第8番 南向山(なんこうざん) 西方院(さいほういん)
【参拝日】2005年9月24日
【場所】〒583-0995 大阪府南河内郡太子町太子1663
【交通】JR「大阪駅」から大阪環状線内回りで「天王寺駅」下車、近鉄南大阪線「あべの橋駅」急行(橿原神宮前行)で「古市駅」下車、
近鉄長野線で「喜志駅」下車、駅東側を出て金剛バス乗り場で「上ノ太子」行き、又は「太子まわり循環」、又は「葉室まわり循環」
に乗車し、「太子前」で下車したら直ぐ、西方院への参道。
【車】国道170号線で喜志に出て、太子町に向って東進して約10分で、叡福寺の無料駐車場あり。
【拝観料金】無料
【電話】0721-98-0133
【宿泊】なし
【主な行事】3月春分の日:春彼岸会、 4月10日〜12日:太子お会式、 8月15日:施餓鬼会、 9月秋分の日:秋彼岸会、 10月24日:十夜会
【宗 派】浄土宗
【本 尊】阿弥陀如来、十一面観世音菩薩
【開 基】聖徳太子の三侍女
【創 建】推古帝の御宇(622年)
【御詠歌】 むらさきに 雲のにほひて 観世音(かんぜおん) 在(おわ)しまします 西方(さいほう)の空
【解 説】このお寺は、聖徳太子の御廟のある新西国客番「叡福寺」前に位置し、日本で最初に創建された尼寺であるといわれている。「太子前」のバス停を降りて直ぐの石段の参道(写真1)を上ると、すぐ右に西方院の山門(写真2)がある。山門の正面に本堂(写真5)があり、ここには聖徳太子の作と伝えられている「阿弥陀如来像」があり、三尼公が聖徳太子の死後に安置した仏像と伝えられている。右手には、「観音堂」があり、ここには恵心僧都作と伝えられている本尊の「十一面観世音菩薩」がある。左手には、「鐘楼」(写真3)があり、きれいな朱塗りの建物である。塀の外には、墓地があり、その中に「三尼公廟所」(写真4)がある。この中には、三基の墓石があり、三尼の墓であるといわれている。三尼とは、むかし蘇我の大臣の三人の娘(日益、月益、玉照)が、聖徳太子の乳母となり、太子の死後、髪を切り善信、禅蔵、恵善と称したのが、三尼である。この三尼が、太子御廟近くの場所に聖徳太子菩提のために建てたのが、この寺(当時は、「法楽寺」と呼ばれていた。)である。
寛永16年(1639年)蓮誉寿正尼が中興し、西方院と呼ぶようになった。
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