「やばい………落ち、る………」
傷ついた羽を一生懸命に羽ばたかせているがその高度に自分の身体を保つことも高度を上げることも出来ずに天使は地上に降りてしまった。
「…はぁ……はぁ……」
傷が付いた天使の羽。その傷は癒える事は無い。人を幸せにするために傷が増えていくせいだ。
「………駄目だ…しばらく飛べそうにないや………」
天使は苦痛の表情を浮かべ傍にある椅子に手を掛けて立ち上がろうとするも立ち上がれない。
「しばらく………人間に化けなきゃいけない……回復するまで…何日かな………」
天使は翼をたたみ光に包まれた。光が収まるとソコには人間と変わりない姿をした天使がいた。
「もう………動けないや………」
最後にそう呟いて人間の姿をした天使は倒れこんだ。
『あの……大丈夫ですか?』
天使は最後にそんな言葉を聴いた気がした。
Angel Wing-恋の許されない傷ついた天使-
「あさ美ちゃん。もう置いていくよ」
「あぁ!待ってよ愛ちゃん!」
あたしの名前は紺野あさ美。現在私立モーニング女学園、中等部3年生。
「あさ美ちゃん早く!!」
「ごめん!鍵回らなくて」
そして隣の子があたしの親友。高橋愛ちゃん、同じく中等部3年生。
それで今あたしがその愛ちゃんに何を急かされているのかと言うと…。
「戸締りぐらい早く済ませなよ。ホントにあさ美ちゃん言っちゃ悪いけどトロイよ?」
そう。あたし本当に何をするにもトロくて、いつも愛ちゃんに迷惑掛けてるんだ。
「ごめん。お待たせ」
「本当に待ったよ。」
でもあたし達はそんな些細なことぐらいじゃ崩れない強い絆で結ばれてる親友なんだ。
だから二人で一緒に図書委員になったりして。
「あさ美ちゃん。職員室に鍵返しに行かないと。今そのまま帰ろうとしたでしょ?」
「あ、そうだった」
そしてドンくさい。
今は放課後。
放課後5時までは曜日ごとに図書委員が残って放課後の図書開放をするんだ。
それで5時になってみんないなくなったから帰ろうと思ってた所。
職員室に行って指定の場所に図書室の鍵を吊るした。
「よし。じゃあ帰ろ」
「うん」
あたしと愛ちゃんは小学校のころからの友達。いわゆる幼馴染って言うやつ。
家も近くてよく一緒に帰るんだ。
「じゃあね」
「うん。バイバイ」
でもこの頃愛ちゃんには彼女が出来たらしくて途中で違う道に行ってしまう。
家までの一人で歩く道が少し長くなっちゃったんだ。
だからたまに思っちゃうんだ。恋人欲しいなぁって。
でもあたしトロいし、ドンくさいし、こんな子好きになってくれる人なんかいないよなぁ。
そんなことを考えながら歩いているといつも通る公園の前に差し掛かった。
「あれ?」
公園は少し開けていて外側からでも中の様子が凄く分かる。
だからこの公園では子供がさらわれたりとかそんな事件は一切おきたことない。
それで中の様子が見えたんだけど。
公園の真ん中。噴水の傍で倒れているような人影が見えた気がした。
もしかして誰か倒れてる?
あたしはそう思って公園に入っていった。
公園には時間のせいか全然人がいなくて倒れている人に気づかくてもしょうがないのかなって思った。
「あの………大丈夫ですか?」
そう声を掛けたけど返事は返ってこなくて心配になる。
もしかして、死んでないよね?
そう思って倒れている人がうつ伏せになっていたので仰向けにする。
心がときめいた感じ。
女の人ですごく美人で、何でこんなところに倒れているのか不自然なほど。
ヒトメボレ。
あたしはあわてて生きてるのか確認した。
口の傍に手を持っていって呼吸を確認する。
息はあるみたいだ。
でもどうしよう。
救急車呼んだほうがいいのかな?
