「こーんの」
「あ、ごとうさん」
きっかけは、ハローのコンサートが終わった後に、
後藤さんに話しかけられたことだった。
「じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ」
「え?」
―駆け落ちごっこ―
「あの、ごとうさん?」
「ん、なに?」
夜行列車に揺られて。
もう何時間がたったか分からない。
列車の窓から見える景色は夜の帳がかかっていてほとんど何も見えないに等しい。
あたしは隣に座ってアームレストに肘を置いて頬杖ついて眠りかけている後藤さんに声をかけた。
「ホントに、こんな事して大丈夫なんですか?」
マネージャーさんにも、メンバーにも、家族にも。
誰にも言わずに勝手に列車に乗って。
明日も仕事がある。それなのに勝手に出てきてしまった。
あたしたち二人がどこへ行くのかあたしたち二人でさえも知らない。
「紺野は、あたしだけじゃ駄目?」
「え?」
「あたしは紺野さえ居れば、他には何も要らない。家族もお金も家も。紺野は?」
その気持ちはうれしかった。でも。不安だった。
たった二人だけで、見知らぬ土地へ向かってちゃんと暮らしていけるのか。
「不安?」
後藤さんは前を向いたまま話した。こっちは向かないまま。
「あたしは不安じゃないよ。紺野が居れば」
あたしも同じ気持ちだったかもしれない。
きっと後藤さんと一緒なら。どこまでも一緒に行ける気がした。
「不安じゃ…ないです。」
そう答えると後藤さんは初めてこっちを向いた。
満面の笑みだった。
後藤さんはあたしの頬に手を伸ばすと、引き寄せて、キスをした。
周りから見られてはないだろうけど見られても構わなかった。
後藤さんと一緒なら何も怖くないんだ。
だから、あたしは後藤さんに任せて、ゆっくり眼をつぶった。
「もう寝よっか」
唇を離した後、後藤さんが言った。
あたしは「はい、」と答えて。もう一度帽子を目深にかぶって首の辺りまで毛布をかぶった。
数分すると、あたしは眠りの世界に入っていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「こーんの。起きなよ」
「ふぇ……?」
目を覚ました時には列車は止まっていて、窓からは明るい光が差し込み始めていた。
「あぇ、ついたんですか?」
「うん、ついたよ」
目をこすりながらゆっくり伸びをした。
全身に血が通い始めてゆっくり立ち上がった。
棚の上にしまっていたボストンバッグをとって外に出る準備を始める。
「よし、行こうか」
「はい、」
荷物は全部持って列車を後にした。古い改札を通って駅員さんに切符を渡した。
「ここって、どのあたりですか?」
「さぁ、北なのは間違いないんだけどね。」
後藤さんはさらっと言った。
どこか分からないのか、それとも分かっていて言わないのか。
どっちでもよかった、取りあえずこれからどこへ向かうのだろう。
「この近くにね。後藤の知り合いがやってる旅館があるんだ。そこなら1週間ぐらいは何もいわずに置いてくれると思うんだ。」
「そうなんですか」
後藤さんの知り合いが旅館をやってるなんて全然知らなかった。
でも、1週間分宿代が浮くのはうれしい。
「じゃあひとまずそこに行くことにしましょう」
「よし。そうしよう」
とりあえずの行き先が決まって、あたしたちはその旅館に向かって進み始めた。
駅を出たのが朝8時。
周りが一面田んぼなところや京都の下町みたいな田舎道。
その田舎道を通って14時頃にその旅館に着いた。
寂びれた旅館という言葉がぴったりな外観はとても全然後藤さんの知り合いがやってるようには見えなかった。
「ふぅ、疲れたね」
「はい、疲れましたね。」
部屋に通されて、部屋の説明をされて、やっと使いの人が部屋から出て行った。
カバンを部屋の角において、大きく背伸びをした。
「ここさ、露天風呂があるんだよ」
「露天風呂?」
「うん、ご飯終わったら一緒に行こうね。」
「あ、はい」
こんなにゆっくりしてて良いのだろうか?
