「れいな!危ない!」
「え?」
気づいた時には車に撥ねられていた。
信号は見たはずだった。でも赤だったか青だったかは覚えてない。
生死にかかわるような
たいした怪我でもなかったけど。
入院は必要だった。
―マルボロ―
「絵里何笑ろーとうと?」
「いや………れいなが入院って…」
あたしは病室のベッドの上で絵里に笑われる中入院食を食べていた。
笑いを堪えきれずに口元を押さえている絵里はというとあたしの顔を見てはぶり返したように笑い出す。
「笑うな………」
「赤信号でれいなが飛び出すから悪いんだよ。」
「……まさか撥ねらよーなんて思わんと」
交通事故に遭う確立は一生のうちでは二人に一人って言うのを絵里に教えてもらった。
どうやらあたしは事故に遭う方の一人に選ばれてしまったらしい。
「でも……足の骨が折れた程度でよかったね」
「……まぁね」
絵里の言うように骨折程度でよかった。撥ねられたのにこの程度って言うのは運がいい方なのだろうか?
「じゃああたしそろそろ帰るから。またねれいな」
「うん、ばいばい。」
入院生活は暇だ。今でこそ絵里が居たから良いものの一人になったら暇で仕方がない。
よく考えたら入院して一週間にはいろんな人が来たけど今はもう絵里とさゆしか来てくれない。
骨折のせいで院内を自由に散歩できるわけでもないし。
しかもあたしの部屋は大部屋ではなく個室。あたし一人しか居ない。
あたしは暇を持て余していた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はぁ………暇やと………」
昼の時間もかなりすぎて5時頃。
あたしは屋上でいつもの"アレ"をしようとベッドの横の引き出しを開けた。
「あれ?もう無かったかな」
いつもの"アレ"が無い。無くても買えばいいだけだけど病院の中でそれが買える場所は一つしかない。
しかし先週看護婦さんに一回買うところを見つかって大目玉喰らった。
「この時間やと。大丈夫やけん………」
あたしは何の根拠も無く一人納得してそばの松葉杖をつかんだ。
ベッドの下のスリッパを履いて扉に近づいていく。
三日で松葉杖にはなれた。だからもう階段すら一人で上り下り出来るほど。
病室の扉を開いて外の様子を見た。看護婦さんは見当たらない。
さっと廊下に出て扉を閉める。先週はエレベータで見つかったから今日は階段で行こう。
まさか松葉杖で階段使うとは思わないはずだ。
あたしはそう考えてエレベータとは反対側の階段へ向かった。
左脇に二本の松葉杖を抱えて右手でしっかり手すりをつかんで片足とびで階段を下りる。
一階下の休憩室のそばにあたしの望みの物がある。
自分の病室の1階下、4階にたどり着いた。
廊下に顔だけ出して周りの様子を伺う。
看護婦さんや医者の居る様子は無い。
あたしは急いで4階ロビーに向かった。
ロビーでも一応人の確認をする。
見たところココにも看護婦さんらしき人たちは居ない。今がチャンスだ。
あたしはロビーの隅においてある自動販売機に向かった。
ポケットに入ってる小銭をすばやく出して300円を投入する。
お金が表示されたら直ぐにボタンを押して下の受け取り口から取り出した。
「田中さん?!」
背筋が凍った。
明らかに看護婦さんの声。しかも聞き覚えのある。
驚いたせいであたしは今買ったばかりのソレを床に落としてしまう。
「ちょ!田中さん!煙草吸うと骨がくっつきにくくなるから駄目と言いましたよね?それにあなたまだ中学生でしょう?」
人目のあるロビーだと言うのに………見つかってしまった。
看護婦さんは床に落ちた煙草。マールボロライトを拾ってあたしに視線を向ける。
「あ、あの………」
何か言い訳をしようにも言葉は浮かばない。それも明らかに現行犯で初犯ではない。
言い訳など出来るはずも無かった。
「先週も確か………」
「あ〜ぁ!やっぱりあなたに頼むんじゃなかった!」
看護婦さんの声を遮る様に誰かの声がロビーに響いた。
聞いたことも無い声で。いったい何かとあたしはそちらを振り向いた。
後ろを向くと誰か知らない人が看護婦さんの手からあたしの買ったマルボロをぶん取っていた
「せっかくパシリ見つけたのにこう何度も捕まってるんじゃ使えないし………」
「ご、後藤さん!」
話が見えない。あたしがパシリ?自分で吸うタバコだよ?
「あなただったの?!この子に煙草を買わせてたのは!」
「………イチイチそうやって注意してくるのがウザイからパシリを見つけただけ。うるさく言わなかったら自分で買うし」
それだけ言うとその人は茶色く長い髪を揺らせて振り返って歩いていった。
看護婦さんが呼び止めていたけどそれを無視して階段のある方へ行ってロビーから姿を消した。
「あ、あの………」
話がまったく分からないあたしは言葉にもならない言葉を搾り出す。
「あ、ごめんなさい田中さん。あなたが後藤さんに頼まれて煙草買いに来たなんて思わなかったから………」
………看護婦さんの言うことも分からない。あたしがあの人に頼まれた?
頼まれてないし。でもさっきの人はなんでそんな嘘ついたんだ?
「あの、さっきの人って………」
「あ、後藤さんね?3ヶ月くらい前から6階に入院してるんだけど、何度注意しても煙草を辞めないの。多分何度も何度も言うからあなたに買ってきてもらったんだろうけど。………今度頼まれたら断ったら良いんだからね?」
「はぁ………」
もしかして今の後藤さんって人………。でもなんで?