いったん携帯に119の『1、1、』とまで入力して手を止めた。
あたしはメモリーから愛ちゃんの番号を呼び出して発信ボタンを押した。
「もしもし。紺野?どしたの?」
「あれ?安倍さんですか?愛ちゃんは?」
「あ、今紅茶入れてるけど電話かわろうか?」
「あ!あの、今公園にいるんですけど愛ちゃんと二人で来てもらえませんか?」
「二人で?良いけど何で?」
「あの!倒れてる人がいるんです。」
「倒れてる人?生きてるの?」
「生きてるんですけど………家に運ぼうと思っても一人じゃ担げないし………」
「分かった。すぐ行く」
「お願いします!」
電話を切った後、保険の授業で習ったとおり「大丈夫ですか?!」とか声を掛け続けて数分。その人は目を覚まさないまま安倍さんと愛ちゃんが来た。
「あさ美ちゃん!」
「紺野!」
「愛ちゃんと、安倍さん」
愛ちゃんと安倍さんに事の状況を説明した。
「あの、とりあえずあたしの家に運ぼうと思ってるんですけど、手伝ってもらえませんか?」
「分かった。じゃあ紺野は左肩かついで愛は右肩。」
「うん」
安倍さんの指示する中あたしと愛ちゃんであたしの家まで倒れていた人を運んだ。
あたしの家には前までお婆ちゃんが住んでいた家なんだけど、
おばあちゃんが無くなった時にお父さんが処分しようかと思ったときにあたしの学校のすぐ近くだって事に気が付いてあたしが一人で住むことになった。
で、あたしの家には使ってない部屋があって、その部屋に布団を敷いて倒れてた人を寝かした。
「病院とか連れてかないで大丈夫かな………」
「大丈夫だと思うんだけど………」
「でもこんなに顔色良いんだから大丈夫だべ」
心配するあたしと愛ちゃんをよそに楽観的な考えをする安倍さん。
そんな考え方が出来るのが少しうらやましい。
「じゃあ、愛。帰るべ」
「え、帰るの?」
「いいから!」
安倍さんは愛ちゃんを引っ張るように帰って行った。
最後に「頑張って」と言う意味深な発言を残して。
どういう意味だろう?
安倍さんが最後に残していった言葉を考えて数分。
バッ!
急に布団が起き上がってきた。
違った。公園であった人が急に起き上がったのだ。
「あ、あの・・・大丈夫ですか?」
急に起き上がって掛ける言葉も見つからずそんなことを喋った。
その人は自分の身体を見回して「あ。あぁ、大丈夫」と、答えた。
「あなた誰?」
その人は部屋を見渡した後あたしにそう聞いてきた。
「あ、あたし紺野あさ美です。あの………あなたが公園で倒れてたんで、心配でつれてきました。」
そういうとその人は「あぁ」といった感じで、でも、表情からは『しまった』っていう感じが読み取れた。
「あの、あなたは?」
あたしはその人に同じ質問をする。
「あ、えっと。あたしは後藤真希。17歳。」
「あ、もしかしてモーニング女学園ですか?」
「えっと、・・・うん、そう。そうだよ」
「あたしもなんですよ!奇遇ですね」
あたしがそういうと後藤真希さんはまた『しまった』って言う顔をした気がした。
「あ。ごめんね、迷惑掛けて。帰るよ」
眼が覚めて早々に後藤さんは立ち上がって部屋から出ようとした。でも、
ダン!
