【第3番 風猛山 紀伊国 粉河寺】

【場所】〒649-6531 和歌山県那賀郡粉河町2787
【交通】JR和歌山線粉河駅下車、徒歩10
【車】阪和道の和歌山ICから国道24号線を東へ、粉河交差点を左折、約1Kmで大門前
【拝観料金】本堂内陣300
【拝観時間】8:0017:00
【電話】0736-73-4830/3255
【宿泊】門前に旅館2軒あり
【主な行事】 1 3日 :元三大師会、旧暦初午の日:初午、8 9日 :施餓鬼会、1218日 :童男会(童男大士像公開)
【宗 派】粉河観音宗
【本 尊】千手千眼観世音菩薩
【開 基】大伴孔子古
【創 建】宝亀元(770)
【御詠歌】 父母の恵みも深き粉河寺 ほとけの誓いたのもしの身や
【解 説】 門前町の町並を通り過ぎたところに、朱塗りの大門橋があり、ここを通りすぎたところに宝永3(1706)に再建された大門がある。大門をくぐると境内で、左手に本坊がある。童男堂(どうなんどう)、念仏堂、太子堂などが続き、天保3(1832)に建設され、四天王像が安置されている中門に至る。中門を入ると、どっしりとした本堂が目に飛び込んで来る。この本堂は、享保5(1720)に建立されたもので、右手には丈六堂、六角堂、地蔵堂が建ち並んでいる。本堂の前にある石と木の配置の美しい庭園は、桃山時代末期に造られたもので、昭和4411月国指定の名勝になった。粉河寺には、国宝の「紙本着色粉河寺縁起」が伝えられ、光仁天皇の御代に、この地に大伴孔子古という猟師が住んでいて、発心して弓を捨て、観音信仰を誓った時、童子が現れ、金色等身大の千手千眼観音を授けてくれ、孔子古は草庵を結んで安置した。
 河内国の佐太夫という長者の娘が病気で困っていたら、童子が現れ、その病気を治してくれた。そのお礼に娘が使っていた箸箱を渡したところ、「紀州の粉河に住む者だ」とだけ言って、その場を立ち去った。その次の年に、童子にお礼を言おうと粉河の里を訪ねたところ、小川に白い粉が流れており、不思議に思い、それをたどって行くと、孔子古の草庵にたどりつき、そこにまつってある観音さんの手の上に娘の箸箱がのっているではないか。そこで、あの児子は観音様であったのかと、孔子古と一緒に宝亀元年(770)堂塔伽藍を建立したのが粉河寺のはじまりといわれている。

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(1)山門

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(2)本堂