あたしがあなたを見つけた時

 

新しい約束を交わしましょう

 

 

 

 

 

 


++++ 遠い約束 5




 

 

 

 

 

 

 

それは、一瞬のようで気の遠くなるような時間でもあった。

 

樺地の陰から飛び出してきたは迷うことなく跡部の腕にしがみつく。
突然の出来事に跡部は勿論のこと、忍足や宍戸など廊下にいたその他の生徒たちの動きが止まった。
驚きの余り言葉も出ない。
そんな周囲の反応など気づいていないのか、は「そういえば」と呟いた。


「捕獲成功したのはいいけど、この後はどうしたらいいんだろ…?」


このままジローの元に連れて行けばいいのだろうか。



眉間に皺を寄せて考え込むに、ハッと我に返った忍足と宍戸が慌てた。


(知らんとは言え何て命知らずな!!)
(やべぇ、のやつ殴られっぞ!!)


跡部はとにかく無遠慮に触れられるのを嫌う。
特に外見に騙されて近づいて来る女に触れられるのを最も嫌っているのだ。
迂闊に近づいて来てしまったがために跡部の逆鱗に触れた女生徒は、数知れず。
その為、跡部が驚きから我に返ってしまう前に、を避難させることが二人にとって最優先事項であった。

 

「ひ、人違いやねん跡部ッ!! 嫌やなぁちゃん。俺はこっちやで?」
「え? あたし人違いなんかしてないよ?」
「いいから、跡部から離れろって!!」
「わ。宍戸ってば、そんなに引っ張ったら離しちゃうよ」


口を尖らせて言うに「離そうとしてるんだ!」と忍足と宍戸は心の中で叫んだ。
彼らの胸中など知る由もなく、は跡部からなかなか離れず、引き離そうとする彼らに必死で対抗までしていた。


「わーっ!! っ??!!!!」


騒ぎを聞きつけてやって来た向日は跡部の腕にしがみついているを見るなり、真っ青になって叫んだ。
向日は、見事な跳力を使ってたちの傍まで移動すると彼女の手を引いて、焦るように怒鳴った。


「何で跡部にくっついてんだよ!!危ないじゃんかっ!!」
「? だって、足速いらしいから」
「せやなくて……あああ。ええから、頼むし離してんか!!」
「ごめんね、オッシー。この人離しちゃ駄目なんだ」
「「「何で(だよっ)やっ?!」」」


キレイにハモった三人には言った。


「ジロちゃんから捕獲指示がね……」
「いい加減、離れろ」


の言葉を跡部が遮った。



(ああ、ごめん。俺、を庇ってやれるか自信ない…)
(とりあえず、ここはちゃん担いで一時退却や)
(畜生! ジローの野郎、何考えてやがんだっ。最悪だぜ!!!)


呟かれた声の低さに忍足達は来るであろう嵐とその被害を想像し、青ざめた。

 

「誰だか知らねぇが、気安く触んな」
「一応最初に断ってたんだけど、ごめんなさい」


普通の一般女子なら跡部に睨まれただけで、あまりの冷たさに泣き出すのだが、跡部の冷たい眼差しにも
は動じなかった。おまけにまだ手を離そうとはしない。

彼女が類まれない度胸の持ち主なのか、ただ単に鈍いだけなのか…メンバーは判断に苦しむが、それに
突っ込む余裕は今の彼らにもなかった。

 

「失礼ついでなんですけど、ちょっとついて来てもらえます?」
「ああ? 何ふざけたこと言ってやがんだテメェ」
「でも、そうして貰わないと困るんです」
「ンなこと知らねぇよ。離せって言ってるだろが」
「わっ!」


跡部は苛ただしげに手を振り払う。
けれど、外れた腕をはもう一度掴もうとし、手を伸ばした。



「―――」

 

の手が、跡部の手に触れる。

温もりに跡部が慌てて手を引いた。しかし、反応はの方が早かった。
逃げるように引かれた手をは捕まえる。



「……離せ」
「いや。離せば逃げる気でしょう?」


視線をそらした跡部を、は食い入るように見つめた。


「あたし、…あなたに用があるの」
「オレにはねぇよ」
「……何の用か判らない?」
「お前とは初対面だ。判るはずねぇだろ」
「なら目を見て言って。判らないって」
「何でオレがそこまでしなけりゃなんねーんだよ。いい加減、離せ」


