます。「勲」自身も、これは偶然なのかな、と訝しく思いながらも彼を受け入れます。ところが、彼が越してから、何かと不可解な出来事が起こります。母親がおかゆをのどに詰まらせて亡くなり、嫁の「雪見」が孫の「まどか」を虐待している、と児童相談所の人間が訪ねてきたり。そんな中、「雪見」に接触しようとする人物が。その人物は「池本」といい、2年前の一家惨殺事件の被害者の関係者で、今でも「武内」が真犯人に違いないと、確信しているようなのです。

 最初は、「勲」の視点で描かれていて、裁判官として「死刑判決」を下すことの深刻さが伝わります。自分の一言でたとえ犯罪者といえども「生死」が決まるのですから。状況を考えても「武内」を無罪としたときの「勲」の判断は決して間違い、というわけではなかったのだと思います。
 次は、「勲」の妻「尋恵」の視点で。彼女は義母の介護をするのですが、無関心な「勲」や口うるさい小姑の干渉などで、精神的に疲れ果てています。そんな中、「武内」が唯一自分の味方であるような錯覚を起こし、全面的に信用してしまうのです。
 また、嫁の「雪見」の視点でも物語は進みます。彼女は、「武内」が隣人になってから家の歯車が少しずつ狂っていくような気がするものの、はっきりとした証拠もないのに「色眼鏡」でみてはならない、と悩みます。結果として、じわじわと罠にはめられ、夫との仲もうまくいかなくななってしまうのですが、私は彼女に一番共感しました。「負けるな〜!」という感じでした(笑)。
 ネタバレになりますが、「武内」はほんとに怖いです。物語後半、ある場所での登場の仕方なんかは、外国のホラー映画を連想させるようでした。
 ただ、「冤罪」が「冤罪」でなかった、という設定は、実際にあったらすごく大変なことですよね。現実に「冤罪」で罪に問われ、苦しんでいる人もいるのだから。
 余談ですが、どうも好きになれなかったのは「勲」の息子「俊郎」です。父のことを信頼し、尊敬しているからか、「武内」に対してほぼ最後まで味方であり続けます。「雪見」に対しても「お前がそんなふうだと俺が恥ずかしいんだよ。馬鹿なら人の意見くらい聞けよ」なんてことを言うのです!こんな風に言われたら、すべてが解決したとしても夫婦としてやり直していけるものだろうか、なんて余計なことを考えてしまいました。
栄光一途  オリンピックを目前に控えた日本柔道強化チームのコーチ「望月篠子」。
 彼女はある日、柔道界の重鎮から「代表候補の中から、ドーピングをしている選手がいるらしいので、調査を進めるように」との任務を言い渡された。
 疑わしいのは「杉園信司」「吉住新二」の2名。選手に気づかれないように細心の注意を払って真実を追う「篠子」ですが、果たしてどっちの「シンジ」がドーピングに関わっているのでしょうか?

 雫井さんのデビュー作となったこの小説。最初からすごく惹き込まれました。
 冒頭、人気の少ない街の路地で「シンジ」という人物が少年たちに暴力をふるっている描写から始まります。物語が動き出してからも合間に「シンジ」が暴力をふるう描写が挟まれていて「どっちのシンジ?」と自然とページをめくる手が早くなってしまいましたが、途中から漠然と「シンジ」の正体がわかってしまって、ラストでは(あぁ、やっぱり。。。)という感じにはなりましたが、そうなってしまった動機がよくわからなかったので、最後まで読んで(こうゆうことだったのねぇ。)と納得。
 すごくおもしろかったです。
 スポーツ界での「ドーピング」問題。いくら禁止されていてもどんどん新しい薬も開発されていて、頂点を目指す競技者としては誘惑に勝つのは苦しいかも。でも、それで身体がボロボロになったりしたら大変だし。なかなか難しい問題ですね。

柴田よしき

貴船菊の白  刑事をやめた主人公が、思い出の地・京都を訪れます。ここは、自分が最初に手がけた事件の犯人が自殺した場所でした。そこで、貴船菊を捧げている犯人の元妻と再会します。彼女と食事をし様々な話をする中で、主人公は思ってもみなかった事件の真相を知ることになってしまいます。。。

 上記の内容の「貴船菊の白」というタイトルの物語から始まる短編集。どれも京都を舞台にした物語で、独特の雰囲気がありました。
 ほかに印象に残ったのは「銀の孔雀」。アンティークショップで偶然目にした「銀の孔雀」のブローチ。それは、憧れの地・京都で結婚生活を送っていたた「志保美」を家から追い出す原因となったブローチでした。典型的な「京女」である姑「タエ」との同居も、毎日が充実して幸せだったはずなのに、なにが原因で自分はこんなにも疎まれてしまったんだろう、と思い悩む主人公がすごくかわいそう。そして次々と判明する真実に驚きの連続(ちょっと大げさかな)でした。短編なのにこんなにドラマチックな展開を盛り込んでいるなんてすごい、と思いました。
 全部で七つの短編が収められていますが、すべてに謎解きの要素があって、どんでん返しのラストに驚かされます。しかもそれが全く不自然でないところも重要なポイントですね。
 でも、典型的な「京女」というのは実際のところ、どういう感じの人なんでしょうね。「しんがしっかりしている」とか「物腰柔らか、でも気がきつい」とか「冷たい」とかいったイメージがとりあげられるけれど、身をもって体験したことがないので。。。
猫と魚、あたしと恋  恋愛とミステリーを中心とした9作の短編集。どの主人公も、少し壊れているような女性です。万引きによって精神を保とうとする女性や、別れを告げられ、相手にストーカー行為を続ける女性、ネット界の人気者になり、友人のちょっとしたいたづらのために幸せな結婚生活をふいにしてしまった女性、などなど。そして殺人がからんできます。
 最初、なんとなく読みにくい印象をうけ、なかなか読書のペースが進まなかったのだけど、途中からはおもしろい短編もあり、やっと読み終わりました。
 一番、よかったなと思った物語は「化粧」でした。急なお姑さんとの同居により、平凡な生活を送ることができなくなった主人公が、自立を決意し、自立していく姿を描いたものです。かなりネタバレですが、我慢に我慢を重ねてきた主人公が、夫の浮気に対してお姑さんの「そのくらいは我慢するのが当たり前云々・・・」という暴言にブチ切れて別れる決意をするんですが、最後に意外な展開があって感動的なラストをむかえます(そう思うのは私だけかな?)。
 他の作品も読んでみたくなりました。
ふたたびの虹  旬の素材を扱う小粋な小料理屋「ばんざい屋」。その名の通り、京風の味付けのお店です。この物語は「ばんざい屋」の女将「吉永」が主人公です。
 連作短編という形をとっているのですが、常連客とのやりとりが中心になっていて「聖夜の憂鬱」ではクリスマスに父を亡くしたOLの話や、「思い出ふた色」では常連客の兄夫婦の養女になった女の子の「パンダの茶碗」を探す話、そして物語後半、いよいよ明かされる女将の過去。。。

 柴田さん、2作目ですが、この小説、すごくよかったです。なんといっても「ばんざい屋」が魅力的。読んでる間、私も食べたい〜、と何度思ったことか(笑)。常連客である古道具屋の主人・清水と女将の恋愛模様もなんともいえないです。お互い、いい大人の二人の仲がなかなか進展しない様子がとても初々しいような、じれったいような。。。
 何かしら事件が起こって、女将と清水の助言によって事件が解決する、といった謎解きの要素もあるにはあるんですが、それはあんまり重要じゃないかも。ってこれはあくまで私の感想なんですが。
 読後感もさわやかでほんわかとした気持ちになれる小説だと思います。「パンダの茶碗」の4歳の「真子」ちゃんの言葉に涙しました。
ミスティー・レイン  取引先の営業マン「上尾」との不倫が原因で会社をクビになった「茉莉緒」。彼女が鴨川の河原でコンビニで買ったおにぎりを食べているときに、一人の青年と知り合います。彼の名は「雨森海」。売り出し中の俳優のようです。その時はそのまま別れたのですが、偶然にも「茉莉緒」がエキストラとして応募した映画に彼が出演しており、撮影現場で再開することになったのです。
 そしてその撮影現場で殺人事件が起こります。被害者は大勢のエキストラの中の一人で、何か毒物をそれとは知らずに口にしたようなのです。直前被害者は「雨森海」に「すみません、ひとつ貰っちゃいました。後で渡します。」と言ったというのです。
 「茉莉緒」は「海」のマネージャーで事務所「オフィスK」の陰の実力者「伊藤冴子」に気に入られ、彼のマネージャーをすることになってしまいます。というのも「冴子」は事務所の運営や他のタレントのマネージャーを何個も掛け持ちしてとても忙しいためです。
 そんな中、被害者の婚約者だった女性が「茉莉緒」を訪ねてきます。被害者の死に不審を抱いているため、「雨森海」に会って、直接話がしたいと言うのです。「茉莉緒」と「冴子」が滞在先のホテルを訪ねてみると、彼女は死体となっていたのです。。。
 
 物語の最初は、「オフィスK」のアイドル「松崎かすみ」の自殺から始まります。社長が「伊藤冴子」を頼っての携帯電話でのやり取りは、なんだかものすごくひきつけられます。「冴子」ってどんな女性なんだろう、と。そしてそのままラストまで一気に読ませてくれます。「謎解き」としてはちょっとあっけない展開かなぁ、という感じがしましたが、「茉莉緒」と「海」二人の成長物語としては十分に満足できました。芸能界のスキャンダルの二面性(本物のスキャンダルと、それを隠すためのでっちあげ)や、レポーターとの取引など、なかなか興味深く読めました。物語ラストでとった「茉莉緒」の選択もすごく良かったです。
 ラスト・レース〜1986 冬物語〜  社内不倫の末、傷ついた「秋穂」。会社帰りにふと立ち寄った宝石店で、女子大生の客が忘れていった「ガーネット」の指輪をほんの出来心から持ち帰ってしまいます。
 その日の夜、鍵のあく音で目覚めると、二人組みの強盗が「秋穂」の前に。そして、「秋穂」はそのうちの一人にレイプされてしまいます。
 翌日、似たような名前のマンションで、OLが殺されたことを知り、自分は人違いでレイプされたのではないかと「秋穂」は考えます。
 そんな「秋穂」の前に強盗犯が姿を現します。「俺たちは人殺しなんてしていない」と。3人で、事件を探るうちに、少しずつ真実が見え始め。。。

 謎解きに関しては、途中から先が読めてしまうような展開だったのですが、「秋穂」の心境の変化が、手に取るように伝わってきて、最初のうちはやり切れないような思いで読み進みました。「警察に事件のことを話そうか、どうしようか」と逡巡する気持ちも、新しい不倫相手に心が傾いて行く気持ちも、強盗犯の一人「武生」をかわいく思ってしまうのも、無理のない展開かなぁ、といったところでしょうか。
 この物語、1986年に中山競馬場にて開催されたレースがラストに絡んできます。「秋穂」はそのレースの勝敗に、自分の人生を賭けてみるのですが、果たして結果は?
 実は、私自身、この物語の結末をどうとっていいものか、迷ってしまいました。で、少し前にこの本を読まれたお友達に、問い合わせをしてしまいました。。。一応、私も同じようなことを考えていたので、なんだかホッとしたっていうか(笑)。ぴょんちゃん、ありがとうね
桜さがし  中学時代の新聞部仲間、「成瀬歌義」「田津波綾」「安枝陽介」「大河内まり恵」。かつての恩師で現在小説家の「浅間寺竜之介」を訪ねる途中で、脱輪状態の車を発見します。車の側には、助けを呼びに行った主人を待つ、「川村陽子」という女性がいました。女性をこんな山奥に一人で残してはいけないと、近くの木にメモを残し「浅間寺」のログハウスで待っていると、彼女の夫も駆けつけます。そしてみんなでとても楽しい夜を過ごすのですが。。。
 
 上記の内容の「一夜だけ」というタイトルの物語から始まる連作短編集。
 司法試験になかなか合格できず、このままでは「まり恵」を幸せにすることができないと、「歌義」は「まり恵」と別れ、「まり恵」はもうすぐ会社の同僚と結婚する予定です。「綾」はずっと昔に別れた「陽介」のことを今でもひきずっています。そして「陽介」は自分の上司の妻との不倫に悩んでいます。色々な思いを抱えながら物語は進んでいきますが、各編毎に何かしら事件が起こり、彼らが謎を解いていく形になっています。
 私が一番好きだなぁ、と思ったのは昔の想いをひきずった「綾」が年下の大学生「一ノ瀬」と「吉田神社の節分祭」に行くことになる「夏の鬼」。「一ノ瀬」の誠実な人柄に好感を持った「綾」が新しい恋に踏み出せるのかどうか、ドキドキしながら読みました。
 最後の物語「金色の花びら」は「浅間寺」をスポットにあてています。教師を辞め、作家生活にはいり5年、京都の山奥で半自給自足の生活を楽しみながら小説を描く毎日。時々訪れる若手陶芸家「宮澤真由美」にほのかな恋心を抱いています。ところがその「真由美」がある「刑事事件」に巻き込まれていることを知り、なんとかしてあげたいと、事件の鍵を握る「金色の花びら」を探します。そして、4人の新しい旅立ちなども描かれていて、物語のまとめとしてもすごく良かったです。爽やかな読後感でした。
Close to You  主人公の「草薙雄大」は、会社での派閥抗争に失脚し、苦渋の選択の末、会社に辞表を出し、毎日、職安に通います。妻の「鮎美」は高級取りの編集者なので、生活には困りませんが、胸に鬱屈を抱えているため、酒びたりになり、職安にも行かず、パチンコ店で時間を潰す、など生活態度が乱れていきます。
 ある日の夜、酔ったまま酒を買いに行った「雄大」は、オヤジ狩りに遭うのですが、酒のせいで何も覚えていません。そんな「雄大」を気づかってか、「鮎美」は「お願いします。雄ちゃん、仕事はもう探さないで、家にいてください。」と頭を下げるのです。「この俺に・・・主夫になれって・・・」と「雄大」は倒れそうな気分に陥ります。。。

 なかなかおもしろかったです。専業主夫にはなりたくないのだけど、なかなか職もみつけられない「雄大」は、好む、好まざるに関わらず、マンションの住人達(特に主婦)と関わり合いになっていくのです。そうなることによって、今まで全く感心のなかったマンションでの人間模様があらわになっていき、驚きを隠せない様子がひしひしと伝わってきてつい、にやけてしまいます。
 途中から「鮎美」が誘拐(?)されたりと、物語に事件性が加わってきて、これからの展開はどうなるんだろう、とワクワクしながら読み進みました。
 「沙帆」という少女と主人公の関わりもなんとなく微笑ましかったです。

島村洋子
壊れゆくひと  主人公久本まりこの前に次々とあらわれる「普通の人の仮面をかぶった狂った人」。
彼、もしくは彼女達は、他の人たちにとっては「いい人」といわれている。だんだんと主人公は、くるってしまったのは私なのか、それとも周りの人々なのかわからなくなってきます。そして物語は意外な結末をむかえます。
 心理ホラーというか、なんというか、コワイお話でした。もちろん、殺人とかが起こるわけじゃないんだけど。でも、主人公も、彼女とかかわる人たちも、多かれ少なかれ、みんな自分自身と重なる部分があるんじゃないかと思ったり。
 島村さんは、雑誌で連載されていた「オンナの花道」を読んだぐらいの作家さんだったので、豪快な感じの本をかくのかと思っていたので、こんな細やかな心理小説を描いていてびっくりしました。他の本も気になってきました。
タスケテ・・・  主人公の「藤村しのぶ」。かつて、アイドルとしてデビューを果たしたのですが、その後パッとしないまま、人気アイドル「橘リリカ」のスタンドイン(替え玉)として生活していました。そしてある事件が起こり、「しのぶ」は自分を捨て、「リリカ」として生きることを選びます。
 「カリスマアイドル」として芸能界に君臨する「リリカ」。しかし、世間に奇妙な噂がささやかれるようになります。テレビに映っている「リリカ」が二重にみえる、曲の最後に「タスケテクダサイ・・・」という声が聞こえる、等など。
 そして「リリカ」となった「しのぶ」にも恐怖の影が。。。