あたしはエレベーターで5階に戻った。エレベーターから降りようと思ったけどやっぱり気になって6階ボタンを押した。
どうしてそんな事をしたのか聞きに、聞けなかったらとりあえず煙草を返してもらいに。
理由はそれだけで十分。
あたしは松葉杖を使って6階を歩き回り始めた。
601号室から順番に部屋のネームプレートを見ていく。
あの人後藤さんって呼ばれてた。
まさか同じ階に二人も同じ苗字の人はいないだろう。
あたしは一つ一つ部屋の確認をしてとりあえず一周した。
後藤という名前が在ったのは612号室。後藤真希殿1つだけ。
あたしは他の後藤と言う人がいる部屋が無いのを確認した後その部屋に向かった。
"コンコン"
一応ノックをした。
「あ、失礼します。」
今言わないといけないかと思い出して一言言って扉を開けた。
白い部屋のはずなのに。扉の向こうからはオレンジ色の光が飛び込んできて
まぶしさを抑えるためにあたしは目の前に手をかざして目に光が入らないようにした。
真っ白なカーテンを通して夕日の光線が部屋の中を反射してオレンジ色の世界を作っていた。
部屋の中には何一つとしてそのオレンジに対抗する色の物は置いていなかった。
白い。白い。真っ白な空間だった。もし夕日が沈んでしまえばこの部屋はキット無色とは違った白い世界に変わる。
オレンジの光になれて手をどけると。
窓の傍に立っているさっきの人を見つけた。
まるで何処かの美術館に飾ってある絵を見ているようだった。
直立不動………。
右手を胸の辺りまで上げてそっとカーテンに触れていた。
その景色のような光景にあたしは見惚れていた。
そこで何秒時間がたったのか。
もし窓の外の光が動かなかったら一時間経ってもあたしが気がつかなかったんじゃないかと思うほど。
でもそんなに時間は経ってないまま。風景が動いた。
さっきの人が此方を向いた。
目が合って、何故か視線を外せずに居た。
またどれだけ時間が経ったのか分からない。
まるでメデューサに石にされたみたいにピクリとも動けなかった。
でも自然にその人が視線を外して。動けるようになった。
いや、ただ目が合って動きたくなかったのかもしれない。
もっと見つめて居たかったのかも知れない。
ただ、もうその人が視線を外したところで、無限の時間は終わってしまった。
「はい」
その人はベッドの枕元においてあった何かを取るとあたしの方に抛った。
金色の様な色をした小さな箱。さっきあたしが買った煙草だった。
「一本だけ貰ったよ。やっぱライトは軽いね」
蓋代わりになってる銀色の紙が破れているからおかしいとは思った。でも今はそんなことが聞きたいんじゃない。
「あの、なんでさっき………?」
「あぁ、だって先週も見つかってたでしょ?買いに行くんだったら夜行かないと。看護婦さんのラウンドが終わった直ぐ後にさ」
"あんまり何度も捕まってると本当に警戒されて自動販売機なくなるよ"ってその人は言い足して。
「あたしもあの販売機なくなったら困るし」
そしてそう言ってその人はポケットから小さな箱を取り出した。
あたしの持ってる金色の箱とそっくりな装飾。
ただ色が違う。
緑色のマールボロ。マールボロメンソール。
「名前教えてよ。」
あたしはまた吸い込まれそうな綺麗な瞳に見つめられた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あ、火ぃ無いや。頂戴」
「え、あ。はい」
この時間の屋上には誰も居ないことをあたしも後藤さんも知っていた。
二人で屋上の端っこ。柵の上に座って、あたしはすぐ右隣に座ってるライターを忘れた後藤さんの煙草に火をつけてあげた。
あたしも自分の煙草に火をつけて白い煙を赤い空に吐き出した。
「いつから煙草すってるの?」
「一年位前からですよ。後藤さんは?」
「あたしは………たぶん今のれいなちゃんと同じくらいの時かな」
名前は後藤真希さん。年は17。あたしの四つ上だ。
「そのパジャマかわいいね」
イキナリそう言って、煙草を持っていない左手であたしの頭を撫でる。
その頭を撫でるのが妙に恥ずかしくて「なんですかぁ」って言って後藤さんの手を退ける。
後藤さんは「あは、恥ずかしがるなよ〜」とか言いながらまたあたしの頭を撫でる。
恥ずかしかったけどなんか後藤さんの手が心地よかったから今度は反抗しなかった。
「そんなにキツイ奴吸って大丈夫なんですか?」
「あー。敬語要らないよ。そういうの苦手だし」
「あ、はい……じゃなくて、うん」
「慣れたらコレもそんなにきつくないんだけどね。ミントっぽいし。」
「あ、そうじゃなくて身体にどうなのかなーって。入院してる身なのにって」
煙草二本分吸ってる時間。それだけの数分後藤さんと話した。
二本目を吸い終わる頃には空は赤みが抜けて黒く染まっていた。
「今日はそろそろ帰ろっか」
「そうやね。明日また同じ時間に来るけん。明日会うと」
話してる間に自然と敬語も抜けて。
その日はもう暗くなったので病室に帰ることにした。
いつの間にか。
あたし達は屋上で煙草を吸いながら話をする習慣がついていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あれ、ごっちんどうかしたの?」
「いや、なんか…ちょっと息苦しいだけ………ぁ?」
学校の屋上………。
いつもの友達と集まっていた。
でもあたしはそんな時に倒れて病院へと運ばれた。
昔から吸っていた煙草をが原因なんて。
思いもしなかった。
「肺炎ですね」
医者にはそう言われた。
まぁ結構キツイ煙草も吸ってたし。ちょっとの間は我慢しようかと思った。
入院生活が始まって煙草が吸えない事に耐えるのはかなり厳しかったけど。
騙されてなければきっと耐えることは出来たんだと思う。
気付いたのは、ほんの偶然が重なっただけ。
昼寝のしすぎで夜寝れなかった日。
ナースステーションで看護婦さんがあたしの事を話していた。
あたしは寝れなくて。なんとなくぶらついていたら。
その話を聞いてしまった。
『612号室の肺癌の後藤さん』
聞いた瞬間に凍りついた。
あたしは肺炎じゃなかった。
そしてあたしは悟った。
何故あたしに本当のことを伝えてないのか。
もうあたしは助からない。
肺癌がきっと末期まで進行してるから隠すんだ。
初期で治るのなら本当のことを伝えるはず。
あたしは助からないんだ………。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
自分が肺癌だという隠されていた事実を知って、あたしはもう医者の言うことを聞くのは辞めた。
煙草を吸うなと言われれば目の前で煙草を吸い、ちゃんとご飯を食べろと言われればワザと残した。
どうせもう助からない。ならば自分のやりたい様にやる。
そんな反抗のようなことを始めてもう3ヶ月が過ぎていた。
「そんな若いのに煙草なんか吸って!!」
見つけたのは偶然だった。4階のロビーで怒られているその子を発見したのは。
あたしより年下だと思われるその子の手にはあたしの吸っている煙草にそっくりの金色のマルボロ。
その子を見てなんとなくあたしに似てると思った。
きっと同じ煙草をすってるのとか、反抗してる態度とかが自分の像にダブったんだと思う。
その場は何もせずに離れたけどあたしはまた似たような場面に遭遇する。
「ちょ!田中さん!煙草吸うと骨がくっつきにくくなるから駄目と言いましたよね?それにあなたまだ中学生でしょう?」
あたしはまた偶然その場に居合わせた。
内心「こんなに何度も見つかるなんてドジだなぁ」とか思いつつ、助け舟を出すことにした。
特にその子を助ける理由なんて無かったけど。
あのムカつく看護婦の慌てる姿を見れるだろう。後から言い訳がましく理由を付けてワザとらしくあたしは大声を出した。
その子の煙草を看護婦の手からぶん盗って、あたしは階段を上って自分の病室に帰った。
今更思ったけどこのあとあの子が追いかけてきてくれないとあたしはただの窃盗犯だ。
ベッドに座ってもし自分があの子の立場だったらどう思うか考えた、
"何で助けてくれたのか?"
