天使の卵〜エンジ
ェルス・エッグ |
19歳の予備校生の「歩太」。彼には入院している父親がいるのですが、その父の新しい
主治医となった精神科医「春妃」と恋に落ちます。途中、高校時代のガールフレンド「夏
姫」が彼女の妹であることがわかり、夏姫がまだ歩太のことを好きなこともわかってきま
す。春妃に想いを寄せる長谷川医師も登場し、8歳年が離れていることに焦りを感じる歩
太。
この小説は村山さんのデビュー作なんだけど、その後の村山作品を象徴するような「悲
恋」物語です。「歩太」の家庭環境、「春妃」のつらい過去。そして物語のラストにまた悲劇
がおとずれます。次から次へとつらいことが重なり、もう嫌、と思いながらもページをめくら
ずにはいられない、そんな小説でした。ハッピーエンドが好きな人は、彼女の本は読めな
い、ような気がします。 |
BAD KIDS |
高校の写真部長の「都」は20歳年上のカメラマン北崎との関係に苦悩しています。そし
て彼女が被写体としてめをつけているラグビー部の隆之は、チームメイト「宏樹」への想い
に密かに悩んでいます。この物語はそんな二人が交互に一人称で綴っていくかたちにな
っていて、最初は少しとまどいながら読み進みました。「宏樹」の恋人出現に嫉妬する様
子、またその恋人が亡くなった兄の婚約者だったことを告げられない「隆之」の優しさがせ
つなく描かれています。また「都」の妊娠を知った北崎がはじめて彼女に本心を明かします
が、やっと心が通じた時には、悲劇が待ち受けていたのでした。村山さんお得意の「悲恋」
を含みますが全体的には爽やかな印象を受けました。やっぱり主人公が若いからなのか
な。 |
もう一度デジャ・ヴ |
高校2年生の矢崎武志が物語の主人公。彼は時々デジャ・ヴにおそわれますが、それ
によると、彼は昔、戦国の忍びの一族だったらしいのです。過去の時代では「武志」は「は
やて」として生きていきます。それぞれの登場人物が、現実の世界の友人と重なります。
敵である「鬼蔵」はにっくき体育教師「大仏」だった、という風に。そして気になるところです
が、恋に落ちた「おりん」の生まれかわりと「武志」は無事に出会うことができるのでしょう
か?
この物語は、めずらしくハッピーエンドです。過去の時代では悲恋に終わった「はやて」と
「おりん」ですが、輪廻転生を経て無事に運命の恋人にめぐりあうことができ、読んでいる
私もうれしくなりました。 |
野生の風 |
ベルリンの壁崩壊の夜。染織家、多岐川飛鳥はカメラマン、藤代一馬と運命的な出会い
をします。日本に帰ってからも、ことあるごとに彼のことを思い出します。そして高校時代の
友人で編集者、柴田祥子が彼の写真集をだすために関わっていることを知ります。飛鳥
は、彼からもらった滞在先の住所や電話番号のメモをなくしてしまうのですが、彼の写真
の世界を肌で感じるためにアフリカへ旅立ちます。広いアフリカで、彼に会える可能性はな
いだろうとわかっていても。
ところが、偶然彼と再会することができ、一馬自身も飛鳥に会いたくてしょうがなかった、
ということがわかり、一気に二人の恋は燃え上がっていくのです。
そして、当然のように一馬は飛鳥にプロポーズをしますが、飛鳥は意外なことに「ノー」と
返事をします。当惑する一馬を残して飛鳥は姿を消そうとしますが。。。
この小説は「悲惨」としかいいようがないです。読み終わって「え〜?なんでこうなっちゃ
うのぉ。」と突っ込みをいれたくなるぐらい、飛鳥の心がボロボロになるような展開でした。
一馬もね。ハッピーエンドの少ない村山作品の中で、特に辛い小説です。その辛い現実を
受け入れる飛鳥の強さ、それが唯一「救い」ではあるのですが。初めて村山さんの本を読
まれる方にはちょっとおすすめしにくいな。 |
君のためにできる
こと |
主人公の高瀬俊太郎は、新米音声技師。いつか憧れの木島隆文を越える凄い音を創る
という夢を持っています。あるとき、テレビの仕事で出遭った女優、鏡耀子がこっそりと涙を
流しているところを偶然みてしまいます。傲慢そうにみえた彼女の心の傷を知るうちに、俊
太郎は彼女に少しずつ惹かれていきます。
そして、俊太郎は、幼なじみでガールフレンドでもある「ピノコ」へのメールに、耀子へのメ
ールを間違って送ってしまいます。しかも、ラブレターともとれる内容のものを。
果たして俊太郎は「ピノコ」と仲直りできるのでしょうか?
