―――なんだか物足りない―――
あたしの名前は後藤真希、今世界で一番忙しいアイドルグループの一員
「モーニング娘。」は他の人と何ら変わりは無い、ただ一般より少し忙しいだけのこと
でもあたしは他の人と確実に違うことがある

「ごっちん、今日一緒に帰ろ」
「うん、いいよ」

あたしの理性の中には機械がある

「どしたのよっすぃ?ニヤニヤしちゃって」

もちろん本当に機械が入っている訳じゃない
その機械はあたしの恋愛感情を維持するため、
あたしの理性の崩壊を防ぐための虚像として存在する

「ごっちん、まだ『マトリックス』見たことないって言ってたでしょ?」

あたしはいつからか本当の生身の恋愛が出来なくなってしまった
ただそれがいつからだったかは憶えていない

「来年『マトリックス2』と『マトリックス3』が公開になるから『マトリックス』のDVD買ったんだ〜」

別にあたしは恋愛なんて出来なくていい、あんな物生きる為の欲を満たすためにある物だ

「そうなの〜?ありがと〜」

恋愛の始まるきっかけなんて何でもいい、どんなことでも始められる
でも、恋愛がこの世に存在するのは性欲を満たす為だけだ

「これからウチに見に来る?」

人は生きるときに『3大欲』を満たしながら生きている
食欲、睡眠欲、そして性欲

「うん、見に行く」
普通の人は、男同士、女同士の恋愛はおかしいって言うかもしれないけど
恋愛は同性同士でも、異性とでも何も違わない

「よし、じゃあ帰ろう」

人は死ぬまで3大欲を満たしながら生きる
その内の1つ、性欲、満たすだけなら相手が同性でも異性でも構わない
人は恋愛と託けて、ただ性欲を満たしているだけなんだ
あたしは恋愛なんかしなくても、欲を満たすだけで生きていける
他人への恋愛感情なんて……必要ない!!

「面白かったね」
「でしょ?」

―――それでも上手にされちゃ―――

「何ごっちん?」
「しよ、丁度良いじゃん、今日よっすぃの家に泊まるし」
「ちょ、ちょっと待ってよごっちん!あたし今日そんなつもりで呼んだんじゃない!」
「良いじゃん別に」

人は三つの欲を満たすだけで生きていける
本当は誰にも恋愛感情なんて必要ないんだ

「あ…はぁ……ン…」
「もっと…声聞かせなよ」
「あ、…いゃ…あぁ…はぁ」

あたしは何で人に恋愛感情があるのか不思議に思っていた
でもあたしはあの子との恋愛をしてその疑問の答えにたどり着いたんだ


LOVEマシーン〜自己的恋愛感情維持機械〜



あたしは次の日、あたしに好意を持っている人がいる事に気が付いた
それは楽屋にいる時にわかった事だった

「おはよ」
「おはよごっちん」
「ごっつぁん、おはよ」
「おはようございます後藤さん」

あたしはいつも通り入り時間の20分ほど前に楽屋に入った
そこでその日の仕事の準備をしていると、5期メンバー高橋が話しかけてきた
「あの…後藤さん『おっとっと』いりませんか?」
「え…何で?」
「えっと、家から間違えて持ってきちゃって、じゃなくて気づいたら入ってて…えっとその…」
普通の会話でどもっている高橋を見て あたしに気がある事が分かった
「もらって良いの?」
「はい!差し上げます」
「ありがとう、休憩時間にでも食べるよ」
どうやら高橋はあたしに気がある
以前TV番組で「後藤さんが好きなんです」って言ってたこともあるし
でも、あたしと付き合いたいなら恋愛感情なんか要らないって事をわからせないとイケナイ

―――熱けりゃ、冷ませばいい―――
この時はまだ、機械の告げる声が正しいと信じていた

「あの後藤さん、よければ今日一緒に帰りませんか?」
「んぁ、良いよ別に、今日誰とも約束してないし」
「良いですか?じゃあ帰る準備をするのでちょっと待っててください」
あたしがOKの返事をすると彼女は満面の笑みを浮かべた
この彼女からの誘いがあたしにとっても都合がよかった