 「しのぶ」と「リリカ」。とても対照的な二人です。才能はあるのに、なかなか芽のでない「しのぶ」。「しのぶ」が手にいれたかった芸能界の頂点に立ちながらも、恋のためなら手放すことも厭わない「リリカ」。無邪気に自分を慕う「リリカ」のことを「しのぶ」は疎ましく感じていきます。
 ホラー、というにはちょっと怖さが足りないような気もしました。人気アイドルグループのリードボーカルと恋愛中の「リリカ」。なんだか実際の芸能人を連想してしまいます。 
ココデナイ ドコカ  全部で九篇からなる、短篇集で、どの物語も不安定な女性の心理を描いています。一部のあらすじを紹介しますね。
 ・密閉容器:気が利いて、おとなしくて、優しくて、という周囲の評価から抜け出すことができずにむき出しの感情は自分の胸の辺りにある「密閉容器」に入れてしまう「渡辺」という女性の物語。
 ・むらさき:不倫相手への話題づくりのため、カルチャーセンターで「源氏物語」の講座を受講する「カオル」と、不仲になった主人との話題づくりのため、「カオル」と同じ講座を受講する「宏美」の物語。
 ・代用品:欲しいものが手に入らず、いつも2番目−代用品−で妥協し、自分のことを不幸だと思っている「朱美」の物語。
 ・数字屋:縁起のいい「携帯電話」の番号を売買する仕事をしている「奈々子」と偶然縁起のいい番号の携帯を客からもらった「マリカ」の物語。。
 ・幸福:4歳の子供を不幸な事故で亡くし、実家に戻り、母の仕事を手伝いながらひっそりと暮らす「静香」の物語。
 
 島村さんの小説を読むのは今回が3冊目。短篇のせいか、読んだ後、それぞれの物語に対してものすごく想像力が広がります。私が一番良かったと思った作品は「幸福」。ラストに明らかになる事実、それにたいしての「静香」がみせる思いやり。やはり同じ苦しみを持つ同志としての気持ちがそうさせたのでしょうか。。。
こんなにもひとりぽっち  同じマンションに住む、5人の女性を主人公にした連絡短編集。
 自分の顔が嫌いで整形手術を受けた双子の姉「多恵」、彼氏と二人で東京にでてきた「あや」、不倫相手の子を身ごもってしまった美人受付嬢「ショーコ」、4年前にであった一人の女性の影響で、強くなろうと決めた「里花」、そして若い女性の一人暮らしについて取材をすることになり彼女達とかかわりを持つことになったフリーライター(女性)が主人公になっています。
 みんなそれぞれにいろんなことで悩んだりしているわけですが、常に彼女達の「片割れ」というか「ライバル」とも言えるような女性の存在を意識しています。「多恵」には双子の妹「忍」、「あや」には友人「みな子」、「ショーコ」には後輩「レイコ」、「里花」には憧れの女性「絵威子」が。
 各章とも(最後の章を除いて)、主人公とその「片割れ」が交互に一人称で語っている形で物語が綴られているので、登場人物の性格や、現在の心理状態などがものすごくストレートに伝わってきました。
 個人的には「あや」が好き。彼女は「どうしようもないおひとよし」と彼氏に言われていますが、自分は臆病なだけ、と思っています。たしかにぽよんとしていて、ちょっとボケた子なんだけど、いざというときのあの開き直りはすごいなぁ、と感心しました(でも、やっぱり天然ボケ?)。
家族善哉  「咲子」は「紘太郎」と恋に落ち、妊娠、結婚したため高校を中退。現在はそのときに生まれた長女「美佐緒」と同じクラスの高校2年生。長男の「新哉」も同じ高校の1年生です。
 娘の「美佐緒」は以前は「友人みたいな母親」のことが好きだったんだけど、実際に同級生になったら、「母親でもある友人」としてつきあうことができずに、同じクラスでありながらグループは別々なのです。
 長男「新哉」は、母親が高校生という複雑な家庭環境ということや、いつだって「キィキィ」叫んでいる姉や、居候の「シクシク親子(咲子の友人)」をみているせいか女性が苦手です。それなのに東京からの転校生「高千穂」さんに恋をしてしまい、とまどっています。
 「紘太郎」は暴走族上がりの「トラック野郎」なのですが、「正義感」の人であり、「義侠心の塊」であり、「男気の集大成」でもあるのです。家族、友人、自分と関わる人のトラブルはすべて自分のトラブル、とばかりに張り切ってしまうのです。フィリピンパブのホステスのでっちあげのお涙話に同情して店に通いつめたり、「咲子」の母が倒れて入院すれば、看病で学校に行けない「咲子」のために家の家事を引き受け、本業の「トラック」の仕事を首になる始末。
 大阪を舞台にしているので、会話はベタベタな大阪弁。そのせいか物語が軽快なテンポで進んでいきます。
 とにかくおもしろかったです。「美佐緒」はクラスメイトの「上沢」君のことが好きなのですが、どうやら彼は母親の「咲子」さんのことが好きらしく、「咲子」さんにデートを申し込みます。「咲子」さんはどうせ自分をからかっているか、友だちとの賭けかなにかの罰ゲームだろうと相手にしなかったのですが、どうも本気だということに気づき、娘の「美佐緒」にばれたらどうしよう、と密かに悩むのです。「咲子」さんは多分私と同年代ぐらいなんだけど、すごく真面目でかわいい女性で、娘のことを愛しているのです。そんな3人がどういうわけか「USJ」に行くことになるのですが、生意気で派手で自分を着飾ることにしか興味のない「美佐緒」が「上沢」君の前だと女の子らしい一面をみせるところもなんともかわいらしいな、と思いました。
 これ、ドラマ化されたらおもしろいだろうなぁ。
あんたのバラード  『悲しい色やね』『アイ・ラブ・ユー,OK』『大阪で生まれた女』『いいわけ』等、主に80年代にヒットした懐かしいラブソングをタイトルにした8編からなる物語。
 プロ野球で一世を風靡した、かつてのチームメイトの引退試合にでかける主人公、夫と幼い子供を置いて家出をした主人公、蒸発した夫の借金返済のため連れ子を施設に預けた主人公、等など。。。
 それぞれの歌は直接ストーリーに関係はないのですが、曲のワンフレーズが、その時の登場人物の気持ちに交差しているのです。
 また、関西が舞台の物語ばかりなので、なじみのある地名がたくさんでてきます。「梅田」「六甲」「大国町」「尼崎」。。。会話の部分も普段使いの関西弁なので、す〜っと頭にはいってくるし、すごく読みやすかったです。あ、でも、内容的には実は重いんですよ。主人公それぞれの複雑な環境や心情をさらっと描いてあるので、読む側としても、さらっと読めちゃうんですね、きっと。
 ハッピーエンドではない物語も、「これからも私(あるいは俺)はこうやって生きていくんだ」というたくましさを感じる物語でした。

新堂冬樹
僕の行く道  自分が2歳の時に、母「琴美」は仕事の都合でパリへと渡ったと父「一志」から聞かされていた「大志」。ある日、母の写っているアルバムを見ている時に封の切られた封筒を発見します。その中に赤や白やピンクのコスモスが咲き乱れる小高い岡の花畑の写真と一枚の便箋が。手紙によると、その写真は去年「琴美」が撮影したものだというのです。その写真の場所は小豆島でした。小豆島にいるのなら何故母は自分に会いに来てくれないのか、何故パリから毎週手紙が届くのか、「大志」はわけがわからなくなります。そして1分でも早く母に会いたい、と一人で小豆島へ行こうと、決意するのです。。。

 父や周りの大人達に相談すると反対される、と思った「大志」は、「博士」と呼び尊敬し慕っている「俊也」だけに相談します。「俊也」から小豆島へいく行き方を調べてもらったりしながら、不安と闘いながら目的地まで辿りつこうとする姿がすごくいじらしかったです。まぁ、彼が出会った人たちがほとんど善人ばかりだったからこそ成り立つお話だと言えばそれまでなのですが。。。
 それにしても、新堂さんは最近「純粋系」の小説もたくさん描いてらっしゃるみたいですね。今までダークな世界のイメージが強かったのですが、う〜む、どっちがいいかなぁ。立て続けに「純粋系」を読んでいるので、以前のような「恐くて、キモくて、滑稽な」路線も懐かしいような(笑)。
鬼子  デビュー作以来、ヒット作のでない作家「風間令也」─本名「袴田勇二」。4ヶ月前まではすごく幸せな家庭生活を送っていたのですが、息子の「浩」が急に鬼のようなひどい息子に豹変し、現在は「使い走り」をさせられたり暴力をふるわれたりと、まさに「生き地獄」のような状態です。そして同時に、妻の「君江」も自分に対して冷え冷えとした態度をとるようになります。原因がわからずに苦悩する「袴田」ですが。。。

 読み始めて感じたのは、主人公「袴田」に感じた嫌悪感や違和感。必要以上に「自分は作家である」ということにこだわり、行動の一つ一つが変なのです。
 描かれている内容は、本当にひどいです。息子の「浩」。本当に鬼としかいいようがないです。友人とどんちゃん騒ぎをするために「エロビデオ、ビール、タバコ」を買いに行かせて、好みのビールでないからと、もう一度買いに行かせたり、彼の作品を友人と一緒になって笑ってバカにしたり、と読んでいて気分が悪くなりました(たしかに、彼の描く小説は陳腐すぎて変ですが)。
 そして、物語のラストにやっと真実がわかるのですが、なんだかなぁ、という感じでした。新堂さんの一気に読ませる筆力はさすがですが、ちょっと荒唐無稽のような気も。でも、自分のことをパロった「新海夏樹」という作家の名前が登場したりして笑ってしまいました。
カリスマ  宗教団体「神の郷」の代表者「神郷宝仙」は信者に対し、自分のことを「メシア」と呼ばせ、「金銭欲、物欲、権勢欲、性欲、食欲、睡眠欲」を禁じ、陰で自分はやりたい放題の生活をしている。そんな中、「神郷」は死んだ母にそっくりの女性「城山麗子」に出会い、彼女を「神の郷」に迎えようと「解脱会」という山中での合宿への参加をすすめます。また、洗脳された信者を保護する「覚醒会」という組織の代表「武石」との攻防なども絡んで、物語は進んでいきます。
 
 上下巻で、かなり分厚い本です。厳しい合宿で極限状態にまで追い詰めて、思考力を停止させ、洗脳させるテクニックなど、かなり詳しく描かれていました。あとは、「メシア」と崇められている「神郷」の、あまりにも俗物的な様子なども読みながら「なんじゃ、こりゃぁ」って感じでした。
 そして、一番ひどいのが、「麗子」の夫「信康」です。平凡で小心者のこの男、子供の前でもしょうもない見栄を張ってしまいます。良家の子女「麗子」に対しても引け目を感じ、「いい夫」を演じながらも、心の中では鬱憤が蓄積し、もう、なんていうか最悪。その心情もわからなくはないんですが、同情するよりも、引いてしまいます。恥ずかしいんです。滑稽すぎます。これは、新堂さんの他の著作「鬼子」でも感じたのですが。。。
 物語は、二転三転し、途中、私の思ったとおりの展開になった、と思ったのですが、ラストはちょっと想像できませんでした。
 一気に読めましたが、感情移入できる登場人物がいなくて、ちょっとしんどかったです。他の作品はもう読まないかも。。。
忘れ雪  獣医志望の高校生「桜木一希」は、下校途中、ケガをした子犬を抱いたまま途方にくれている少女をみかけ、助けてあげます。少女は「一希」に恋心を抱くのですが、1ヵ月後に京都へ引っ越すことが決まっていました。
 少女は「一希」にある提案をします。
 ─「あなたが獣医さんになった七年後の、三月十五日のいつもの時間に、このベンチで待ち合わせをするの」─

 「純愛小説」なのでしょう。たしかにストーリーの流れ的には「純愛」でした。
 少女と「一希」は運命の再会(?)を果たすのですが、最初、「一希」が全く気づかないんです。「気づけよ〜!」という感じで、まぁ、この辺は恋愛小説っぽいですね。それから登場人物の中で、「一希」に想いを寄せる「静香」という看護士がいるのですが、この女がめちゃめちゃうっとうしい存在です。この辺もライバル登場という感じで。そして「一希」の親友である「鳴海」。女好きで派手好きで、と地味なタイプの「一希」と全く正反対の性格なのに、お互いに心を許しあえる存在、といった設定も、恋愛物としては定番ですね。
 なんだけど。。。
 主人公(になるのかな)「一希」の職業が「獣医」だけに、動物の手術の描写があるんだけど、これが「もうええやんか」と言いたくなるぐらいすご〜く密に描かれているのです。私はちょっと気持ち悪くなってしまいました。
 そして、これは私自身にも問題があるんですが。以下反転文字です。
 「新堂さんの小説が、普通の純愛小説であるはずがない!!!」と心のどこかで身構えながら読んでしまったので、誠実すぎる主人公「一希」に対して、感情移入ができなかったのです。彼の選択すべてが「なんでそうするかなぁ」とか「馬鹿正直にも程があるよ」なんて突っ込みたくなります(←言いすぎ!!!)。
 つまらなかったわけでは、決してないんです。次の展開が気になって一気読みだったし。
 できることなら、全くの先入観なしでこの小説を読みたかったなぁ。。。
ある愛の詩  小笠原でイルカの「テティス」とともに育った純粋な青年「拓海」。ある日、美しい歌声を耳にします。信じられないことに、「拓海」以外のヒトの前には決して現れない「テティス」が愉しそうに一緒に歌い踊っているのです。その歌声の主は、東京からやって来た声楽家志望の「流香」。互いに惹かれあいながらも、愛を信じることのできない「流香」はあまりにも純粋すぎる「拓海」に対して素直になることができません。
 「流香」には、子供の頃自分を捨て「声楽」を選んだ母がいます。コンクールで優勝し、母の住む「ミラノ」へ留学し、母を探したい。そんな彼女を応援するために上京してきた「拓海」は「君の笑顔が見たいから」ただそれだけの理由で「流香」のために。。。

 新堂さんの「純愛物」。前回読んだ「忘れ雪」がわたし的には「う〜む、これってどうよ」という感じだったので、どうなることかと思っていたのですが。
 今回は「あら〜、これはなかなか♪」といったところでしょうか。
 「ミラノ」行きの資金をかせぐために「拓海」はホストになるのですが(←空白部反転文字)そういったストーリー展開は、ありがちだなぁ、と思う面も多々あります。でもそんなに気になりませんでした。
 それというのも「忘れ雪」で鼻についた主人公の「いい人ぶり」に対して「拓海」の純粋さの描き方がすごく自然。「小笠原諸島」という大自然で育ってきた(いつか行ってみたいなぁ〜)という人物設定と、イルカの「テティス」、祖父「留吉」の存在が大きいんじゃないかな。「留吉」さん、素敵です。見た目が、というんじゃなく人柄がすごく魅力的なのです。あの人に育てられたとしたら「拓海」みたいな純粋な人間ができあがるのでしょう。
 珍しく、この物語には悪人が登場しませんでしたが、「拓海」のライバル(?)的な存在の「間宮」青年がもっと陰謀策略をめぐらすタイプの人間だったらどんな展開になっていたんだろうな、と意地悪なことを考えてしまいました(笑)。あと「流香」の親友「亜美」が、「拓海を好きになっていたら・・・とか。素直に読めって感じですね。ファンの方ごめんなさい(ぺこり)。
 それから、この本には付録(?)のCDがついてます。聴きながら読むと、なおいっそう物語の世界に入り込めるかも???