みんな心配してないかな。
今日はハロモニの収録だったと思う。
あたしが居なくてみんなどうしてるかな。
「ねぇ、ごとーちょっと女将さんと話してくるから待っててね」
「はい」
後藤さんが部屋を出て行ってその空間にはあたし一人。
手持ち無沙汰だけど何もすることがなくて、旅館の中を散歩しようと部屋を出た。
広い廊下や大広間、お風呂の前を通ったりして中を散歩した。
でも自分の部屋に戻ってくるまでに5分もかからなかった。
そしてあたしが部屋に戻るとすぐに後藤さんも帰ってきた
「なんか。今あたしたちしかお客来てないみたい」
「えぇっ!それでこの旅館やっていけるんですか?」
「さぁ、」
ヒトが少ない=ばれない。って言うのはよかったけど。
そんな旅館に泊まってて大丈夫かと少し心配した。
「じゃあ晩御飯まで時間あるし、お風呂でも入ろうか?」
「あぁー、そうですね。」
後藤さんがそう云うので、部屋の備え付けの浴衣とタオルを持って露天風呂に向かった。
「あの、こっち見ないでくださいね」
「なんで?今さら恥ずかしがる関係でもないじゃん」
脱衣所。あたしの言葉に後藤さんは笑いながら答えた。
なんていうか、なんとなく着替えてるところとかだと余計に恥ずかしいから。
「分かったからさっさと脱げば?それともあたしが脱がしてあげようか?」
「い、いいです!!」
「ちぇ、」
髪を下ろして、服を脱いで、小さめのタオルを持って先にお風呂へ向かった。
大浴場と露天風呂。後藤さんの好きなサウナまである。
「何ぼーっとしてんの?」
いつの間にか真後ろに立っていた後藤さんが言う。
「えっ、えぇ、なんでもないです。」
後ろを見ると腰の当たりに小さなタオルを巻いた後藤さん。でも胸は隠しもせずに「何見てんの?」って感じで突っ立ってる。
あたしはそのじっと見てたら何か言われそうと思ってすぐに視線を外して浴槽に向かって歩く。
近くの桶をとってかかり湯をしようとした、が。
「うわっ、つめた!!」
「あはは、こんの。それ水風呂だよ」
さっきのことであせっていたのがモロばれ。
でも恥ずかしがってる場合じゃなくて本当にこの水が冷たい。
「こんのー、サウナ入らない?」
「え、あ。そうですね」
冷たい水かぶっちゃったところだからちょうどよかったけど。
後藤さんサウナ入ると長いからなぁ。前に一緒に入ってのぼせかけたこととかあるし。
「あ、ここスチームじゃなくて赤外線ですね」
「うん、スチームだと鼻で呼吸できないし」
あたしも後藤さんみたいに腰のところにタオルを巻いて後藤さんの隣に座った。
ふっと後藤さんの手があたしの肩に触れる。
「あー、すっごい冷たい。さっき水かぶっちゃったせいだね」
あたしの肩に触ってそういった。
そして、
「って言うかさ。その前にあたしの体に見とれてたでしょ?」
「ええっ!!」
やっぱりばれてた。自分で顔が熱くなっていくのが分かる。
「あはは、こんのしょーじきすぎ。」
「うぅ…」
からかわれてる。
別にからかわれるぐらいならよかったんだけど。
「でも、本当に冷たい。あの水冷たかったでしょ?」
「あ、はい」
肩に触れられた時から何かいやな予感はしていた。
でもまさかサウナでそんな事するなんて思わなかったから。
肩に置かれた後藤さんの手を見てたら、
「じゃ、ゴトーが暖めてあげるよ」
「え?」
こちらが何か反応を起こす前に後藤さんはさっと自分の座り方を変えて。
ほんの一瞬であたしの首筋にキスを落とした。
「ふぁ!……ご、とー。さん」
首筋に降るキスは止まずに強く抱きしめられる。
しかも今は裸。
脱がされずともそんな行為に及ぶことが出来る。
「ひと、きます…よぉ」
快感のせいでうまく喋れないけど、それだけ言うと後藤さんは、「来る訳ないじゃん、お客居ないんだから」って答えた。
その後のことはよく覚えていない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あれ?」
「お、気がついた?」
グラグラとゆれながら景色がどんどん進んでいく。
あたしは後藤さんにおんぶされていた。
「あ!えぇ!?」
自分がなんで後藤さんにおんぶされているのかが分からない。
って言うかいつお風呂から上がったんだろう?
「ごめんねぇー。まさか気失っちゃうとは思わなかったからさー」
え?あたし………失神しちゃったの?