後藤さんは部屋の扉の前で膝を折って壁にもたれかかるように倒れた。
「だ、大丈夫ですか?!」
あたしはすぐに近づいて声を掛ける。
「だ、大丈夫だよ………これ以上迷惑掛ける訳行かないし………」
「あの………あたし一人暮らしなんで迷惑とか掛からないんで、身体が回復するまでウチにいませんか?」
あたしはそう言った。
うまく動くことの出来ない後藤さんの返事は決まってる。
「良いんだったら………ちょっとの間お世話になるよ。」
奇妙な出会いからあたしの恋は始まった。
あたしの家に後藤さんが居候し始めて三日目。
「ねぇ。紺野って一人であたしを運んだの?」
「違いますよぉ、一人で運べるわないじゃないですか。友達一人と先輩一人に手伝ってもらいました。」
「計三人か………」
「それがどうしたんですか?」
「え?あぁ、紺野ってそんなに力持ちに見えないなぁって」
朝起きて、後藤さんとあたしの二人分の食事を作って、自分のお弁当と後藤さんの昼食を作って学校に出かけて。
学校から帰ってきたら後藤さんとお話をして夕ご飯を作って。
なんとなく恋人といるみたいで憧れの生活が出来た。
「紺野。後藤さんだっけ?あの人どうなった?」
昼、屋上で愛ちゃんと安倍さんとお昼を食べていたときに安倍さんに話をふられた。
「まだ身体が回復してなくてあたしの家にいますよ」
「じゃあ、今日愛ちゃんと一緒に遊びに言って良い?」
「だ、駄目です!」
「えー?なんでー?」
安倍さんは私の持っている気持ちを知りながらもあたしにちょっかいを出してくる。
「………なんでもです」
「冗談だよ、行かない。なっちは人の恋路邪魔するほど意地悪じゃないからね」
その言葉を聴いてほっとしたっけ。
「ねぇー。こんのー」
「え、はいっ、何ですか後藤さん?」
「さっきからボーっとしすぎ。人の話し聞いてる?」
「あ、えっと………」
何かボーっとしてたみたいで後藤さんの話を聞いてなかった。
「あたしこんなに長く居て大丈夫なの?」
「あ、大丈夫ですよ。前にも言いましたけどあたし一人暮らしですから誰にも迷惑掛からないんで。」
「そうじゃなくて紺野が迷惑じゃないかって」
何か後藤さんはあたしが思っていたとおりずうずうしくなくていつもあたしの心配してくれてるみたいで。
何か嬉しかったりする。
「後藤さんは学校とかには連絡しなくて良いんですか?」
「もう連絡した」
「親とか家族の人とか心配しませんか?」
「あたし一人暮らしだから。」
後藤さんの周りのことを聞いてもなんだかよく分からなくて、
でも後藤さんのことを疑ったりとかはしなかった。
惚れちゃった身でそんなこと出来なかった。
「よし。もう動ける、ありがとね、今まで。」
2週間がたった頃。後藤さんの身体は回復してしまった。
『してしまった』と言う言い方は不謹慎かもしれないけど、後藤さんが家に帰っちゃうと思うと寂しかった。
「じゃあ、お礼はまた今度するから、ほんとにありがとね」
後藤さんが帰ろうとしたとき。もうこの想いを止めることは出来ずに全てを告白しようと思った。
「あの、後藤さん!」
あたしの声に後藤さんは立ち止まって振り向いた。
「あの、もう少し、居ませんか?」
でもすぐに想いを告白することは出来なくてまわりくどい言い方をしてしまう。
「え、なんで?」
『なんで?』と聞かれると本当のことを話すしかない。うその言葉は思いつかなかったから。
「あの………あたし後藤さんのことが好きなんです!」
とうとうあたしは告白してしまった。
「ずっと好きだったんです!あの公園であったときから!」
数分その空間に沈黙が流れた。
そして後藤さんは、
「返事、一日………待ってよ」
そういってあたしの家から去ってしまった。
「告白したの?」
「はい。」
次の日のお昼休み。あたしは安倍さんと愛ちゃんに相談した。
「んー。一日待ってって事は、嫌いじゃないんじゃない?」
愛ちゃんの意見はそう。
「一日待ってって事は・・・なっちも愛と同意見だなー」
安倍さんの意見もそう。
じゃあ、ちょっとは期待して良いのかな?
