特別な日々など要らない
「……ねぇ、侑士」
「んー?」
じわじわと上昇してくる熱。
耐えかねて、自分の膝の上でまどろむ恋人に言った。
「暑苦しいわ」
「、ものっそ傷ついたねんけど、その発言」
率直な言葉を投げつければ、忍足が閉じかかっていた目蓋を持ち上げた。
見上げてくる不満だらけの眼差しを受け止めて、肩を竦める。
「事実だから仕方がないわ」
「せやかて、こう……もうちょい言い方あるやん?」
「あら、それは御免なさいね」
わざと飄々と返してみせるが、それでも忍足は動こうとしない。
膝から伝わる、忍足の重みは不快ではないのだが、熱さをどうにかしたい。
「ねぇ、どうして膝枕なの」
触れててもええか?と帰宅したばかりの自分に、忍足が言ったのは、数分前。
返答に困っていたら、沈黙を肯定と見なした忍足がソファーに寝転んだ。
先に座っていた自分の膝を枕にして。
「たまにはええやん。アカンかった?」
「……駄目って訳じゃないんだけどね。私はまだ暑いのよ」
熱風と照りつける太陽の下から戻ったばかりの身の上は、
まだ室内を覆うクーラーの冷気に冷えていない。
はっきり言って、忍足でも誰でも今は、触れていたくないのだ。
そう言外で伝えても、忍足はやはり動こうとしない。
再び目を伏せて、悠々としている恋人に言った。少し恨めしげな口調で。
「落としても構わないの?」
「そら嫌や」
「でも退く気ないんでしょう?」
「当然。明日から合宿でしばらく会われへん分、充電させてや」
閉じていた目蓋が開いて、ほんの少し寂しげに笑うその表情。
相変わらずズルく、どこまでが計算外なのか判らない男だ。
けれど、
不思議と苛立つ感情はなく、
結局は、寝息が聞こえてくるのを待つ自分はつくづくこの男に嵌っていると実感してしまう。
「おかえり、姉さん」
「総」
ふいにリビングの扉が開き、弟が顔を出した。
自分の膝を枕に、寝息を立てている忍足にちょっと目を見張る。
「忍足さん、……寝てる?」
「ええ、今ようやく」
そのままだった眼鏡を取っても、伏せられた目は開かなかった。
唇から静かに零れてる規則正しい寝息と、膝にある重みが熟睡している事を告げている。
「何だか珍しいね」
「そうね」
狸寝入りではなく、本気で寝ている忍足に弟が少し笑った。
静かに隣に腰を下ろして、弟がぽつりと口を開いた。
「明日から合宿だよね、忍足さん」
「ええ。アンタもでしょう。準備はもう済んでる?」
「うん大丈夫。終わってるよ」
それより、と強い口調に視線を向けた。
「姉さんは明日から一人で大丈夫?」
誤魔化そうとするものが少しでもあれば見逃さない。
そんな風に見つめてくる弟に、苦笑がこぼれた。
「バカね。何の心配してるの」
「うん。なら、良いんだ」
胸に込み上げる柔らかく、くすぐったい思いのまま笑えば、
途端に弟の顔が破顔に変わった。
とん、と弟が肩に頭を乗せてきた。
昔に比べて随分と感じる重みが違い、どこか寂しくも嬉しい気持ちになる。
「重くなったわね」
「そりゃボクも成長期だしね。重い?」
「ええ、重いわ」
だけど、と呟いて、
「生きてる証拠だから、嬉しい重みよ」
頬を寄せれば、膝と肩に感じる重みが一層強く―――愛しさを伝えた。
何かが起こるような、そんな特別な日々は要らない
膝と肩から伝わる温もりが共にあれば、ありふれた時間でさえ愛しい想い出となるから
この二つの温もりを奪うものが訪れないように―――ただ、願う
END
忍足氏より弟くんとイチャついてる気がしないでもない話。
アンケート御礼小話、忍足氏編でございます。
えー……、このシリーズは所帯じみたほのぼの感がメインテーマです。
つか、もう家族っぽいなこいつらは。
ともあれ、アンケートにご協力くださり、ありがとうございました!
(C) 04/07/11 tamaki all right reserved.
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