梨木香歩
からくりからくさ  祖母が遺した古い家を下宿にし、管理人として生活し始めた「容子」。「容子」の持つ日本人形、「りかさん」は昔祖母からもらったもので心を持つ不思議な人形です。他の人には聞こえない「りかさん」の声が「容子」には聞こえ、下宿人となった友人の「マーガレット」、大学生の「紀久」、「与希子」は下宿に漂う雰囲気に影響されてか、この事実をありのまま受け入れ、「りかさん」を中心に、静かな、けれどたしかな実感に満ちて重ねられていきます。。。

 淡々と穏やかに語られる物語といった印象でしたが、「りかさん」を作ったという謎の人形師をめぐって調べるうちに色々な事実がわかってきたり、「マーガレット」の妊娠などかなり複雑な内容も盛り込まれています。
 私は「紀久」の出版しようとする本がある教授の介入によって、まったく趣旨の異なったものにされようとしているところがすごくハラハラしてしまいました。
 そして意外なラストも印象的でした。


貫井徳郎
天使の屍  中学2年の息子の飛び降り自殺を調べるうちに、同級生が一人、また一人飛び降り自殺を図る。
連鎖自殺を思わせるが、事実は衝撃の真相でした。
 私は読んでいて新たな黒幕がいるとばかり思っていたので、あのラストは唸りました。でも、相当な決意を持って飛び降りた子供達の心中を思うとなんだかせつなくなるような気もしました。けっして自殺がいいとは思わないけれど。
 よく推理小説で、身内が警察に捜査を委ねないで、調べる話があるけれど、実際にはどうなんだろう、とちょっと不思議に思います。
迷宮遡行  最愛の妻の失踪。主人公迫水は、妻の行方をほんの少しの手がかりを元に探しはじめます。そして真相に迫っていくのですが、どうやらこの失踪には暴力団が絡んでいるようなのです。妻はどうして、姿を消したのか?妻にはどんな過去があるというのか?そしてとうとう真相にたどりついた主人公ですが。。。

 この小説は、1994年に発表した「烙印」という作品を全面改稿し、新たなタイトルを冠したものらしいです。私は「烙印」の方は読んでませんが、ハードボイルド的要素がかなりあって、作者自身完成度の低い作品と認識しての改稿ということでした。
 主人公はなんだかぼ〜っとしていて、「自分が情けない男で、さらに失業なんかしてしまうから愛想つかされたんだな。」と漠然と思っていて、友人に叱咤激励されて真相解明に乗り出すのですが、読み始めはこんなとぼけた主人公で大丈夫なのか、と思いました。それが、ラストに近づくにつれ、妻への愛情ゆえに、突っ走っていく姿がとてもよかったです。
殺人症候群   警察から密命をおびて行動する、「原田」「武藤」「倉持」。今回リーダー「環」からの依頼は、殺人という罪をおかしながらも、「未成年」であることや「精神異常」であることを理由に、罪に問われなかった者達が、事故死などで次々と亡くなっている事情を探る、というものでした。しかし、「倉持」はその依頼を断ります。彼の過去に関係があるようなのですが。。。
 少年犯罪により、過去に辛い経験をした響子と渉。彼女は同様に辛い思いをした被害者の家族のために「職業殺人」の橋渡し役、実行犯となり、精神の均衡を保っています。
 そして、看護婦「和子」。心臓移植が必要な一人息子のために、「ドナー」が現れるのを心待ちにしているあまり、あることを決心します。

 「少年法」に基づいて、あまりにも軽すぎる罪に問われる少年達。そして、自分の罪を反省するでもなく、同じように悪事を働くことに憤りを感じる被害者達。
 この本を読んでいると、何が正義で何が悪かを、考えさせられました。
 意外な展開も随所にあって驚きの連続だし、被害者達の苦しみに私までも衝撃を受けました。そしてリンチの表現の怖ろしさといったら、背筋が凍りそうでした。
 分厚くて二段組だったにもかかわらず、ぐいぐいと引きこまれてしまいました。でもラストはちょっと悲しいかな。
神のふたつの貌  教会の牧師の息子として生まれた「早乙女」。神の存在を信じるものの、世の中や、自分の身の回りで起こる悲劇に対し、神はもはや人間のことなど視野に入れていないのではないだろうか、とそんな疑問を感じていたりもします。
 ある日、礼拝の途中、ヤクザに追われた男が「匿ってほしい」と教会に入ってきます。彼の名は「朝倉」といい、しばらく教会で暮らすことになるのですが。。。

 三部構成の物語です。一貫して「早乙女」の神に対する思い─神とは何か、罪とは何か、人間にとって救いとは何か─といったことが描かれていて、内容的にはかなり重くなっています。物語冒頭で、「早乙女」が蛙の四肢を石で叩き潰していく様子がすごく怖くて「これは読まないほうがいいかも」とも思ったりもしましたが、第一部で「朝倉」に対して母が抱き始めた想いなどがリアルで共感できる部分もあり、気づいたらページがすすんでいました。
 第二部では、主に「早乙女」のバイト先での出来事と、彼女である「翔子」との関わりが描かれていましたが、後半部分での信じられないような「早乙女」の行動に、ただ唖然とするばかりでした。
 第三部では、教会(というよりは牧師・「早乙女」)を心の拠り所とする「郁代」と母の親子関係がすごく印象に残りました。異常とでもいうべき母の束縛下で暮らしてきた「郁代」の辿ってきた人生がなんだかすごくかわいそうで、文を読んでいるだけで私まで息苦しくなってきました。
 物語の大部分が「早乙女」の神に対する考察が描かれているわけですが、私にはちょっと内容が難しすぎたからか、印象に残ったのは登場人物達のドロドロとした人間関係ばかり、といのも情けないですが(汗)。
 実はこの物語には、(以下、重大なネタバレあり。反転文字→)「叙述トリック」があるのですが、途中何かがおかしいと思いながらも、見事にはまってしまいました。名前の記述があったりなかったりとか、出来事の相似性の多さに、変だな、読みにくいな、というところまで思っていたのに、「あぁ、こういうことだったんだ」と気づいたのは「創」のセリフ「お父さん、ぼくは今夜、人をひとり救ってきました。バイト先の店長の琢馬さんを、苦しみから解放してあげたのです」でした。簡単にだまされちゃいました。

灰谷健次郎
海になみだはいら
ない
 表題作「海になみだはいらない」は小学4年生の章太が主人公。もぐりのうではだれにも負けない少年です。彼には高校生の自慢の兄がいます。が、そのお兄さんが教師をなぐって警察のお世話になってしまいます。心を痛める章太。転校生の「かよ」やその家族と交流していくうちに「かよ」のさびしさ、兄が教師を殴った理由がわかっていきます。そして、章太もかよも、それぞれの悩みと悲しみを乗り越えて、大きく成長していく姿がさわやかに描かれています。
 「きみはダックス先生がきらいか」。これは、小学4年生のリツコの視点で描かれている物語。新しく担任になった西園寺先生はあだながダックス先生。何しろ型破りで、学校の月目標をかってにかえて、学級委員のキヨコに「わたし、学級委員をやめさせてもらいます」といわせるほど。そんな先生だが、ぼーっとしているようにみえて生徒一人一人のことをすごく愛情をもって見守っていることにリツコもクラスのみんなも少しずつ気づいていきます。クラスのみんなの団結力が高まっていき、そして物語最後の合唱大会での出来事はすごく感動的でした。
 「ひとりぼっちの動物園」。これは、それぞれが別個の5編からなる短編。どれもほのぼのと、そしてちょっと感動的な物語です。
 短編集でありながら、すべて内容の濃い、素敵な物語だったなぁ、と思いました。

早坂真紀
軽井沢の芽衣  中学生の「芽衣」は、ゴールデン・ウィークの間、伯母「祐恵」の住む軽井沢で過ごすことに。7年前までは毎年のように家族で訪れていたのに、どうして足が遠のいていたんだろう?そんなちょっとした疑問を胸に抱きながら、「芽衣」の心は自然と躍りだします。
 伯母と二人だけで過ごした7年前の夏。伯母には不思議な能力があって、森の動物や、重い病気で口のきけない「まあちゃん」とだって、おしゃべりをすることができるんだ、と信じていたあの頃。そして「芽衣」もまた、伯母と一緒に作った「世界でひとつしかないお洋服」を着ると、森の動物や「まあちゃん」とおしゃべりをすることができたのでした。
 ─私、伯母ちゃまが大好き。ママよりうんと大好きよ。私と一番気が合うのは、伯母ちゃまですもの。伯母ちゃまが芽衣のママだったら、ずっと軽井沢にいられるのにな─ 
 そんなことを本気で思っていたのですから。。。

 「芽衣」は心のまっすぐなとても純真な少女です。そして、伯母の「祐恵」は、ママの姉なのですが、周囲からはちょっと変わり者にみられています。人間と接するのがわずらわしくて、軽井沢で一人暮らしをしているのですが、なんだかわけがありそうです。
 本を読みながら、二人の「軽井沢」での楽しい生活が目に浮かんできました。でも、どうしても、森での暮らしを楽しむ「祐恵」伯母さんよりも、「芽衣」のパパやママの考え方なんかに「その気持ちもわかるのよね〜」と思ってしまう自分がいて、ちょっと悲しいな、なんて。
 
 解説を読んでびっくり!「早坂真紀」さんは「内田康夫」さんの奥様なのですね。知りませんでした(私だけ?)。
芽衣の初恋 大好きな伯母さまのいる軽井沢への旅行から帰ってきた「芽衣」。ある日、親友の「レイコ」から呼び出されます。彼女が言うには、クラスメイトの「太田」クンが「芽衣」のことを好きらしいのです。とまどう「芽衣」。さらに、夕食後、そのことを母「理恵」に話すと、「理恵」は自分が想像もしていなかったほど、激しい反応をしめしたのです。
 さらに、何かと「芽衣」のことに干渉する「理恵」に対してついに感情が爆発!ひどいことを言ってしまいます。反省と自己嫌悪に陥りながらも、素直になることができません。。。

 先日読んだ、「軽井沢の芽衣」の続編。
 「芽衣」の出生に関しては、前回でもなんだか謎がありそうだなぁ、という感じでしたが、今回少し、その秘密が解けたみたい。
 冬休みに入り、「芽衣」はまたしても伯母「祐恵」の住む軽井沢へと向かうのですが、そこでの生活は、両親の干渉からはなれ、彼女をとても癒してくれるのでした。
 「芽衣」は本当に幸せな子だと思います。「芽衣」自身は両親よりも「祐恵」伯母さまとの方が気があうようなのですが(そこら辺に謎が隠されているのかな)、だからといって、両親に愛されていない、というわけではなく、それはそれは大切に育てられているのです。箱入り娘って感じかな。その辺のうっとおしすぎるほどの愛情が「芽衣」にはけむたく感じるのですね。微妙なお年頃なので。
 「芽衣」の親友「レイコ」や「レイコ」の両親のお店に勤めている「紗綾香」も、なかなか魅力的なキャラで好きです。
芽衣の青春  15歳の秋、「芽衣」は伯母「祐恵」の住む軽井沢へ行きます。森を散歩中、「小野孝男」という男性に声をかけられるのですが、彼は「祐恵」の知り合いのようです。
 「祐恵」の別荘で、二人は、昔、恋人同士だったことを聞き、「芽衣」はおとなのロマンスにわくわくします。
 この旅行の目的は大好きな伯母に会うことはもちろんですが、家庭の事情で「小諸」へ引っ越してしまった大親友「レイコ」に会うためでもありました。再会に喜ぶ二人ですが、「レイコ」がどこか現実的で大人になってしまったことに「芽衣」は少しとまどいも感じるのです。
 
 シリーズ3作目。今回も「芽衣」が色々なことで悩んだりします。「レイコ」のこと、カナダに行ってしまった「太田」君のこと、クラスメイト「教子」と「美和」の身の上話等。周りがだんだん大人になっていっているのに、自分だけは「まだ15歳の子どもらしく、夢をみていたい」と頑なに現実を拒否し、非社交的になっていきます。私自身「芽衣」みたいな環境に育っていないからか、ちょっとなんだかなぁ、という感じ。
 でも物語中盤で、高校生になった「芽衣」がある出来事によって自分の道を突き進んでいくあたりから、おもしろくなってきました。
 お手伝いの「明子」さん、すごくいい人です。
 本当のことを知らない「芽衣」の、何気ない言動ににおろおろしたりする「パパ」や「ママ」も、私は好きだなぁ。今回は「祐恵」伯母様や「小野」さんもドキッとしたみたいだけど。


林真理子
葡萄物語  高校時代の友人、美和子の離婚をきっかけに、平凡なワイン工場の嫁として平凡な暮
らしをしていた映子の心に波風がたちます。そして、ある日、著名な美術家のお供として
ワイン工場へ見学に来た編集者渡辺にほのかな恋心を抱きます。夫と美和子の裏切り、
姑との確執と彼女にとってつらい出来事が重なり、渡辺はいつしか「心の支え」になって
いくのです。
 これは不倫物語なのかと思ってしまいますが、それだけではないような気がします。美
和子という友人は、まあいってみれば、高校時代の男の子の憧れのような存在で、都会
暮らしが長いせいか、34歳になった今でも、若く美しい。それに嫉妬を感じる映子の気持
ちがすごく伝わってきます。
 そして、この物語のもう一つのテーマ、といってもいいのかな。姑との問題。映子たち夫
婦は子宝に恵まれずに何年も過ごしてきました。姑に「不妊治療」のパンフレットをつきつ
けられる場面では私も(え〜?)と思ってしまいました。まあ、結果的に意外なことも判明
するのですが。
 子供のことって、ほんとに周囲は気にしますよね。「おこさんまだ?」に始まり、できたら
できたでしばらくすると「もうそろそろ二人目は?」ってな感じで。姑さんも、周りの人に
色々尋ねられて、映子に嫌味を言わずにはいられないんですよね。わかるけど、やっぱ
り、本人がすごく気にしてるのにひどいと思ってしまいました。
 映子と渡辺の恋が少し美化されすぎているような感じもしましたが、割と一気に読めま
した。夫との関係が少し修復しそうなラストが救われる気がします。


原田宗典
スメル男  無臭覚症の男性を主人公にして描かれた物語です。といっても、その病気が治っていく過程の物語ではありません。「スメル菌」という新しい細菌兵器がでてきます。なんだかばかばかしいんだけど、内容的にはサスペンス的要素もあったりします。「スメル菌」におかされた無臭覚症の主人公の行く末は?

 私の好きな作家さんの一人、宗典様の初期の作品です。くれぐれも「スルメ男」と間違えないようにね。
屑篭一杯の剃刀  「恐怖」に至る一歩手前で感じられる「奇妙」な感覚を意識して描かれた6篇の短編集。
 高い建物のそばを通過する際に、自分の頭上から物が落ちてくるのではないか、といつも恐怖を感じている主人公。その原因が子供の頃の友達、ミズヒコに関係するものだ、という記憶がよみがえり、過去を回想する形で描かれた「ミズヒコのこと」。
 大学生の主人公が、異次元の世界に迷い込み、混乱する「削除」。
 自分の着ているダウン・パーカーの音が他人に不快感をあたえてしまい、困惑する主人公を描いた「いやな音」。
 父にまつわる記憶を回想するかたちで始まる表題作「屑篭一杯の剃刀」。この話は、主人公葉介が、どこか少し壊れたような、母や恋人や友人との関わりを描いたものです。
 読み終わってからも後味の悪さを感じました。物語を完結させずに、読者にいつまでも(これはどういう意味なんだろう。)と思わせるものが多かったです。作者の思惑どおりの奇妙な感覚が残りました。
はらだしき村  原田宗典氏の公式ホームページ「はらだしき村」に載ったエッセイをまとめたもの。
 宗様のエッセイは、いつも大大大爆笑ものなのですが、今回は一味違います。もちろん、彼の身に起こった思わず笑ってしまうような出来事もたくさん掲載されていますよ。初めの方にでてくる劇団員「草野」君の、「只者ではないな、おぬし」と思わず褒めたくなるようなおもしろさ、終わりの方にでてくる、宗様の誕生日にお父様が渡したプレゼントの話に大爆笑したりと、他にも笑える箇所はたくさんあります。
 ただ、鬱病を経験した宗様の苦悩や、病に苦しむお父様にあてた「詩」なんかを読むと、すごくせつない気分にもなりました。
 これを読んで、エッセイを描く宗様と、小説を描く宗様のギャップが縮まって、なんとなく納得、という気がしました。
 公式ホームページ「はらだしき村」に行ってみたい方は、「私のおすすめの作家・漫画家」のページにリンク貼ってますのでぜひ一度どうぞ。「はらだワールド」にひたれますよ〜。

東野圭吾
変身  画家志望の青年「成瀬純一」は、客として訪れた不動産屋で強盗事件に遭遇し、犯人
に頭を銃で撃たれてしまいます。そして「堂元」博士により、世界初の脳移植手術が行
われ奇跡の生還をとげるのです。
 元々おとなしく、職場では「お利口さん」と同僚や先輩から言われるほど、敵を作らな
いよう上司に逆らわず黙々と働いてきた彼ですが、手術後徐々に性格が変わっていくの
です。自分ではどうしようもないこの変化に恐怖を感じ、移植された「ドナー」の正体を突
き止めようとするのですが。。。

