K・Kさんの四国順拝記
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K・Kさんの四国順拝記 その1の1 待ちに待った霜月五日、 四国八十八ヶ所巡りができるとは夢にも思って |
K・Kさんの四国順拝記 その1の2 待ちに待った四国霊場順拝に参加させていただきましてありがとうござい |
K・Kさんの四国順拝記 その1の3 出発の朝、寝過ごさぬようにと心に言い聞かせ、1時、3時と目が覚め、 |
K・Kさんの四国順拝記 その1の4 住職様、ありがとうございました。念願の四国八十八ヶ所順拝も満願結願 |
K・Kさんの四国順拝記 その2の1 ○墨染めの衣をまとい笠着けず 先達給う菩提寺の僧 |
K・Kさんの四国順拝記 その2の2 春とは名のみの如月の四国順拝出発の朝。大きな荷物引っ越しの如くに |
K・Kさんの四国順拝記 その2の4 「かなくら山報第89号」(2000/5/5)より 第2巡目第4回 参加者19名 平成12年4月4日(火)〜6日(木) 第79番〜第88番 第1番 高野山 つぼみと共に発ちしかど 桜満開讃岐の里は 春爛漫の四国路に、的場を5時半すぎに出発いたしまして、西脇市にて 四所・五所待ち合わせて、讃岐に着けば八時すぎ、香川県は一番本州に 近く便利のよさにありがたい事です。好季節・好天気にめぐまれて結願の 順拝でした。 ありがたや これが札所の打ち納め またのご縁を 結びたまえよ 誰か詠むこの歌を思い出して、今回は79番からの打ち始めで88番ま で、2回目でありながら初めての如く眼に新しくありがたい順拝でした。 今回は88番大窪寺のあと第1番霊山寺へお礼参り、徳島港から2時間 の船旅のあと高野山参拝、いつの日も高野山は心の和む山です。 この前に高野山に参拝したときは、台風で大木が倒れ無惨な事この上 なし、今回は大きな根株も整理され、案内人の名調子に乗せられて奥の 院まで笑いが止まらないありさま、私はこの案内を聞くのが一番の楽しみ です。すぐに忘れて説明はできませんが、本当にたのしい。 よくぞまあ、亡母が遺言を遺してくれたとしみじみ思うこの頃、「お大師さ まから授かった子なれば、ご恩返しをせよ」と重ね重ね遺した言葉でした。 母は私を連れて順拝したかったと54歳の若さで旅立ちました。四国順拝 の機会のめぐまれた私をきっと草葉のかげで喜んでいる事と想像いたし ます。 もし、亡母が遺していなければ順拝はできただろうか、高野山にも参拝 しただろうか、個性の強い私だから、どんな生き方を・・・等、頭の中をか けめぐる80歳。 前回54番から78番まで順拝できずに、今回79番にとびました事を後 悔先に立たず、頭から離れる事がなく今も頭のすみに残っております。 前回は、老人クラブの旅行に参加して、鬼押し出しがもう一度この眼で 見たくて参加したものの暴風雨に出合い、如何ともしがたき鬼押し出し、 命あってのものだねと瀬戸際に立ったことが忘れられず、なおさら54番 から78番が心に残り、叱られる人はなくても心に大きな穴があいたよう な想いがしてならない、いつか折りがあったらとさえ思うばかりです。 ところで、「キセキ」ということばは知っていても実際には遇うた事がない、 「キセキ」に遇うたことがありがたいというか、おそろしいと思います。 高野山に結願のお礼参り、大師教会の授戒堂での事です。暗室にて血 脈をいただくならわしで、今回は私が阿闍梨様の前に登るようになりまし た。蝋燭の火がありましたが阿闍梨様の顔は見えず、お付きの僧に、私 が足が悪いと知れたのか手を添えていただいて三段程ある階段を登らせ ていただいたものの、阿闍梨様が座しておられる前に私は立っておられず 座しました。 不思議なるかな、難なく正座ができた事を我ながらおどろきとよろこびに 泣けました。思わず、「ありがとうございます」と涙声、三十八の瞳はどうす るかなと心配だったそうです。それが難なく正座ができて大変よろこんでく ださった方々、ありがとうございました。 あとで、もう一度自分で勝手に座しても足が折れません。この右足が折 れたら何の悲しみもないものをと思うことのみ、きっといつの日にか折れ ますようにと念じながらの日々です。 「キセキ」よ、現れ給え! そんな奇跡の一時でした。体力が続くかぎり 順拝を続けたいと願っております。 年毎に若がえる奇跡がほしい、そんな欲望。ありがとうございました。ど うかよろしくお導きくださいますようお願い申しあげます。お大師さま。 ○遍路旅常にやさしい乗務員 心に残る運転の人 ○配られしおやつの袋前にして 奥方の顔浮かび来るなり ○早朝を送り給える奥方に 無事なる留守を念じて発ちぬ |