"急に現れた、しかも初対面の人が"
"それとも本当に助けてくれたのだろうか?"
あたしなら気になって追いかける。
だから待とう。そう決めたあたしは手の中に在ったなんとなくさっきの煙草を見た。
あたしのマルボロとは違う軽い煙草。あたしの緑色のパッケージとは違う黄金色の装飾。
たまには軽いのを吸ってみるのもいいか。
人の煙草だけど没収されなかったお礼に一本貰おうと勝手に決めた。
夕日の差し込む白いカーテンと窓を開けて、金色の箱から一本だけ煙草を取り出した。
唇に軽く咥えて小さく息を吸い込みながらライターで先端に火をつけた。
慣れているのとは全然違う味がする。
軽すぎて味がしないことは無いがヤッパリ妙な感じ。自分には合わない味だ。
4.5回軽い煙を吸い込んだ程度で窓の外。病院の外壁に煙草を押し付けて火を消した。
煙草はそのまま外に捨てるかどうか悩んだけど部屋の中のゴミ箱に捨てた。
"コンコン"
ノックの音がした。
おそらくさっきの子だ。あたしは風の入ってくる窓を閉めてカーテンを引いた。
続いて控えめな"失礼します"という声が聞こえて扉が開いた。
なんだろう。
誰かが来たんだから直ぐに扉のほうを向けば良いのに。
なんとなく引いたばっかりのカーテンを触ってそちらを向かなかった。
実際まだ誰が入ってきたのかさえ確認してない。
そうだ、何て声掛けたら良いんだろう。
"はい。煙草"とか?
まぁいいや。別にあたしが緊張すること無いんだ。
カーテンから手を下ろして扉のほうを向いた。
ヤッパリそこにはさっきのロビーであったその子がいた。
あたしはその子を顔を見ていただけだけど何故か視線が絡まってしまった。
何で見つめ合ってるか知らないけどなんとなく恥ずかしくなってあたしは視線をそらした。
………さっきのマルボロどこやったっけ?
あ、ベッドの上に抛ったんだ。
あたしはベッドの枕元に転がっていた金色のマルボロを取って彼女に投げた。
「はい」
そだ、あたし一本勝手に貰ったんだった。
「一本だけ貰ったよ。やっぱライトは軽いね」
言ってから思ったけどあたしの喋り方ってなんか馴れ馴れしいかな?
まぁいいか。
そんな事を一人考えているとその子があたしのシュミレーションどおりの疑問を投げかけてきた。
「あの、なんでさっき………?」
「あぁ、だって先週も見つかってたでしょ?買いに行くんだったら夜行かないと。看護婦さんのラウンドが終わった直ぐ後にさ、
あんまり何度も捕まってると本当に警戒されて自動販売機なくなるよ。あたしもあの販売機なくなったら困るし」
そこまで言うとその子は何も言うことが無いのか黙ってしまった。
別に自分の部屋なんだから「用が済んだら出て行って」とでも言えば良かったのか?
