海の風景


海が美しかったのは
いったいいつのことだろう
砂浜には柔らかな光があふれ
若者はみずからの理想に
目を輝かせた
かもめが舞い
水平線の彼方を
白い船がゆっくりと
横切っていた
静かな朝であった

遠い国の
見知らぬ文字の
焼かれた樽が
人知れず打ち寄せられた時
潮風が
一瞬
足元を吹き抜け
ぼくは
急に
孤独になる
両手一杯の砂が
さらさらと
音もなくこぼれ
手のひらだけが残った
ぼくの
冷たい手のひら

ああ、海が美しかった夏
それは、一体いつのことだったのだろうか
一体、いつのことだったのだろうか
もう、ぼくにはわからない
わからない
いまはただ
苦い悲しみだけが
静かに海辺で凪いでいる

by Kenichi Asano

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