![]() 金神社 |
(角川日本地名大辞典25滋賀県より) |
![]() 金森御坊 |
![]() 金森懸所宝塔 |
![]() 苦菜会 |
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![]() 金森城跡 |
| 天保七年(1836年)の村絵図に明記 「金ケ森は常盤12郷を潤おしていた」という、古老の伝承があります。 この古老の伝承は、今から168年前の村絵図(上の絵図)に具体的に記録されています。 「常盤12郷」とは、草津市常磐学区の12町のことです。この他、守山市内の4町の水源になっていました。 金森で、下流の16の村々を潤おす大きな5つの池ができたのは、川幅100mを超える野洲川旧河道が あり、ここに流れ込んでくる地下水が金森付近で湧き出ていたためです。 現在も野洲川旧河道の地形は確認できます。 |
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![]() ゲンジボタル |
野洲川の旧河道沿いに位置し、周辺には5ヶ所の湧水池があったほか、主要河川が3川あり、生活用水、農業用水には恵まれた環境にありました。 |
ハリヨ2世誕生 |
| 昭和〜平成にかけての記録 自治会行事 1月 はつうまさい 初午祭(金神社) かやく飯、白米、赤飯、野菜、揚げ物などを持ち寄り、神前に供える行事 ![]() 5月 大祭(金神社) ・・・・・ 子供みこし町内巡行 7月 夏祭り(湧水公園) ![]() 9月 敬老会 ![]() 12月 お火焚祭 (金神社) まちづくり事業の主な行事 : すこやかサロン(毎月実施)・児童文庫(毎月2回実施) 伝統行事 1月 左儀長 ![]() 1月7日から13日まで、数え年12歳の男子を頭に唄を歌いながら各戸より竹や藁を集めました。 ♪左儀長や竹、藁おくれ それがなければ銭おくれ どやな、どやな 14日には青竹を組み、そこに藁が巻かれ、子供たちが書いた天筆さん(願い事を書いた短冊、書初め)や 正月のかざりものが取り付けられ、夕方になると金神社の御神火によって奉火されました。 13日夜には奉仕をした子供たちの頭をつとめる家で夕食が出されました(コンニャク、白和え、豆腐汁)。 左儀長が終わると残り火をそれぞれの家に持ち帰り、15日(小正月)に使う小豆粥を炊きました。 現在:12歳を頭とすることは継承されていますが、 準備は宮世話が行い、参加する子供たちへの食事は14日の昼食が自治会館で出されています。 3月 苦菜会にがなかい 苦菜法会 ![]() 2月28日になると小南(現在の野洲町)より苦菜が届けられ、老ナ衆(年齢順に10人の年長者によって組織 されている)が御坊の茶所でむしろに広げて世話をします。 これを3月6日の苦菜さんの日に調菜(ちょうざい)して、蓮如上人と道西を偲んでお参りに来た人々に 御斎(おとき)として出します。 会は法話で始まり、少し前までは法話のあとお参りに来た人々は蓮如池に立ち寄って清水を汲んで持ち帰り 、仏前に供えました。 蓮如上人御正当法事 5月 蓮如上人御影像渡り 8月 地蔵盆 町内の女子が御坊に集まって地蔵様を祭ります。 11月 報恩請 御坊(老ナ衆が定めた宿)に紋付・袴をつけ集まり、正信偈(しょうしんげ)を勤めます。 【正信偈】正信念仏偈の略、弥陀、釈尊、三国七高祖の教えた念仏を正信すべきことが述べられる 12月 開銭 伝承:24日ころになると、年貢や町内の諸経費の決算がされ、ここから水入れ当の手当てが支払われ ました。 町の諸行事を維持するための重要な行事で、皆納かいのう(完納)しないと町内にいられない時代もあったと 言われています。 現在:内容は変化していますが、今も継続しています。 |