54番  近見山(ちかみざん)  延命寺(えんめいじ)  宝鐘院(ほうしょういん)

【場所】〒794-0081 愛媛県今治市阿方角甲636
【交通】JR予讃線大西駅から、バスで約7分の「桜ヶ丘団地」バス停下車、徒歩で約6分。
【車】53番札所(円明寺)を左(北)に出て、T字路を左折し、国道196号線に出る。国道196号線を道なりに約35Km進んで、左に自動車会館があるT字路の交差点を左折して、約400m54番札所(延命寺)に着く。
【タクシー】瀬戸内タクシー:0898-24-2000、日の出タクシー:0898-22-1415
【電話】0898-22-5696
【宿泊】宿坊なし、今治ステーションホテル:0898-22-5340、ますや旅館:0898-53-2104、国観連・別館・美賀登:0898-55-2360、日観連・カドヤ別荘:0898-55-2310、きたや旅館:0898-32-0041、きよみず旅館:0898-22-7028、銀屋旅館:0898-22-4579、三笠旅館:0898-22-0889、つたや旅館:0898-22-0272、笑福旅館:0898-32-0020、白石旅館:0898-22-0005
【宗 派】真言宗豊山派
【本 尊】不動明王
【開 基】行基菩薩
【御詠歌】くもりなき、かがみのえんと、ながむれば、のこさずかげを、うつすものかな
【拝観日】2012227日(月)
【解 説】仁王門(写真1)の手前に大型車の駐車場があり、普通車用の駐車場は仁王門(を迂回)の奥にある。駐車場を出て左手に、薬師堂、位牌堂、納経所と続き、正面の石段を上ると本堂(写真2)、本堂の左手に大師堂(写真3)がある。
 天平年間に、行基菩薩が不動明王を刻まれ、これを本尊として、近見山(海抜244m)の山頂に、七堂伽藍を創建し、そこに安置された。  
その後、嵯峨天皇の勅令により、この地に来られた弘法大師によって、荒れ果てていた堂宇を再興された。そしてここを近見山・不動院・円明寺と号し、信仰と学問の中心道場とされた。 その後、戦乱によって、幾度かの兵火に遭い、七伽藍は焼失してしまい、たびたび移転して、享保12年(1727年)に現在ある地に再建された。
 仁王門を入って直ぐ右手に寺宝の梵鐘(ぼんしょう)がある。これは、宝永元年(1704年)に鋳造されたもので、長曽我部氏の兵士らが掠奪して、海上に運んだときに、梵鐘が自ら海中に逃れ、掠奪を拒んだと伝えられている。
 この延命寺の寺名について、もとは上記のように円明寺(えんめいじ)であったが、53番札所の円明寺(えんみょうじ)と郵便物が誤配されることが起こり、これを無くするために、このお寺が官許を得て、今までのこのお寺の俗称であった延命寺(えんめいじ)を正式の寺名とした。
 境内には、江戸時代に、農民の苦しみを救った庄屋越智孫兵衛(おちまごべえ)の供養塔がある。越智孫兵衛は、「七公三民」の厳しい年貢のとりたてを憂い、池普請の際に、わざと麦粥を詰めただけの竹筒の弁当を持参させて、それを役人に見せて、農民の苦しみを訴え、年貢を「六公四民」に下げさせた。また農民の生活向上に尽くし、享保の飢饉のおりには1人の餓死者も出さなかったと云われている。

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(1)仁王門

(2)本堂

(3)大師堂