「た、高橋どうしたの?」

急に高橋がやってきたのは昼過ぎ。「お願いします。入れてください!!」と言って部屋に上がりこんだ。

部屋へ上がると高橋は部屋の隅にへたり込んでガタガタと肩を震わせて、あたしの言うことを聴こうとしない。
その様子はまるで何かに脅えているみたいだった。

雨が降り始めていたみたいで、服を少し濡らしていた。

―サイレン―

「雨、強くなってきたね」
あたしは愛の傍を出来るだけ離れないようにした。
カーテンを開けて窓の外を見ると高橋が家に来た時よりも雨脚が強まっていた。

カーテンを開く高橋が嫌がるのであたしはすぐにカーテンを閉じて、未だに震えている愛のほうを見た。
見るとあたしからも視線をそらして俯く。

「高橋なんかあったの?」
あたしも高橋の傍に座って聞いてみる。
萎縮した高橋の肩に触れてゆっくり引き寄せた。

「うちなんも悪ぅない………」

今日家に来て初めて発した言葉だった。

高橋が外で何をしてきたかは知らない。
それでもあたしは高橋の味方をしようと思った。
高橋が悪くないといえば悪くない。あたしは高橋の言うことを信じる。
高橋だってきっとあたしの言うことならば信じてくれるはずだから。

ファンファンファン!―――
サイレンの音。多分救急車だろう。近くで止まったみたいだった。

「!!」

高橋がまた震えだす。
もしかして。サイレンの音を怖がっているの?
「高橋。大丈夫だよ。あれは救急車の音だから」
あたしは斜め前から蹲る高橋の身体を抱きしめる。
「もし誰かが高橋のことを追っかけてきてもあたしが護ってあげるから」

キツクキツク抱きしめる。
高橋に怖い思いなんかさせない。
あたしが高橋を護ってあげるから。

あたしから高橋を取ったら何も残らない。
あたしから高橋への想いを取ったら何も残らない。
きっとそれは高橋から見たあたしも同じことなんだと思う。
だからあたしの家に高橋は来た。

「後藤さん………」
「んっ………」

不意にあたしは高橋に唇を奪われる。
普段攻めのあたしが不意打ちを喰らった。
それは普段受けの高橋が不意打ちをするほど、心理的に不安から逃げたかったんだと思う。

不安に立ち向かうことが出来なければ逃げれば良いと思う。
逃げた先にはあたしが居る。二人で逃げれば良いんだ。

「たかはしぃ………」
「ごとぉさん………」

畳の床に押し倒される。

真上に来た高橋の瞳には今まで見たことない黒い光が宿って居るような気がする。
断言できないけど。高橋はきっと逃げる場所を探して居るんだ。

「だいじょぉぶだよ……受け止めてあげるから……」

あたしは高橋を安心させるように頭を撫でた。
高橋はもう一度あたしにキスをした。

深く、深く。

意識が飛んでしまうようなキスをして。
あたしは高橋の不安でやり様の無い想いを、全身で受け止めた――――――――――――。

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「ごとぉさん………」
「ん?」

高橋が来てからもう二時間ほどが経つ。

けれどサイレンの音がする度に高橋が震えるのは変わらない。

「今のパトカーの音………」
「うん。家の前で止まったね」

あたしは高橋の躰を背中から抱きしめて。高橋の体温をそのまま感じて。
震える高橋の躰を抱きしめて。………そしてもうどうしようもナイと考えていた。

コンコン。

扉がノックされる。あたしはすっと立ち上がった。
と同時に高橋が切なげな目であたしを見る。

「確認してくるだけだよ、すぐ戻る」

あたしは玄関のほうへ進むと二階建てアパート標準装備の扉からの覗き窓から外を見た。
明らかに勧誘ではない。友達でもない。スーツ姿の人と制服姿の人。

あたしはチェーンをしたまま扉を少し開けた。

「なんですか?」
「少しお伺いしたいことがあるのですが扉開けていただけますか?」
「誰ですか?」
「こう言う者です」

あたしはテレビでも見たことある、この頃スタイルの変わった二枚折のものを見せ付けられた。

「チェーン外します」

あたしはそう言って一度扉を閉めると鍵を閉めた。
すぐに高橋の傍に戻る。

「後藤さん良いの?」
「あたしがこうしたいと思ったからやるんだ。高橋があたしの事考える必要はないよ」

高橋は既に用意してあったリュックを、あたしは同じくボストンバックを背負って窓のカーテンを引いた。
こっち側の外には誰も居ない。出来るだけ通行人も少ない方がいい。

靴を履いてから窓を開けて家の中にアル布団全てを放った。
あたし達は二人一緒に手を繋いで今落とした布団を見やる。

「行くよ」
「うん」

あたし達は二人で布団の上に飛び降りた。
思ったとおり。布団はほとんどの衝撃を吸収してくれたらしく、すぐに走り出せる位足へのダメージは少なかった。
アパートを囲う塀を乗り越えて二人で走り出した。

だいぶ前から降っている雨は未だ止んでいない。
あたし達は傘も差さずに走った。



高橋があたしの元へ逃げてきた時から思っていた。
高橋が逃げることを選んだのならあたしも共に逃げよう。
高橋がサイレンを怖がるのならサイレンが聞こえない所まで逃げよう。

あたしは高橋が居ないと生きていけないし。高橋もあたしが居ないと生きていけないはずだから。

だから二人でどこまでも逃げよう。

どこまでもどこまでも逃げよう。

きっとどこかにあるはず。

周りの雑音全てが聞こえない場所があるはずだから。

あたしは探す。

高橋が望む場所を必死で探す。

それはあたしのためで高橋のため。

だから一緒に探そう。一緒に逃げよう。

高橋が望むならあたしは逃げる。どこまでも逃げる。

遠い。遠い。

サイレンの聞こえないどこかへ。

END

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また暗い話です(ボカスカ
なんか微妙にエロはいってたり(しかし全然描写がない罠w

あ、今気付きましたあとがき苦手です(ボカスカ
むちゃくちゃに煽ってやってくらはい(死