女性の聖性を主題とした美しい作品



Last Angel

書評: 遠藤真理(著)「ウニオ・ミスティカ」, 鳥影社, \1,680

書題の「ウニオ・ミスティカ」とはキリスト教神秘主義の用語で"神人合一"の境地を指す言葉らしい。1300年前後の中世ヨーロッパを舞台に、神に選ばれた少女を中心として、ドイツ神秘主義者の重鎮エックハルト、ゾイゼ、普遍論争で名を馳せたオッカムといった実在の人物が登場する。そして、神学論争、連続殺人事件、神秘体験、聖杯探求といったアイテムが物語を織り成していく。
内容は良い意味で衒学的と言える程、当時の史実、思想的背景がふんだんに盛り込まれており知識のある読者ならば飽きることなく読めるだろう。また、日本人である作者がキリスト教の肉体に纏わる罪観念を抽象的にではなく、極めてリアルな内面の苦悩として描きあげている点にも驚かされる。
最初は、中世ヨーロッパの修道院プラス殺人事件といった舞台背景からエーコの「薔薇の名前」を連想して読み始めたが、実際はまったく異なる主題を取り扱っている。本書の本質的なテーマは「女性の聖性」「女性による男性の救済」であり、拡大解釈すれば−キリスト教に根ざした男性中心の現代文明を救済する女性原理−を描いた美しい作品であると思う。この観点では、中世ヨーロッパや神秘主義は単なる舞台装飾で、むしろレイチェル・カーソンや鶴田静の文明批評に近い読後感を私は抱いた。
作品のラスト・シーンでは肉食を神聖視するシュターゲルをカタリ派(輪廻転生を信ずるヴェジタリアン)の生き残りであるアダムが殺害し、そしてアダムもまた自らの命を絶つ。カタリ派が守護すると言い伝えられている聖杯とは実は少女エルスベトの聖なる宮であり、女性原理であったのだ。確かに救世主イエスですら、女性である母マリアの働きがなければこの地上に誕生し得なかったのは自明の事実である。とはいうものの、物語りの中で救済された男性が少ない(ゾイゼを除いて)のが個人的には残念である。
高橋巌氏による紹介文(本書の帯より):
「14世紀、ヨーロッパ中世の秋の、聖性と犯罪と性愛が紙一重の濃密な宗教生活の中で、正統と異端、神秘主義と唯名論、教皇派と皇帝派、さまざまな葛藤、対立が熱い渦をなして、人びとの魂をのみこんでいく。そういう時代を背景に、神的合一を求める少女を中心にして展開するスリラー仕立ての物語りの奥深さには、ただただ圧倒されるばかり。夢中で読みおえた。  美学者 高橋 巌」
   
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