「え?じゃあ、今着てるこの浴衣は?」
「あたしが着せた」
「あたしなんでおんぶされてるんですか?」
「紺野が気を失ってたから」
あぁ、恥ずかしい。まさか気を失っちゃうなんて
「でもよかった。目ぇ覚ましてくれて。このまま明日まで起きなかったらせっかくの計画が台無しだったよ。」
「計画?」
「あ、それはまだ内緒………」
「あの、後藤さん?」
「ん、なに?」
「おろしてもらえませんか?」
「いいじゃんせっかくなんだから部屋まで連れて行くよ。」
「えぇ?」
後藤さんの言ってた「計画」という言葉が気にかかったけど。部屋に戻ると晩御飯の用意がしてあったのでご飯を食べてるうちにすっかり忘れてしまっていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さて、もうそろそろ10時だね」
「え、何かあるんですか?」
ご飯も食べ終わって、布団も敷いてあって。
今日はもう寝ようかと思ってた時に後藤さんが口にした言葉。
「ちょっとね。ついといでよ」
さっと後藤さんは立ち上がって部屋のふすまを開けて外に出た。
ついて来いといわれたのでついていく。
廊下の途中に縁側のようなところがある。そこから中庭に出ると。はしごが屋根の上にかかっていた。
「ココ上るよ」
「え?あ、はい」
後藤さんについて屋根の上に上る、高いところは別に怖くはないのですっと上れた。
「ここに何があるんですか?」
「まぁ、空でも眺めてようよ」
二人して屋根の上に座り込んで空を眺める。
後藤さんは持っていた携帯電話で時間を確認していた。
「後10秒ぐらいかな」
「なにがですか?」
「イイから上みてて」
「あ、はい」
空を見て都会じゃ見れないほどの星が綺麗だったけど、北海道に行けばもっと綺麗な星が見えるはず。
そんな時後藤さんが携帯電話を見ながらカウントを始めた。
「5、4、3、2、1、0!!」
急に空が明るくなった。
前に一度見たことがある。「しし座流星群」だったかな。あれとそっくりだった。
空の上を何十何百の流れ星が降り注いで、願い事がいくらでも叶いそうだった。
「これを二人で見たかったんだ。」
後藤さんがつぶやいた。
「後藤さん?」
「この地方でしか見れない流星群なんだって。それでね、この流星群を大切な人と見ると」
『一生いっしょにいれるんだって』
後藤さん。まさかそれだけのためにわざわざこの旅館までつれてきたんですか?
「紺野本当は今日も明日も仕事ないんだ。マネージャーさんと皆には黙ってもらって置いた。だから心配しなくていいよ」
「えぇ!!じゃあ今日と明日はオフなんですか?!」
「うん、だましてでも二人でこれ見たかった。怒ってる?」
「………怒ってるわけ、ないです。」
怒る訳ない。だっていい騙され方だもん。「一生いっしょに居れる」願いをかなえたいためにここまで騙してくれたんだもん。怒る訳ない。
「よかった。」
すぐ横にある後藤さんの横顔が流星群の明かりに晒されてすごく綺麗に映った。
幸せそうな横顔だった。
「何かお願い事した?」
「え?」
こっちに顔を向けないまま後藤さんが聞いてきた。
空にはまだ流星の残党みたいな少しの流星が数秒おきに流れていた。
「流れ星に願い事。」
「あ、後藤さんはなんて願いをかけたんですか?」
あたしが聞くと後藤さんは照れたみたいに
「ずっと紺野といっしょに居られますように………って」
後藤さんは本当にあたしを喜ばせるのがうまい。というか後藤さんはあたしを喜ばせる言葉ばかり考えてるんじゃないかなって思う。
「紺野は?」
「あたしは………」
でも、騙されたお返しはしておかないとね。
「後藤さんが勝手にエッチな事しないように……って」
そんな嘘を言うと後藤さんは子供みたいにほっぺを膨らませて。
「そんな事願ったの?もったいない」
ちょっと怒ったみたいな感じだったけど本気で怒ってないのはわかる。こっちのが冗談だって言うことも分かってるんだ。
「嘘です。本当は」
後藤さんのほっぺのをつついて膨らませたほっぺの空気をしぼませる。
「たまにはあたしにもキスさせて欲しいなー……って」
不意打ちだけど、
たまにはこんなのもいいかも。
驚いてる後藤さんにあたしはキスをして。
屋根の上で抱きしめあった。
二人抱きしめあって寝転がって。
二人の空には最後の流星が流れた。
END