ナゼ、不平不満はダメで、感謝する必要があるのか
端的に答えましょう。不平不満の感情から作り出されてくる言動で、正しい意味でアナタを向上させるようなものが生じてこないからです。実際に考えてみてください、不平不満の気持ちから、しばしば腹が立ってくるわけですが、腹立てて得した人はいるでしょうか。人に文句を言って要求を実現できたようなときでも、それは一種の脅しでしょう。その時は良くても、アナタの人格は下がるし、そのことの噂で、評価も下がるものです。それらを勘案して、「得なことはない」のが人生上の真理ではないですか。
そこでですが、「この辺で人生を建て直そう」と考えている人は、以下の文章を厳粛に真剣に読んで欲しいものです。サラッと文字面を読み飛ばすのではなく、一々真剣に意識してこのホームページの文章を受け止めて欲しいものです。真剣に本気で読まないと、アナタの意識は、
“いつも通り上滑りするだけ”で、天風哲学の斬新さに気づけないで、結果的に人生立て直しのキッカケに出来ないですよ。正味“気持ちの上では、切っ掛けがあれば、人生を建て直そう”と思っていたとしても、その気持ちが切実でなく、真剣でないなら、現在の生活を変えようと本気で考えないのが多くの人々の通例だからです。
今の日本、ナゼこんなに「不平不満で気持ちがすさんでいる人」が多いのか、ある面解りません。「全地球的に見て、日本はまだまだ素晴らしい国」だと思えませんか。一部の心のすさんだ人達が、“とんでもない事件”を起こしてくれますが、大半の日本人は、それらを嘆きつつも、農耕民族の持つ自然な連帯感で、“善良な国民”を演じているではありませんか。国民の多くは、同じような環境で耐えながら生活している点では共通なのです。でも、不平不満な一部の人は、“自己の正当性を主張して、変な言動に出て(モンスター化・怪物化した人)”、さらに変な犯罪に走って、自分の存在を確認するという哀れな結末を演じてしまっています。私から見れば、「それらの人の多くは、
自分自身の人生に対して、“責任放棄”している」ように写ります。昔の諺に、「盗人にも、五分の魂」というのがありますが、その人達にも五分の言い分があるかもしれませんが、同時にその人達も、社会情況が悪くても、相手が悪くても、「半分の責任は、自分にある」ことを自覚する必要があります。「情況が悪くても、半分は自分の責任という」常なる覚悟が出来ていないから、
「アイツのお陰で損をした損させられた」と、
全ての責任を相手に持たせてしまうのではありませんか。その気持ちが、一番良くないのです。
例えば、「不平不満を募らせているとますます不幸があなたを襲うよ」の文をどう読みますか。“募らせていないもん・不平不満はそんなに強くないと思っているもん・みんなと同じ程度だからことさら言うことないもん”と思っているとしましょう。これでは、
この文章は自分に無関係だと読んでいることになり、間違いなく読み飛ばしになりますね。
では、質問を変えます。
「アナタは、今、幸福だと思っていますか」。
幸福と感じておられるなら、結構なことです。それは幸いです。感謝です。
でも、新聞などのデータでは大半の人は、幸福とは感じていないのです。どちらかと言えば、「不満の塊」に成っているというのが、正しい情況なのです。
それもそのはずです。私自身、天風哲学を勉強するまでは、恥ずかしながら「不満の塊」でありました。いまスンナリと恥ずかしながらと書きましたが、その時は「不満の塊」が恥ずかしいという思いは全然無かったと思われます。なぜなら「周りのみんなが、そうだから」自分が不満の塊でも当たり前と感じていたため、恥ずかしいという発想すら浮かばなかったと思います。それが現在では、違ってきているのです。不満な部分も多々残っていますが、
「望み過ぎ」や「不満に思うのが、間違い・罰当たり」というようなことも解ってきて、以前の不満の塊の頃に比べれば、“大いに感謝するように成っています”。この文章では人様に注文を付けているわけですから、自らの実態を述べさせていただいたわけですが
、私は確かに「以前に比べて、不満が減り、感謝が増加している」ことは確かです。そのために、
心は大いに幸せを味わっております。
そこで、再度考えてみてください。
世間に、幸福な人が多いか、不幸な人が多いか。そして、アナタはどちらに属しているかを。
この時、アナタは「みんながそうだから、付き合って不平不満を言う方に加担する必要は全然ありません」。多数決が正しいわけでもありませんし、好みで決めて悪いものでもありません。事実は、どうで、願望から言えばどちらか。
何よりも不思議なことに、「幸福に成りたいと思っているか」と尋ねれば、大多数の人達は、イエスと答えるのです。そうだとすれば、願っているのに実現していないということになります。この点に関して、仏教の考え方の傾向として「人生は、苦労の連続だ」「苦労するのが人生だ」というような通説がある一方、