「用意できた?じゃあ帰ろっか」
「はい」
あたし達は夜の街を並んで歩いていった

駅が近くなってきた時に、あたしは高橋に話しかけた
「高橋ってさぁ…」
「はい、なんですか?」
「あたしに気があるの?」
「え?」
彼女は足を止めて黙ってしまった
あたしも彼女に合わせて立ち止まる
そしてその場に流れた沈黙を彼女は破った

「ハイ…」
あたしの予想は見事に当たった
「じゃあ、あたしに抱かれたいとかも思うわけ?」
「え?」
彼女の様子が変わった、あたしが突然そんな事を言い出したせいだ
「どうなの?」
少し語調を強めて聞いてみる
「あの…えっと」
「答えにくい?」
「あ…ハイ」
そう答える事も予想済みだ
「じゃあ…躰に聞いてみるよ」
「え、今なんて?」

あたしは彼女の腕を掴み、裏路地につれこんだ
「あ…あの」
戸惑っている彼女を無視して強引に唇を重ねた
「ん…ん…」
彼女が抵抗しようとあたしの肩の辺りを突き飛ばそうとしたが、あたしは彼女を抱きしめてそれを防いだ
「んんん……ん」
あたしはキスを深い物にしようとしたが、彼女が唇を開かなかった
彼女の後ろに廻している手で彼女の首筋の辺りをそっと撫でた
それで彼女は力が抜けたのかその刺激に感じたのか口元が緩んだ
その隙にあたしは舌を侵入させ口内を舐めまわした
そして舌先が彼女の舌を捉えると舌をからませてその感触を楽しんだ
一瞬、彼女が息苦しそうにしていたので一度唇を離した
「ぷは…はぁ……はぁ…ごほっ…ごと…さん…何を…?」
あたしと彼女の口に透明の液体が糸を引きその光景があたしの神経を余計刺激する
「だから、躰に聞いてるだけだよ」
あたしは言って再び彼女に口付けた
彼女の両手を後ろに廻し片手で掴んだ、これで彼女の両手の自由は封じた
その後キスしていた唇を放し、首筋にキスの雨を降らせた
「ん…あ………はぁ…」
彼女の声も動きも全てがあたしの活力源となる
あたしは余っている手で彼女の胸に手を当て乱暴に揉み始める
「ん…いや……あぁ…」
以外と大きい彼女の胸を揉んでいた手をどんどんと下のほうに伸ばして行く
その時彼女の両手を掴んでいた手が緩み彼女の片手を自由にしてしまった
彼女は焦りを感じていたのか、さっきよりも力をこめてあたしを突き飛ばした
そして、怯えた目をして言った
「後藤さん…あたしが思っていた人と…全然違ったみたいです…今日はもう1人で帰ります!」

彼女は走り去って行った、逃げられてしまった
駅に入られてしまってはもう追いかけようが無い
トイレ以外は全て人目に付くし、無理やりトイレには連れ込めないし
今日は諦めるしかないか…

あたしも駅に入って電車に乗った
明日どうやって彼女と二人きりになれるだろう、どうにか方法を考えないと
あたしは彼女との事を考えながら家に帰るまでの時間を潰した
―――あんたにゃもったいない―――
そう、彼女とあたしじゃ釣り合わないんだ…
でも…あたし高橋に避けられていなかったか?
―――……………………………―――
機械がうまく作動しない、あたしの質問に答えない
どうして答えないの?彼女がなんだって言うの?あたしの機械の方程式に合わない恋なんてないはず
…恋?恋じゃない、恋愛感情が無いんだから恋じゃないでしょう?
なんだか…自分が狂い始めている、自分の中の何かが……狂い始めている