 恋人「恵」、同僚「葛西」も彼の変化にとまどい、そして事件を担当した刑事「倉田」ま
でも人から聞いた「純一」のイメージとかけ離れた印象を抱き、当の「純一」でさえも「こ
れはどういうことだ」と不安をうったえるのに、「堂元」をはじめ医師達は「環境の変化で
人生観がかわったんだろう」と(表面上は)真面目にとりあげようとしません。
 最初の方は、まだ元々の自分の部分の方が多いのですが、読み進むうちにどんどん
性格がかわっていくのです。よく言えば「進歩的」、悪く言えば「攻撃的」というか。特に
お酒を飲むと、先輩を殴ったりとそれはもう大変。会社のためにと毎日のように提出した
「業務改善レポート」が逆効果になり、上司達からも疎まれる始末。「純一」の苦悩がす
ごく伝わってきます。
 「純一」と「恵」の関係も読んでいてすごく悲しくなりました。以前とは違う何かを感じな
がらも、「そんなはずはない」と言い聞かせ、お互い交際を重ねていくのですが、当然気
持ちがすれ違ってきます。所々に挟まれている「恵」の日記がすごく健気で泣けてきま
す。
 ただおもしろいだけでなく、「人の魂は身体のどこに存在するのか」といったことをすご
く考えさせられる物語でした。
 2005年の夏、映画が公開されるそうです。こちらも楽しみですね。
どちらかが彼女を殺
した
 警察官の主人公が妹の死の真相に迫る物語。地元署に捜査を委ねないで、あくまで
も自分の手で真犯人に復讐しようとするところがポイント。犯人がわからないまま終わっ
てしまうと聞いていたので、嫌だなぁ、と思っていたんだけど、物語の登場人物であるお
兄さん、刑事、元恋人、親友には、真犯人がわかったみたいなので、それならいいか、
という感じ。謎解きが好きな方には、犯人がわかるのかもしれないんだけど、私にはわ
かりませんでした。

 恋人を友達に紹介したら友達に奪われてしまった、という話って、小説とかドラマなん
かでよくあるけど、実際にもそんな事例って多いのかな?
白夜行  1973年、大阪で殺人事件が起きます。現場は廃墟となったビルで、今は子供たちの
遊び場となっていて、そこで遊んでいた子供によって発見されました。被害者、「桐原洋
介」は質屋を経営していて、客の一人、「西本文代」とその愛人と思われる「寺崎」が容
疑者として浮かび上がりますが、証拠が見つからず、「寺崎」は交通事故で、「文代」は
自宅でガス漏れ事故を起こし亡くなってしまい、事件は迷宮入りになってしまうのです。
 この物語は、「文代」の娘、「雪穂」と、「桐原」の息子、「亮司」の二人を、事件から19
年にわたり、彼らと関わり合う様々な人間の目を通して描かれた物語です。

 すごくおもしろかったです。一度も本人達の心理描写が無く、全て他の登場人物の視
点で二人を描いているんです。そのせいか、「雪穂」や「亮司」の悪人ぶりがじわじわと
感じられて、怖い。。。読み進むうちに、子供時代に二人の精神の歪みを作った原因や
つらい出来事なんかも明らかになってきて、納得してしまう自分にも驚いたりして。そし
てすでに時効になったこの事件に対する老刑事「笹垣」の執念もすごいです。
 個人的には「亮司」がすごく気になりました。学校では地味で目立たない存在ながら、
悪事の才能はピカイチだし、徹底した冷徹さ。でもそうせずには生きていけなかった彼の
哀しみが伝わってきてせつない気分にさせられました。「俺の人生は、白夜の中をある
いているようなものやからな」というセリフがすごく印象に残りました。
 「雪穂」に関しては、私が女性だからか、ちょっとなぁ、という感じ。自分を疎ましく思っ
ている、或いはライバルになりそうな女の子に対するあの懐柔作戦は小説といえども許
せないなぁ。。。徹底したハングリー精神はすごいな、とも思うけど。
 (以下反転文字) 
 物語後半で、真実に近づきつつあった探偵「今枝」が殺されてしまったのはすごく残
念。「雪穂」の本質を最初から見抜いた「一成」が彼女に取り込まれそうになったときは
本当に「だめよ〜!!!」なんてドキドキしながら読みました。でも結局、非道なことをし
てきた「亮司」も「雪穂」のために自分の人生を投げ出したんだなぁ、と思うと彼女はすご
い悪女ですね。
 最初から最後までずっと惹きつけられる展開で、夜寝る前に読み始めたら止められな
くなってしまい、夜中に目覚めた旦那に「もう4時やで〜」と声を掛けられてびっく
り!!!寝るのも忘れて没頭した本は久しぶり♪未読の方はぜひ読んでみて。

樋口有介
ともだち  「神子上(みこがみ)一刀流の道場主「神子上忠世無風斎(みこがみただよむふうさい)」の孫娘「さやか」の通う星朋学園の女生徒が暴漢に襲われる、という事件が相次いで起こります。そして、遂に「さやか」の美術部仲間、「小夏佐和子」が扼殺されてしまいます。先の暴行事件と同一犯人によるものなのか、そうでないのか、「無風斎」の弟子「小山内」警部補は疑問に思います。
 「さやか」は、「佐和子」のいとこ「間宮」と、自分を慕いまとわりつく一年生「玉尾水涼(みすず)」と共に事件の真相に迫っていきます。。。

 まず主人公「さやか」は、この学園内で特殊なポジションにいます。というのも、入学当初、剣道部の練習を見物中に、専属コーチに難癖をつけられ、心ならずも打ち合いをするはめになり、コーチの肋骨を打ち砕いてしまったのです。そんな出来事がなければ、顔立ちも整った「さやか」はじっと相手を見つめただけで「睨まれる」と誤解されることもなく、聡明で爽やかな印象を持たれるのに。本当にかわいらしいです。実際はものすごく強くて近寄りがたいのだけど時代劇が好きなせいか、「お主たち、不良じゃのう・・・」などと時代がかったセリフを吐いたりするところがなんか微笑ましかったです。
 そして祖父の「無風斎」。剣の指導者で、高齢でありながらも女好きで、びっくりするようなトラブルを持ち込んできます。「小山内」はなんだか親代わりみたいな感じで、すごくいい雰囲気だし、「さやか」と「間宮」、「水涼」のやりとりもすごく楽しく読めました。
 謎解きの部分も十分読み応えがあったと思います。
 タイトルの「ともだち」、すごくたくさんの意味が込められています。
夏の口紅  大学3年生の礼司は、別れてくらしていた父が一週間ほど前に亡くなったことを聞かされます。
礼司は母に頼まれて、父が世話になっていた「高森」家を訪ねます。
父が遺したものは、「ゴクラクトリバネアゲハの亜種・または新種」の標本が二つ。一つは礼司に、もう一つは、見知らぬ姉へあてたもの。そして義理の妹「季里子」まで登場して、礼司の夏休みは、とびきり暑くなりそうな予感が。。。

若いのに、人生を達観しているような「礼司」のキャラがなかなか良かったです。解説で「野口晴海」さんという方も書かれていますが「二十歳の大学生がこんなこと言うわけないじゃないですか。オヤジ臭すぎます」というのがまさにピッタリ。
でも、なんだか魅力的。自分の周りにいたら、なんとかして、この分別臭い青年が熱くなる様を拝みたいものだと、思ってしまいます。まあ、物語が進むにつれ恋をすることによって、礼司の心にも変化がおとずれるのですが。。。
 樋口さんお得意の、ほろ苦い青春小説といったところです。
誰もわたしを愛さ
ない
 元刑事のルポライター、「柚木草平」は、探偵の依頼もこなします。今回は、渋谷の「ラブホテル」で、女子高生が絞殺された事件のルポを描くことに。警察の発表では、行きずりの犯行らしいのですが、「草平」が関係者に話をきいたりして、事件を追ううちに腑に落ちない部分がでてきます。新人編集者、「小高直海」も加わり、女子高生殺人事件の真相に迫ります。

 「柚木草平」を主人公にした物語は何冊かあるのですが、私は初めて読みました。多分順番的には間違っていると思います。ですが、この1冊で大体、「草平」がどんな感じの人物かが充分にわかり、とてもおもしろかったです。謎解きは、最後の方で、どんでん返しがあったりして、なかなか良かったです(よくありがちな展開でしたが)。
 この物語で、一番魅力的なキャラは「小高直海」でしょう。ちょっと、ネタバレですが、新人、とはいうものの、大学院出で「動物行動学」専攻だった彼女が、「草平」のことを分析しようとするところとか、酔っ払ってるところとか、すごくかわいくておもしろいです。内容的には、「援助交際」や「性的虐待」とかでてきますが、読後感は爽やかで、このシリーズ、また読んでみたいな、と思いました。

姫野カオルコ
ツ、イ、ラ、ク  主人公「隼子」の小学2年から現在までを綴った物語。
 まず、冒頭の「粛清」のシーン。「隼子」の属する(?)グループ内で起こった出来事。グループの長「京美」とデキているはずの「太田」君に「頼子」が色目を使ったと、グループの実権をにぎっている「統子」がみんなに「頼子」の足を踏ませ、砂利を背中に入れさせようとするのです。怖い。。。そのとき「隼子」は「おもしろないさかい」とこの「粛清」に参加することを拒否するのです。
 これからどんな展開になるんだろう、なんて思っていると、今度は転校生が登場。給食時間の校内放送で「隼子」と転校生「佐々木」が詩の朗読をしたことで、みんなから噂されるようになったり、と「隼子」の存在は良くも悪くも周囲に影響を与えます。
 中学では3年生「桐野」と付き合ったり、特別美人と言うわけではないのに、「隼子」には何か人を惹きつける魅力があるのです。新任教師の「河村」もその一人。最初は授業もろくに聞かずにボーっとしている「隼子」に苛立ちますが、あることがきっかけで二人は「教師」と「生徒」ではなくなってしまうのです。
 彼女に想いを寄せる「三ツ矢」は、「三ツ矢」に想いを寄せる「愛」の告げ口により、始業式の日、黒板にとんでもない物を貼り付けます。エロ雑誌の切り抜きを「河村」と「隼子」に見立てて二人の関係を暴露していたのです。。。

 最初は「隼子」の心の動きについていけないところもあったのですが、物語中盤で二人が別れを決意するシーンでの会話、「勉強するんだ。できる範囲でいい。」という「河村」の発言から「隼子」の「この遊び、たのしかった。先生は?」までがすごくいじらしいというか、私までつらくなってしまいました。
 他の登場人物の心理描写もなんともリアルで、読み応え充分でした。子供時代の方が感情むきだしの分、怖い一面を持っていたよなぁ、と再確認したりして。あと生徒から絶大な人気の「小山内」先生(50代女性)の存在もすごく興味をひかれました。これこそ大人、という感じ。
 ラストが気になった方は、是非読んでみてくださいね。


平中悠一
アイム・イン・ブル
 主人公、「カトウツトム」はかつてヒット作を産み出したこともありますが、現在は売れない小説家で、頼まれればゴーストライターもしています。そんなツトムですが、旧友の編集者「タカノ」から「ハワイを舞台にしたハードボイルド小説」を依頼されます。
 「ツトム」には、もう一つ別の依頼があります。かつて一世を風靡したミュージシャンである友人「コサカサトシ」が「本当の自分のアルバムを出そう」と思っていてかなりの数のデモテープを作成し、曲の作詞をして欲しいと。
 そんな中、滞在中のハワイで、「コサカサトシ」が日本で謎の死を遂げたというニュースを知る「ツトム」。そして「ツトム」もホテルの部屋を荒らされたり、拉致されたり、トラブルに巻き込まれていきます。。。

 平中さん、というと恋愛小説、という印象でしたが、今回はそれに少し、謎解きやハードボイルド的要素も加わり、なかなか楽しめました。物語冒頭にこの物語はまるっきりの「フィクション」であることを強調されていますが、読んでるうちに、出版業界や音楽業界の裏事情を知った気分にもなりました。
 平中さんは、私の通っていた高校の卒業生、ということもあり、名前は知ってたのですが、あまり読んでませんでした。ムードのある文章、とでも言ったらいいのか、独特の世界があって、ちょっと敬遠していたのですが、また他の本も読んでみようかな、と思いました。

福井晴敏
亡国のイージス  母の自殺、そして唯一の理解者と思われる祖父を父親に殺された「行(こう)」。
 息子の死によって、復讐の鬼となる「いそかぜ」艦長、「宮津」。
 出航の前日に妻から「別離」を言い渡され、虚無、不安を抱えたまま「いそかぜ」に乗り込む先任伍長「仙石」。
 祖国再建に殉じる覚悟の北朝鮮工作員「ホ・ヨンファ」。
 様々な人物の思惑を抱えて、ミニ・イージス・システム搭載の護衛艦「いそかぜ」が、東京を壊滅させる威力を持つ、毒ガス兵器をめぐって、戦場となってしまいます。。。

 自衛隊の上下関係。防衛大学出身の若い幹部自衛官や、中卒で現場一筋で、出世の遅い自衛官。どこの組織でもやっぱり学歴が物を言うのかと、まず思ってしまいました。そして船を守るために最後まで戦い続ける「仙石」さんの姿に心を打たれ、重傷を負いながらも手旗信号で外部との連絡を図る描写には、思わず涙がでそうになりました。
 そして「行」。彼の役割、私も、まさかと思いながらも、最初はだまされてしまいました。でもそんなわけないよね。彼は孤独なヒーローという感じで、この先、人を信じることができるのだろうか、と心配になったりもしました。なので、ラストは静かな感動が広がりました。
 それにしても、許せないのは、○○(強烈なネタバレになるので書けません)。物語最後の方で、驚愕の(大げさ?)事実が判明するのですが、まるで「神」であるかのようなあの態度、許せません!そのせいでどれだけの人命が失われたと思っているんだ!とマジで怒りがこみあげてきました。あれじゃぁ、△△は仕組まれた舞台の上で踊っていただけじゃん!
 ・・・フィクションなんだった、これは。でも実際にこんな出来事が起こっていても不思議はないくらい、日本という国は「亡国の危機」にさらされているのかも知れません。。。
川の深さは  警備員の仕事をしている主人公「桃山」は元警察官。ある出来事がきっかけで警察官の仕事に嫌気がし、現在は怠惰な生活を送っています。そんな中、ビルに潜り込んだ少女をみつけます。そして彼女は地下室にいる少年を助けてくれるように頼みます。少年はひどい怪我を負っており、「桃山」は必死で彼の傷の手当てをします。
 少年の名は「保」で、少女の名は「葵」。「保」はある組織に所属していて、「葵」と彼女の父を守る任務を受けていたのですが、その任務が解かれたにもかかわらず、彼女を守り通そうとしたために逆に組織から狙われることになってしまったのです。彼が逃げようとしている組織とは?そして彼らを消そうとしてまでも、組織が握りつぶそうとしている真実とは?