「神は、誰でもが幸福に生きられるように人間を作った」という説があります。考え方は、色々あるものですが、どの考え方をアナタが選択するかでも人生のあり方が変わって来ます。
人生に対する天風先生の考え方は、「神は、誰でもが幸福に生きられるように人間を作った」というものをベースにしています。私も天風哲学を学んできたから、その考え方が正しいように思ってきました。何も鵜呑みでそういうのではありませんよ。実践的に自分で確かめながらここまで進んできて今の考え方としてです。
「誰でも幸福になれるという幸福観」が、現実的に妥当な感じを持つからです。どうです。アナタもこれを切っ掛けにして、その辺のところを考えてみませんか。
苦労が当然だと考えていれば、幸福にたどり着きにくくなりますよ。
みんながしていることを真似ることはないのですよ。真似るとは、そもそも「そう成りたいときの対処法」です。そして、良いことは真似るが、悪いことは真似ないことが大事です。
大半の人が、不平不満の心で生活していたとしても、何もアナタがそれを真似る必要は、ないわけです。不満タラタラで文句ばかり言っていても、アナタの人生に何もプラスが起きてきませんよ。実際は、それとは逆で、不平不満の心で生活していれば、日々の生活場面で「嫌なこと・歓迎できないこと等」が次々発生してきます。そこのところを“素直な目で、何が起きてくるかを観察してみれば”、
不平不満の効果は、極めて明瞭に毎日提示されていることが解ります。ただ、見る気がなければ、その結果さえ見えませんが。
「不平不満が、良くないことを引き起こす」という
悪循環を断ち切る方法をその後で述べているわけです。“感謝しないとダメなのですよ”と。だから、不満タラタラの気持ちでいたとしても、“こればかりは、感謝しないといけないなぁ”というような
事象を探して、感謝しなさいと言うのです。私の体験からも、文句ばかり言っているときは、幸運は来ませんでしたねぇ(極々例外的なのはありましたが)。
今は随分感謝の生活に成ってきましたから、「良いことが次々起こります」。ますます感謝です。それがまた良いことをプレゼントしてくれます。
信じられないような「この仕組み」をよ〜く理解し、実践する過程で確かめて欲しいことは、「感謝したら、良いことが起きる」という法則が、確かに働いているかどうかです。(熱心に感謝するようにしていれば、
通常3〜6ヶ月くらいで体験できます。幸運なことが起きてきます)。ついでに不満タラタラ時には、悪いことが次々起こるのも、確かめると良いでしょう。
その法則性が働いていることを自分自身で確認してみたら、“不平不満言うてたらアカン(ダメだ)。感謝せんとアカン”ということが理屈抜きで、実際の因果関係として生じてくることを認めざるを得ないでしょう。これは、実行すれば解る性質の法則性ですから、ぜひ試してください。
試して、自己納得できれば、信じる気になります。
それが納得出来たら、感謝することを探す必要はもう無くなり、
何事に対しても「自ら感謝して行けばよいわけ」です。本気で感謝し始めると言うことです。「感謝すると運命が良くなる」訳なら、
進んで感謝するのが得策ということが解るからです。ここから
“何でも感謝”の段階に入ると言えます
。しかし、考えればこれは不思議な法則ですね。まともな理屈とは言えませんからね。だから、これは、宇宙真理なのです。天風先生もそう言っています。
人間界の法則性を越えた、宇宙法則なのです。
「宇宙真理」や「宇宙法則」といったものに、これまで付き合いがなかった人には、妙に感じられると思います。私自身、当初「変なことを言うと‥‥」と、内心大いに抵抗を感じましたから。でも、
今となれば「知らなかったのだなぁ」と詠嘆の思いです。そんなの学校で習わないし、人もそんなこと教えてくれませんでしたよ。でも、真実は、宇宙から私たちの人生に関わる法則が働いていたという訳なのです。その宇宙の法則性を体験を通して知り得ると、
一段階並の人よりも高度になるということです。知らない頃を考えれば、「人生にモロに作用してくる法則性を知らずに生きてきた」と言い得るわけです。天風先生の口癖に、「あなた達は、知らなくて良いことを実にたくさん知っている。だけど知らないといけないことを知らないね”と。これも知らねばならない大切な一つに違いありません。
知ったわけだから、何事にも感謝して、自分の人生に幸運を呼び込むように努めましょう。
宇宙真理というものが、働いていることに納得できたら、天風哲学が勉強し易くなるでしょう。「宇宙真理や、宇宙から、天からの、等」変なことばを聞くことに抵抗が無くなるでしょうから。
だから、本気で感謝できるようになれば、天風哲学の勉強に入る資格が得られるという訳なのです。
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