次の日の仕事場
その日はCM撮影と、雑誌のインタビューだった
もちろんのこと高橋のあたしへの態度は冷たい物となっていた
楽屋で二人きりになるとすぐにどこかへ行ってしまうし
スタジオへ移動する時もスタジオにいる時もあたしとはかなりの距離を開けている
かなり嫌われてしまった様だ
…嫌われた?高橋はあたしに気があるんじゃなかったの?
あたしはどうして嫌われているの?
―――どこにいたって愛してて欲しいわ―――
…そうも昨日から機械の調子が悪い、的はずれな事ばかり言っている
やはり何かが狂っている……いや本当に狂っているのだろうか?狂っていたものが元に戻り始めているんじゃないのか?
もしも戻っているんだとしたら、いつから狂い始めたんだろう

回想

「市井ちゃん!なんでモーニング娘。辞めるの?後藤が嫌いだから辞めるんでしょ?!」
「違うよ、後藤の事は好きだよ、ただあたしには夢があるんだ、その為にモーニング娘。を辞めるんだ後藤も応援してくれよ」
「じゃあ後藤はどうすんの?!市井ちゃんのいないモーニング娘。なんて嫌だよ!あたしが好きなら、夢なんか諦めて後藤のためにモーニング娘。に残ってよ」
「なんかさ、後藤変わったよ」
「え?」
「後藤あたしと付き合い始めた時は、もっとあたしのことを思ってくれてたと思うんだよ、でも今は市井より自分のことを言ってるし、市井が高望みなんじゃないだろ?後藤がわがままになったんだよ」
「…………」
「それだけだよ、言いたいことは、もうアンコールだ、行くぞ後藤」
「市井ちゃん……」
―――明るい未来に就職希望だわ―――
なに?この声……?

――――――――――――――――――――――――――――――

ああ、そうだ、あの時市井ちゃんと別れた時だ
あたしが狂い始めたの
初めて機械の音を聞いたのもその時、あの時から全てが狂ってしまったんだ
「ごっちん!次ごっちんとよっすぃだべ!雑誌のインタビュー」
なっちの声で思考回路のど真ん中にいたあたしが現実に引き戻された
「あ、ごめんごめん、ちょっと考え事してた」
「考え事ぉ?」
「いや、大したことじゃないんだ、行こ、よっすぃ」
あたしはよっすぃと一緒に楽屋を出て、インタビューを受ける隣の部屋に入った

受けた雑誌のインタビューの内容は聞き飽きた物だった
新曲のイメージは?ファンにはどこを聞いて欲しい?
新メンバーとの仲は?最後に意気込みを!
インタビューはあっという間に終わった
「じゃあ、ありがとうございました」
インタビューはあたし達二人が最後だった
雑誌記者は一礼すると、部屋から出ていった
結果この部屋はあたしとよっすぃの二人きりになった訳だ

「ねぇよっすぃ、ちょっと話しあるんだけど」
「ん?楽屋に戻ってからじゃ駄目なの」
「大事な話しなんだ」
あたしはたった1人の相談人よっすぃに今のあたしの不安定な気持ちを打ち明けた、あたしの気持ちがよっすぃにない事も
「今、あたし自分がわからないんだ、自分が誰を好きなのかわからなくなってきたんだ、本当に誰も好きになれないって言うか、適当にしたいからしてるみたいな…」
あたしはよっすぃがあたしを好きでショックを受けると思っていた
でもよっすぃは表情ひとつ変えずに普通に返事をした
「ごっちん変わったね」
「え?」
『なんかさ、後藤変わったよ』
よっすぃの言葉に軽いフラッシュバックを起こした
いつか誰かに言われた言葉があたしの頭の中をさまよう
「変わったって何が?」
あたしはあの時と違う返事を求めて聞いてみた
「あたしごっちんのこと心配してたんだよ、前と全然性格変わっちゃってさ、誰とでも付き合うようになってたから」
よっすぃはあたしを特別視していたわけでも遊んでいるわけでも、あたしを性欲処理に使っているわけでもなかった
あたしのことを思って心配してくれていたんだ
「あたしの事は気にしなくていいよ今のごっちん本当に好きなわけでもなかったし、ただごっちんが荒んでいくのを止めたかった」
よっすぃはあたしのために黙って抱かれたりしていたわけ?
あたしは申し開きさえ出来なかった

