世界一臭い食べ物 など                              
 

 一般的な傾向として(無論例外もあります。むしろ例外の方が多いかもしれませんが)、人間は無垢な幼少期には甘いもの、香りのよいもの、柔らかくて消化のよいものを好み(T期)、夢多き少年少女期になると、ソフトクリームやチョコレートに代表される混じりけのない純粋なもの、キズや汚れのないもの、夢のようにとりとめのないもの、誰も非難のしようがないもの、名前の美しいものを好むようになります(U期)。

 ところが大人になって失恋や挫折を経験し、少しは人生の不条理を知るようになると、次第にビールやキムチ、餃子、韮、葱、などの、苦いもの、辛いもの、刺激のあるものを好むようになり(V期)、さらに年を重ねて失恋にすら無縁になると、塩辛、黴の生えたチーズ、鰺に腐り汁をかけて作るくさや、牛や豚の臓物など、明らかに病菌、腐敗、毒に近いものを好むようになります。フグの臓物の少し舌が痺れる部分を食べて通ぶる者まで現れるのはこの例です(W期)。さらに進んで老人になると次第にV期、U期、T期と退行して行きます。

 夏のある夜、このような”人類の食に対する嗜好の変化”という高遠なテーマについて、煙草を燻らせながら考えていると、納豆食によって鍛えられた僕の頭脳にふと閃光が閃きました。実は

  「第W期の食べ物には、潜在的な死への願望が含まれているのではなかろうか」
  「老人になると今度は生への執着が芽生えて、死からの逃避行動が出るのでは」

と。第W期の食べ物には、納豆、くさや、鮒寿司、レバー刺し、へしこ、など芳香とは言い難い匂いを持ち、幼少期なら生体に害があるものとして本能的に避けるようなものが多く含まれています。不思議なことに、こういったものほど人を深く魅了し、病みつきにさせるようです。苦くて臭いだけの煙草が永遠にやめられないように…。
 臭い「納豆」をYahooで検索すると、1000万件以上ものサイトがあるのに、まったく嫌味のない「ウエハース」では27万件しかないのがそのひとつの証左です。世界にはちょっと度を越した臭い食べ物、珍奇な食べ物があるようです。そのうち僕の知っている4つを、以下に紹介します。



  オドロイタ!

1.世界一臭い食べ物 シュール・ストレミング (スウェーデン)      
 
スウェーデン北部で食べられる、発酵させた(腐敗させた?)ニシンの缶詰で、世界一臭い食べ物として有名で、テレビ番組で紹介されたのを見たことがあります。とある家の食卓に直径15Cm位もある大きな缶詰が、内部に充満するガスのために膨張して、まるでフットボールのように丸くなっており、悪意と闘志に満ち満ちた風情でふてぶてしく転がっていました。テレビなので臭いはわかりませんでしたが、防毒マスクを付けたスタッフが、まるで不発弾を処理するようにおそるおそる缶を開けた途端にプシュっと吹き出た灰色の汁と、ニシンのドロドロに溶け爛れた様は、いかにも腐臭漂う様子で、その場に居た人々は恐怖のあまり眼を点にして一瞬固まっていました。アルバイトで出演していたスウェーデンの留学生までも逃げ出し、そばにいた犬が卒倒してしまう始末。なんでも汁の飛び散った部屋は3ヶ月悪臭が消えなかったと言います。信じられないことですが、スウェーデン北部の人はパンに挟んで食べ、一旦その禁断の味を知るとやめられなくなるそうです。
 ちょっとなら試食してみたい誘惑に駆られます。ただしシンクロナイズド・スイミングの選手のように鼻に洗濯ばさみをして…。東京青山の「明治屋」あたりなら売っているかも知れませんネ。誰か勇気のある人、僕と共同購入して試食パーティーでもやりませんか。
 あなたのうちで。



   タマゲタ! 
 
2.究極の発酵食品
「キャビク」 (エスキモー)
 イヌイット(カナディアン・エスキモー)が好んで食べる発酵食品だそうです。作り方は比較的簡単で、狩りで捕まえてきた海ツバメを、捕獲したアザラシの体内に埋め込み、そのアザラシを土中に埋めます。何ヶ月か、程良い熟成期間が経過した後、アザラシを掘り起こし、腹部を切開して海ツバメを取り出します。その海ツバメの肛門から、適度に発酵して液状になった内蔵を啜るといったものらしいです。アザラシは単なる熟成用の樽なのですネ。
 冒険家の故植村直己氏(なんと僕と同じ高校の1年先輩)が、あるときイヌイットから、「ナオミ、世界で一番うまいのス−プ。これススル、真のトモダチ」とかなんとか言われ、世話になった人々の好意を無にできないと、覚悟を決めて啜ったそうです。最初は生臭くて厭だったそうですが、そのうち病みつきになったと聞いたことがあります。(いや、聞いたことがあるような気がします。)
 しかし悪夢のような料理で、ちょっと試してみる気がしません。それにアザラシの入手に、かなりの困難がともなうことが予想されます。



  信ジラレナイ!
 
