感謝こそ命の源
花畑
 
 私は、若い頃からスポーツをするのが好きで、30歳を過ぎてからも
 ボクシングを始め、毎日練習にも力を注いでいました。

 そんな私が、46歳の冬、通勤で車に乗っていた時のことです。
 突然、胸と背中を前後から押し付けられるような感覚に襲われ、
 何が起こったのかわからないまま道路の脇に車を止め、
 30分ほど痛みに耐えていました。
 そのうち痛みが治まり、その日は会社に向かうことができましたが、
 そういうことが毎月のように起こるようになりました。

 数か月後、大きな病院を紹介してもらい、精密検査をしたところ、
 心臓病であると判明し、発作時の常備薬として
 ニトログリセリンを持ち歩くようになってしまいました。

 あるとき、発作が起こって、ニトログリセリンを服用したのですが、
 それでも発作が治まらず、救急車で病院に運ばれ、
 そのまま入院して救急処置で一命を取り止めるという事がありました。
 そして、病院の先生からは余命1年半の不治の病であると宣告されました。

 いつ起こるかわからない発作と死への恐怖で、目の前は真っ暗になり、
 生きる望みをすっかり失くしてしまいました。
 そんなときです。久しぶりに会った友人に、仏様に手を合わせてみないかと
 勧められ、照真正道会の道場に初めて足を運びました。

 初めてお会いした光海先生に不治の病である病気のことと
 死の恐怖について、涙ながらにお話しすると
 「人の寿命は、仏様が握っていらっしゃいます。
 しっかり観音様におすがりなさい。
 あなたには、今死相は見えませんよ。」と、言われました。

 それ以後、観音様の教えに沿った生活をしていこうと思い、
 毎週仕事の休みには道場に通い、
 家では仏壇に向かい手を合わせるようになりました。

 道場に通いだした頃は、まだ時々発作が起きていましたが、
 徐々に少なくなってきていました。

 それから1年ほど経った頃、光海先生から密教の秘法、
 『仏様に身を護って頂く法』を教えて頂きました。
 「真剣に仏様に身を護って頂こうという気持ちがあれば、
 この法は、必ず力を発揮します。」と言われました。

 朝、目覚めて「今日もこうして目覚めさせて頂き有難うございます。」と
 まず仏壇に向かい「自分は生かされているのだ」と仏様に心から
 感謝する日々を送るようになりました。

 それ以来、2年経とうとしていますが、寒暖差の激しい冬場にも
 発作を起こす事がなくなり、余命1年半だと言われた病院の先生も
 驚いておられます。

 余命を宣告され、死を覚悟した私ですが、
 今こうして延命させていただいているのは、観音様のおかげだと思っています。
 今の病気は、一生治らないかもしれませんが、これからも、
 観音様の教えに沿った生活をして、一日一日を大切にして
 感謝の毎日にしていきたいと思います。



TOP