【第21番 菩提山 丹波国 穴太寺(あなおじ)】

【場所】〒621-0029 京都府亀岡市曽我部町穴太東ノ辻46
【交通】JR嵯峨野線(山陰本線)亀岡駅から京都交通バス学園大学行き、余野行きで7分、穴太口下車、徒歩10
【車】国道9号線から京都縦貫道の亀岡ICで、国道423号線に出て、池田方面へ約2Km、南条で北上して門前
【拝観料金】無料、但し本堂、庭園は有料、共通券500円(本堂300円、庭園300円)
【拝観時間】9:0016:00
【電話】0771-24-0809
【宿泊】湯の花温泉など市内に旅館がある。亀岡観光協会(TEL:0771-25-5034)
【主な行事】 13日:福給会、2月節分:星祭、89日:精霊会、毎月17日、18日:縁日
【宗 派】天台宗
【本 尊】聖観世音菩薩
【開 基】大伴古麿
【創 建】慶雲2年(705年)
【御詠歌】 かかる世に生まれあう身の あな憂(う)やと思わで頼め十声一声(とこえひとこえ)
【解 説】 39日(日)というのに横殴りの猛吹雪、穴太口のバス停を降りて、右手の田んぼの中の道を約10分歩いて行くと、田んぼの真中に穴太寺があり、白い土塀をめぐらして境内がある。山門に行く途中の左側に亀岡の銘木「原田邸のセンダン」がある。立て札があり、それによると胸高幹周4.4m、樹高17mで、5月〜6月に美しい花をつけるそうだ。またその頃に来てみたいものだ。
 山門(写真1)をくぐると、正面に本堂(写真2)、左手に美しい多宝塔(写真3)があり、その横に本坊がある。この本坊は、日光の輪王寺から火事見舞いに送られたと言われており、江戸中期の武家屋敷である。本坊の前に庭園があり、桃山時代の石組みと言われている。また、境内には鐘楼、念仏堂、三十三ヶ所堂などがある。また、松の巨木もある。
 このお寺は、慶雲2年(705年)文武天皇の勅願で大伴古麿が開創し、当初本尊は薬師如来であった。その後さびれていたが、250年ほどあとになって、この里に神仏を信じない宇治宮成という男がいた。その妻は、それとは逆に仏心信仰が深く、仏師に観音像を刻ませた。そのお礼に宇治宮成が、しぶしぶ馬を与えたが、その馬が惜しくなり、仏師を襲ってその馬を取り戻した。ところが、馬小屋に馬は居なくて、観音像の胸から血が流れており、これに驚いて、宮成は仏門に入り、その観音像を安置して、穴太寺を建立した。このいわれよりこの聖観音は、「身代わり観音」として信仰されている。宇治宮成の墓が目立たぬところにひっそりとある。
 以前来たときには、素通りしてしまったが、書物で「寝釈迦」があることを知り、是非見たい、触れたいとの思いで探したが、どこにも案内が無い。納経所のお姉さんに聞くと、本堂の左に受付があるという。受付で、500円を払って、渡り廊下を通って、本堂の中に入ると、右手に大きなお釈迦さんの寝像があった。赤い布団が掛けられていたが、案内のおばさんに、「布団をめくって、撫でてあげてください。」と教えて頂いた。この寝像は、穴太寺の「寝釈迦(写真4)」と言われて親しまれている。また、この像は諸病を治してくれる「なで仏」と呼ばれて、参拝者に毎日さすられて、木像なのに金銅仏のようにピカピカに光っている。本坊は、江戸時代中期の建物で、陣屋造りであり、日光の輪王寺から贈られたと云われている。また庭園は、桃山風の池泉築山式で、サツキや松が石組みにみごとに配置されている。

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(1)山門

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(2)本堂

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(3)多宝塔

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(4)寝釈迦