でもこの部屋に来るきっかけを作ったのは自分なんだからそうも行かない。
さっき投げた金色のマルボロを見つめたまま動かない彼女。
あたしもポケットから自分のマルボロを取り出した。
「名前教えてよ。」
その子の目を見つめて聞いた。
妙な間の後に彼女は答えてくれた。
「田中………れいなです」
れいなちゃん…か。
「煙草吸うの?」
「あ、はい」
一週間も前から知ってることだったけど一応聞いた。
じゃあ屋上とかなら煙草吸いながら話でもできそうだ。
「屋上行く?」
あたしはれいなちゃんに煙草を見せて天上の上を指差した。
彼女はヤッパリ控えめに「はい」と答えた。
――――――――――――――――――――――――――――――
いつの間にか日課のようにあたし達は屋上へ行っていた。
来る日も来る日も屋上で煙草を吸いながら話した。昼を過ぎたら二人で屋上へ行って話をした。
まるでそれが当たり前で、そうしないといけないかの様に屋上へ行った。
「真希ちゃん」
れいなのあたしへの呼び方も変わった。後藤さんから真希ちゃんに。
あたしのれいなへの呼び方もれいなちゃんかられいなに変わった。
「はい、煙草ついでに買っといたと」
「サンキュ。今度倍にして返すよ」
初めて屋上で話したときより仲良くなっているのは明白だった。
だから。れいなからその話を聞いたときは。
分かっていたけど少し嫌だった。
「れいな、来週退院決まったと、」
屋上で初めて話してから2ヶ月くらい経った頃だった。
骨折ならば3.4ヶ月あれば十分治る。
あたしはなんとも無いフリをして白い煙を赤くなった空に吐き出す。
「真希ちゃんはいつ退院できるか分からんと?」
「うーん、分かんないなぁ………」
れいなも軽いライトの白い煙を同じように赤い空に吐き出す。
「あたしはれいなと話してて楽しかったよ。れいなと会うまで退屈だったから。………また、会いに来てよ」
「………うん」
れいなの返事を聞いてあたしはヘリから立ち上がった。
あたしが立ち上がったのを見てれいなも立ち上がる。
どちらかが立ったら帰るというのはいつの間にかついた習慣だった。
もう後一週間しか続けない習慣。
あたし達はいつも通りに下りる階段へ続く扉を開いた。
「れいな、先降りな」
もうギブスも外れ、松葉杖一本になったれいな。
エレベータは屋上まで行ってくれなくて一つ下の階までしか通じていない。
だからこの階段だけはあたしが松葉杖を持ってあげてれいなを先に行かせる。
その階段を手すりも持たずに片足飛びで下りるれいなの後姿を見て悪魔の様な考えがあたしの頭を過ぎった。
"もしあたしが今れいなの背を少しでも押せば………"
今れいなが怪我をしたらどういう形にせよ退院が延びる。
そうしたら。あたしはもっとれいなと居られる………。
無意識のうちにあたしの右手はれいなの背中に伸びていた。
が、あたしは直ぐに手を引っ込めた。
自分でも一瞬何考えてんだと思った。
れいなを怪我させてどうするんだよ。ホンの一瞬でも自分が恐ろしい事を考えた事にゾッとする。
あたしはぶんぶんと頭を振って今頭に思い浮かんだことを振り払おうとした。
「!!」
"あっ"とも"キャッ"とも取れる高い声が踊り場に響いた。あたしは言葉を失う。
そして今さっき頭の中で考えた事を後悔した。
自分のせいでは無いと分かっていても一度根付いた罪悪感は消す事ができない。
足を滑らせたのか階段を踏み外したのか、前のめりにれいなが倒れていく。
あたしの頭の中でれいなの倒れる瞬間が何度もリピートする。
きっとあたしがあんな事を考えなければそんなことは起こらなかったと思い込んでしまう。
「れいな!!」
気付いた時にはもうれいなは踊り場に倒れていた。
あたしは即座に持っていた松葉杖を放ってれいなに駆け寄って名前を呼んだ。
けれど何度名前を呼んでもどれだけ身体をゆすってもれいなは目を覚ましてくれない。
「れいな!!………れいなぁ!!――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
れいなの病室。
看護婦さんには何で屋上に連れて行ったのかと怒られた。
気を失っているのはタダの脳震盪で足にも何の影響も無いらしい。
れいなは自分のベッドで、階段で倒れてから3時間ほど経った今も眠っている。
れいなの眠るベッドの傍、椅子に座ってあたしは一人物思いに耽る。
あたしが心の中で"れいなが怪我をすれば"と考えたところであたしはエスパーじゃないんだからそれが現実に起こるわけが無い。
それでもホンの一瞬考えてしまった事で生まれた罪悪感は消す事が出来ない。
今更後悔しても遅いが考えなければよかった。
「ま、きちゃん………」
フッと意識を戻すとれいなが目を覚ましていた。
「起きた?あ、まだ寝てた方が良いよ」
あたしは起き上がろうとしたれいなの肩を押さえてもう一度寝かせる。
「何でれいな眠っとうと?」
「………階段で倒れたんだよ」
あたしが言うとれいなはその事を思い出したようで「あぁ、そういえばこけた様な………」と、天井を仰いだ。
「ごめん」
「は?」
あたしが謝るとれいなは"なんで真希ちゃんが謝るの?"とでも言いたげな顔をしてあたしを見る。
分からなくて当然。れいなにあたしが心の中だけで考えてた事が分かるわけが無い。
「何で真希ちゃんがれいなに謝っとうと??」
話さなくても良い。このまま一週間が経てばれいなは何も知らないまま退院していく。
でもそれじゃあ、あたしはこの罪悪感を消せないままになる。
「あたし、さっき階段でさ――――――――――」
れいなに許して貰わないと、話して許してもらえるかどうかも分からないけど。それでも話して許してもらいたかった。
「―――――なんか、れいなと離れたくなくて。だからホンの一瞬だけ。れいなが階段から落ちたらとか考えてた。ごめん」
れいなと離れたくなかった。
病院生活で初めての友達だったからかもしれない。
毎日一緒に居てれいなに魅かれていたのかもしれない。
だかられいなを突き落とそうとした弱い自分が嫌だった。
あたしは弱い。どうしようもないほどに。
どうせ助からないと医者に反抗してその上れいなを巻き添えにしようとした。
変わりたかった。
もうこんな弱い自分は要らない、病気と闘えるくらい強い自分に変わりたかった。
「そんなん、別に真希ちゃんが悪いんやなかと。たまたまれいなが転んだ時にそんなこと考えてただけけん」
れいなは強い。こんなあたしとは全然違って。
あたしがれいなの立場だったら同じように言えたんだろうか?
「ありがと……」
心に、
妙な想いが残った………。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「れいな、屋上行こー」
れいなの退院まで後三日。
階段から落ちた事故が在ってからはあたしがちゃんと付き添って屋上へ向かっていた。
「?………れいな?」
今日も同じように病室に迎えに行ったもののれいなの姿は見当たらない。
一人で屋上へ行ったのだろうか?