 物語最初は別の人物の描写から始まります。なんだか重苦しい雰囲気だなぁ、と思いながら、読み進むうちにすぐに引き込まれました。主人公「桃山」は、空いた時間はパチンコや飲み屋で過ごすようなどこにでもいるような「おやじ」だったのですが、「保」や「葵」たちど出会った事によって生活に活力がみなぎってくるのを感じます。彼の中で眠っていた熱い心が目覚めていくように、自分を閉ざし「任務」のためだけに生きてきた「保」の心にも少しずつ変化が現れていく様子がすごくよかったです。
 そしてタイトルの「川の深さは」。これは心理学のテストで、「葵」が「桃山」に尋ねるシーンがあって、とても的を得ているなぁ、と思いました。他の場面でも何度かこのテストをする箇所がでてきます。なるほど、という感じですよ。
Twelve Y.O.  自衛官の「平」は元優秀なヘリパイロット。あることがきっかけで、自衛官としての生き方に意義を失い、現在は「肩たたき(街頭にたって、若者に自衛官の勧誘をする)」をしています。
 ある日彼は、かつての恩人、「東馬」と再会します。実は、「東馬」は「Twelve(12)」として、コンピュータウィルス「アポトーシスU」を使い、在沖米海兵隊を撤退に追いやったテロリストになっていたのです。
 「東馬」と再会したことにより、ダイス(防衛庁情報局)に目をつけられた「平」は、「東馬」の持ち出した兵器「ウルマ」を回収するために協力を要請されます。

 福井さんの小説のパターン(?)といってもいい感じのキャラ設定。人生にやや疲れ気味のおやじ「平」、兵器として自分の感情を持たないよう教育された若者「譲」と「理沙」。陰のある反逆者「東馬」。
 最初の方はなんだか読みにくかったのですが、だんだん物語が進むにつれ、引き込まれていきました。「ウルマ」だの「キメラ」だの「BB文書」だの、謎のキーワードが次から次へとでてくるんだもの。
 飛べなくなった「平」が、空へ羽ばたいた瞬間はとても感動的でした。
 「東馬」を慕い、協力を惜しまない「坂部」と奥さんの「優子」さんも素敵な人たちだなぁ、と思いました。


宮部みゆき
堪忍箱  短編集で、全部で8つの物語。表題作「堪忍箱」は菓子問屋近江屋の主に代々伝わる箱にまつわる物語。その箱は、絶対に中身をみてはいけない、蓋を開けたら、近江屋に災いが降りかかるといういわれがあるのです。そして、昔お駒の父がその箱の前で「かんにん、かんにん」とつぶやき、その何日か後に急な病で亡くなっているのです。付け火騒ぎで、祖父を亡くし、母も寝たきりになり、主として堪忍箱をあずかることになったお駒がとった行動は? 
 「かどわかし」。辰美屋のお坊ちゃんが畳職人箕吉にどんでもない依頼をします。「自分をかどわかして欲しい」と。驚いた箕吉は訳をたずねます。そしてそのやりとりの何日かあと、殺人事件が起こります。最後事件は解決するのですが、その代償が高くついてしまい、ちょっと悲しいような気分になりました。
 「てんびんばかり」。仲のよい姉妹みたいに暮らしてきたお美代が大きなお店に嫁ぎ、複雑な気持ちで過ごしていたお吉は、お美代が旦那以外の人とのあいだの子供を身ごもった、という話を差配さんから聞きます。そして告げ口することを無意識に考え、夢にまでみてしまうようになったお吉がとった行動と、それを予測していたお美代のセリフに、なんだかすごくしみじみとした気持ちになりました。
 全部は紹介していませんが、どの物語も、やっぱり最後に宮部さんらしいひねりがあって、意外性がありました。おもしろかったです。
ドリームバスター2  惑星テーラで行われている極秘実験「プロジェクト・ナイトメア」。それは、意識を肉体から切り離し、保管、移動できるというもので、その実験には、凶悪な死刑囚が人体実験に供されていました。あるとき実験機が暴走事故を起こしてしまい、意識だけの存在となった死刑囚は地球の人間の夢の中へと逃げ出してしまったのです。
 これは、その凶悪犯を狩るための「ドリームバスター(D・B)」の一人、シェンを中心にした物語です。
 「目撃者」。ある事件を偶然目撃した「理恵子」。彼女は、警察に証言をするのですが、犯人は事実を否定。彼女の心に迷いが生じ、同じような経験を持つ「ワッツ」という死刑囚が彼女の夢の中に住むようになります。
 「星の切れっ端し」。D・Bになりたての「スピナー」という青年の妹にあてた手紙を間にはさんで物語が進行します。8歳の少年、「タカシ」の夢に住みついた「モズミ」。彼は「タカシ」を守るためにここにいると言います。というのも、「タカシ」は両親に虐待されているようなのです。
 今回の二つの物語は、凶悪犯がただの悪者として描かれていないところが物語に幅をうみだしたように思います。まだ続きそうな感じなのでとても楽しみです。

村上春樹
スプートニクの恋
 小学校の教師をしている「僕」の友人「すみれ」は、小説家志望の女の子で、一般的な
意味合いではとても美人とは言いがたいけれど、人の心をひきつけるなにか特別な魅力
を持っていて、「僕」は彼女に恋をしていました。
 「すみれ」は生まれて初めて恋に落ちます。相手は「ミュウ」という女性で、彼女より17
歳年上で、しかも既婚者でした。「僕」はことあるごとに「すみれ」から「ミュウ」がどんなに
すばらしい女性であるかを聞かされることになります。
 十日後に新学期を控えた夏の日、「僕」のもとに1本の電話がかかります。相手は「ミュ
ウ」でした。「ここ(ギリシャ)に来て欲しい」というのです。どうやら彼女と一緒に旅をしてい
るはずの「すみれ」の身に何かが起こったらしいのです。
 急いでギリシャに向かう「僕」。「すみれ」の身に何が起こったのでしょうか。。。

 「村上春樹」さんの本を読むのは2度目です。かなり昔にあの有名な「ノルウェイの森」を
読んだことがあるのですが、私にはちょっと難解、というか正直言ってよくわからなかっ
た、というのが感想で、あまり「村上」さんに対していいイメージを抱けなくて敬遠していま
した。
 この「スプートニクの恋人」の小説中で「レズビアンの女性は生まれつき、耳の中のある
骨のかたちが普通の女性のそれとは決定的に違っているんだって。」と「すみれ」が語る
場面があるのですが、他の作家さんの小説でこの部分が引用されていて(誰だか忘れて
しまいましたが)、この小説はちょっと読んでみたいなぁ、と思っていたのですが、最初は
「すみれ」が魅力的な女の子として私の目に映らなかったせいか、ページが進みませんで
した。でも、少しずつ、「すみれ」が魅力的に思えてきて最後は一気に読めました。
 でも、あれだけ謎めいた出来事の結末がちょっと物足りなかったかなぁ。


村山由佳
天使の卵〜エンジ
ェルス・エッグ
 19歳の予備校生の「歩太」。彼には入院している父親がいるのですが、その父の新しい
主治医となった精神科医「春妃」と恋に落ちます。途中、高校時代のガールフレンド「夏
姫」が彼女の妹であることがわかり、夏姫がまだ歩太のことを好きなこともわかってきま
す。春妃に想いを寄せる長谷川医師も登場し、8歳年が離れていることに焦りを感じる歩
太。
 この小説は村山さんのデビュー作なんだけど、その後の村山作品を象徴するような「悲
恋」物語です。「歩太」の家庭環境、「春妃」のつらい過去。そして物語のラストにまた悲劇
がおとずれます。次から次へとつらいことが重なり、もう嫌、と思いながらもページをめくら
ずにはいられない、そんな小説でした。ハッピーエンドが好きな人は、彼女の本は読めな
い、ような気がします。
BAD KIDS  高校の写真部長の「都」は20歳年上のカメラマン北崎との関係に苦悩しています。そし
て彼女が被写体としてめをつけているラグビー部の隆之は、チームメイト「宏樹」への想い
に密かに悩んでいます。この物語はそんな二人が交互に一人称で綴っていくかたちにな
っていて、最初は少しとまどいながら読み進みました。「宏樹」の恋人出現に嫉妬する様
子、またその恋人が亡くなった兄の婚約者だったことを告げられない「隆之」の優しさがせ
つなく描かれています。また「都」の妊娠を知った北崎がはじめて彼女に本心を明かします
が、やっと心が通じた時には、悲劇が待ち受けていたのでした。村山さんお得意の「悲恋」
を含みますが全体的には爽やかな印象を受けました。やっぱり主人公が若いからなのか
な。
もう一度デジャ・ヴ  高校2年生の矢崎武志が物語の主人公。彼は時々デジャ・ヴにおそわれますが、それ
によると、彼は昔、戦国の忍びの一族だったらしいのです。過去の時代では「武志」は「は
やて」として生きていきます。それぞれの登場人物が、現実の世界の友人と重なります。
敵である「鬼蔵」はにっくき体育教師「大仏」だった、という風に。そして気になるところです
が、恋に落ちた「おりん」の生まれかわりと「武志」は無事に出会うことができるのでしょう
か?
 この物語は、めずらしくハッピーエンドです。過去の時代では悲恋に終わった「はやて」と
「おりん」ですが、輪廻転生を経て無事に運命の恋人にめぐりあうことができ、読んでいる
私もうれしくなりました。
野生の風  ベルリンの壁崩壊の夜。染織家、多岐川飛鳥はカメラマン、藤代一馬と運命的な出会い
をします。日本に帰ってからも、ことあるごとに彼のことを思い出します。そして高校時代の
友人で編集者、柴田祥子が彼の写真集をだすために関わっていることを知ります。飛鳥
は、彼からもらった滞在先の住所や電話番号のメモをなくしてしまうのですが、彼の写真
の世界を肌で感じるためにアフリカへ旅立ちます。広いアフリカで、彼に会える可能性はな
いだろうとわかっていても。
 ところが、偶然彼と再会することができ、一馬自身も飛鳥に会いたくてしょうがなかった、
ということがわかり、一気に二人の恋は燃え上がっていくのです。
 そして、当然のように一馬は飛鳥にプロポーズをしますが、飛鳥は意外なことに「ノー」と
返事をします。当惑する一馬を残して飛鳥は姿を消そうとしますが。。。
 この小説は「悲惨」としかいいようがないです。読み終わって「え〜?なんでこうなっちゃ
うのぉ。」と突っ込みをいれたくなるぐらい、飛鳥の心がボロボロになるような展開でした。
一馬もね。ハッピーエンドの少ない村山作品の中で、特に辛い小説です。その辛い現実を
受け入れる飛鳥の強さ、それが唯一「救い」ではあるのですが。初めて村山さんの本を読
まれる方にはちょっとおすすめしにくいな。
君のためにできる
こと
 主人公の高瀬俊太郎は、新米音声技師。いつか憧れの木島隆文を越える凄い音を創る
という夢を持っています。あるとき、テレビの仕事で出遭った女優、鏡耀子がこっそりと涙を
流しているところを偶然みてしまいます。傲慢そうにみえた彼女の心の傷を知るうちに、俊
太郎は彼女に少しずつ惹かれていきます。
 そして、俊太郎は、幼なじみでガールフレンドでもある「ピノコ」へのメールに、耀子へのメ
ールを間違って送ってしまいます。しかも、ラブレターともとれる内容のものを。
 果たして俊太郎は「ピノコ」と仲直りできるのでしょうか?
 これは、以前、柏原崇さんが主演で映画化されたらしいのですが、私は残念ながら観て
いません。憧れの木島の役は岩城滉一さんということでなかなか原作にあったキャスティ
ングのようです。どちらかといえば、村山作品の数少ないハッピーエンドではないでしょう
か。「ピノコ」がすごくかわいい〜、と思いました。出番は少ないんだけど。
海を抱く〜BAD KIDS〜  超高校級サーファーの「光秀」。女の子から、ものすごくもてるのですが、結局は彼女よりもサーフィンを優先してしまうので、必ず「一緒にいるの、疲れちゃった。。。」と言われてしまうのです。そして彼の父親は今、末期の胃ガンにかかっています。「親父のようにはなりたくない」と反発していた父親が、だんだんと弱っていく様子を目の当たりにして、ものすごく戸惑っている自分を感じます。
 一方、校内随一の優等生「恵理」。彼女は自分が他人よりも性的欲求が強すぎることに対して密かに思い悩み、周囲から思われている自分と本当の自分とのギャップに苦しんでいます。彼女は、ある決心をして横浜へ旅行します。それを実行することによってなにかが吹っ切れるかもしれない、という期待のもとに。
 横浜で、偶然二人は顔を合わせてしまいます。「恵理」にとったら、絶対にみられたくない様な状況で。このことをきっかけに、まるで接点のなかった二人は、お互いの欲望を満たすだけのために、性的な関係をもつようになってしまうのですが。。。

 この物語は、村山さんの小説「BAD KIDS」と対になっています。主人公こそ異なっていますが、登場人物はダブっています。
 「尊厳死」の問題、「失踪した兄が恵理一家にもたらす出来事(ネタバレ含みそうなので、敢えてこれ以上は書きません)」など、内容的にはかなりハードです。加えて、「18歳の生と性の真実に迫る長編小説」と本の帯で紹介されているように、「性」に関する記述もかなりの量を占めます。
 対曲の位置にいるような二人がどうしてあんなにも惹かれあうのか(恋愛感情でなく最初は性の対象だけだとしても)、と考えてみると、周囲に対して「調子よく軽い奴」としてうわべだけのつきあいしかしない「光秀」と、「優等生だと思われている」ことに縛られ、自分を偽って生きている「恵理」とは、根本的なところで他人を信用することができない、という共通点でつながっているのかも。
 個人的には、あまりの傍若無人ぶりに家族から反発されていた「光秀の父」のキャラクターが強烈に印象に残りました。自分の病気に立ち向かう彼の態度は、本当にすばらしく胸がつまる思いがしました。
星々の舟  半分だけ血のつながった妹、「沙恵」との禁断の恋に苦しんだ「暁」を主人公とした「雪虫」。
 一番下の妹「美希」の思いを描く「子どもの神様」。
 他、「沙恵」の視点で描かれた「ひとりしずか」。
 家庭で自分の居場所を得ることができない長男「貢」の「青葉闇」。
 厳格な母に隠れて自分の夢の実現を目指す、「貢」の娘「聡美」が主人公の「雲の澪」。
 戦争による心の傷をかかえる、父「重之」の「名の木散る」。
 それぞれの章が、主人公を変えて描かれています。この一冊の本に、「禁断の恋」「不倫」「性的虐待」「虚無感」「いじめ」「戦争」といった内容が色濃く描かれていて、なんだか辛い気持ちになりながらも、読み進まずにはいられない、村山さんの筆力を感じました。
 「暁」と「沙恵」の道ならぬ恋愛に関しても、十分読み応えはありましたが、私としては、他の章の方が印象に残りました(読む人によって、印象に残る場面は違うと思いますが)。
 まず、「美希」の章。この家で、家族全員と血がつながっているのは私だけ。その思いから、自ら道化役になり、家族の潤滑油になろうとけなげにふるまってきた様子がすごくせつないです。多感な時期に「暁」と「沙恵」の関係を知り、そのせいか一対一の関係を築くのを怖れるあまり、本気で人を愛することに臆病になってしまい、付き合う人はいつも「誰かのもの」である存在。この本の中で一番能天気そうにみえて、実は一番屈折しているのではないかと思います。
 この章は他の章よりも明るい気持ちで読めるかもしれない、と思って読み始めた「雲の澪」。高校生の「聡美」が主人公なのですが、読んでいくうちに、泣けてきました。人よりも絵の才能が優れていたために「絵画教室」で受けたいじめをずっとひきずって目立たぬようひっそりと生きている「聡美」。そしてかつての知り合いとの再会によって、意に染まぬ裏切りをするはめになって自分を責めます。そんな「聡美」に祖父の「自分が楽になるために謝るのなら、やめとけ」というセリフが印象的でした。
 「重之」の経験した戦争。「軍隊」での上下関係、「慰安所」での出来事なども描かれていて、あの時代の理不尽さも浮彫りになっています。文中に「一度として飢えた経験すらない連中を相手にどう語ろうと、何が伝わるとも思えない。」と「重之」の思いとして綴られている箇所がありますが、章の最後の方で「それでも何かは伝わったわよ、きっと」と「沙恵」が言うように、私たちにもきっと何かが伝わっているはずです。直木賞作品、とてもすばらしい作品だと思います。
約束  主人公の「ワタル」はちょっと空想壁があって、ぽやんとした感じの男の子。
 「ヤンチャ」は、負けず嫌いの腕白坊主。
 「ノリオ」は、頭のいい背の高い男の子。
 「ハム太」は、太っていてお調子者だけど、手先が器用な男の子。
 彼らは小学校3年生の時に知り合い、生涯の友達になります。家も近所で、イタズラをするのも、怒られるのもみんな一緒。
 彼らが小学4年生の秋、「ヤンチャ」が原因不明の病気で緊急入院します。
 今現在の医療技術で治療法のわからない病気でも、未来の世界ならなおせるかもしれない、と3人は、気休めだと知りながらも「発進!僕らのタイムマシン!」というタイトルの本の記述を元に「タイムマシン」を作ることに。。。

