51番  熊野山(くまのざん)   石手寺(いしてじ)   虚空蔵院(こくうぞういん)

【場所】〒790-0852 愛媛県松山市石手2-9-21
【交通】伊予鉄道道後温泉駅から徒歩約7
【車】50番札所駐車場を出て、右折し、約650m行った交差点を右折し、約150mY字路を右折して、約1.9Kmで駐車場。
【タクシー】近鉄タクシー089-977-1222
【電話】089-977-0870
【宿泊】大鷹園本館089-943-3359、ホテル「中川」089-929-3349、道後旅館案内089-947-0074
【宗 派】真言宗豊山派
【本 尊】薬師如来
【開 基】行基菩薩
【御詠歌】西方を、 よそとは見まず、 あんようの、 寺に参りて、 うくる十らく
【拝観日】200927日(土)
【解 説】  仁王門(写真1)の左右に恵比寿大黒の彫像が我々を迎えてくれる。ここをくぐると広い境内に、本堂(写真2)、三重塔(写真3)、大師堂(写真4)、愛媛パゴダ、八十八霊場都卒天洞(写真56)などがある。この八十八霊場都卒天洞は、入り口で100円を支払い、ひんやりした薄暗い洞窟の中を歩いて、マントラ仏生命の流れを体感するわけであるが、あまり知られていないのか、我々2名だけで、非常に心細かった。
 この石山寺は、道後温泉に非常に近い所にあり、神亀5年(728年)聖武天皇の勅令を受け、伊予の大守、越智玉澄が鎮護国家の道場として建立し、安養寺と名付けたのが始まりとされている。天平元年(729年)に行基菩薩がこの寺に来られて、薬師如来を刻み、これを本尊として開眼した寺であり、最初は法相宗であった。弘仁4年(813年)弘法大師がこの寺で修学の後、真言宗に改め、四国51番札所に定められた。 石手寺のいわれは、寛平4年(892年)、ときの城主河野家に誕生した子息が、衛門三郎再生の証として、三郎が臨終の時に弘法大師から授けられた一寸八分の小石を左手に握っていたという言い伝えによる。

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(1)仁王門

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(2)本堂

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(3)三重塔

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(4)大師堂

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(5)八十八霊場

都卒天洞

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(6)洞窟内部