浅い眠り             やなせかおる







目覚めるのはいつも冷え切ったベッド。
暗く静かな部屋で、レイ・ザ・バレルは気だるげに身体を起こした。先刻までここで睦んでいた
相手はもういない。なにしろプラント最高評議会議長。それこそ始終プラントを飛び回り、満足に
休みも取れないのだ。彼が朝までここに居たことは一度も無かった。
「別にここで眠っていってもいいんだよ?ここは君の家なのだから。」
部屋の主には言われている。以前はそうしていた。
いつからだろう、快楽に意識を手放してもすぐにその余韻を解かれてしまうようになったのは。
何かに揺り起こされるように目覚めてしまうようになったのは。
このベッドで深く眠れなくなったのは。


軽くシャワーを浴び、素早く服をまとって部屋を出る。
薄暗い照明のみの落とされた廊下を歩く。コツン、コツンと小気味よい足音が正面から響いてき
たが構わずに進んだ。
この屋敷に古くから仕えているという執事だ。目線を上げて軽く会釈をよこしただけで、まるで自
分の存在を感知しないかのように通り過ぎていく。主人に「見るな」と言われたものは全て彼の目
には留まらない。そういう事だ。


レイに過去の記憶は無い。いつの間にこの生活が始まったのかはわからない。
一番古い記憶は2年前からで当時はまだ評議会議員だったギルバート・デュランダルと共にこの
屋敷で暮らしていた。他に接する者は今すれ違った執事(そういえば彼も自分がここにいる頃に
は言葉を交わしていた)や限られた召使いたち。屋敷から一歩も出たことは無かったが、特に不
自由もなかった。知識も教養もデュランダルに与えられた。
そして、求められればいつでもその身を差し出すことも。
いつの間にか体が覚えていた。


何も知らない。自分が何者であるのか。どこから来たのか。本当は『何歳』なのか。デュランダルが
自分を囲うようになるまでにどのような経緯があったのか。
そんなことはどうでもいいことだった。知る必要すら感じなかった。幾重にも守られたこの屋敷を出て
軍に入ったのも、ただただ彼の役に立ちたかっただけ。
デュランダルだけを、想っていればよかった。
それが自分の意思だろうと、もしかするとデュランダルに刷り込まれたものであろうと。それすら構わない。


足が、自然に止まった。ぶるっ、と肩が震え、思わず自分を掻き抱いた。
「…さむい」
多分初めて。その言葉を、口にした。




軍の宿舎に戻った時には深夜を回っていた。二人部屋の相方はすでに夢の中らしい。静かな寝息が
聞こえる。
素早く着替えて、自分のベッドへ滑り込む。
部屋は空調が効いているはずだ。しかし寒気はおさまらない。頭から毛布をかぶる。
でもあそこにいたって何のかわりもない。
彼のぬくもりがわずかに残っているだけのベッドで過ごしたところで、この寒さがやわらぐわけでもない
だろう。
こちらのほうがはるかにましだ。


「…レイ」
暗闇の中、遠慮がちに語りかける声。同室の、シン・アスカ。あたたかい、やさしい、彼の声。
「…」
返事は、しなかった。目覚めていることなど、とうにばれているのだろうが。
できなかった。
「レイ」
いたわる声。
気がついていた。彼が自分に抱いている気持ちに。あの優しさに全てゆだねてしまおうか。そんな誘惑に
かられる。
きっと彼の腕の中は暖かい。痛みを知る男。だからこそ優しい。彼は全てを癒してくれる。
本当は分かっている。この優しい男のせいなのだ。あの部屋で眠れなくなったのは。
手を伸ばせば届くかもしれない暖かさ。シンが自分に寄せる、無償の好意。
それはかえって今まで知らなかった感情を、レイに教えた。


「淋しい」ということ。


「レイ?」
それでも。
深く目を閉じ、毛布を頭まで引き上げた。
それでも、自分が欲しいのはすぐそばに在る安らぎではなく。


…諦めたように、シンがベッドへ身を横たえる気配がした。
深く。目を、閉じた。




デュランダルからは時折気まぐれのように呼び出しが入った。
「皆とは上手くやっているかね?」
豪奢な作りのデスクの傍らにレイを立たせ、自分は椅子に
かけながら手を伸ばした。金の髪に指を絡められる。
「問題ありません」
実際、周囲とは付かず離れずの適度な関係を保てていた。他人との接し方などまるで分からなかったのに。
それはアカデミー時代から一緒で何かと気を使ってくれたシンの存在が不可欠だった。


そう、もうあの頃から。
彼の想いは、真っ直ぐに、自分へと。


心が揺らぐ。楽なほうへ。容易く手に入るほうへと。
流されていく自分が、いる。


止めて。誰か。


「…ギル…」
つぶやくように、名を呼んだ。
この屋敷の中でだけ許されている、その呼び方。
「ん?」
 指先の動きが止まる。
 彼の目が、自分を見る。
 言ってしまいそうだ。
今夜だけでいい。今夜だけ。
ずっと傍にいてほしい。それだけで、このざわめく心は静まるのに。
他の誰かに心揺れたりしないのに。
「…なんでも、ありません…」
 指が、髪から頬へと滑り、レイの細いあごをとらえた。そのまま優しく導かれるままに、体を屈める。
 そっと唇を触れ合わせながら。
 肩に乗せた手に少しだけ、力を込めた。




見慣れた部屋は朝の光に満ちていた。眼を見開く。
朝までここで眠ってしまったのは至極久しぶりのことだった。
体を起こそうと身じろぎして、ぎくりとする。
背中が。あたたかい。
あたたかいのに。体が震えた。
ゆっくりと、体の向きを替える。自分の体に乗せられていた腕が、それによってぱさりと落ちた。


彼の眼がゆっくりと開く。
レイを見とめると、それは優しく細められた。


「おはよう、レイ。」


涙が、あふれた。


    終






くう〜〜〜〜、すっごくすてきでしょう!切なくて、それでいて美しい文章がすてきな
やなせ様に無理言って書いてもらったゲスト原稿です。私はやなせ様の行間が結構
好きなのです。詩情的な文章と。普段はアスイザ書かれてるので、ほんとに無理言って
ギルレイを書いていただきました。ありがとうございます♪

                                        1/9 インテックス大阪初出 「RE:」 ゲスト原稿より

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