これは、以前、柏原崇さんが主演で映画化されたらしいのですが、私は残念ながら観て
いません。憧れの木島の役は岩城滉一さんということでなかなか原作にあったキャスティ
ングのようです。どちらかといえば、村山作品の数少ないハッピーエンドではないでしょう
か。「ピノコ」がすごくかわいい〜、と思いました。出番は少ないんだけど。 |
海を抱く〜BAD KIDS〜 |
超高校級サーファーの「光秀」。女の子から、ものすごくもてるのですが、結局は彼女よりもサーフィンを優先してしまうので、必ず「一緒にいるの、疲れちゃった。。。」と言われてしまうのです。そして彼の父親は今、末期の胃ガンにかかっています。「親父のようにはなりたくない」と反発していた父親が、だんだんと弱っていく様子を目の当たりにして、ものすごく戸惑っている自分を感じます。
一方、校内随一の優等生「恵理」。彼女は自分が他人よりも性的欲求が強すぎることに対して密かに思い悩み、周囲から思われている自分と本当の自分とのギャップに苦しんでいます。彼女は、ある決心をして横浜へ旅行します。それを実行することによってなにかが吹っ切れるかもしれない、という期待のもとに。
横浜で、偶然二人は顔を合わせてしまいます。「恵理」にとったら、絶対にみられたくない様な状況で。このことをきっかけに、まるで接点のなかった二人は、お互いの欲望を満たすだけのために、性的な関係をもつようになってしまうのですが。。。
この物語は、村山さんの小説「BAD KIDS」と対になっています。主人公こそ異なっていますが、登場人物はダブっています。
「尊厳死」の問題、「失踪した兄が恵理一家にもたらす出来事(ネタバレ含みそうなので、敢えてこれ以上は書きません)」など、内容的にはかなりハードです。加えて、「18歳の生と性の真実に迫る長編小説」と本の帯で紹介されているように、「性」に関する記述もかなりの量を占めます。
対曲の位置にいるような二人がどうしてあんなにも惹かれあうのか(恋愛感情でなく最初は性の対象だけだとしても)、と考えてみると、周囲に対して「調子よく軽い奴」としてうわべだけのつきあいしかしない「光秀」と、「優等生だと思われている」ことに縛られ、自分を偽って生きている「恵理」とは、根本的なところで他人を信用することができない、という共通点でつながっているのかも。
個人的には、あまりの傍若無人ぶりに家族から反発されていた「光秀の父」のキャラクターが強烈に印象に残りました。自分の病気に立ち向かう彼の態度は、本当にすばらしく胸がつまる思いがしました。 |
星々の舟 |
半分だけ血のつながった妹、「沙恵」との禁断の恋に苦しんだ「暁」を主人公とした「雪虫」。
一番下の妹「美希」の思いを描く「子どもの神様」。
他、「沙恵」の視点で描かれた「ひとりしずか」。
家庭で自分の居場所を得ることができない長男「貢」の「青葉闇」。
厳格な母に隠れて自分の夢の実現を目指す、「貢」の娘「聡美」が主人公の「雲の澪」。
戦争による心の傷をかかえる、父「重之」の「名の木散る」。
それぞれの章が、主人公を変えて描かれています。この一冊の本に、「禁断の恋」「不倫」「性的虐待」「虚無感」「いじめ」「戦争」といった内容が色濃く描かれていて、なんだか辛い気持ちになりながらも、読み進まずにはいられない、村山さんの筆力を感じました。
「暁」と「沙恵」の道ならぬ恋愛に関しても、十分読み応えはありましたが、私としては、他の章の方が印象に残りました(読む人によって、印象に残る場面は違うと思いますが)。
まず、「美希」の章。この家で、家族全員と血がつながっているのは私だけ。その思いから、自ら道化役になり、家族の潤滑油になろうとけなげにふるまってきた様子がすごくせつないです。多感な時期に「暁」と「沙恵」の関係を知り、そのせいか一対一の関係を築くのを怖れるあまり、本気で人を愛することに臆病になってしまい、付き合う人はいつも「誰かのもの」である存在。この本の中で一番能天気そうにみえて、実は一番屈折しているのではないかと思います。