学校が終わってすぐに家に帰った。
でも後藤さんは居なくて、いつ返事に来るんだろうと思った。
もしかしてこのまま放っとかれちゃうのかな、って心配もした。
でも後藤さんはちゃんと6時。あたしの家に来てくれた。
でもすぐには返事はくれずに意外な言葉をあたしに伝えた。
「紺野。遊びに行こう!」
「え?」
半分強制的にあたしの腕を引っ張って後藤さんは夜の帳が折りきらない遊園地に来た。
「紺野乗りたいの無い?」
「あ、えっと。あれ、あのジェットコースターとか」
「よし!行こう!」
営業時間ギリギリまで後藤さんと遊園地内を散策したりして今まで遊んでなかった分、15年分ぐらい遊んだ気がした。
「最後に観覧車乗ろうか?」
「あ、はい」
後15分で閉園する所で一周17分掛かる遊園地の目玉、観覧車に乗った。
「綺麗だね、夜景」
「そうですね」
観覧車が回って上のほうに上がっていくと、夜の街の光がすごく綺麗だった。
でも観覧車の中の空気は何だか静かなせいかすごい重くて暗い感じになってしまった。
「紺野への返事。まだだったよね」
観覧車が全体の4分の1ぐらいまで回ったところで後藤さんが話し出した。
「はい………」
あたしは後藤さんの言葉の続きを待った。
「あたし、紺野とは付き合えない」
後藤さんはそう言った。
聞いた瞬間。かなりつらかった。
こうして遊園地で一緒に遊んでくれたのは最後の思い出とかなんだ。
何かそう思うと悲しくなってきた。でも………。
「ほんとは………好きなんだよ………」
ポツリと後藤さんが呟いた。
「好きなんだよ………」
後藤さんは泣いていた。
「ど、どうしたんですか?」
泣きたいのはこっちなのに。
「あたしは………紺野の家に居るうちに………紺野が好きになった。あたしは紺野が好きなんだ」
さっきフラレタけど、その言葉は嬉しかった。でも、意味が分からなかった。
「天使が居るんだ、恋愛が成立する側には」
後藤さんは急に話し始めた。
「天使は自分の能力を使って人と人との架け橋になって恋愛を成立させたり。フラレタ人の悲しみを癒したりするんだ」
あたしは黙って後藤さんの話を聞いていた。
「でも天使は人を幸せにするほど自分の羽根が傷ついていくんだ。だから、地上に落ちた」
その話を聞いても理解できない。まさか後藤さんは………
「紺野」
「はい」
急に名前を呼ばれたので返事をした。
「最後に抱きしめさせてよ」
後藤さんがそういったのであたしは座ったままだと無理と思って立ち上がった。
ギュッ
後藤さんは暖かかった。
抱きしめられてすごく気持ちがよかった。
「天使は羽が傷ついて使い物にならなくなると人間になることが出来るんだ。」
後藤さんはあたしを抱きしめたまま話の続きを話し始めた。
「いつか、人間になれる日が来たら………また会いにくるよ」
バサッ!
後藤さんの身体が光り始めて背中からは白い大きな羽が、沢山の傷が付いた羽が広がった。
「いつになるか分からない。だから。紺野に寂しい思いはさせないよ。」
天使の羽があたし達二人を包み込むように広がる。
後藤さんは一本だけ羽を抜いた。
「紺野の中のあたしの記憶を消す。」
後藤さんはそういった。
「な、なんで?」
「さっきも言ったけどいつになるか分からないんだ。だから。ずっと紺野を寂しい思いをさせたままのわけには行かないんだ。それに、天使がいる事を知られちゃったし」
納得するしかなかった。
でも心の中で納得はいかなくて、あたしの頬を涙が伝っていった。
「あたしのことは忘れちゃって良いんだ。もともと恋なんて出来る身分じゃないから。」
後藤さんは涙を流したままそう話す。
観覧車はいつの間にかもう半分以上回っていてもう頂上を回り降り始めていた。
「あの」
「何?」
「お願いがあるんです」
あたしはさっき後藤さんに『抱きしめさせて』とは言われてそれに答えた。
だから今度はあたしが答えてもらおうと思って言った。
「ちゃんと、心のどこかで覚えているように………魔法を掛けていて欲しいんです」
少しまわりくどい言い方。あたしはすぐにストレートな言い方で言い直した。
「キスしてください」
後藤さんの目を見てはっきりと言った。
後藤さんはゆっくり目を瞑ってキスしてくれた。
絶対忘れない。
いつか後藤さんが迎えに来てくれるのをずっと待ってる。
だから、絶対迎えに来て、またキスしてください。
約束ですよ?後藤さん………。
「さよなら」
「さよなら」
二人とも涙を流したままだった。
「また………会えるから」