3.幻の珍味 「蚊の目玉スープ」 (中国)
 中華料理の深遠さを表すのに ”龍肝鳳髄”、”熊掌燕窩” という言葉があります。龍の肝臓、鳳凰の骨髄、熊の手の平、燕の巣まで食べるというわけです。もっとわかりやすい別の表現で、

  「中国人が四つ足のうちで食べないものはだけだ。
                        二本足で食べないのは梯子だけだ」

というのもあります。(後半の梯子の部分は僕の創作です)
 ことほどさように中華料理はバラエティーに富んでおり、奥の深いもののようです。

 30年ほど前、ある雑誌の隅に ”蚊の目玉スープ” という料理の話が出ていました。あの夏の夜に出没する蚊の、それも目玉ばかりを集めて作るスープです。そのときはどうせヨタ話だと思ってうっちゃっていたのですが、40歳の頃、僕の最も好きな作家の一人開高健氏の「最後の晩餐」を読んでいたら、なんとこの幻の料理の話が出ているではありませんか。この瞬間、この料理は本当に存在したに違いないという確信に到達しました。この料理の話を友人にすると、10人が10人とも、「そんなのは嘘に決まっているだろう。どうやって芥子粒より小さい蚊の目玉を集めるんだ」と勝ち誇ったように言って、ハナから信用しません。まったく持ちたくないものは、無知なる友人です。そこであなただけに内緒で、蚊の目玉スープの作り方を紹介します。
 まずJALかなにかで北京に飛び、汽車か何かに乗って重慶に行きます。そこでその土地の古老から蚊ばかり食べるコウモリの棲む洞窟を教わります。(そのときになにがしかのチップをはずむのを忘れないで下さい。) 教わった洞窟に行き、コウモリのを大量に採取し、ホテルに持ち帰ります。その糞を丹念に水洗いして、ネルの布で濾します。そうすると、消化されない蚊の目玉だけが残るという仕掛けです。あとは極上のスープに入れてほどよく煮込み、白磁の深皿に入れて供すだけです。たぶん、頭が良くて抜け目のない料理人が、美食ばかりで食傷気味の、憂鬱な皇帝に供した料理ではないかと思います。作り方は案外簡単でしょう。それに上の2つよりよほど食べ易い気がしませんか。誰か暇な人で実際やってみる人はありませんか。僕は真っ平ですので、スープの残りを少しだけタッパーに入れて、クール宅急便で送って下さい。
 料金と送料は着払いで結構です。

 なお開高氏の上記の本には、

  シコシコした歯ざわりの蛭(ヒル)のスープ
  酒の肴にぴったりという蚯蚓(ミミズ)の串焼き

など(いずれも台湾料理) も紹介されていて、知識人必携の書です。
 一読をお勧めします。(文春文庫 127-5 1982年4月25日初版 )




   マジ クサイ! 
 
4.臭い食品中国代表 「臭豆腐」 (台湾、中国)
 台湾、中国、香港(こう表現は中国政府から叱られそうですが、僕自身の感覚ではこうなります)で広く食べられている豆腐です。製法は地域によっていろいろのようですが、日本のものと良く似たやや固めの豆腐をある種の植物の汁、石灰等を混合した漬け汁に漬けこみ、納豆菌、酪酸菌を加えて発酵させたものだそうです。漬け汁の発酵作用で強烈な臭気を発します。台湾や華南地方では油で揚げて豆板醤ベースのたれを付けて食べます。

 知人から得た情報として、香港の新聞「日刊香港ポスト」(1999年6月9日付)に次のような記事(要旨)が掲載されています。

  「臭豆腐の製造業者が罰金の支払いを命じられる−−
   (香港のとある町で)飲食店2店が、昨年末から臭豆腐の販売を開始。
   環境保護署は付近の住民から苦情を受け、2店を経営する姉妹を計4件の容疑で検挙した。
   当地の地裁は8日、2店が
大気汚染をしていたことを認め、姉妹に罰金総額4000香港ドル
   (およそ5万円)を支払うよう命じた」

 それにしても古来広く食べられている食品を製造しただけで、罰金刑とは…。
 近所の人が抗議するほどの臭いとはどんなだろう?