さっきまでと違う二人の異様な雰囲気に忍足達は気づいた。
奇妙な沈黙が、周囲を包み込んでいく。


じっと跡部を見据えたまま、が口を開いた。


「殴ってもいい?」
「……は?」


思わず振り向いた跡部の頬の上で、乾いた音が鳴った。
遅れて、じんっとした痛みが伝わる。
「頬を叩かれた」ということを気づくのに間があった。

どよめく周囲をよそに(レギュラー陣にいたっては驚きを通り越して、白くなっている)
跡部は半ば呆然と、を見下ろした。


―――は、笑っていた。
あの頃と変わらない笑みを浮かべて。



「見つけたわ。あなたが……ケイね」



は、しっかりと跡部の手を握り直した。

 

 

『ゲームオーバーだよ』

 

不意にジローの声が聞こえた気がした。

 


「あたし、待っててとは言ったけど、逃げてもいいとは言ってなかったよ」
「……」
「誤魔化してもいいとも言ってない」
「……」
「それとも逢いたくなかった? あたしに…見つけられたく、なかったの?」


食い入るように見上げてくるに、跡部は少し目を伏せた。


「………ああ」


絞るような、唸るような――静かな声は、己が「ケイ」だと肯定しているものだった。


「そっか…」


再会を望んでいなかったと告げられ、は一瞬顔を歪めて、俯いた。
しかしすぐに顔を上げ、跡部を見つめる。
真っ直ぐな視線に耐えられなくて、跡部はとうとう視線をそらした。


「でも、あたしは逢いたかった。だからここにいるの」
「……知ってる」



耳を塞いでも。
目を閉じても。
自分を探し求める声が聴こえていたから。

 

「じゃぁやっぱり…あれは別れの挨拶だったんだね」
「……」
「…でもね。逆効果だったよ。ケイがいるって確信しちゃったから」


黙っていると、がふふっと笑った。


「ちょっと役得かな。ケイってば美人さんだったんだね」


でも、とは困ったように首を傾げた。


「女のあたしよりキレイなのって、反則だ」


は、そっと跡部に手を伸ばした。
頬に触れられた指に、誘われるように跡部はを見た。


「でも、ホントはそんなことどうでも良いの。あたしにとってケイはケイだから」
「……」
「あなたが…あなたがケイだったんだ」
「……」
「ずっと、ずっと夢見てた。こんな風にちゃんとケイを見て、話したいって。…でも、ごめんね」

 

微かに浮かんだ涙を誤魔化して笑うを見て、自分の心配など杞憂に過ぎなかったことに気づいた。
自分の手を握り、見上げてくるは、微塵も変わってなくて――。
自ら作り出した恐怖に、怯えて逃げていた自分が途方もなく愚かに思えた。

 

(―――間抜け過ぎて言葉も出ねぇ…)


 

「光」を取り戻したからといって、彼女が変わってしまったと、なぜ思ったのだろう。
なぜ、他の人間と同じだと―――考えてしまったのだろう。


目が見えなかったから、はオレを受け入れたのではない。
たとえ見えていても、彼女はオレを受け入れてくれただろうに。

そのことに気づかなかった自分が、情けなくて。
彼女を信じることができなかった自分が、臆病すぎて―――跡部は、苦笑を浮かべた。

 

 

 

「跡部景吾、だ」
「え?」
「オレの本名」


離れていこうとするの手を跡部が繋ぎとめた。
は不思議そうに、跡部を見上げた。


「見つけ出したら、一番に聞くって言ってたろ?」
「……うん」
「完全に見つかったからな。お前の勝ち」


嬉しいとは思わなかった。
だって、再会を喜んでいたのは、自分だけだったのだから。
探さなければ、約束なんてしなければ良かった。
目頭に熱いものを感じ、堪らずには目を伏せた。

 

「……オレも逢いたかった」


囁くように呟かれた言葉に、は思わず顔を上げた。


聞き違い?
でも確かに聞こえた。


「あたしに逢いたくなかったんじゃないの?」
「逢いたくて、逢いたくなかったんだ」
「……矛盾してるよ」
「判ってるよ。だけど、そうだったんだ」
「……」


言いたいことがあり過ぎて、言葉にならない。
戸惑いを浮かべて見つめてくるに跡部は言った。


「今は逢えて良かった。…そう思ってる」
「―――」


溢れた涙は頬を伝い、静かに零れた。
とめどなく零れ落ちる涙を拭って、跡部はやんわりとを抱きしめた。


「…お帰り、
「……ただい、ま…」


昔とは違った大きな胸に少しだけ驚いたが、跡部がもたらす安堵感は同じだった。

 

