戦士たちへの鎮魂歌

末期癌と闘った彼女たち

膵臓癌の彼女は術後食事がのどを通らない状態で私の元へ来た。
ステージ4かろうじて手術が出来たそうだが膵臓、胆嚢、胃、十二指腸を切除していた。
医師の予想では余命6ヶ月長くて1年ということだった。
本人も自分の状態を調べ尽くしていた。
自分の運命を呪い、絶望感にうちひしがれていた。
そんな中でも彼女は必死に頑張ると言っている。
でも、私は彼女に、これ以上何を頑張るの、と質問した。
それよりも自分の置かれた状況を冷静に受け止め、泣くときは思いっきり泣けばいいと諭した。
それ以降彼女は、何かが吹っ切れたように明るくなり、共に癌に立ち向かう勇気が出てきた。
笑顔の数も増え、ときどきこんなに笑っていても良いのかなと思うときがあると言う。
食事もほぼ普通に摂れ、コンサートや旅行に出かける事も出来るようになった。
医師の予想を遙かに越え2年5ヶ月になった時、最後の戦いが始まった
癌因子が彼女の全身をむしばみ、臓器不全を引き起こした
最後の力を振り絞った彼女だったが、とうとうその時が来た。
途切れがちな意識の中で、彼女は私に抱きついた。
言葉はいらない。
私はそれだけで十分だった。


乳癌の彼女は術後5年が経過し、骨癌、頭部癌と転移を起こしていた。
鬱状態のため家にこもり、外に出ようとはしなかった。
数回出会ったあとしばらく途絶えたが、又、もう一度施術してほしいという。
やっと本人が、癌と闘う意志が出来た様だ。
みるみる明るく、又、強くなって、ショッピング、温泉、観光と忙しく飛び回るようになった。
しかし、2年目の4月、その時がやってきた。
肝臓、胸部へ転移し、医師から今後抗癌治療を続けるかどうかの決断を迫られた彼女は、悩んだ末、これ以上の抗癌治療を断った。
何日生きたかにかけるのか、いかに生きたかにかけるのか悩んだ末、生活の質を選んだのだ。
泣いている妹を逆に励ます彼女を見ると、覚悟を決めた人の強さがこんなにすごい物かと改めて教えられた。
臨終の十日あまり前、ままならない身体で家族旅行に行きたいと言う。
家族の協力の下、無事旅行を済ませた彼女に会うと、今回の旅行で一つだけ心残りが有るという。
それは何かと訪ねると、旅館で出た食事を食べ尽くせなかったことだという。
こんな状況の中での彼女のユーモアに、何か安堵感と満足感を感じずにはいられなかった。

一緒に闘った彼女たちの冥福を祈ると共に、彼女たちの勇気と生きた証を胸に今後も闘って行きたいと思う