松葉杖も見当たらない。あたしはとりあえず屋上へ向かってみる事にする。
エレベーターと階段で屋上へ上がり、屋上へ出る扉を開いた。
いつもは扉を開いて真ん前のヘリのあたりに居るのだが今日は居ない。
「れいなどこ行ったんだろ………」
院内に帰ろうと振り返ると扉の左にとあるものが見えた。
屋上には院内へ帰る階段へ続く小屋のような建物がある。
その上には貯水タンクか何かがあって、無論そこへ上るためのハシゴも壁についてる。
扉の左にそのハシゴがあったのだがその傍には見たことのある松葉杖が立てかかっていた。
凄く………嫌な予感がした。
ハシゴの先を見上げると太陽の逆光で直ぐに顔は見えなかったけど見覚えの在る人影が見えた。
「れ………」
――――――――――――――――――――――――――――――
『なんか、れいなと離れたくなくて。だからホンの一瞬だけ。れいなが階段から落ちたらとか考えてた。ごめん』
その言葉はまるであたしの心に刻み込まれたみたいだった。
あたしは、
きっと初めて会ったときから真希ちゃんのことが好きだった。
後藤さんと呼んでいたあの時から。真希ちゃんの部屋でオレンジ色の風景に溶け込んでいた真希ちゃんを見たときから。
多分好きだった。
今思えば、屋上で話しているときも、初めて会った時も、煙草を渡す時も、一緒に廊下を歩くときも、
いつもドキドキしっぱなしだった気がする。
『れいなと離れたくなくて。』
あたしも離れたくないと、その時に気付いた。
もっともっと一緒に居たい。離れたくない。
『れいなが階段から落ちたらとか考えてた。』
そうか、あたしの怪我が治らなければ。あたしの退院が延びれば。
もっと真希ちゃんと一緒に居られるんだ。
階段から落ちる?
そんな程度じゃ大して変わらない。
あたしはどうやって退院を伸ばすかを決める頃には、
もう退院の日まで後三日という日にまで迫っていた。
あたしは昼になる前に、いつものように松葉杖を持ち、一人で屋上に向かった。
エレベーターでいける最上階でエレベーターから出て階段を使って屋上へ上がった。
屋上。
ココから扉の上の貯水タンクの辺りまで3mくらいは在る。
あそこから飛び降りれば退院が延びるくらいの怪我以上になるはず。
あたしは松葉杖を置いてハシゴを上る。
完治してない足を庇いながら腕の力をフルに使って上る。その貯水タンクに掴まりながら立ち上がった。
下から見たらたいした高さじゃないとは思ったけど上から見ると結構高い。
「おぉ、怖っ」
まだ現実感のない声を出していた。空を見上げて深呼吸して、もう一度下を見た。
急に寒い風が通り抜ける。
空には太陽が丁度真上に上がっていた。
ココから飛び降りれば痛いだろうな。
でも、そうしなきゃ真希ちゃんと一緒に居れない。
ホンの少し。ほんの少しあたしが痛さを我慢するだけで。
大好きな真希ちゃんと一緒に居れるんだ。
あたしはもう一度目をつぶって深呼吸する。
飛び降りようと決心して、ギリギリの場所にたったその時だった。
「れいなどこ行ったんだろ………」
屋上に真希ちゃんが現れた。
まだいつもの時間じゃないのに………。
真希ちゃん気付かずに帰って。
真希ちゃんならきっとあたしの事止める。
『れいなと離れたくなくて。』
『れいなが階段から落ちたらとか考えてた。』
あんな事言った真希ちゃんだけど。あたしが自分を傷つけ様としてるのを見て止めない訳がない。
毎日一緒に居たあたしが一番よく知ってる。
でも、真希ちゃんが退院できない以上あたしの退院が延びる事しか二人一緒に居られる方法がない。
だから………気付かずに帰って………。
目を瞑ってそう考えていたらハッとした。
下には松葉杖が置きっぱなし。
真希ちゃんは既に置いてある松葉杖を認識していた。
ハシゴの傍に置いていた松葉杖を睨んで、そしてそのすぐ後にはあたしの居る場所を見上げていた。
「れ………れいな?」
「………」
バレた………。
「れいな!そんなところで何やってんの?!」
「退院、延びるかと思って………………」
「な………」
真希ちゃんは文字通り言葉を失っていた。
驚くのが当然だと思う。こんな事してるんだから。
「もしかして………あたしがあんな事言ったせい?」
「違う………」
真希ちゃんの言う"あんな事"って言うのは『れいなが階段から落ちたらとか考えてた。』とか。
あの辺りの事言ってるんだと思う。
「違うよ真希ちゃん」
「じゃあなんで?!」
「あたしが!!」
あたしは真希ちゃんの言葉を遮る。
これが正解なのかは理解らない。
ここで気持ちを話してしまうのが正解かどうかは。
「考えたんだ………。どうすれば真希ちゃんと一緒に居られるかって。
どうすれば退院せずに済むかって。バカなれいななりに考えた。
………でもコレしかなかった!!。」
けれどこのまま止まらない衝動に身を委ねてしまえば、
正解とか間違いとか、そんな考えが間違っていると思うようになる。
もう………止まらない。
「真希ちゃん言ったよね?『れいなと離れたくない』って。
でも、離れたくないって思ってるのは真希ちゃんだけじゃないんだよ?
あたしだって………れいなだってもっとずっと真希ちゃんと一緒に居たいんだよ!!」
離れるのは、もう泣きたくなるくらいに嫌だった。
いつの間にか真希ちゃんが心の中を独占して、居なくなるのが考えられないくらいに。
真希ちゃんに溺れていた。
その想いは雫になって瞳から溢れ出て止まらない。
止まることの無い想いと涙と………。
「だったら………」
その想いと涙は。ちゃんと真希ちゃんに届いて。
真希ちゃんは俯きながら言葉を発した。
「だったら、毎日会いに来てくれたらいい………忙しかったら一週間に一回でも別に構わない。
あたしは全然平気だから。でも………あたし、れいなが傷つくのだけは見てられない。
れいながそんなこと悩んだのだってあたしが発端じゃん………、
そんなあたしのせいでれいなが痛い思いをする必要なんてどこにも無いじゃんか?」
真希ちゃんが俯いていたのは涙を隠そうとしていたのかもしれない。
でも上から見ても頬を伝う光は隠せなかったみたいで。
泣いてるのはまるわかりだった。
でも、
どうして真希ちゃんは泣いてるの?
あたしのせい?あたしが馬鹿なこと考えてたから泣いてるの?
