稲村ヶ崎にて     <故田村隆一先生の想い出に>

十月
洗い立ての青空をひるがえして
垂直的詩人が笑った
自分の詩というものは
「ある時」
わかるというのだ
だが ぼくには
時間の流れというものが
一向に見えぬから
「ある時」の位置が
まるでつかめないのだ

針一本
床に落としても
響くような部屋の窓からは
ちょうど稲村ヶ崎が見える
はたして ぼくの詩はどのあたりにあるのだろう
水平線にはなにも見えない
見えないものを見るのが詩人の仕事なら
おそらく詩人の眼は
水平線に見ていたであろう

ぼくにはどうしても見えぬ
たったひとつの島影を


by Kenichi Asano

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