「ごっちんが元に戻り始めているならもうあたしは必要ないよ、後はごっちんが本当のごっちんに戻るだけ」
後はあたしが元に戻るだけ?よっすぃは元のあたしを、本当のあたしを知ってるの?
よっすぃは部屋から出ようと立ち上がって部屋の出口のほうに進んで行った
「待ってよっすぃ!」
よっすぃは振り返り「なに?」と聞いた
「よっすぃはあたしとの事、後悔とかしてないの?」
「ごっちんが元に戻れば後悔なんてしないよ」
よっすぃはドアを開けた
「待ってよっすぃ!もう1個だけ!」
再びよっすぃが振り返る
「よっすぃは本当のあたしに…最後にいつ会った?」
質問の意味が伝わるだろうか?
何度目かの心の中での自問自答
でも自分が答えを出す前によっすぃは答えた
「最後がいつかは覚えてないけど、ハッピーサマーウェディングの頃はいたんじゃないのかな」
そういうとよっすぃは部屋を出た

やっぱり機械が言葉をしゃべり始めた頃とあたしが変わり始めた頃は一致する
でも、まだ本当のあたしの手がかりさえ掴めない
本当のあたしはどこにいる?どうすれば本当の自分に戻れる?
きっと元のあたしに戻れば、よっすぃとの事も、高橋との事も全てが解決すると思った
―――誰しも気づいてない―――

次の日からの1週間は新曲のダンスレッスンに費やされた
レッスン中あたしはいつもの調子が出せずにいた
「後藤!位置ずれてる!」
「後藤!振り間違えてる」
「後藤!テンポ1つはずしてる」
いつものあたしは夏先生に怒られる事は少ない
でも、高橋と自分の事を考えると集中できなかった

「高橋!そこはさっき言ったでしょ!」
「高橋!腕上がってない!」
「高橋!なんかい言えば分かんの?!あなたもうすぐ加入して一年たつんでしょ!しっかりしなさい!しっかり!」
自分の事で気づかなかった
高橋もあたしと同じように怒られている
今回のレッスン恐らく80%はあたしたちが怒られている
他のみんなは三回ずつも怒鳴り声をあげられていない
―――誰にも分からない―――
くそ…うるさい!!
この前は聞いても何も言わなかったクセに今度は動きっぱなしでうるさい
もうお前の助言は必要ない!というより助言にすらなっていないんだ、少し黙れ!
あたしは余計にレッスンに集中できなくなった
それでもあたしはブンブンと頭を振って機械の声を振り払い、集中しようとする

ドサ!!
レッスンルームに思わしくない音が響いた
あたしは機械が壊れた音なら良いと余計な事を考えていた
ただ、みんなのその人を呼ぶ声で真剣にならざるをえなくなった
「高橋!!」「愛ちゃん!!」「高橋ちゃん!!」「高橋!!」
高橋が倒れていた、みんなが近づいて高橋に声をかける
でもあたしは声をかける事も近づく事も出来なかった
そう…これは「恐れ」だ、今元に戻り始めている自分を彼女に拒絶される事への「恐れ」
夏先生がスタッフの人に「救急車呼んで!」と言い場が落着きかけた時
あたしは「恐れ」を断ち切るように行動を起こした

「夏先生!あたし着いて行ってあげても良いですか?」
「だめ、今あなたが一番憶え悪いの、他の人に着いて行ってもらうから」
あたしの行動は無駄に終わった
結局、一番憶えのよかったやぐっつぁんが着いて行き
レッスンは二人抜きで再開された

高橋には悪いが、その後のレッスンを
あたしは夏先生に怒られる事無く進める事が出来た
彼女と同じ空間にいるだけで感じる罪悪感
それが無くなっている間にあたしはダンスに集中し前半の遅れを取り戻したその甲斐あってレッスンも予定どうりに終了した
あたしはやぐっつぁんに高橋が入った病院と部屋番号を聞いた
レッスン後のシャワーもサッサと浴びてすぐに病院に行く準備を始めた

