人の話

教育のない人

 
 教育、しつけのことを考えれば、上下関係を必要とし、子供を、他者からの定を理由にした行動を起こすようにする、このような人の知識は、すべて親から学んだ知識です
 学校の授業で、そのようなことは教えません。

 学校で勉強を教える以外に、教師が生徒を正そうとして、否定をし、世間に認められる行動自体をやらせようとしていることが多くありますが、そのような教師によって、家庭の中で間違った教育を受けている子供が、「やはり人は否定してくるもの」と、もともと持っている人への不信を募らせるきっかけになることはあっても、教育とまでには至らず、家庭の中で親が子供に正しい教育をしていれば、子供がそのような教師にあっても、「学校の中で教育と言い、人を否定するという悪いことを平気でする教師がいる」と、驚き、その教師の人を信頼できなくなることぐらいで、そうした教師によって人への不信を持つようになり、同じように間違った考えをし、間違った行動を起こすようになることはありません。

 人を否定し、やらせようとする教師も、間違った教育をする親から学んで得た知識から考え、行動しており、学校の授業や教職課程で学んだものではありません。
 そして、その親も、その親から学び、その親も同じです。

 昔の時代ではない今の社会で、今の親、そして、大人は今の社会を考える時、どのような知識を持って考えているのでしょうか。
 
 人は、知識にないことを考え、行動することはできません。
 そして、学ばなければ知識になりません。

 昔の時代での教育を受けた知識しかない人から教育を受けた親や教師、大人達はいつ今の社会での生き方を学べ、子供に教育ができるようになれるのでしょうか。

 普通の人間であるかぎり、いつまでたっても、親になっても、教師になれても、そうした知識が湧いてくるわけはなく、昔のままの知識の中に今を当てはめ考えるしかありません。
 今を生きることはできません

 このことは、今の社会が悪いのではありません。昔が良かったわけでも、経済発展によって何かを置き忘れてきたわけでも、物質文明のせいでもありません。
 問題は、正しい教育を受けていない人にあります。

 今の社会での生き方を学ばなければ、子供が生まれても親にはなれません。勉強を教えることができても、それ以外の教育はできません。
 そのような正しい教育を受けていない人が、いじめや登校拒否などの社会問題を正そうとして、いくら話し合っても問題自体を見ることすらできません。

 なぜなら、そのような人自身が問題であり、社会問題を広げる原因となる人だからです。
 それに気づかず、その人達が、自分は人として正しく生きていると考えていれば、問題の中身をよけて、社会問題を考えていることになるからです。 




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