後藤さんが羽を1本振るうと辺りが光に包まれて。眼を開けると、あたしは一人だった。
手の中には1本の白い羽と、頬に残る涙の後だけを残して、後藤さんは消えてしまった。
もう忘れてしまっていた。
記憶が消えたことも分からず。一人で観覧車を降りて帰っていった。
家に帰ると、何が悲しいのか分からないけど、涙が止まらなかった。
「あさ美ちゃん!」
「あ、愛ちゃん・・・と安倍さん。」
「なんだべ?人をついでみたいに」
「えへへ、すいません」
あたしの中には空白の2週間と言うものがあって、愛ちゃんと安倍さんにも同じ空白の2週間があった。
「あさ美ちゃん恋人とか作らないの?」
「えー、あたしみたいな子好きになってくれる人なんか居ないよー」
「あれ。紺野前誰かと付き合ってなかったっけ?」
「え?居ましたっけ?」
「あさ美ちゃん自分のことでしょー?」
あたしの中に付き合っていた人が居たような居なかったような。よくわからない感情もある。
それは空白の2週間のあとに出来たもので自分でもよく分からなかった。
でも、空白の2週間の最後の日。あの日自分が持っていた1本の羽。
あれが記憶を取り戻す鍵だと思って今でも家の自分の机の上に飾ってある。
いつか記憶が戻ること信じて。
『また………会えるから』
『いつか、人間に戻れる日が来たら………また会いにくるよ』
『紺野が好きになった。あたしは紺野が好きなんだ』
何か…誰かの声が……聞こえた気がした。
Angel Wing-後藤編-
起き上がると見慣れない景色が眼に飛び込んできた。
「あ、あの・・・大丈夫ですか?」
目の前に居た少女があたしに聞いてきた。
あたしは自分の身体が天使の格好のままでないか確認して答える。
「あ。あぁ、大丈夫」
人前に、しかも家にまで入り込んでしまっているようだ。かなり厄介だ。
「あなた誰?」
先ず目の前に居た少女の正体が分からないので聞いてみる。
「あ、あたし紺野あさ美です。あの………あなたが公園で倒れてたんで、心配でつれてきました。」
「あぁ」
しまったな、いきなり人に見つかるとは思わなかった。
「あの、あなたは?」
紺野という少女に聞かれたので名前と年齢だけを答える。
「あ、えっと。あたしは後藤真希。17歳。」
「あ、もしかしてモーニング女学園ですか?」
間髪いれずに次の問い。でもこの近くの学校のことなんか分からない。
「えっと、・・・うん、そう。そうだよ」
「あたしもなんですよ!奇遇ですね」
しまった。適当に答えたのがあだになった。これじゃあいろいろ詮索されたらすぐ気づかれちゃうな。
「あ。ごめんね、迷惑掛けて。帰るよ」
いろいろボロを出してしまわないうちにココを去ろうとする。
あたしは布団から抜け出して立ち上がると部屋の唯一の出入り口であろうと思われる扉に向かって歩いた。
ダン!
自由に動けなかった。空から落ちたぐらいだ。
身体にたまっている疲労は半端じゃないようだ。
「だ、大丈夫ですか?!」
心配されてるようだけどすぐに返す。
「だ、大丈夫だよ………これ以上迷惑掛ける訳行かないし………」
「あの………あたし一人暮らしなんで迷惑とか掛からないんで、身体が回復するまでウチにいませんか?」
………なんかこの子の話し方を聞いていると安心できた。
少しぐらいなら大丈夫かと。あたしの心を緩ませた。
「良いんだったら………ちょっとの間お世話になるよ。」
天使界で前例の無い、人間との同居が始まった。
「ねぇ。紺野って一人であたしを運んだの?」
ココに住まわせてもらうようになって3日、あたしはあたしの情報が出回ってないかの詮索をしていた。
「違いますよぉ、一人で運べるわないじゃないですか。友達一人と先輩一人に手伝ってもらいました。」
「計三人か………」
最後に記憶を消さなきゃならない人物は紺野を含め3人。
「それがどうしたんですか?」
「え?あぁ、紺野ってそんなに力持ちに見えないなぁって」
紺野にはばれちゃいけない。ただでさえあたしは危険な状態だと言うのに。
「ねぇー。こんのー」
「え、はいっ、何ですか後藤さん?」
「さっきからボーっとしすぎ。人の話し聞いてる?」
「あ、えっと………」
何故かあたしは紺野とよく話していた。
詮索じゃなく、天使としてではなく、対等な立場で、人間として話していた。
あたしの心の中には、何か変化があった。
「あたしこんなに長く居て大丈夫なの?」
「あ、大丈夫ですよ。前にも言いましたけどあたし一人暮らしですから誰にも迷惑掛からないんで。」
「そうじゃなくて紺野が迷惑じゃないかって」