 

 

 

 

 

「お取り込み中、水差すようで悪いんやけど……」


遠慮がちに声を掛ける忍足を跡部とはきょとんと振り向いた。


「もう少し周りを気にしてみーひん? 自分ら」


「え? ………あっ!!」


周囲を見渡した途端、は思わずうめき声をもらした。
ここがどこか忘れていた自分に、羞恥で頬が一気に赤く染まっていく。


廊下の真ん中に跡部と
やや離れたところにいるレギュラー陣。
その更に離れたところに、自分たちを囲むように莫大な人数の生徒たちがいる。
廊下はともかく、教室の窓からも身を乗り出して、いったい何人いるのか判らないが、
全員が全員、驚きと好奇心とを浮かべていたのだ。


注目され緊張から固まるに対し、


「ったく、暇な奴らだな」


見られることに慣れてらっしゃる帝王は、取り立てて慌てる様子もなく、
むしろ悠然と自分たちを見てざわめく彼らを眺めていた。

 

「いや。公衆の面前でお前らが何してんだよ…」
「ああ? 7年ぶりの再会ってヤツだろ?」


ものすごく怪訝そうに言われ、向日は頬が引き攣った。
意外に跡部は天然なのかもしれない。


「…ウゼぇな。オイ、樺地。道を開けさせろ」
「ウス」


忠実な後輩は、ひとつ返事で集まった生徒を退かして行った。
見られるのは慣れているが、進んで見世物になる気は跡部にはない。
抱擁を解いて、固まったままのの手を引き、さっさとこの場から脱出することにした。

 

「ど、どこに行くの?」
「とりあえず部室」
「でも、もうすぐ授業が…」


半ばもつれそうになる足を必死で動かしながら、は困惑気味に手を引く跡部を見上げた。


「午後の授業はサボれ」
「ええ?! 駄目だよ」


反射的にが非難の声を上げるが、跡部は歩調を緩めなかった。
負けじと抗議の意を伝えようと、繋いだ手を握り締めると、跡部はようやく振り向くが、彼の目には、
どこか悪戯めいた色が宿っていて、口の端が緩く上がっている。

ひどく楽しげなその表情を半ば唖然とに、跡部は言った。


「このオレ様を殴っておいて、ただで帰れると思ってんのか?」
「…え?」
「覚悟しろよ、


脅迫的な言葉にはぎょっとした。


「だって、ケイが…跡部が逃げるから悪いんじゃない」
「7年も待たされたんだ。多少のルール違反は大目に見ろよ」


音が聞こえるぐらいに首を横に振って抗議するものの、跡部は飄々と肩を竦めて見せるだけだった。
詫びれのない態度に、はムッと口を尖らせた。


「……それって言い訳だと思う」
「待たせたお前が悪い」
「何それ。相変わらずの自己中だね」
「懐かしいだろうが」
「…うん」


素直に頷いた直後、ぐっと繋がれた手を引かれる。
バランスを崩したの額に小さな温もりが落ちた。
は驚いて跡部を見上げた。


「……今のは何の挨拶?」
「再会の挨拶だ」


秀麗な顔に笑みが浮かんだのを見て、も笑った。

 

 

 

 

 

 

 

過ぎ去った遠い日に交わされた約束

果たされた今、次の約束をしよう

 


いつだって

どんな時だって



 

 

―――あなたの

―――キミの

 

                        傍にいるよ

 

 

 

 

 

 


END /
Re

 

 





**余談**

 

 

周囲の目を忘れて、再び自分たちの世界に入ってしまった跡部とに、

 

((((もう少し我慢しやがれっっ!!!!!))))

 

押しかける報道陣からタレントを守るが如く、
彼らを囲って歩いたレギュラー陣が心の中で叫んだのは言うまでもない…。

 

 


予想以上に長くなってしまった話。


最初にレギュラー陣全員と出会ってもらおうとしたのが、そもそもの間違いでした。
皆さん、個性強いんで、出張る出張る。(特にチョタ)
何気においしい役回りなジローは管理人の独断と偏見の賜物です(汗)
ジローって皆が面と向かって跡部に言えないようなことをずばっと言いそうかな…と。
色々がんばってもらいました(笑)


後悔や反省点は、たっくさんありますが、終わって何気に満足しているので良しとします(笑)
ここまで(呆れずに)読んで下さって、本当にありがとうございました。

 (C) 03/02/15  tamaki all right reserved.