 大人になった主人公「ワタル」が当時のことを書き綴っている形の物語です。
 本自体はうすく、そして挿絵もあるので、サラッと読める物語です。が、内容は、とても深いです。
 「ヤンチャ」の病気は、どうやら地球環境の激変が原因の皮膚ガンらしいということが、物語中盤で判明し、「ワタル」はショックを受けます。
 それでも、「タイムマシン」の進行度合いを報告することで、少しでも「ヤンチャ」の気がまぎれるのなら、とみんな一生懸命に作業に没頭する姿が泣けてきました。 
すべの雲は銀の・・・  主人公「祐介」は、大学のサークルで知り合った「由美子」と付き合っていたのですが、いつのまにか彼女は自分の兄へと心変わりをしていました。そのことを知り、傷心の「祐介」は友人「タカハシ」の紹介で信州の宿「かむなび」でアルバイトをします。
 自分の理想にこだわる頑固だが魅力ある「園主」、一人息子「健太」を育てながら明るくたくましく生きる「瞳子」、フラワーコーディネーターへの夢に邁進する「美里」と「花綾」、不登校に苦しみながらも素直でやさしい「桜」たちとの出会いや、宿で無心に力仕事をしたりするうちに、少しずつ「祐介」の心にも変化が訪れたかのようにみえたのですが。。。

 魅力的な登場人物が次から次へとでてきます。「無農薬」にこだわり、肥料にこだわる「園主」。彼の考え方は、なんだかすごく新鮮に思えます。たとえば「遅刻」をした「祐介」が理由を尋ねられ、言い訳するのは潔くないからと「ありません」と答えます。普通なら、これがかっこいい、ととられがちですが、彼に言わせると「この世で何がカッコ悪いて、中身もないくせにカッコつけるほどカッコの悪いことはないねんで」となるのです。
 そして「瞳子」。彼女にもつらい過去があります。エジプトで消息を絶った夫のことをひきずりながら、毎日を懸命に生きている姿が印象的です。「健太」もすご〜くかわいい。
 「祐介」の苦しみもすごく伝わってきます。出来のよい兄を持ち子供の頃から心の葛藤を抱えながら生き、駄目押しのように、彼女をとられてしまうなんて。憎むことができるならそれはそれで楽になれただろうに、「由美子」も兄も自分に対して罪悪感を抱いていることがわかるだけに憎むこともできないのです。早く、「祐介」の心の傷が癒えるといいなぁ、と思いながら、夢中で読みました。
 他には不登校の「桜」の母親「智津子」も印象的でした。世間体ばかり気にするかなり嫌な女なんだけど、少しずつ彼女の戸惑いや悲しみがわかると、(この人もかわいそうな人なんだなぁ)と思えてきたりして。。。
 重くなりがちなテーマも散りばめながらも、読後感は爽やかでした。 

群ようこ
いいわけ劇場  全部で12編の短編集。
 化粧が生きがいの「マユミ」さん。風俗にはまっている「トシオ」さん。食べることに幸せをかんじる「スグリ」さん。廃品拾いに情熱を注ぐ「シゲヨ」さん。健康食品オタクの「セイジ」君。借金してでも服を買いたい「ルミ」さん。ノラ猫に餌をあげる「ミツスケ」さん。癒しを求めて試行錯誤しながらも満たされない「タミコ」さん。子供に対して狂おしいほどの愛情を注ぐ「イチロウ」さん。ストーカーみたいな状態の「シゲジロウ」さん。一人息子を育てるためにけなげに頑張る(?)「タカコ」さん。賭けマージャンにはまり、ギャンプラーと化した「ミズエ」さん。
 
 上記のような人たちがそれぞれ主人公として登場します。どの話も、端から見たら「う〜む」と首をかしげたくなるような趣味(?)を持っていたり、「え?それってだめやんか〜」と言いたくなるような生活をしているのですが、それがすごくおもしろいのです。
 主人公達が、あまりにも奇怪な行動を堂々としていて「これが私(あるいは僕)よ!なんか文句ある???」と開き直っているようで、反論する気も起こらない、というか(笑)。
 「セイジ」君が彼氏だったら私も逃げ出すし、「イチロウ」さんが夫なら私も子供は一人でいいと思うかも。
 個人的に「タミコ」さんと「ミズエ」さんが好きです。


森絵都
カラフル  死んでしまったはずの主人公の魂に、見ず知らずの天使が言います。「おめでとうございます。抽選にあたりました!」と。抽選にあたった魂は、前世に戻って、下界の人間の体を借りて修行を積んでいくうちに前世の記憶を取り戻し、犯したあやまちの大きさを自覚すると、無事に輪廻のサイクルに復帰することができる、というのです。期限は一年以内。
 というわけで、自分の名前も思い出せないまま、主人公の修行が始まるのですが、体を借りた「小林」少年。実は、三日前に服薬自殺をはかって、意識不明の状態でした。母の不倫、父の偽善ぶり、兄の意地悪、そして、密かに恋心を抱いていたひろかの援交のなど、様々なことを知って人生に絶望を感じたようです。。。

 児童書、ということで字もかなり大きめで読みやすかったのですが、内容は濃かったです。「小林」少年の進学問題で、家族会議が行われる場面があるのですが、思わず泣けてきました。これ以上書くと、ネタバレになりそうなのですが、「小林」少年の体を借りた主人公の「みんなそうだよ。いろんな絵の具をもってるんだ、きれいな色も、きたない色も」というセリフが物語のすべてをあらわしているような気がします。
つきのふね  主人公「さくら」。中学生の彼女は、ひと月前から、親友だった「梨利」とあることが原因で気まずくなって、お互いをさけあっています。
 今の「さくら」にとっての心の拠り所は「戸川智」という青年。彼は、スーパーで働いているのですが、「宇宙船を設計する、という極秘任務を請け負っている」と本気で思い込んでいるのです。
 いつしか、「さくら」と「梨利の仲を心配する「勝田君」も「智」のアパートに入り浸るようになって。。。

 ちょっと、ネタバレになります。二人の仲たがいの原因は、仲良しグループから抜けるために、リーダー格の女の子から最後の万引きを命令され、「さくら」が失敗してしまい、「梨利」に助けを求めてしまったことにあります。というのは、万引きのルールとして、つかまった場合、友達を巻き添えにしない、というのがあって、「さくら」はそれを破ってしまったのです。
 もう絶対に仲直りはできない、と思っている「さくら」なのですが、どんどん悪い道へ進んでしまう「梨利」に対して、なんとかしたい、という気持ちもあるのです。そのジレンマがすごく伝わってきました。
 それから、だんだんと壊れていく「智」に対してもなんとかしなきゃ、と「勝田君」と「店長」とともに働きかける「さくら」のひたむきさがすごく良いなぁ、と思いました。
 重いテーマを扱っている中「勝田君」のキャラがなかなか楽しかったです。
宇宙のみなしご  主人公「陽子」と弟「リン」。とても仲良しの姉弟で、小さな頃からなにかおもしろいことを考えては実行しています。
 現在とりこになっている遊び、それは「屋根のぼり」。
 基本その一。のぼりやすい屋根をえらぶこと。
 基本その二。その屋根は人気のないひっそりした場所にあること。
 基本その三。音をたてないこと。
 基本その四。つねに逃げるときのことを考えておく。
以上、あるていどの基本さえ学んでしまえば、さほどむずかしくない(そうです)。
 最近「リン」とうわさになっている「七瀬」さんと、ちょっと風変わりな「キオスク」も仲間に加わりたいと言い出し。。。

 とにかく「陽子」のキャラが良かったです。なんとなく学校をずる休みして、次の日もだらだらを休み、一言でいえば、「サボりぐせ」がついてしまって、気づいたら周りが「登校拒否」と騒ぎ出し、内心困ったなぁ、なんてとまどってるところがすごくかわいい。
 どの登場人物も、なんとなく、「あ、わかる」と共感できるし、すごくさわやかな物語でした。「屋根のぼり」してみたい気もするなぁ。。。
リズム  中学1年生の「さゆき」。勉強家で有名私立中学に通っている姉とは違って遊んで暮らすほうが楽しいようで、毎年、八月三十一日は宿題の日になってしまいます。
 そんな「さゆき」ですが、今年の夏休みは、子供の時から仲のよかった従兄弟の真ちゃんが「八月の三十日までに宿題を全部かたづけたら、三十一日には海につれてってやる」というので無事に三十日までに終わらせることができたのです。友達と分担、という多少ズルをしましたが。
 そしてある日、「さゆき」はパパとママの会話を偶然聞いてしまいます。「真ちゃんのパパとママが離婚するかもしれない」と。。。

 森さんの小説にはいつも「あの頃の私」を思わせるエピソードが盛りこまれています。例えば、いつも期限ぎりぎりまで手をつけずに後であわてた夏休みの宿題。新学期が始まると、なれるまでいごこちの悪い思いをすることなど。
 そして人物描写がとても丁寧で、一人一人にすごく共感することができました。「さゆき」たちの嘘の作文を信じようとする担任の先生、周りから不良(?)扱いされても自分の信念を貫こうとする「真ちゃん」、いじめられながらも芯は強い「テツ」。「真ちゃん」のことをバカにしながらも少しうらやましくも思っている「お姉ちゃん」。
 そして物語のラストの方で「真ちゃん」のお母さんの、「未来はぽっかり空いているからいいわね。できるだけステキなことでうめていきたいわ」というセリフがすごくいいなぁ、と思いました。続編「ゴールド・フィッシュ」が早く読みたいです。
ゴールド・フィッシュ  中学3年生になった「さゆき」は、まだ自分の進路を決めかねています。自分の将来をすでに決めている親友「朋子」や、いつのまにかたくましくなった幼なじみ「テツ」のことをすごいな、と思いながらも、自分の「リズム」を取り戻すことができずに葛藤する「さゆき」。
 そんなとき、自分の好きな音楽をやるために東京へ行った「真ちゃん」がアパートを引き払っていることを知り、なんとか連絡をとろうと必死になる「さゆき」ですが。。。
 
 「リズム」続編のこの物語、あいかわらず、登場人物がすごく活き活きと描かれていますが、今回、自分を見失ってしまった「さゆき」が「リズム」を取り戻していく過程がすごくせつなかったです。余計なことを考えたくないために狂ったように勉強したりして。
 それから、「テツ」。前回では、なんだかひ弱ないじめられっことして描かれていましたが、すごく男らしく立派に成長しています。もともとの芯の強さが前面にでてきたっていうところでしょうか。がり勉だったお姉ちゃんも、彼氏の登場で、なんだかかわいらしくなってるし、新しい担任の「大西」先生もいい味出してます。「真ちゃん」のお父さんの心情もなんだかすごく理解できて、親の子供への愛情を感じます。
 もちろん、「さゆき」も自分を見失ったままでは終わりません。ラストは「さゆき」らしく、とてもさわやかに描かれています。やっぱり、森さん、いいなぁ。 
DIVE!!  ダイビング(飛込み)競技に青春をかける少年達の物語。全4巻。
1─前宙返り3回半抱え型
ミズキダイビングクラブ(MDC)に通う中学生「知希」が主人公。「ダイビング」に魅せられ、恐怖を克服した達成感と、緊張から脱した開放感、そして水に抱かれる快感のために、飛び続ける「知希」が、天才コーチ「麻木夏陽子」に才能を見出され、成長していきます。
2─スワンダイブ
今は亡き天才ダイバーの孫、「飛沫(しぶき)」が主人公。青森の海で、ダイビングを続けながらもずっと選手として上京することを拒んでいた「飛沫」ですが、「夏陽子」とのある「契約」のため上京し、MDCで練習に励みます。
3─SSスペシャル'99
「ダイビング」の元オリンピック選手を父と母に持つ「要一」が主人公。納得のいかない「MDC」や「日水連」のやり方に疑問を抱くうちに、自分自身、かつて経験したことのないほどのスランプに陥った「要一」。彼は意外な行動にでるのですが。。。
4─コンクリートドラゴン
次期オリンピックの代表権をかけた選考会。条件は600点を超える得点で優勝すること。この選考会には、「知希」「飛沫」「要一」の3人と、「レイジ」や他のクラブ所属のライバル達も参戦。代表権を勝ち取るのは誰になるのでしょうか。

 1〜3巻は、MDCに所属する、3人の少年が主人公になっています。
 「知希」は仲間からねたまれたり、失恋したり、ものすごく苦悩します。それが自然に感情移入でき、「知希、がんばれ!」と声援を送りたくなります。 
 「飛沫」は、亡くなった祖父が「幻のダイバー」として知られてはいるものの、決して幸せな人生ではなかったに違いない、と思い、「ダイビング」競技そのものを憎んでいるかのよう。その彼が、競技を通じて祖父の本当の気持ちを理解していく段階がすごく伝わりました。 
 リーダー的存在で、クラブのみんなをひっぱってきた「要一」ですが、スランプによって、大きく成長したなぁという感じで、好感が持てます。「日水連」の「前原会長」との対決(?)のシーンはすごくおもしろかったです。3人の中では彼が一番好きだなぁ。
 ラスト4巻では、選考会でのダイビング毎に得点表が各章の最後に記されていてとてもスリリングな展開になっていて、ドキドキしながらよみました。結果も納得いくもので、爽やかなスポコン物語としてすごく良かったし、感動しました。
 ほかの登場人物もなかなか魅力的でした。「知希」に嫉妬する「陵」や「レイジ」も、「飛沫」の彼女「恭子」も、そして「日水連」の「前原会長」もなかなか味のあるキャラです。ライバルの「ピンキー山田」が「キャメル山田」として健闘するところなども笑ってしまいました。個人的には「飛沫」と共同生活をすることになった「大島」コーチの、なんとも不器用な感情表現がすごくよいなぁ、と思いました。
 華やかな競泳の陰に隠れ、地味な種目としてとられている「飛び込み競技」ですが、これからは注目しそうです。
永遠の出口  主人公「紀子」の子供時代から高校卒業時代までを綴った物語。
 一章から三章までは小学生時代が描かれています。「お誕生日会」という懐かしい響き。そういえば何度か招待してもらったなぁ。私の家は共働きだったので、お誕生日会に招待する、というのは憧れででした。4年生のとき、母に無理を言って、料理やケーキをテーブルに用意してもらって、仲良しの友達3人と子供だけの誕生日会をしたことを思い出しました。
 中学生になる前の春休みに「春子」たちと遠出をしておそろいの文具を買うというくだりでも、「たのきん」が登場し、(あ〜、流行ったなぁ)と思い出し、にやついてしまいました。
 四章から六章は中学生時代。「エースをねらえ!」の影響でテニス部に入ったものの、自分が運動音痴だということに気づき、退部したいのに母親に言えずにサボったりする姿がなんだかせつない。悪い子ではないんだけど勘違い女の「千佐堵」のせいで母親は激怒するし。あくまでも校則の前髪にこだわる母親への反発も、うんうん、わかるよ〜、と声をかけてあげたくなります。「オンザ眉毛」という言葉も流行ったもんね〜。
 そんな「紀子」ですが、「葡萄酒の爆発」をきっかけに彼女の中で何かがはじけてしまいます。今まで割りとおとなしく親や学校のいうことをきいていた反動で、彼女は「ヤンキー」への道をずんずん突き進んでいくことになってしまい、髪の脱色はもちろん、万引き、夜遊び、飲酒、喫煙とどんどんエスカレートしていきます。
 七章から九章は高校入学から卒業まで。アルバイトしたり、初めて彼氏ができ、デートに舞い上がる日々。バイト先での充実した日々は本当に楽しそうでいいなぁ、と思いました。彼氏とのちょっとした行き違いで、「紀子」があがけばあがくほど、相手がひいていく様子も、まるで私自身が経験したことのように心に響いてきて、恥ずかしいようなもどかしいようななんともいえない気持ちになりました。「保田」君へ手紙を書いたり、手編みのセーターを持って彼の通う予備校で待ち伏せするところなんかは、(もう、やめてくれ〜〜〜〜!)と身悶えしながら読み進みました。
 全く同じではないんだけど、かつての私やかつての友人たちがうじゃうじゃと登場するこの物語でしたが、読み終わったあとは、嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気分でした。

森博嗣
黒猫の三角  アパート「阿漕荘」に住む探偵、「保呂草潤平」のもとに大家の「小田原静江」が身辺警護を依頼します。1年に一度、決まった法則の元で起こる殺人の、今年のターゲットに自分が当てはまり、謎の脅迫状を受け取った、というのです。
 当日、「阿漕荘」に住む「小鳥遊(たかなし)」と「紫子」をバイトに雇い、監視を続ける中、殺人は起こってしまいます。
 「小田原家」の居候「瀬在丸紅子」とともに謎を追ううちに、意外な結末が。。。

