第21番 甲山(かぶとやま) 神呪寺(かんのうじ)
【参拝日】2006年4月16日
【場所】〒662-0001 兵庫県西宮市甲山町25-1
【交通】阪神電鉄「西宮」駅下車、北出口の阪神バスで「鷲林寺循環」に乗車し、「甲山大師前」で下車するとすぐ。
【車】国道2号線、または国道43号線を西宮で北へ進み、西宮市役所前を更に北へ約5Km進むと目的地。無料駐車場あり。
【拝観料金】無料
【電話】0798-72-1172
【宿泊】なし
【主な行事】1月1日〜3日:新年祈祷祭、3月春分の日:春彼岸会、5月18日:如意輪融通観音大祭(秘仏融通尊の開帳がある)、9月秋分の日:秋彼岸祭、毎月21日:大師縁日例会(阪神西宮駅よりバスが出る)
【宗 派】真言宗御室派別格本山
【本 尊】如意輪観世音菩薩
【開 基】如意尼公
【創 建】天長8年(831年)
【御詠歌】 来てみれば すがたも花の かぶと山 寺もわが身も 薄雲の中
【解 説】 神呪寺(かんのうじ)という名前から、何か怖いイメージの寺かと思うが、その寺名の云われは、甲山を神の山と信仰したところから、この寺を神(かん)の寺(じ)と名づけた。神呪とは、般若心経にある神呪(じんしゅ)で、真言という意味である。
甲山(かぶとやま)は、西宮市の北にそびえる円形の山で、海抜309mのトロイデ(溶岩が塊状のまま持ち上げられた火山)であり、天然記念物に指定されている。190年頃に神功皇后が平和を祈願して金の甲(かぶと)を埋めたと伝えられ、また形がかぶとに似ていることからこの名がつけられた。
神呪寺は、この甲山の中腹(海抜200m)に位置する。天長8年(831年)10月18日、弘法大師を導師に迎え、本堂が落慶した。同日、淳和(じゅんな)天皇のお后(きさき)の真井御前(まないごぜん)は当地での満3年の修行を経て弘法大師より剃髪(ていはつ)を受けられ、如意尼(にょいに)という僧名を授かった。数年後、当地に天皇が行幸(ぎょうこう)され、如意尼と相見(まみ)えたと伝えられている。その後、寺は栄枯盛衰を繰り返し、鎌倉時代初期の源頼朝の再興後も戦国時代に兵火に遭い、現在の本堂は江戸時代に建立されたものである。寺領は淳和天皇から150町歩の御寄進を受け、当初250町歩であったが、現境内は20町歩である。
参拝した日は、4月16日で境内の桜が満開で多くの花見客であふれていた。仁王門(西宮市の文化財に指定、写真1)と参道の石段は、自動車道路で分断され、仁王門が何か取り残されたような存在になっていた。参道の石段を登りきると、正面に本堂(写真2)右側に鐘楼、本堂の左側に大師堂、本堂の右側に不動堂、納骨堂、甲山登山道入口(写真3)、多宝塔(写真4)などがある。
本堂は、江戸時代に建立されたもので、ここに安置されている本尊「如意輪観世音菩薩」は、別名「融通観音」とも呼ばれ、桜材の木造り彩色像で、天長7年(830年)に弘法大師が開祖如意尼の姿を写して刻まれたといわれている秘仏で、重要文化財に指定されており、毎年5月18日に開帳される。観心寺(新西国客番)、大和の室生寺の観音とともに日本三如意輪と称されている。このお寺は、通称「甲山大師」で知られている。大師堂(写真6)の正面に「甲山大師」と書かれた額が掛けられていて、この厨子の中に弘法大師58才の姿と伝われる「弘法大師坐像」が安置されている。この像は、ヒノキ材の寄木造りで鎌倉時代の作で、重要文化財に指定されている。不動堂には、ヒノキ材の一本造りの「不動明王坐像」が安置されており、重要文化財である。納骨堂には、「聖観世音立像」が安置されており、これも重要文化財に指定されている。納骨堂の右側に「甲山」の登山道入口を示す2つの鳥居の奥に多宝塔(写真4)があり、神呪寺が開創されてから1150年目の昭和55年に、国家安泰、十方施主、万億円満を祈願し、神呪寺の無窮の興隆を祈願して建立された。多宝塔の本尊として「大日如来」が安置されており、また金剛胎蔵の曼荼羅が祀られている。
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