幸運を呼ぶブレスレット

高野一巳



8 大変だ!

リョウタはブレスレットを入れ替えた後のふたりを振り返ってみました。
リョウタは相変わらず、不運から抜け出せず、オサムは相変わらず幸運に恵まれているように見えます。

何が違うのかをリョウタは考えました。
ふたりがブレスレットを買う前も買ってからも、ブレスレットをすり替えてからも、2人は仲よしで休みや仕事帰りにしばしば会って話をしていました。
ですから、リョウタはオサムのことをよく知っています。

これまでのことをずっと思い返してみました。

オサムの大抜擢をリョウタは少し妬みました。でも心から祝福しました。
オサムに偉ぶるところがなく、未だにブレスレットをありがたがっているのを何だかかわいそうになったり、ほほえましくも思うのでした。

そんな矢先、オサムが悲想な顔をしてリョウタのところに来ました。
「どうかしたのか」
「大変だ。幸運を呼ぶブレスレットを失ってしまった」
そう言うなり、オサムはわんわんと大声で泣き出しました。
「どういうことだ。水でも飲んで落ち着いて話せ」
オサムは出されたコップの水をいっきに飲みほしてようやく落ち着いて話しだしました。
「品出しするために、商品を運んでいた時に何かの拍子にブレスレットが切れてはずれてバラバラになってしまった」
オサムは思い出してまた泣き出しました。
「わかった、わかった。でも、それなら拾い集めて修理すればいいさ。俺がやってやるぜ」
オサムは泣きながら
「バラバラになって排水溝に流れてしまったんだ。どこを探してもなかった。それにリョウタに修理してもらったら、汚くなるよ」
「よけいなお世話だ」
「明日、社長に呼ばれているんだ。ブレスレットがないと、うまく話しが進まないに違いない。ここまで順調にきたのに、どうしよう」
オサムはいっこうに泣きやむ気配がありません。
リョウタはほとほと困り果てました。

「心配いらないぞ」
リョウタはたまりかねて言いました。
「ありがとう、でもなぐさめにならないよ。もうどうしようもない」
「失ったのはお前のブレスレットじゃないぞ」
オサムはえっという顔でリョウタの顔を見ました。
「どういうこと?」
「お前のブレスレットはほら、ここにある。俺の腕だ」
「それはリョウタのじゃないか」
「実はすり替えたんだ。ごめん」
「そんなうそで、なぐさめてくれなくていいよ」
「本当だ。よく見ろ」
リョウタはオサムにブレスレットを腕からはずし、渡しました。

オサムは半信半疑ながら、注意深く見ました。
「どうだ、お前のだろう」
「確かに僕の持っていたものによく似ている。でも、そんなはずはない。今日失ったブレスレットのおかげでずっと調子がよかったんだ」
「いいや、これが本当にお前のものだ。返してやるよ」
「リョウタ、ありがとう。でも受け取れないよ。リョウタも幸運を呼んでほしいんだ」
「リョウタ、俺はすり替えて以来、お前のブレスレットを肌身離さず持っていた。
でも、俺はずっと不運続きだった。このブレスレットは正真正銘お前のものなんだ。
ブレスレットをすり替えたけれど、お前はずっと幸運を呼んだし、俺は不運のままだった。
なぜだか、わかるか。俺は一生懸命考えてみた。それでわかったんだ。
考え方だ。お前は幸運を呼ぶ考え方や行動をして、俺は不運を呼ぶ考え方や行動をしていたんだ。
ブレスレットは確かにそんな考え方、行動を引き出してくれる役割を果たしてくれた。
でも、それはお前がもともと持っていたものなんだ。
俺はブレスレットを持っても、お前みたいな考え方ができなかった。
お前と俺の違いは考え方の違いだったんだ」
「考え方?」
「そうだ、お前は、あの行商人の言葉を素直に聞いて、ブレスレットの力を心から信じた。
そのために、お前は心の底から、何もおそれることなく、 自分がよくなりたいという自分の心からの願いに夢中になることができた。
それが必ず叶うことを、全く疑うことなく心から信じていた。
だから、いつもよいことばかり思って考えて、喜びにあふれ、いつも笑顔で元気いっぱいに、毎日をわくわくしながら、どんなことにも誠心誠意一生懸命取り組み努力した。
今うまくいかなくても、必ずブレスレットが幸運を呼んでくれると信じて、決してあきらめないで努力しつづけたんだ。
何か問題が起こった時も、失敗した時も、必ず道が開くと信じて、何度も全力で向かっていった。
お前はブレスレットの力を全面的に信じそれに身を委ね安心することで、思いっきり自分から取り組み、自分で道を開いたんだ。
だから、ブレスレットがきっかけになったかもしれないが、その幸運を引き寄せたのはお前自身の力なんだぞ。自分で自分の道を切り拓いてきたんだ。
今ではお前はブレスレットなしでも、その考え方、行動を習慣として身につけている。
ブレスレットは赤ん坊が自分で立って歩くようになるまでの歩行器のようなものだ。
お前はもう、りっぱに自分の足で立っている。
それに引き換え俺は、ブレスレットに頼り切って、ブレスレットが何とかしてくれると考えて、俺自身は何もしようとしなかったんだ。逃げることばかり考えていた。
俺はいつもブレスレットに疑いの目を向けつつも、うまくいかないと、やっぱりこれには幸運を呼ぶ力なんかない。むしろ不運を呼ぶと、うまくいかないのをブレスレットのせいにして、自分の行動や考えを反省することがなかった。
そのことに俺は気付いたんだ。お前は自分の力で幸運を呼び、俺は自分で不運を呼んでいたんだ。
俺にはもうブレスレットは必要ない。お前の真似をしてみることにしたよ。
お前ももうブレスレットは必要なくなった。なしでも十分できるようになったんだ。
きっと、ブレスレットも自分の役目が終わったこと知って去っていったに違いない。
自信をもて。ブレスレットがなくても、お前はもう自分で幸運を呼ぶことができるんだ」

オサムはうるうるした目を見開いてリョウタを見た。
「わかった。リョウタいろいろ言ってくれてありがとう。何だか希望が湧いてきたよ。やっぱりリョウタは頼りになるな。持つべきはやっぱり友達だ。元気が出てきた。明日は頑張ってみるよ」
オサムは濡れた目のままにっこりと笑った。

リョウタはそんなオサムの単純さがいじらしくうれしかった。


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