第32番 いかるが 斑鳩寺(いかるがでら)
【参拝日】2006年6月25日
【場 所】〒671-1561 兵庫県揖保郡太子町鵤(いかるが)
【交 通】JR山陽本線「網干」駅下車し、神姫バス「山崎」行きに乗り、「鵤(いかるが)」バス停で下車、北西へ約5分で山門。
【 車 】山陽自動車道路「龍野インター」を降り、南へ約3Km走り、「西門前」交差点を左折して、国道2号線に入り、次のY字路を右側に走り、
「東芝前」交差点の次の「鵤(いかるが)西」交差点を左折し、300m程走った所を右折し、300m程で山門前に駐車場(無料)。
【拝観料金】志納。聖徳殿(太子堂)は希望すれば開扉。宝物館350円
【電 話】0792-76-0022
【宿 泊】なし、団体の場合事前予約すれば休憩可能(費用志納)
【主な行事】2月9日・16日〜18日:勝軍会(御頭会、戦勝祈願会)、2月22日〜23日:太子春会式(太子御命日)、8月21日〜22日:太子夏会式
【宗 派】天台宗
【本 尊】如意輪観世音菩薩
【開 基】聖徳太子
【創 建】推古天皇14年(606年)
【御詠歌】 かみつ代(よ)の 聖(ひじり)の徳(とく)は いかるがの 蓮(はちす)の花と かをるなりけり
【解 説】 ここは、開基が聖徳太子のお寺で、推古天皇14年(606年)7月、聖徳太子が35歳のとき、天皇に請われて3日間にわたり「勝鬘経」を講じ、天皇はその妙味に大いに喜ばれ、播州国の水田三百六十町を聖徳太子に贈られた。聖徳太子は、大和国斑鳩宮からこの地に来られて、斑鳩荘と名づけられ、ここに伽藍を建築されたと云われている。その後、天文10年(1541年)4月、尼子氏播磨侵攻のときに焼失したが、赤松氏の発願により、円勝寺の昌仙法印によって再建された。
駐車場の横に、「斑鳩寺」と書かれた大きな石碑があり、道路を隔てた奥に、どっしりとした「仁王門」(写真1)がある。「仁王門」を入ると、正面に「講堂」(写真2)がある。「講堂」のご本尊は、釈迦如来(中央)、薬師如来(右側)、如意輪観音(左側)の三丈六坐像で、止利仏師一刀三礼の作と云われ、重要文化財に指定されている。このご本尊は、秘仏になっており、ご開帳は毎年2月22日〜23日である。
「仁王門」を入って左手に、「聖徳殿」(写真3)がある。「聖徳殿」には、ご本尊の「植髪の太子」が祀られている。このご本尊は、聖徳太子の自作の像に自らの髪を切って植えられた像であり、太子が16歳のとき、父の用明天皇が病気になられた折に、7日間断食を行い「常行三昧」という作法によって、病気回復を祈った「御孝養の御姿」と云われている。「聖徳殿」の左前に「聖徳太子御二歳尊像」がある。
「講堂」の右側に、「三重塔」(写真4)、「鐘楼」がある。「三重塔」は、重要文化財に指定されており、室町末期に建造されたが、天文10年(1541年)焼失し、その後、赤松政秀により再建され、永禄8年(1565年)に完成、宝暦4年(1754年)修理、昭和25年(1950年)に解体大修理が行われ、昭和27年(1952年)竣工したものが現在のものである。この搭の輪柱には、太子伝来の仏舎利が納められている。 「聖徳殿」に繋がった形で、八角円堂の「奥殿」があり、法隆寺の夢殿によく似ている。また、「三重塔」の後に、あまり目立たぬように「西国33ヶ所観世音」が配置されており、遠方にお参りできない参拝者は、ここにお参りが出来るようになっている。
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