この章は他の章よりも明るい気持ちで読めるかもしれない、と思って読み始めた「雲の澪」。高校生の「聡美」が主人公なのですが、読んでいくうちに、泣けてきました。人よりも絵の才能が優れていたために「絵画教室」で受けたいじめをずっとひきずって目立たぬようひっそりと生きている「聡美」。そしてかつての知り合いとの再会によって、意に染まぬ裏切りをするはめになって自分を責めます。そんな「聡美」に祖父の「自分が楽になるために謝るのなら、やめとけ」というセリフが印象的でした。
「重之」の経験した戦争。「軍隊」での上下関係、「慰安所」での出来事なども描かれていて、あの時代の理不尽さも浮彫りになっています。文中に「一度として飢えた経験すらない連中を相手にどう語ろうと、何が伝わるとも思えない。」と「重之」の思いとして綴られている箇所がありますが、章の最後の方で「それでも何かは伝わったわよ、きっと」と「沙恵」が言うように、私たちにもきっと何かが伝わっているはずです。直木賞作品、とてもすばらしい作品だと思います。 |
約束 |
主人公の「ワタル」はちょっと空想壁があって、ぽやんとした感じの男の子。
「ヤンチャ」は、負けず嫌いの腕白坊主。
「ノリオ」は、頭のいい背の高い男の子。
「ハム太」は、太っていてお調子者だけど、手先が器用な男の子。
彼らは小学校3年生の時に知り合い、生涯の友達になります。家も近所で、イタズラをするのも、怒られるのもみんな一緒。
彼らが小学4年生の秋、「ヤンチャ」が原因不明の病気で緊急入院します。
今現在の医療技術で治療法のわからない病気でも、未来の世界ならなおせるかもしれない、と3人は、気休めだと知りながらも「発進!僕らのタイムマシン!」というタイトルの本の記述を元に「タイムマシン」を作ることに。。。
大人になった主人公「ワタル」が当時のことを書き綴っている形の物語です。
本自体はうすく、そして挿絵もあるので、サラッと読める物語です。が、内容は、とても深いです。
「ヤンチャ」の病気は、どうやら地球環境の激変が原因の皮膚ガンらしいということが、物語中盤で判明し、「ワタル」はショックを受けます。
それでも、「タイムマシン」の進行度合いを報告することで、少しでも「ヤンチャ」の気がまぎれるのなら、とみんな一生懸命に作業に没頭する姿が泣けてきました。 |
すべの雲は銀の・・・ |
主人公「祐介」は、大学のサークルで知り合った「由美子」と付き合っていたのですが、いつのまにか彼女は自分の兄へと心変わりをしていました。そのことを知り、傷心の「祐介」は友人「タカハシ」の紹介で信州の宿「かむなび」でアルバイトをします。
自分の理想にこだわる頑固だが魅力ある「園主」、一人息子「健太」を育てながら明るくたくましく生きる「瞳子」、フラワーコーディネーターへの夢に邁進する「美里」と「花綾」、不登校に苦しみながらも素直でやさしい「桜」たちとの出会いや、宿で無心に力仕事をしたりするうちに、少しずつ「祐介」の心にも変化が訪れたかのようにみえたのですが。。。
魅力的な登場人物が次から次へとでてきます。「無農薬」にこだわり、肥料にこだわる「園主」。彼の考え方は、なんだかすごく新鮮に思えます。たとえば「遅刻」をした「祐介」が理由を尋ねられ、言い訳するのは潔くないからと「ありません」と答えます。普通なら、これがかっこいい、ととられがちですが、彼に言わせると「この世で何がカッコ悪いて、中身もないくせにカッコつけるほどカッコの悪いことはないねんで」となるのです。
そして「瞳子」。彼女にもつらい過去があります。エジプトで消息を絶った夫のことをひきずりながら、毎日を懸命に生きている姿が印象的です。「健太」もすご〜くかわいい。
「祐介」の苦しみもすごく伝わってきます。出来のよい兄を持ち子供の頃から心の葛藤を抱えながら生き、駄目押しのように、彼女をとられてしまうなんて。憎むことができるならそれはそれで楽になれただろうに、「由美子」も兄も自分に対して罪悪感を抱いていることがわかるだけに憎むこともできないのです。早く、「祐介」の心の傷が癒えるといいなぁ、と思いながら、夢中で読みました。
他には不登校の「桜」の母親「智津子」も印象的でした。世間体ばかり気にするかなり嫌な女なんだけど、少しずつ彼女の戸惑いや悲しみがわかると、(この人もかわいそうな人なんだなぁ)と思えてきたりして。。。
重くなりがちなテーマも散りばめながらも、読後感は爽やかでした。 |