なんだろうな………。
こんなことして、やっと真希ちゃんの気持ちがわかった気がする。
『れいなと離れたくなくて』
その気持ちは自分の真希ちゃんと離れたくないと言う気持ちと何が違う?
何も違わないんだ。そんなことにも気付かなかった。
ちゃんと真希ちゃんと話せばよかった。
そしたら。大切な真希ちゃんを泣かすこともなかった。
あたしはバカだ………。
「真希ちゃん………ごめん。本当に………ごめん。もう、辞めるよ」
回り道したけど、
やっと、
自分の気持ちも真希ちゃんの気持ちも理解できたよ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「真希ちゃん、煙草吸わないの?」
「ん、あぁ。吸うよ。でもれいなが退院したら辞めようと思う」
「え?なんで?」
あの場所から降りて、
あたし達はいつものようにあの場所で話している。
「あたしは弱いから、煙草吸って何事にも動じない見せ掛けの自分に頼ってた・・・」
真希ちゃんの言う弱い自分の"弱い"の意味はすぐにはわからなかったけどあたしはとりあえず話を聞き続けた。
「あたし肺癌らしいんだよね」
サラッと言う真希ちゃん。そのイキナリの告白に一気に理解できない世界の話に変わる。
「助からないと思ってた。煙草も医者に止められてたけど助からないって思って無視してた。でも、今は何を捨ててでも、
れいなと一緒に居たい、だから。れいなが退院したら煙草は辞める。」
真希ちゃんはあたしのために。真希ちゃん自身のために。あたしと真希ちゃん二人のために………。
「あたしが最初からそうしていれば、変な考え持たずにしてれば。
あたしもれいなもこんなに悩む事なんてなかった。でも後悔はしない。後悔しても何も始まらないし。
後悔するならあたしの病気が治ってから後悔するよ」
素直にかっこいいと思った。
強く。強く変わろうとする真希ちゃんが。
変わろうと決意を決めて話す真希ちゃんの横顔が、
今まで見た中で一番格好よかった。
あたしはもう何度かしか見ることの出来ない煙草を吸う真希ちゃんの横顔を、
心に焼き付けるように、ずっと見つめていた。
「はぁ、眠れんと………」
日は過ぎて、退院の日の前日。
明日の遠足を楽しみにする子供のような気持ちなのか。
それとも全然違う気持ちのなのかは解らないけど。妙に目が冴えて眠れなかった。
「欠伸が出るのに眠れんてどう言うことやと………」
目をこすって枕元のライトをつけた。
こんな時に本でもあれば良いのだろうけどあいにくそんなものは置いていない。
「何にもないと、ん」
その時にいつもの金色の箱が目にはいった。
箱の中身を見てまだ残って居るかを確認する。
「屋上いこっかな」
金色のマルボロライトをパジャマのポケットに入れて引き出しからライターを取り出す。
あたしは布団から出るともう直った足で堂々と部屋を出て屋上へ向かった。
「あれ、鍵開いと〜?」
エレベータと階段で屋上まで上る。が、閉まってるはずの屋上の扉の鍵が開いていて半開きになっていた。
「なんて開いとーと・・・」
開いてるのか疑問を持ちつつ扉を開いて屋上へ出た。
「おおぉぉ〜寒〜〜〜」
屋上へ出るとキツク寒い風が吹き付けてきた。
パジャマにカーディガン羽織っただけの状態では少し寒かった。
「あ、」
あたしの視線はいったんそこで固まる。
黒い空にはえる白い吐息の向こうで、真希ちゃんの姿が目に入ったから。
「真希ちゃん?」
真っ白い息と共に名を呼ぶ。
すると屋上の手すりにもたれかかっていた真希ちゃんは振り返って「れいな?」と、あたしの名前を呼んだ。
あたしはいつものあの場所に居る真希ちゃんの元に駆け寄った。
「どしたの?」
「はは、なんか眠れんと」
「れいなもか、あたしもだよ」
真希ちゃんの真似をして手すりに寄りかかって夜の街を眺めた。
「きれい………」
夜の街に光るネオン。
夜景のイルミネーションが色鮮やかに光り輝く、その風景に見惚れていた。
「ってかさ、上見てみたら?」
「上?」
真希ちゃんに言われるままに上を見る。
「おぉ〜」
空には夜の光と同じくらい、いや、夜のネオンに負けない星の光が所狭しと光っていた。
「きれぇ〜」
「今日はなんか空気が澄んでるからこんなに見えるらしいよ」
寒くて腕を擦りながら空を見てると急に背中から暖かい物が触れる。
「真希ちゃん?」
真希ちゃんが羽織っていた分厚いロングジャンパーをあたしの肩にかけてくれたらしい。
「なんか寒そうだから」
笑いながら真希ちゃんはそう言った。
「ってれいなに貸してくれたら真希ちゃんが寒くなるけん」
「あたしは平気だからいいよ」
遠慮して言っても真希ちゃんはそう言ってくれた。
「あれ?真希ちゃん煙草?」
「うん、二本だけ残ってたからさ。どうせ明日から吸わないし、吸いきっておこうかと思って」
真希ちゃんは照れ笑いみたいな笑い方をして一本口に咥えた。
「れいな吸ってみる?」
急に真希ちゃんが聞いてきた。
「でもメンソールとか吸った事ないし………」
「いいじゃん、試し試し」
そう言って真希ちゃんは今半分咥えた煙草を差し出して半ば強制的に吸わせるようにあたしに渡した。
ってか、その前に間接………。
と、考えると顔が赤くなりそうだったからやめた。
あたしは渡された煙草を咥えてポケットから出したライターで火をつけてメンソールの煙を吸いこんだ。
「……げほっ。ごほっ!!………真希ちゃん。駄目コレ。ごほっ……」
ところがあたしの肺には合わなかったみたいで、あたしは苦笑いをしてそう言った。
「あらら、合わなかったか」
真希ちゃんはそう言ってあたしの手から火のついた煙草を取って口に咥えると、あたしと同じようにメンソールの煙を吸い込んだ。