あたしは早くココを去らなければと思っていたのに、いつの間にかココに依存していたのかもしれない。
「後藤さんは学校とかには連絡しなくて良いんですか?」
「もう連絡した」
「親とか家族の人とか心配しませんか?」
「あたし一人暮らしだから。」
でも本当のことを話すわけにはいかなかった。
やっぱり、話せなかった。
「よし。もう動ける、ありがとね、今まで。」
2週間がたった頃。あたしは身体が治ってココを去ることにした。
それに、これ以上ここに居ると変な気分になりそうだったから。
「じゃあ、お礼はまた今度するから、ほんとにありがとね」
そしてあたしが紺野の家を去ろうとすると。
「あの、後藤さん!」
紺野に呼び止められた。
「あの、もう少し、居ませんか?」
「え、なんで?」
『もう少し居る』理由なんて無いはず、身体も治ったんだし。紺野にとっては迷惑でしかないはずなのに。
「あの………あたし後藤さんのことが好きなんです!」
「ずっと好きだったんです!あの公園であったときから!」
………そうか。あたしの心の中にあった気持ちも多分この子と同じなんだ。
あたしの心の中には、初めて触れる人間の心が、芽生え始めていたんだ。
「返事、一日………待ってよ」
天使が人間と恋をするわけにはいかない。
天使は人間を幸せにしなきゃいけないんだ。
でも、すぐに断ることは出来なかった。
もう自分でも分かっていた。
あたしは紺野が好きということを。
次の日。
紺野が家に帰るのを確認してからあたしは校舎の中に入っていった。
周りの人の中から聞こえてくる情報を頼りにあたしは『安倍なつみ』を『高橋愛』を探していた。
そして高等部校舎の屋上でその二人が仲良さそうに話しているのを発見した。
屋上には二人だけだったのでやり易かった。
「あの………」
「ん?あ!この前の人ですよね?………って言ってもそっちは気を失ってたから分からないか」
「安倍なつみさんと高橋愛さんですよね?」
「「そうですよ」」
あたしは二人が本人であることを確認すると、背中の羽を広げた。
「悪いけど、あたしのことを知ってる時点で記憶を消さなきゃいけないから。」
二人の驚いてる顔を見るのもつかの間。あたしは羽を抜いて天にかざすと二人の記憶を消した。
「紺野。遊びに行こう!」
「え?」
あたしは二人の記憶を消した後、紺野の家にいって紺野にそう言った。
あたしは遊園地に紺野を招待した。
「紺野乗りたいの無い?」
「あ、えっと。あれ、あのジェットコースターとか」
「よし!行こう!」
紺野は結構はしゃいでいて、見ているだけで楽しかった。
けど、別れのときは近かった。
「最後に観覧車乗ろうか?」
「あ、はい」
あたしは最初から時間の計算をしていたのでちゃんと閉園時間ギリギリになるように観覧車に乗った。
「綺麗だね、夜景」
「そうですね」
観覧車に乗ってすぐには本題は話せなかった。
でも話さなきゃいけない。あたし達は分かれなきゃいけない。
あたしは意を決して話し始めた。
「紺野への返事。まだだったよね」
「はい………」
「あたし、紺野とは付き合えない」
あたしは言った。ちゃんと言った。無理だと伝えた。
「ほんとは………好きなんだよ………」
でも、つい、口に出てしまった。
「好きなんだよ………」
あたしの目からはぽろぽろと涙がこぼれ始めた。天使も涙を持っているんだとはじめて知った。
「ど、どうしたんですか?」
話さずに入られなかった。自分の想いを。
「あたしは………紺野の家に居るうちに………紺野が好きになった。あたしは紺野が好きなんだ」
出来れば離れたくない。でも離れなきゃならない。
「天使が居るんだ、恋愛が成立する側には」
「天使は自分の能力を使って人と人との架け橋になって恋愛を成立させたり。フラレタ人の悲しみを癒したりするんだ」
「でも天使は人を幸せにするほど自分の羽根が傷ついていくんだ。だから、地上に落ちた」
天使は人を愛してはいけない。天使は人を愛させるものだから。
天使は人に愛されてはいけない。使命をまっとうできなくなるから。
「紺野」
「はい」
「最後に抱きしめさせてよ」
紺野が立ち上がって、あたしはゆっくり紺野を抱きしめた。
ギュッ
紺野は抱き心地がよかった。ずっと離れたくない。
あたしの目から流れる涙は止まらなかった。
「天使は羽が傷ついて使い物にならなくなると人間に戻ることが出来るんだ。」
「いつか、人間に戻れる日が来たら………また会いにくるよ」
人間に戻れるなんてずいぶん先の話だ。でもそう言って安心させてあげたい。
バサッ!