その時部屋の隅に高橋と同じ5期メンバーの小川と紺野がいて何やら話していた
二人には悪いと思ったが一瞬「愛ちゃん」と言うキーワードが出たので盗み聞きする事にした
そしてあたしは前より深い罪悪感に苛まれる事となった
「大丈夫かな愛ちゃん」
「なんかね、このごろ寝れないんだって、メールにもちょこっと書いてあったそういう事」
「うん、あたしも知ってる恐い夢見ちゃってすぐ起きちゃうって、一昨日の夜3時にあたしの家に来たもん」
「マコっちゃんちに?」
「うん、しかも自転車で来たんだよ、よっぽど恐い夢見てるんだろうね」
「なんか〜誰かに負いかけられる夢なんだって、だから起きても恐くてすぐに眠れないんだって」
「「だいじょぶかな」」

あたしのせいだ……
あたしが無理やり……襲ったせいだ……
―――恋愛って夢の落とし穴 MYSTERY―――
うるさい!こんな時に!
あたしは荷物を持って部屋を出ると外へ飛び出した
外へ出てタクシーを止めた
あたしはタクシーに乗りこむとやぐっつぁんに聞いた病院の名前を運転手に告げた

10分程で目的地に着き2000円を運転手に渡してお釣りももらわず外へ出た
あたしはスタスタと病院内を進んで行き高橋とやぐっつぁんがいるであろう812号室の前に着いた
病院って確か9とか4とか「終わり」や「死」連想する数字は使わないんだよな
どうでも良いけど隣の隣の隣に809号室が見当たらなかったのでそれを思い出した
余計なことを考えて時間を稼いだけど無駄だ、ここまで来た以上彼女に会わなければならないんだ

でもあたしは高橋に会って何を言うつもりなんだろう?
“もう襲わないから安心して”?
一度襲われた事のあるやつにそんなこと言われてもあたしなら信用できない
でも謝罪ぐらいしなきゃ人間として
自分で自分の背中を押して自分を勇気付ける、さぁ、入れ、
病室の引き戸に手をかけて、ドアを開こうとした時に
「あれ?ごっつぁん?」
後ろから声をかけられた、その呼び方をする人物は1人しか知らない
「やぐっつぁん…」
「なに?もうレッスン終わったの?って言うかだから来たのか」
普段と余り変わらないやぐっつぁんを見て高橋がそんなに心配される状況でない事がわかった

「丁度良いや、ちょっと来てよ話しあるんだ」
「やぐっつぁん、高橋は?」
「ああ、睡眠不足から来る過労だって、今どうせ寝てるよ,なんか『スイミンドーニューザイ』とか薬何種類も飲んで点滴とか打って」
やぐっつぁんに誘われ休憩所のようなところに入った
そこにあった自販機でジュースを買い、備え付けの椅子に座った
「ごっつぁんさ、高橋になんかした?」
「はぁ?!」
やば……一瞬声裏返った
「あ、いや、ごめん聞き方悪かった」
やぐっつぁんはあたしが動揺しているのに気づいていないようで安心した

「あいつ、高橋さ、あたしがついてる間ずっと寝てたんだけどさ、ずっと寝言って言うか、うわ言?呟いてんの『後藤さん…やめて』とかって」
やっぱり…まだあたしが夢の中で高橋を苦しめてるんだ
「ごっつぁん?おーい、ごっつぁん」
「え、あ,ウン、聞いてるよ」
「本当かよ?まぁ何もないなら良いけど、だからさあいつが起きたら顔だけでも見してやってよ、あたしもう帰るし」
「うん分かった」
乗り気だった訳じゃないが高橋が苦しんでいるならそれを少しでも軽減してやらないと