でもそこからはあたしと違って普通に煙を吐き出す。
あたしは自分のを吸おうとポケットから自分のマルボロをだそうとした。その時。
「間接キスだね」
手に取ったばかりのマルボロを落としてしまう。
自分で考えないようにしていたのに真希ちゃんはさらりとその言葉を口にする。
「あはは、やっぱり顔紅くなってる」
真希ちゃんに顔をのぞかれる、が直ぐにそっぽを向いた。こうなんか、恥ずかしいのに見られたくないし。
そうして後ろを向くとまたキツイ風が通り抜けていく。
夜の風は異様に冷たくて、昼ココに居た時には感じれないほどの寒さを感じる。
「さぶ〜い………」
真希ちゃんがそう言った。
ならあたしにジャンパー貸さなかったらよかったのに。
「コレ返そうか?」
そう言って真希ちゃんの居る後ろを振り向いた。
その時。
ギュッ。
暖かい腕が背中に回された。
あたしの身体は真希ちゃんの身体と密着して、って言うか抱きしめられた。
「こーすれば寒くないや」
真希ちゃんは軽い発言をしてあたしの肩の上に顔を置く。
正面から抱き合ってるせいで真希ちゃんの顔は見えない。
でも自分の顔が紅潮してるのは鏡を見なくてもわかる。
「あの…さ、退院するまでに言っとかなきゃ損だと思ってさ」
「………なに?」
「顔………見て良い?」
「う、うん」
真希ちゃんはあたしが恥ずかしい事がわかったのかイチイチ許可を取ってからあたしの肩に手を置いて少し離れる。
先ほどまで吸っていた煙草はもう既に地面に落ちていた。
「あたし、ずっと前かられいなの事さ………」
真希ちゃんは言いにくそうに、そしてあたしと同じように顔を紅くしていた。
「好きだよ」
『やっぱりあなたに頼むんじゃなかった!』
『あたしはれいなと話してて楽しかったよ』
『だって先週も見つかってたでしょ』
『れいなと離れたくなくて…』
今までに真希ちゃんに掛けて貰った声が頭の中を通り過ぎる。
聞きたくて、
聞きたくて聞きたくて仕方なかった言葉がようやく聞けた。
真希ちゃんの目を見ると。
オレンジ色の病室で初めて見詰め合った瞬間を思い出した。
あの時見たく見詰め合う。
でも今度は真希ちゃんは視線を逸らさない。
あたしは自分の気持ちを言の葉に乗せる。
「れいなも………好いとうと」
想いを乗せた言葉を届け。あたしは真希ちゃんに抱きつく。
真希ちゃんもそれに呼応えてかあたしの身体をきつく抱きしめてくれた。
「あ、れいな煙草落としたままやと」
「………あはは、ムードないねぇ」
真希ちゃんに言われてムードをなくしたことに気付く。
「ま、煙草味の物ならいくらでもあげるけど?」
「煙草味?」
あたしが真希ちゃんの顔を見てそう聞いた。
真希ちゃんはほんの少し身体を離した。
すると急に真希ちゃんの顔が近づいてきた。
唇が触れる音もしない。
あたしは驚きで目を見開いたままだった。でも真希ちゃんが何をしてるのかを認識すると直ぐに瞼を閉じた。
長いキス。煙草味のキス。
真希ちゃんがゆっくり唇を話すと、あたしは瞼を開いた。
「煙草味でしょ?」
「薄荷の味がした………」
メンソールの薄荷の味のキス。
「でも、煙草と違ってこっちは嫌いじゃないよ?」
さっきは不意打ちでされた。
だから今度はこっちから不意打ちしてやった。
さっきの触れるだけのキスとは違った、ついばむ様な、むさぼるようなキスをした。
星空の下の病院の屋上であたし達は初めてのキスをした。
夜景の見える広い屋上でセカンドキスをした。
たった二回のキスと。一言ずつの言葉であたし達は結ばれた。
「あたしさ、明後日から一週間他の病院に検査に行くんだ」
「へ?他の病院?」
けれど。それからこの場所で三度目のキスが交わされる事はなかった。
「一週間たったら戻ってくるからさ。お見舞いもってきてよ?」
彼女は、この病院には帰ってこなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「れいな〜。学校終わったらさ〜」
「あ、絵里ごめん。これから行かんといかん所あるから遊びに行けんと〜」
退院して一週間が経った。
今日は真希ちゃんが他の病院での検査を終えて帰ってくる日。
絵里に遊びに誘われたけどパス。
一週間会えなかった真希ちゃんに会える。
妙に浮き足立っていたあたしは学校が終わった後、制服も着替えないまま速攻で病院へ向かった。
6階のナースステーションについてから思い出す。
お見舞い買うの忘れた………。
でもまぁ。急いできたんだし、明日持ってくれば良いや。
あたしはナースステーションに顔をだした。
「こんにちは〜」
「あら、田中さんどうしたの?」
「ちょっとお見舞いに」
知ってるナースの人がいたので真希ちゃんが帰ってきてるかどうかを聞こうとした。
「あの、真希ちゃん。後藤真希ちゃんってもう帰ってきました?」
「え?後藤さん?」
ところが、あたしが真希ちゃんの名前を出したとたん、
その人は妙な顔をして奥の方に居たもう一人の看護婦さんと少し話すとこちらに戻ってきた
「えっと、『帰ってきた』って言うのは?」
「え?だって真希ちゃん一週間だけ検査で他の病院に行ってるんじゃないんですか?今日帰ってくるはずだって………」
あたしが真希ちゃんに言われた事をそのまま言うと、
まったく予想もしてなかった答えが返ってきた。
「あの後藤さんだけど。先週からアメリカの大学病院に転院になってるわよ」
「………て、転院?!」
真希ちゃんの言ってた事と話が違う。
真希ちゃんはただの検査で一週間だけって言ってた。
転院なんて言ってなかった。
「ちょっと!田中さん?」
病院の廊下は走っちゃいけないんだっけ?