あたしは変化をといて本当の天使の姿になった。
大きな翼が観覧車の部屋の中を埋め尽くしていく。
「いつになるか分からない。だから。紺野に寂しい思いはさせないよ。」
そう、記憶を消して、紺野には私のことを忘れてもらう。
あたしは自分の羽の中から1本だけ羽を紡ぐ。
「紺野の中のあたしの記憶を消す。」
「な、なんで?」
「さっきも言ったけどいつになるか分からないんだ。だから。ずっと紺野を寂しい思いをさせたままのわけには行かないんだ。それに、天使がいる事を知られちゃったし」
あたしにつられてか紺野も涙を流し始める。あたしは紺野のそんな顔を見たくないんだ。
「あたしのことは忘れちゃって良いんだ。もともと恋なんて出来る身分じゃないから。」
これからもあたしが天使としての使命を果たしていく中でもきっと紺野は目に映る。
そんな時あたしは紺野の悲しい顔を見ても何も出来ない。
記憶を消してあげることしか出来ないんだ。
「あの」
「何?」
「お願いがあるんです」
紺野のお願いは、あたしがしたかったものと同じだった。
「ちゃんと、心のどこかで覚えているように………魔法を掛けていて欲しいんです」
ただ、忘れないようにさせてあげることは出来ないけど。
「キスしてください」
あたし達は、自分の羽に包まれている中。キスをした。
あたしは絶対あなたのことは忘れないから。
あたしが人間になれたなら、まだあなたが一人だったら、幸せになってなかったら。
絶対会いに行くから。
「さよなら」
「さよなら」
最後のお別れをして、あたしは記憶を消すために羽を天にかざした。
「また………会えるから」
最後にそういって、あたしは紺野の記憶を消して、その場所を離れた。
「よっすぃ、あたし………」
「梨華ちゃん………」
地上では、新たなカップルが抱き合っていた。
そう、あたしが天使としての能力を使ってくっつけたのだ。
カップルが地上で抱き合っている時、
あたしは空を飛びながら手に持つ羽を振るっていた。
あたしはあの時紺野に嘘をついた。
あたしは紺野の記憶の全てを消すことは出来なかった。
それが何故かはあたしにも分からない。
ただ唯一喜べるのは。
あたしの羽の傷はドンドンと増えていき、人間になれるのが近いこと。
大天使様が知った。あたしが恋をしてしまったことを。
そして更に知った。あたしの羽に付いた傷より、心に付いた傷のほうが大きいと言うことを。
だからあたしはドンドン羽の傷が増えていった。
人間をドンドン幸せにしていった。
でも彼女の回りには行かなかった。
彼女がもし誰かにときめいていたらそれをくっつけなきゃいけない。
それは嫌だ。
彼女のためかどうかは別にして、やらなくて良いことはやらない。
天使なのに人間のエゴのような考えを持ってしまった。
それだけで天使失格かもしれない。
あたしはもうすぐ人間になる。
あたしが人間になったら、あなたを幸せにして見せるから、
だから、他の天使も。アノ子にだけは近づかないでよ。
「紺野。もうすぐだよ」
後少しで、あなたの元に………。
Angel
Wing END