あたしはやぐっつぁんと別れるともう一度812号室に来た
寝ていると分かりさっきよりは入りやすかった
部屋にはいるとやぐっつぁんの言った通り高橋は眠っていた、そして
「後藤さん……もう、いや」
夢の中のあたしに苦しめられていた
あたしはベッドのそばにあった椅子に座り高橋の手を握った
「もう苦しまなくて良い、そんな後藤はもういないから」
こんな時、映画やドラマなら「あたしがついているから安心して」とか言うんだろうけど
あたしがついていたって高橋は怯えるだけだ
「高橋…もう…あたしのせいで苦しまないでよ」
高橋に掛けている言葉がどこか、自分にも言い聞かせているようにも思えた
「ん…んん」
ん…起きちゃうかな、じゃああたしはここにいないほうが良いよな
あたしは高橋が起きない内に部屋を出た

「ごっつぁん」
「や、やぐっつぁん、ま、まだいたの?」
「ああ、ちょっと忘れ物しちゃって高橋の部屋に」
「そ、そうなんだじゃ、じゃあ後藤帰るから、ばいばい!」
あたしはやぐっつぁんから逃げる様に立ち去った
「へんなごっつぁん」
やぐっつぁんはあたしの事を不審に思いながら部屋に入って行った

次の日のダンスレッスンにも高橋は来なかった
当たり前と言えば当たり前だ、レッスン中に倒れたんだから
やぐっつぁん情報によると高橋はもう家に帰ったらしい
病院より家が落着くので家で療養するらしい
病院ならまだ会うチャンスもあったのに

その日は高橋の事は忘れようとレッスンに打ちこんだ
早くその時間が過ぎて欲しくなくて ただ、我武者羅に踊っていた

その日、みんなが帰ってしまった後の楽屋であたしは一人考えこんでいた
高橋のあたしの恐怖を取り去るにはあたしが元に戻るしか根本的な解決にはならない
でもまだあたしは…元のあたしが掴めない
あたしはポケットから1つの機械を取り出した
ここ数年で普及した携帯電話、着信履歴の中から目当ての番号を探し出して通話ボタンを押した

「もしもし」
『もしもし、どうしたのごっちん』
電話をかけたのは相談人よっすぃだ
「まだ、分からないんだ」
本当のあたしが…

『ごっちん本当に見つかってないの?』
「どう言う事?」
『今のごっちんと本当のごっちん、どこが違うか考えてみればいいじゃない』
あたしと、本当のあたしの相違点?
「何?意味わかんない」
『ふぅ…ごっちんさ…あんまり笑わなくなったとか自分で思わない?
 ごっちん…自分の感情にリミッタ―がついちゃってるんだよ、
 だからそれ壊しちゃえば良いんだよ』
「壊し方……知ってるの?」

意味は余り通じなかったけどなんだかあたしの中にあるあの機械の事を示唆しているように思えた

『ごっちんの想っている人に想いをぶつける…ただそれだけ』
あたしの……想う人……
『あたしに言えるのはそれだけ、じゃあ、またね』
「ま、待ってよよっすぃ!あたし誰が好きか分かんない……!!」
電話は切れていた、よっすぃの言ったことは分かっても、理解ができない
いや、あたしが理解したくないだけかもしれない
拒絶からの恐れ……
いまあたしが自分を取り戻さないと、高橋はずっと……
あたしが高橋を襲った事も、そのおかげであたしが元に戻り始めているのも消しようの無い事実
行かなきゃ…あたしが助けなきゃ…もう…迷わない

……答えを……見つけた。

あたしは以前二人で来た公園にいた
『前に一緒に行った公園で待ってる、来て、ずっと、あなたが来るまで待ってるから』
その人を呼び出したのは9時…でもその時刻は一時間前に過ぎてしまった
その人は来ないかもしれない、今更どうして彼女に想いを……
彼女を助ける為だ、その為に待ちつづけるんだ

もう日が変わろうとしている、やはり来ない
諦めようか、明日も仕事だし座っていたベンチから立ちあがった
すると公園の入り口のほうに人影が見えた
ハァハァと息を切らしながら近づいてくるその様子は急いで走って来たことが一目でわかった
「高橋……」
来てくれたんだ……
彼女は何も怯えた様子は無かった、まるで全てを分かっているかのように
「すいません……遅れちゃいました」
言い訳をしないを所も彼女らしかった

