1番 那智山 紀伊国 青岸渡寺

【場所】〒649-5301 和歌山県東牟妻郡那智勝浦町那智山8
【交通】JR紀勢本線紀伊勝浦駅→熊野交通バス 那智山行き、那智山見晴台行き、
那智山下車(約27分)、停留所からお寺の本堂までの参道は、かなり急な石段が約500(15)
【車】国道42号線の那智駅前交差点を山手に入り、約8Km
【拝観料金】三重塔200
【拝観時間】本堂(重要文化財)5:0016:30、三重塔8:0016:30
【電話】0735-55-0404
【宿泊】宿坊尊勝院 0735-55-0331
【主な行事】 2月節分の日 :秘仏本尊開扉、4月第2日曜日 :開山祭、11月第1日曜日 :大黒天七福神祭、714日 :那智の火祭
【宗 派】天台宗
【本 尊】如意輪観世音菩薩
【開 基】裸形(らぎょう)上人が開基、生仏上人が中興開山
【創 建】仁徳天王時代(313年〜399年)
【御詠歌】 補陀洛(ふだらく)や岸うつ波は三熊野(みくまの)の
       那智(なち)のお山にひびく滝津瀬(たきつせ)
【解 説】 熊野三山の1つである那智は、熊野信仰の霊場として長い歴史のある場所で、那智の滝を中心とした神仏習合の修験道場だったが、明治初期に青岸渡寺と那智大社に分離された。西国33ヶ所観音巡礼の第1番として、寺と神社の両方を参拝する人が多い。
 このお寺は、仁徳帝の頃、インドから黒潮に乗って渡ってきた裸形(らぎょう)上人が、那智の滝に打たれて修行をしていたときに、滝壷の中から25cm程の黄金仏を見つけ、小堂を造り観音像を祀った。その後、200年程たった推古天皇時代(592628年)に、生仏上人がこの地を訪れ、高さ3m程の如意輪観音像をつくって、25cm程の黄金仏をその胸中に胎内仏とし、これを本尊(秘仏)とした。
 平安時代になって、熊野信仰が特に盛んになり、天皇や貴族の帰依を受け、「蟻の熊野詣で」と呼ばれる程の賑わいを見せた。明治時代になって、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の嵐の中で、わずかに如意輪堂が残った。明治7年(1874年)この如意輪堂を本堂として、独立した。現在の山門(写真1)、三重塔(写真3)、本坊、鐘楼などの建物はその後に再建されたもの。本堂(写真2)は、開創依頼6回目の再建で、現在残っているものは豊臣秀吉が寄進したもので、柿葺(こけらぶき)で、重要文化財。
 この他境内には、如法堂(大黒天)、六角形の納骨堂、本坊、積徳坊(宿坊)、尊徳院(宿坊)、鐘楼などがある。本堂の横の石段を500m程下がったところに、朱塗りの三重塔(昭和47年に再建、千手観音を安置、壁画があり、3層は展望室)を前景として、日本一の那智の滝(高さ133m、幅12m)(写真3)が正面から眺められる。この那智の滝は、昭和46年秋に国の名勝に指定された。滝そのものをご神体とした飛滝神社が、滝壷の近くにある。

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(1)山門

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(2)本堂

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(3)三重塔・那智の滝