どうでも良いや。あたしは真希ちゃんが入院していた部屋。612号室へ向かった
真希ちゃんの話が本当ならもうこの部屋に真希ちゃんは戻ってきて居るはずなんだ。
『一週間たったら戻ってくるからさ』
あたしは真希ちゃんの言葉を信じて。扉を開けた。
"お、れいな。一週間ぶり"
そんな声が聞けるはずだった。
初めてこの部屋に入った時とは全然違う。
オレンジ色の世界の部屋。
真っ白な世界の部屋。
今はどちらでもない。
ただ真希ちゃんが居ないだけの部屋なのに。
その部屋は無色に見えた。
「なんで?………なんで居ないの?」
部屋にあった真希ちゃんの私物は全て無くなっていて。
シーツとかカーテンとかは綺麗に片付けられていた
「嘘だよねぇ……真希ちゃん………」
力が抜けてその場にへたり込んだ。
ハッと気付く。
「屋上………」
屋上にいるんじゃないか?
あたしたちの語り場。初めてのキスをした屋上に。
そう気付いてあたしは直ぐに屋上へ向かった。
バン!!
「真希ちゃん!!」
勢い良く扉を開いて真希ちゃんの名前を呼んだ。
しかしいつもの場所に真希ちゃんは居ない。
「真希ちゃん?!」
いつも行かない屋上の裏側や、
怪我をしようと上った建物の上にも真希ちゃんは居なかった。
「本当に………アメリカ行っちゃったんだ………」
『一週間たったら戻ってくるからさ』
「真希ちゃんの嘘つき………帰ってくるって言うたと…」
泣きたい位の気持ちなのに何故か涙は出てこない。
悲しいというよりは、嘘を付かれたショックの方が大きいのかもしれない。
「真希ちゃん………ん?」
貯水タンクの下に何かある。粉末コーヒーの瓶?
この前上った時には何も置いてなかったはず。
茶色い瓶の紅い蓋を開けると中から畳まれた紙が出てきた。
ガサガサとその紙を広げて見る。
「!!」
その瓶の持ち主が誰かがわかった。
あの時は置いてなかったのに。いつ置いたんだろ。
その紙は真希ちゃんからの手紙だった。あたし宛の。
"れいな。コレを見つけてくれることを願うよ
あたし、れいなの事は本当に大好きだよ。
でもれいなに頼ってたらなんか自分がまた弱くなる、いや。強くなれない気がする。
だから、れいなと少し離れて、アメリカの病院で肺癌の手術を受ける事にしました。
あたし、多分初めて会ったときかられいなのこと気になってた。
あたしは多分あの時から強くなろうとしてた。
あたしが帰ってくるのはいつになるか解らないけど。
できれば待っていて欲しい。
きっと胸張って堂々とれいなと付き合えるくらい強くなって帰ってくる。
だから。待ってて?
あたしはずっと大好きだから。
一方的な手紙でごめんね。真希"
「真希ちゃん………」
手紙は少し涙に濡れた跡があった。
あたしと別れるのが嫌でも、
きっと真希ちゃんは強くなろうとしてあたしと別れることを選んだんだ。
「真希ちゃん、大好きだよ。れいなも負けないくらい。
ずっと待ってるよ。真希ちゃんが戻ってくるまで」
あたしもまた決意を固めた。
真希ちゃんが手術をして。肺癌を克服して帰ってくるまでずっと待ち続けると。
「あれ?」
あたしは手紙以外にも瓶の中に何かが入って居ることに気付いた。
瓶を逆さまにして出てきたもの。
「あ……」
『はい、煙草ついでに買っといたと』
『サンキュ。今度倍にして返すよ』
中から出てきたのは金色のマルボロだった。
「なにそれ。倍にして返すって言ったのに………」
いつかの会話を思い出して居るとマルボロの箱に何かが黒いマジックで書かれて居るのに気付いた。
あたしは目を凝らしてその文字を読む
"もう一箱は帰ってきてから返すよ"
「真希ちゃん………セリフがくさすぎやと………」
ドラマにでも出るつもりかと言いたかったけどそれは帰ってきてから言う事にする。
「返しに来るの。ずっと待ってる………」
真希ちゃんが肺癌を治して帰ってくるまでどれくらいの時間が掛かるかは解らない。
それでもあたしは待ち続ける。
だって真希ちゃんは。
あたしのたった一人の恋人。
マルボロの薄荷のキスの味を教えてくれた、たった一人の恋人。
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「さゆー。ぐずぐずしてんとさっさと帰ると〜」
「れいな少しは待って上げなよー」
「ん、用意できた。帰ろ、れいな絵里」
学校が終わって。
いつもの時間。
いつもの道。
いつもの通りに学校をでる。
それはアレから毎日まったく変わらないもので。
しかしいつか変わる日が来ると信じていた。
「あれ?あの人誰だろ」
最初に気付いたのは絵里。
「わー。ホントだ。誰だろ〜カッコイー」
次に気付いたのはさゆ。その二人の声と視線であたしはようやくその人に気付いた。
学校の校門の前に建っていたセミロングの髪の毛の女の人。
茶色の髪の毛は相変わらず茶色。
でも髪の毛は向こうで切ったらしい。あの時より全然髪の長さが違う。
「さゆ、絵里。悪いけど先帰ってくれる?」
「「え?」」
二人は戸惑っていたようだけど。あたしの真剣な態度に気付いて。
校門の前に立つその人の横を通り過ぎて帰っていった。
あたしはゆっくり歩を進めてその人の元に歩み寄る。
2.3mくらいの距離まで近づくと。
その人はポケットから取り出した金色の箱をあたしに向かって投げた。
あたしは片手で受け取るとポケットにしまいこんだ。
「髪切ったの?」
「うん、向こうから帰る前に切った」
「れいなは大人っぽくなったね」
「えぇーそー?」
「帰ってくるの………ずっと待ってた」
「黙って行ってごめんね」
「お帰り。真希ちゃん」
END
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寒い季節を書いたものでクリスマスに丁度良いかと(ぉ
マルボロって吸った事無いw
ってか煙草吸った事ないですがww
煙草吸う田中を見てみたいものですねぇ(ボカスカ
ってかあとがきで描くことが思いつかん(激マテ