 コメディではないのですが、登場人物の名前に笑ってしまいます。「保呂草潤平」「小鳥遊練無」「香具山紫子」「瀬在丸紅子」だもん。覚えられなくて、何度も登場人物の欄をみました(笑)。人物設定もなかなかおもしろく、「小鳥遊」君は女装が趣味、「紅子」さんは「科学者」、「紅子」をお嬢様と呼ぶ、もと「瀬在丸家」の執事「根来機千瑛」は武道家でもあります。バラエティに富んだ登場人物が会話をするだけで充分楽しめる、そんな物語で(難解な箇所もたくさんあったのですが)、謎解きも充分、おもしろかったです。この結末は想像していませんでした。シリーズ一作目、ということなのでこれからも読んでいきたいです。


盛田隆二
夜の果てまで  北大に通う主人公「俊介」はたまたま入ったラーメン屋で、彼がひそかに「Mさん」と呼
んでいる女性と遭遇します。彼女は、「俊介」のバイト先である「セイコーマート」に土曜日
の夜に訪れ、チョコレート「M&M」を一個だけ万引きしていくのです。
 彼女の名前は「裕里子」。年齢も一回り上で、しかも人妻である彼女と「俊介」は互いに
惹かれあっていくのですが。。。

 この物語、最初に「裕里子」の旦那である「涌井耕治」が家庭裁判所に送った一通の
「失踪宣告申立書」がら始まるのです。なので読みはじめた地点で「裕里子」はある男
(それが俊介なんだけど)と失踪したんだな、と読者はわかっているのです。なんていった
らいいのかな。ネタバレから始まる小説、とでも言ったらよいのかな(笑)。
 第一章から物語は7年前にさかのぼり、「俊介」と「裕里子」の出会いから失踪までを
様々な人間模様を絡めて綴られていくのです。
 まず「裕里子」について。彼女は後妻として「耕治」と結婚したのですが、意地悪な姑も
いるし、ちょうど微妙な年頃の息子もいて、何かと苦労させられるのです。そして何よりも
不可解なのが前妻「小夜子」の存在。彼女は精神的な病気を抱えていて、「耕治」と離婚
ということになったのですが、「耕治」としてもそんな状態の「小夜子」のことを放っておくわ
けにもいかず、何かと彼女の面倒をみるのです。原因が原因だけに仕方のないこととは
いえ、「裕里子」にはちょっと耐えられないものがあるよね、という感じ。
 次に「俊介」ですが、最初はどこにでもいそうな少年のイメージでした。失恋して落ち込
んでいたりするし。それから、頭もいいんだろうな。家庭教師のバイトもできるし(ちょっと
主観入ってます)、就職試験への取組み方なんかを読んでいると、「ほんとにすご〜
い!」と感心させられます。それでも、人生の歯車がどんどん思ってもみない方向へ動い
ていくのです。誰にも止められないんです。
 二人が失踪してからの7年間のことには全く触れられていないのですが、読んでいて少
しも不自然でなく、この間「耕治」はきっと「裕里子」を探さなかったんだろうな、とそういう
ことまでちゃんと思わせるように、二人の置かれた状況や心理描写が密に描かれていて
納得できました。
 「正太」君、いい子だなぁ。普段の素行はどちらかというと「ワル」なんだけど、義母「裕
里子」と実母「小夜子」に対する心の葛藤がすごく伝わってきました。

諸田玲子
まやかし草紙  時は平安時代、母の死の謎を解明するために、宮中に女房務めをする「弥生」。そして宮中には、東宮と関係を結んだ女が狂い死にする、といううわさがひろまっています。一緒に暮らしていた女が狂い死にし、その謎を追っている「音羽丸」、彼の手助けをする「陶化坊の白楽天こと楽天爺さん」と知り合い、協力して謎をといていくうちに、弥生は信じられない事実を知っていくことになります。
 時代物語でも、最初からものすごくミステリアス。そして、平安時代の様子がリアルに描かれています。この時代には当然のこととはいえ、死体がその辺にごろごろ転がっている様子とか、貴族社会の勢力争いの汚さ、等読んでいて嫌になってきます。その中で、「弥生」と「音羽丸」との恋愛にほっとさせられる、といった感じです。弥生の「たとえ辛くても真実を知りたい」と願う逞しさにも心惹かれました。
お鳥見女房  主人公「珠世」は代々お鳥見役を務めている矢島家のお内儀。父「久右衛門」は隠居し、現在珠世の入り婿「判ノ助」が任務についています。お鳥見というのは、鷹の餌となる鳥の棲息状況を調べる役職で、将軍家の御鷹場の巡検と、餌になる雀の捕獲、そして鷹狩のための下準備が主たる任務です。それは表向きで、実は裏の任務があるということに、珠世はうすうす気づいていますが、父娘、夫婦の間の暗黙の了解として誰にも話していません。
 ある日、久右衛門のもとに浪人「源太夫」が、たった一度酒を酌み交わしただけという針の先ほどの縁をたよって訪ねてきます。結局仕事が決まるまでの間居候することになるのですが、「源太夫」には5人の子供がいるのです。さらに、珠世の次男、「久ノ助」もひょんなことから「多津」という女性を連れてきて、矢島家はいきなり7人もの居候をかかえることになってしまいます。
 実は「多津」は「源太夫」を親の敵として果たし合いをするために追ってきたのですが、居候を続けるうちに源太夫や子供たちの人柄にふれ、珠世のおおらかさに包まれ心をひらいていきます。
 この物語の魅力的な部分は、主人公「珠世」の人柄にあります。連作短編という形をとっていますが、ちょっとした珠世の心遣いがさわやかな感動を与えてくれます。
 「判ノ助」に裏の任務が下り、行方知れずになったりして、物語はまだまだ続きそうです。シリーズ物になっているので早く続編を読みたくなりました。

矢口敦子
家族の行方  主人公「有村靖子」は推理作家。お酒の席での発言から、編集者「江尻」に霊能があると誤解され、「靖子」は「江尻」の親戚の女性から失踪した息子「明」を探して欲しいと依頼されます。気が進まず断ろうとしたところ、息子の「勇起」がなぜか乗り気でその依頼を受けてしまうのです。「明」と面識のある人たちへの聞き込みをしているうちに、彼が通っていた塾の先生が岩手へ引っ越した、という情報を得ます。「明」の失踪に関係があるのかないのかわからないまま、岩手へ向かった二人を待ち受けていたものは。。。

 「明」を探す過程で、「靖子」と「勇起」の親子関係も少しずつ浮き彫りになっていきます。「靖子」は「勇起の父」の顔かたち、性格などは覚えているのになぜか名前が思い出せません。そこで失踪調査とは別の謎が浮かんできます。
 「靖子」と「*(勇起の父)」との間に過去に一体何が起こったの?
 そして、美形だけど時々何を考えているのかわからない「勇起」。彼はいつから「靖子」を「おばさん」と呼ぶようになったの?「靖子」に対して時々すご〜く冷たい目を向けるのは何故?等など。。。
 さて、肝心の「明」探しですが、僅かな手がかりを元に、二人は「明」が書いたのであろう日記(フロッピーに残されたもの)を発見します。そこには、「石川夫妻(元塾の先生)」と「明」との田舎暮らしで体験した出来事が綴られていました。
 発見したものは他にもあります。
 ・・・それは腐乱した二人分の死体。その死体は、果たして「明」か「石川(夫)」か「弓子(石川・妻)」か。それとも全く別の誰かなの?

 おもしろかったです。次から次へと知りたいことが増えていき、ページをめくる手が止まりませんでした。「靖子」と「勇起」のやりとりも読んでいて楽しめたし、調査のためとはいえ、一緒に旅行できる喜びを感じている「靖子」もかわいらしいです。ラストも一応ハッピーエンドだったしね。とはいえ、「家族」とは一体なんなのか、ということを考えさせられたりと、重いテーマも盛りこまれていました。
償い  主人公「日高」は一人息子を病気で亡くし、その後、妻も自殺してしまい、人生に絶望し「ホームレス」として暮らしています。
 「日高」は、偶然「火事」を発見し通報したところ、「山岸」という刑事に、彼の抱えている「社会的弱者」を狙った連続殺人事件を調べて欲しいと頼まれ、「探偵」として活動を始めます。
 ある日、「日高」は「草薙真人」という15歳の少年と知り合います。「日高」は驚きます。実は「真人」は12年前、「村井」という誘拐魔から首を絞められ、命を落とす寸前だったところ、「日高」が救った少年だったのです。。。

 「日高」が疑っている通り「真人」が犯人なのかどうか、ラストまですごく気になって、一気に読めました。
 エリート医師だった「日高」がなぜホームレスになってしまったのか、読み進むうちに明かされていくのですが、「医師」としての仕事の怖さや、人生にとって一番大切なものは何か、ということをすごく考えさせられてしまいました。
 人間味のある「山岸」刑事にもかなり好感が持てました。
VS
 アメリカ留学時、お金のために自分の卵子を売った「木綿子」は、その後、病気をきっかけに子供を産むことができなくなってしまいます。
 ─子供がいれば、もしかしたら楽しいかもしれない。─
 今まで一度も考えたことはなかったけれど、ふいにその思いにとらわれ、木綿子は探偵に依頼し、自分の卵子から生まれた子供「恵哉」をつきとめます。
 「木綿子」の留学と同時期、不妊に悩んでいた「絹恵」は、アメリカで受精卵移植を受けます。そしてその時に生まれた子供が「恵哉」だったのです。
 「恵哉」がある日、「一家四人の惨殺事件」の容疑者として警察から事情聴取を受ける際、自宅から逃げ出し、マンションから飛び降り自殺をします。
 「絶対に恵哉が犯人のはずがない!!!」
 そう信じる「木綿子」は「絹恵」に協力を頼み、真相を探り始めます。犯人の残した「VS」というメッセージは何を表しているのでしょうか?

 立場の違う二人の主人公ですが、「木綿子」のキャラがなんだかすごかったです。やっと、「恵哉」を探し当て、ついに会える、と楽しみにしていた矢先に当の「恵哉」の自殺を知り、それからの行動がなんというか、パワフル。ひどく自分勝手にもみえるんですが、子供を思う気持ちには脱帽。でもちょっと思い込みが激しすぎるかな。調査を依頼していた探偵が亡くなってしまうのですが、それによって、ますます彼女の思考がエスカレートしていく様はおそろしくもあり、(ちょっと異常者???)と思えてきます。一方、「絹恵」は、「木綿子」のパワーに押され気味で、終始、彼女に振り回されている感じ。どうしても欲しかった子供なんだけど、旦那に先立たれ、旦那の家族や実家からも冷たくされながら、健気に子供を育ててきた女性で、人生に疲れきった彼女は、「真犯人(?)」を捕まえるという意気込みはまったくゼロ。まぁ、そもそも、「他に真犯人がいるに決まっている」というのは、「木綿子」の感覚での話なんだけど。
 果たして「恵哉」は犯人かそうでないのでしょうか?この結末は、本編を読んでみてね。
 
 ↓ネタバレっぽいので反転文字にしてます。
 「仁美」という少女のセリフ─「私、佐伯さん(絹恵)はえらいと思う。恵哉が殺人を犯したと知っても、自分の子だと言いつづけている。あれは自分の子じゃないって言える立場なのに。逃げないのって、すごい」─
 これが印象に残ったセリフです。

山田詠美
ぼくは勉強ができ
ない
 17歳の「時田秀美」は、サッカー部に所属する高校生。勉強はできないけれど、クラスの人気者で、女の子にもよくもてます。が、今は年上の恋人「桃子」さんに夢中です。
 教師の言うところの複雑な家庭環境の中で育った「秀美」は、他の人々と様々なことで価値観が異なり、時にはそのことが原因で、周囲に対して居心地の悪さを感じることがあります。
 理解ある母や祖父、恋人、友人達とかかわりながら、「秀美」が成長していく姿をさわやかに描いた物語。

 おもしろかったです。主人公の「秀美」がとにかくかっこいい!!!
 といってもこの小説は、ただのさわやか青春小説とは一味違います。「秀美」の女性に対する洞察力の鋭さは、読んでいてはっとさせられるものがあります。ちょっとネタばれですが、「山野」さんという、男子生徒から絶大な人気を誇る女の子に対してのキツ〜い一言、「山野さん、自分のこと、可愛いって思ってるでしょ。ぼくは、人に好かれようと姑息に努力する人を見ると困っちゃうたちなんだ。」なんかは「あらら〜」って感じ。
 「番外編・眠れる分度器」では、物語最初にちらっとでてきた小学校教諭の視点から描かれていて、普通の子供と異なる価値観を持つ「秀美」に対するとまどいと嫌悪がすごく伝わってきます。そして「秀美」に出会ったことによって、この教師の人間的成長が期待できるようなラストに仕上がっていてすごくよかったです。この番外編があることによって、物語の奥行きが広がったような気がしました。
 文庫の解説は「原田宗典」様が書かれていますよ〜♪


山田宗樹
嫌われ松子の一生  主人公の大学生「川尻笙」の元に、突然、九州から父が訪ねてきます。父が言うには、30年以上前に失踪した伯母・「松子」が最近何者かに殺されたらしいのです。自分は明日九州に戻らないといけないために、「松子」の部屋の後始末を「笙」に頼みたい、というのです。彼女である「渡辺明日香」の協力の元、嫌々ながらも「松子」のアパートに向かう「笙」。そして、興味本位から「松子」の生涯を調べ始めるのですが、それは、世間知らずの彼にとって凄まじい人生との遭遇でした。。。
 この物語は、「笙」の一人称と「松子」の一人称で交互に語られる形になっています。
 「松子」の最初のつまずきは、中学校校長との修学旅行の下見と称する旅行から始まります
 そして、修学旅行で、盗難事件が発生します。「松子」は生徒の罪を自分がかぶることにしたのですが、逆に、自分が盗ったのに生徒に濡れ衣をきせようとした、ということになってしまいます。 家をでてからも、「松子」は悪い方へ悪い方へ、転落の人生をつき進んでしまうのです。
 父から「どうしようもなか姉やった」と聞かされていた伯母の生き様を知っていくうちに、自分の身内として実感のわかなかった「松子」のことを理解したいと願うようになり、「笙」は伯母のかつての友人達を探します。そして聞かされる「松子」の人生は、ほんとに悲しくて辛いものだったのですが、それを知ることによって、「笙」の心の中で何かが動き始めるのです。このままではいけない、と。「松子」の一生を知ることで、「笙」はすごく成長することができたと思います。それが唯一の救いかな?