*--------------------------------------------------------------------------------------------------


本格派臭豆腐から逃げる
 平成20年11月、友人Y君と台湾旅行に行き、台北の北にある九フン(人偏に分)という町を訪れた時、露店で、な、な、なんと臭豆腐が売られているているはありませんか。
 早速25元(日本円で約75円)で一串買い求めました。
 まず驚いたのが、ほのかな臭気はあるものの、決して鼻をそむけるほどの臭いではないこと。
 「何? 何故?」、ガイドの劉淑恵さん(44)に詰め寄ると、「ここでは観光客向けに臭いの薄いものを売っている。フフフ…」と謎の薄笑い。味は味噌を塗った厚揚げといった感じで、まずくはないけどもう一本欲しくなるような味でもなく、正直拍子抜けしました。
 翌日の夜Y君と二人で「陳送我到饒河観光夜市」と書いたメモをタクシーの運転手に渡し、有名な台北の饒河観光夜市に出かけました。カエルの姿焼、蛇の蒲焼はないか…とひやかして歩いているときでした。とある店に近付くと周辺に吐き気を催すような臭気が立ちこめています。恐々覗くと「臭豆腐」の看板。「なるほど…、いかさま…」一瞬にして劉さんの薄笑いのワケを納得。台北市民が美味しそうに頬張っているのを尻目に逃げるようにその場を去りました。ありていに言えば人間の排泄物の大の方を乾かしたような臭気で、とても食べる勇気は湧きませんでした。
 台北から帰国して1ヶ月。なぜあのとき勇気を振り絞って食べておかなかったか…。自戒の念にさいなまれる今日この頃です。

*--------------------------------------------------------------------------------------------------


遂に食べる
 平成23年11月、再度台湾を訪れました。また同じ友人Y君と、今度こそは何が何でも臭豆腐を食べようと誓い合い、まなじりを決して、台北最大の士林夜市に乗り込みました。あちこちから立ち上る強烈な臭気にたじろぎながら、一軒の店に入り、40元(約100円)を支払って臭豆腐を注文し、鼻から息を吸わないように注意しながら、ついに食べました。味は日本の厚揚げに似ていて、意外と淡白で、見た目はいかついけど心優しい人といった感じ。不味くはないけれど、もう一度食べたいというほどの味ではなく、ちょっとがっかり、というが正直なところでした。








 以上 4 の「臭豆腐」以外は、実際に見たり食べたりしたものではないので、大筋および細部に誤りがないとも限りません。スウェーデン、カナダ、中国 の各大使館の方々、留学生の方々、誤りがあれば教えて下さい。お国の名誉にかけて。   

 また、一般の日本人であるあなた、 
飛びきり驚く料理を教えて下さい。
メールをお待ちしております。  














********************** 読 者 か ら の 投  稿 ********************************

***晴奈」さんからの投稿(要旨)
平成17年6月4日

 シュールストレミングは輸入禁止だそうです。


****「けん」さんからの投稿(要旨)
平成17年7月9日
  「世界一臭い食べ物」について補足。
 1年ほど前、日曜にウッチャンが司会のテレビ番組で、同様の特集を行っていました。当然私もシュール・ストレミングが一位になるかと思いきや、番組の臭気測定器が最高値を示した食べ物は、お隣韓国の食べ物でした。なんでも、韓国のある地方でのみ食されるその食品は、アカエイを10日間、キムチと共に漬け込んだもので、アンモニアの臭いが人間の限界を超える値のため、食べなれない人が食べようとしても、咳き込んで無理だそうです。



****「江戸」さんからの投稿(要旨)
平成18年6月22日

 「世界一くさい食べ物」では、期待してたものが出てませんで、少々がっかりしました。
 もちろん知らなくても仕方ないのですが、たしか農大の小泉教授という人がNHKのラジオで興味深い話をしていました。
 彼によると塩を全く知らない人がこの世界にはたくさん居るそうです。僕は普通塩がなければ人間は生活できないと思っていたので、どういうことか…と思いつつ聴いていました。すると塩はなくても、塩分というかそういう要素はとれるようで、アフリカのある部族は、動物の屍骸から、肛門付近の腸の内容物を食事に塗って食べるのだそうです。
 小泉先生が試食したところ、ラジオで言いにくそうでしたが、まさに大便の味だったそうです。
 この先生は小さいころから、食事には関心を持って何でも口にする人だったそうで、変人だったと自分で話している面白い人です。世界一くさいといえばその大便ペーストにまさるものはないでしょう!



****中国人留学生「りょう」さんからの投稿(要旨)
平成20年8月10日
@ 蚊の目玉スープは開高健の冗談、あり得ないと思う。庭で食事してたら、蚊がスープに落ちて蚊のスープになったというのならわかるが…。

A
「中国人が四つ足のうちで食べないものは机だけだ。二本足で食べないのは梯子だけだ」は中国人というより広東人、それもごく一部ですね。私から見ると日本人のほうがよほど変なものを食べています。

 「日本人が海で泳ぐもののうち食べないのは潜水艦だけだ」と言いたい。

B 蛭のスープ、蚯蚓の串焼きも怪しいけど、ないとは断言できません。ただ現在の中国では常識範囲外のものです。

 以上中国で20年以上暮らした者の体験から申し上げました。
中国は広く、私がすべてを知っている訳ではありませんので、悪い冗談だと決めつけるのも良くないかもしれませんね。


****「いも」さんからの投稿
平成23年4月29日
シュール・ストレミングの缶詰は空輸が禁止なだけで船便なら輸入可能なはずです。
飛行機で運ぶと気圧の関係か、機内爆発の可能性があるとか...。