「ごめんねこんな時間に……先ず謝らなきゃこの前無理矢理襲ったりして…ごめん、謝って済む事じゃないけど本当にごめん、もう仕事以外で近づいたりしないから」
そのあと一瞬の間が在った
「あの…それだけですか?」
「いやもっと大事な話があるんだ」
決めたんだ、高橋を助けるにはこれしかないって、想いを話すしかないって、言え!後藤!
「その前に聞きたいんだ、参考までに…」
「はい」
「前の時、あたしに気があるって言ってたけど…あれっていつのあたしを見たの?」
「ちょこっとLOVEの頃でした」
彼女は答えた、即答だった
やっぱりあの頃、あたしは今から、あの頃に戻る
「実は…」
リミッタ―を壊せ!
「あたし…」
高橋を助けろ!
「高橋の事が…」
その為のプライドなんかいらない!
「好きなんだ……」




―――ブレイクダウン―――




機械が活動を停止した
リミッタ―が壊れたんだ、これでもう元のあたしだ
「話しはそれだけ…ごめんねこんな時間に」
もう高橋が悪夢にうなされる事はない
あたしも本当の自分に戻れた
全てが…心の傷以外の全てが…元通り
あたしは公園の入り口に向って歩き出した
振り返らずに歩く、もうこれでここへ来る事はない、彼女と話す事もない
これで良い、これが罪を犯した者への……罰
「待ってください!!」
想像していなかった事が起こった
高橋があたしを呼びとめた
「なに?」
振り帰らずに返事をした
「あたしの気持ちは…返事は聞かないんですか?」
その言葉を聞いてあたしは初めて振り帰った
「だって…あたし高橋に最低な事したんだよ……返事なんか、聞かなくても分かるよ」
そう、言い訳も出来ない……
「後藤さんは最低な事なんかしてません!“本当の”後藤さんは!
 あたしの知ってる後藤さんは!ずっと素敵な人です!」
どうして本当のあたしを知ってるの?何もしゃべっていないのに…
「あたし!後藤さんの事、好きです!大好きです!!」

…ずっと、元に戻る前から思っていた事がある
恋愛感情なんて人には必要ないって思ってたけどそれは間違いだって確信できたよ
恋愛ってすごいよ
人の心を…傷ついた人の心を治してくれるんだ
昔あたしが恋愛をして失恋して恋が出来なくなった
誰かが言ってたよ
「恋愛」っていう字から「失恋」恋を失っても…「愛」は残るんだって
恋愛をして失恋しても愛は残っていた、あたしにはちゃんと愛が残っていたんだ
恋愛感情が必要ないって思ってた事…取り消すよ
あたしは今恋をしている
恋愛感情で恋をしている
高橋が好きだから、好きになれたから、本当の自分を取り戻せたし、高橋の傷も癒せる
ありがとう高橋

「ねぇ、本当にあたしなんかで良いの?高橋後悔しない?」
「後悔なんてするわけないですよ、あたし後藤さん以外の人なんて考えられません」
走ってくる高橋を抱きしめて、自分が幸せである事を感じた
そして問いかけてみた
「ねぇ、高橋、キスしていい?」
すると高橋は少し身体を離して
「そんな事聞くもんじゃないですよぉ」と答えた
「だって勝手にして、また無理矢理になっても困るじゃない」
そういうと彼女は満面の笑みを浮かべ「良いですよぉ」と言って目を閉じた
あたし達はふれあうだけのキスをした
愛を確かめ合うキス、心を癒すキス
二人の道はこれからも、きっと、ずっと、続いて行く
これは機械なんかの感情じゃないから…
あたし達はキスをしたあとも抱き合っていた、ずっと…ずっと…ずっと

愛してるよ、高橋…これからも……ずっと……ずっと……ずっと……

end