山本文緒
ココナッツ  主人公「実乃」は中学2年生。ある夏休みの日、ロック歌手「黒木洋介」のコンサートが開か
れることになり、脱サラし、便利屋をやっている父「豹助」の手伝いでチケット取りのため、並ん
でいると、若い女性が父のことをじっとみていました。
 数日後、その女性は便利屋の事務所を訪れ、「誰かが洋介さんを殺そうとしているので、彼
を守って欲しい」と依頼したのです。
 「実乃」は密かに想いを寄せる「永春」さんに相談します。「永春」さんは「洋介」の高校時代
のクラスメイトでどうやら父の元に訪れた女性にも心当たりがありそうなのですが。。。

 まず読んでみて感じたのは違和感。山本文緒さんの本は何冊か読んでいるのですが、なん
だか一昔前の「コバルト文庫」みたいな感じだなぁ、というか。まず主人公が中学2年生だし。
なんとなく明るく健康的な雰囲気が漂っているし、山本さんの持ち味の毒がないなぁ(笑)。。。
というようなことを思いながら読んでいたら、これはやっぱり「コバルト時代」の「アイドルをねら
え!」という小説を改稿したものだということが「あとがき」で判明!
 なるほどねぇ。。。
 楽しくスルスルと読めました。
 登場人物もなかなか個性的でおもしろいし。
 「実乃」のことを好きな同級生の「ハズム」君はけっこういい奴だし、、お姉ちゃんの「花乃」ち
ゃんも、ちょっとしたことですぐ機嫌をそこねたりするけれども、「洋介」に会うためにすご〜くお
しゃれしたりと、かわいいところがあるし。
 「実乃」は「永春」さんのことが好きなんだけど、年の差もあるし、なかなか気持ちを打ち明け
ることができません。でも、それ以外のことでは、いろんなことに首を突っ込もうとする、前向き
で明るいキャラです。
 これは「チェリーブラッサム」の続編、ということなので機会があったらそっちも読んでみたい
です。

横山秀夫
クライマーズ・
ハイ
 北関東新聞の記者、「悠木和雅」は、同僚の「安西」に誘われ、谷川岳に屹立する衝立岩に挑戦する予定でしたが、出発日の夜、御巣鷹山で墜落事故が発生し、約束の場に行くことが出来なくなってしまいます。
 「悠木」は「安西」とは連絡をとることができず、後日、一人で山に向かったとばっかり思っていた彼が、出発日の夜、歓楽街で倒れ、病院へ運ばれたまま意識が戻らない状態だと知ります。彼の「下りるために登るんさ」の言葉の意味は・・・。 
 未曾有の巨大事故の全権限を任された「悠木」は、輪転機の故障を知らされず、部下が必死の思いで「現場雑観」を連絡をしてきたにもかかわらず、それを載せることができませんでした。「全権デスク」の任は彼にはとても重く、社内の派閥問題や部下の統率と、しだいに追い詰められていきます。。。

 物語は、この事故の十数年後、帰らぬ人となった「安西」の息子「燐太郎」と、「悠木」が衝立岩に挑戦するシーンから始まります。
 1985年の、御巣鷹山での「日航機事故」は私も記憶に残っています。この大事件を新聞記事にするための現場の緊張感がすごく伝わってきました。「悠木」は「デスク」を任されたものの、思う通りに事が進まず、一度は部下の信頼をなくしてしまうのですが、部長、そして社長にもはむかいながら、全力でこの事故に臨みます。部下や周りの人達が、彼への信頼を少しずつ取り戻していく様子が印象的でした。
 彼の決断で載せることにした「望月彩子」の投稿記事には、私も考えさせられました。「重い命とそうでない命ってあるんですね」という彼女の言葉にもドキッとさせられましたし。
 この一冊で、「派閥争い」、「親子の葛藤」、「生命」、そして「登山」と色々な視点から読ませてくれ、大満足の作品でした。どちらかといえば、「男性」が読むほうが、もっとリアリティを感じる作品かもしれません。
 出かける前にちょこっとだけ読もう、と思って読み始めたこの本ですが、もうやめられなくて、ギリギリまで活字を追っていました。思いっきり読書の時間がとれる時に読むことをおすすめします(笑)。


吉岡忍
月のナイフ  全部で九編からなる短編集。
 最初の「旅の仲間」という短編では、酸性雨が主人公で、「美」を求めながら地球上を旅する、という設定になっています。
 そして、浮浪者狩りをする中学生の話、親のいうことに矛盾を感じ、学校へ忍びウサギを殺す小学生の話、子供嫌いな画家の話、子供時代、尊敬していた父親の嫌な面をみてしまった男の独白を綴った話、いじめで自殺した男の子の死因をごまかそうとする教師や親たちに疑問を感じる小学生の話、病気と闘う「祖父」をもつ少年とぼけた「祖母」をもつ少女の物語、などが続きます。
 短編でありながらも、現実社会の問題が浮き彫りになっている作品だと思いました。
 他にも「みんな死なない」という物語は、近未来、医学や科学が進歩して、平均年齢が300歳となった時代設定で、集団で、クラスメイトをいじめの末に殺した少年が、食べた肉片(クラスメイト)から語りかけられる、というもので、ホラー色の濃い内容には背筋が寒くなったりして。。。
 ラストは表題作「月のナイフ」。
 「ナイフなんか持っていたら、人が変わっちゃうの。」という担任の恭子先生の言葉に、ナイフの捨て場所を探す小学生の話で、これもなんだかこわいなぁ、と感じる物語でした。 

吉本ばなな
TUGUMI  主人公、「白河まりあ」は少女時代、ある海辺の町で、母の妹一家が経営する旅館で生活していました。父は離婚問題で長いこと揉めていたのですが、彼女が大学生になるころ、それが解決し、母と「まりあ」を東京に呼び寄せてくれたために、「まりあ」は町を去ることになります。
 「まりあ」には大事な友人「つぐみ」がいました。「つぐみ」は神様が美しくこしらえた人形のような端整な外見をしていますが、子供の頃から体が弱く、周りからちやほやされて育ったため、意地悪で粗野で口が悪く、わがままで甘ったれでずる賢い性格で、周りの人たちを困らせてばかりいます。それを嘆く家族にむかって、「おまえら、あたしが今夜ぽっくりいっちまってみろ、あと味が悪いぞー。」なんてことを言うのです。。。

 この物語は、大学生になった「まりあ」が海辺で過ごした最後の夏を振り返る形で描かれています。
 「つぐみ」は、端からみると、本当に「嫌な女」なのでしょう。それなのに、すごく魅力的なんです。常に死と向き合わせの毎日を、ひたむきに生きる姿勢に感動させられるからかもしれません。そしてそんな「つぐみ」のことを愛しく思っている「まりあ」の視点で描かれているため、どんなに「つぐみ」がひどいことを言ったりしたりしても、文章に愛を感じてしまうのです。
 大ベストセラー作家なのに、今まで「吉本ばなな」さんの本は読んだことなかったのですが、読まずにいたことを少し後悔しました。もっと彼女の感性に触れてみたい、と思いました。
哀しい予感  主人公は19歳の「弥生」。家の改築のため、となり町のぼろぼろの家に仮住まいをしたときに不思議な体験をしてから、心の中で何かもやもやとしたものを抱えてしまいます。
 ごく平凡な中流家庭に育ち、誠実な父、陽気な母、仲良しの弟に囲まれた幸福な娘であるはずなのに、どうしてか時折、釈然としないものを感じてしまうのです。
 「弥生」は何度目かの家出をし、おば「ゆきの」のもとでしばらく暮らすことにします。「ゆきの」は美人だけど少し風変わりなところがある女性です。「弥生」は彼女のことが大好きで、そして彼女と自分だけが共有する、ある小さな思い出を持っていたのです。。。

 登場人物、すべてがすごくいい。「弥生」はもちろん、魅力的なおば「ゆきの」も、「ゆきの」を愛する「正彦」君、「父」「母」も素敵な人たちです。そして、かっこいい弟「哲生」君。「ゆきの」と「弥生」、「哲生」と「弥生」、それぞれの複雑な思いが少しずつ明らかになっていくんですが、物語の世界に惹きこまれて、夢中になって読みました。
 ラストも感動的。すごくいいな、と思ったフレーズがあります。
 ↓
 ─でも、何も減ってはいない。増えてゆくばかりだ。私はおばと弟を失ったのではなくて、この手足で姉と恋人を発掘した。─
 もろネタバレなので、それでも良い方は反転文字にして読んでみてね。


米村圭伍
退屈姫君 海を渡
 夫である風見藩藩主「時羽直重」が参勤交代のため帰国している間、主人公「めだか」は暇を持て余し、江戸の上屋敷であくびをかみ殺していました。そこへくノ一「お仙」が現れ、「直重」が失踪したと告げたのです。帰国中の殿さまが行方不明ということがお上に知れたら、藩の取り潰しもまぬがれません。
 「この危機から藩をを救えるのはわたししかいない!」と「お仙」とともに「千石船」に乗り、いざ「風見藩」へ!!!

 「退屈姫君伝」で大活躍の「めだか姫」がまたまた登場です。
 あいかわらず、かわいくて賢くて頼もしい「めだか姫」。失踪した夫を探すために、父親に「千石船」を作ってもらい、その船に数名のお供を連れて乗り込み江戸を離れてしまうなんて、ありえないことですよね。幕府にこのことが知られたら「謀反の疑いあり」と大問題になってしまいます。正室が江戸にいなければならないのは、いわば幕府の「人質」みたいなものですから。でもこういう大冒険をして、真実に近づいていくあたりは、さすがです。前回の経験ともともとの好奇心の強さがなせるわざですね。
 登場人物もバラエティ豊か。「お仙」の兄「一八」、「めだか」付きの老女「諏訪」などなど。
 「めだか」の父「西条綱道」などもかなりのもの。この親にしてこの子あり、という感じ。
 夫の「直重」も結構変わった(おもしろい)人です。事態を収める為に、「風見藩」にある一風変わったしきたりを家臣が破ることになるのですが、それを知った「直重」がなぜ怒ったのか、その理由がなんともかわいらしいというか。。。ま、こんな人でないと「めだか」の旦那はつとまらないでしょうけど。
 今回「直重」は、「月夜」という女性を「風見藩」での側室としてもうけたのですが(物語の重要なポイントになります)、このことを知った「めだか姫」、さぞお怒りかと思いきや、「側室をもうけるのはお家のためには当然のこと」と割と淡々と受け止めているのです。なんだか「めだか姫」の意外な一面をみたような気がします。この時代の考え方は17歳の「めだか姫」にもちゃんと浸透しているのですね。
風流冷飯伝  物語の主人公は「一八(いっぱち)」という幇間(たいこもち)。江戸の幇間がなぜか四国讃岐の風見藩に来ています。そこで、誰かカモを見つけて食事の相伴にでもあずかろうと画策して知り合ったのが「飛旗数馬」。ところが「数馬」は、次男坊の冷飯食い。当主である兄「隼人」の元での居候暮らしのため、「一八」に馳走するのは無理なのです。
 実はこの「一八」。ただの幇間ではないのです。そしてこの「風見藩」にはとても変な決り事がたくさんあります。まず驚くのは、「男は城を左回りに、女子は城を右回りに回る」というもの。他には「武士は頬被りすべからず」「双子は一緒に育てよ」「一家の家長と長男は囲碁将棋禁止」などなど。すべて先先代ご藩主光猶院様ご生前のお言葉によるものなのです。
 物語は、中盤、現藩主「時羽直重公」の「当藩に将棋所を設けよ」という言葉から、新たな展開をむかえます。そして第十代将軍「徳川家治」も登場し、御側衆筆頭「田沼意次」の陰謀(?)も明らかになっていきますが。。。
 落語の語り口のような文体のこの物語。最初は、「一八」が金づるを探してはことごとく失敗をする笑い話なのかと、読み進めたのですが、いい意味で裏切られた、という感じです。
 風見藩の「冷飯食い」達のポワンとした暮らしぶりがとても楽しく、飽きません。将軍「家治」は在職中は「田沼」に実権を握られて、死の際には反田沼派から政治的に利用されるという悲劇の将軍のイメージがある(あんまりよく知らないけど)のですが、この本では、「田沼」に一泡吹かせるエピソードがあって、それもおもしろかったです。フィクションだとは思うんだけど。
 米村圭伍さん、初読みですが、他の作品も読んでみたくなりました。 
退屈姫君伝  磐内藩藩主「西条綱道」の末娘「めだか」は可憐な美少女なのですが、父に溺愛され天真爛漫に育ち、そしてもともとの性格も手伝い、少々夢想癖のある、いたずら娘に育っていました。その「めだか」に父が縁談話を。しかもその先が、四国讃岐のたった二万五千石ぽっちの風見藩。溺愛してくれていた父が、姉の順番を飛ばしてまで嫁入りさせるには、きっとなにか理由があるに違いない、と「めだか」は「父上、いったい何を企んでいらっしゃるの」と訝ります。
 嫁いだ先の風見藩藩主「時羽直重」は、「めだか」に優しくほがらかに接してくれました。「めだか」も(この殿となら、のんきに楽しく暮らせそうだわ)とのんびりゆったり毎日を過ごします。しかし、参勤交代のため、「直重」が国許に戻らなければならなくなり、「めだか」の毎日は急に退屈なものになってしまいます。すると、またまた、いたずらの虫が騒ぎ出し、屋敷内の探索に繰り出します。そして「直重」の弟「直光」から聞いた「風見藩上屋敷の六不思議」を調べることを決意します。盤内藩と風見藩の密約を探る、幕府隠密「倉地政之助」と茶店の娘(実はくのいち)「お仙」も加わって物語は、テンポ良く進んでいきます。

 最初から最後までものすごくおもしろく一気に読んでしまいました。
 まず主人公の「めだか」姫が文句なしに魅力的なのです。いたずら者で周囲の人たちをはらはらさせることも多々ありますが、失敗をしたら大いに反省し落ち込むし、感心したら素直に相手を褒め称える、そんなところが憎めないところです。この物語にでてくる「倉地」は他の米村作品「風流冷飯伝」にも登場し、「お仙」はその物語の主人公「一八」の妹でもあります。そしてまたまた「田沼意次」が陰謀を企んでいます。最後に登場する将軍「家治公」も前回同様いい味出してます。
 ここで、「風見藩上屋敷の六不思議」を紹介しますね。この謎を解きたい方は、ぜひ本編を読んでみてくださいね。

 風見藩上屋敷の六不思議
 壱、「抜け穴はありやなしや」
 弐、「中間(ちゅうげん)長屋の幽霊」
 参、「廊下の足音すがたは見えず」
 四、「井戸底の簪(かんざし)」
 五、「下(しも)は築地で在所がしれぬ」
 六、「ろくは有れどもしちは無し」
面影小町伝(錦絵
双花伝 改題)
 笹森稲荷の水茶屋、「鍵屋」の茶汲み娘、「お仙」は、実はくノ一。病気の母を看病するために里に戻り、そこで「御色多由也(オユロタユヤ)」様の秘薬を飲み、色黒のおてんば娘から色白美人に大変身。情報収集の場が、「お仙」目当ての客で賑わい、本来の目的をはたせずに困ったことに。
 時期を同じくして、浅草にも「お藤」という美女があらわれます。彼女は藩とりつぶしの原因となった伝説の秘剣「垢付丸」の在り処を探っている様子。
 物語が進むにつれ、「お仙」と「お藤」の奇妙な因縁が明らかになり、意外な結末が。。。

 「風流冷飯伝」「退屈姫君伝」に続く大江戸三部作完結編、と帯に書かれているように、まさにラストを飾るにふさわしい物語で、一気に読みました。
 「倉地政之助」「むささび五兵衛」「めだか姫」など、前二作を読まれた方にはおなじみの人物も登場し、楽しくなってきます。
 が、この作品に関しては、文体も前作の「落語を思わせる文章」とは異なり、普通(?)の小説風に描かれていて、最初から重苦しく緊迫した内容で始まります。そして、秘剣「垢付丸」に関する伝奇性も絡んで、物語にものすごい幅が広がります。江戸時代、本当にこんな出来事があったのかと思わせるストーリーの上手さに感心させられながら、なんだかせつなくなるようなラストに思わず泣けてしまいます。その後、「お仙」をはじめとする登場人物が、米村作品で、なんらかの形で登場してくれることを願わずにはいられないほど、愛着を感じる「シリーズ」です。
 ちなみに「御色多由也(オユロタユヤ)」様とは、秦の始皇帝に仕えた人物「徐福」が日本で用いた名だそうです。
紀文大尽舞  主人公の「お夢」は戯作者志望で、江戸の豪商「紀伊国屋文左衛門」の一代記を書こうと、「紀文」を付けまわしています。「蜜柑船」で大もうけをし、のちに「材木屋」として大成功して豪商となった「紀文」。銅貨の改鋳で大損をして、店を畳み、隠居暮らしをしている、というのですが、「紀文」のうわさを集めていくうちに不審な点がたくさんでてくるのです。
 ある時「お夢」は、「おんなのうきよをうきよにかえん」と唱える「夜鷹」に川へ突き落とされ、「暗闇留之助」と名乗る武家と、武家の手下の忍の者に助けられます。その後も浪人に命を狙われたり、と大変な目にあいながらも、「大奥」に忍び込んだりの大冒険をしながら、「紀文」の謎に迫るのですが。。。

 主人公の「お夢」。好奇心旺盛で、大奥にも忍び込み、ふとしたことから「天英院(家宣の正妻)」とも知り合い(?)になるし、「吉宗」にも堂々と渡り合うし、なかなかすごい娘です。
 物語も奇想天外な発想ながらも、しっかりと構成されていて、史実を曲げることもなく、描かれているのです。
 とはいうものの、「徳川吉宗」のことをここまで悪く(?)書いてあるのにはびっくり。「質素倹約」で財政を立て直したり、「目安箱」を設置したり、「小石川養生所」をつくり、「町火消し」のシステムを完成させたりと、様々な功績のある有名人(だよね〜。テレビでもお馴染みだし)なのに、「権力の鬼」みたいなんだもん。でも、これが真実の姿かもなぁ、と納得させられる面も。
 となかなか楽しませてもらったのだけど、ところどころ、辛くなる場面もあったりして、物悲しさが漂う読後感でした。

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