赴任先のアメリカでチューナつきのAVアンプ(こちらではReceiver Amprifier と呼ばれている)を買って聴いていたが、真空管の音が聴きたい。今年改造して作ったEL34全段差動アンプの音がとても気に入っていたので、今度も全段差動で作ってみよう。
出力管はMT管にしてコンパクトに作りたかったので6BQ5を選んだ。
アメリカに持ってきた工具は、ニッパーとワイヤストリッパーとラジオペンチとドライバーとテスター。これだけでゼロから作ってみよう。
■回路図
初段は直線性の良い双三極管の6DJ8(E88CC)を使う。低rpのこの球は発振しやすいらしいのでグリッドに2.2kΩを入れる。プレート電流は5mA程度として無信号時のグリッド電圧が-2V位になるようにプレート電圧を決める。プレート抵抗は大きめだが20kΩとした。総合ゲインが少ないと思われるが2段構成とし、初段と終段はコンデンサ結合とする。6BQ5(EL84)のグリッド回路にトリマを入れてここでバランスを取る。6BQ5の定電流源はLM317を使う。とりあえず3極管接続とする。電源トランスのB電圧容量の制限により、6BQ5のプレート電流は35mA/球とする。LM317の電流検出抵抗は 1.25(Vref)/(35mA×2) = 18Ωとする。
6DJ8の動作点検討
直線性を生かすためにもっと電流を流して使うべきだが、電源トランスの容量の制限により5mA程度とした。
負荷抵抗は 20k // 470k = 19kΩ
6BQ5の動作点検討
■部品選定
出力トランスは入手が容易なHammond社の1608Aを使う。同じトランスで1608もあるが、これは2次巻き線が分かれていて巻き線の組み合わせにより4、8、16Ωが出力できるようになっている。1608Aは素直に4、8、16Ωがタップ出ししてある改良品のようだ。
電源トランスがなかなか見つからなかった。差動アンプはA級動作のためプレート電圧が低目である。150mA程度の容量のトランスはみな電圧が高い。やっと見つけたのがHammond社の369HX。225V-0-225V、150mAと、目的にぴったり。
定電流ダイオード(CRD)は定番の石塚電子のものならいろいろ電流値が選べるのだが、こっちで入手できるものは電流値が4.7mA止まりだ。仕方ないので2本パラで使う。選んだのはMouserのカタログにあった1N5314。電源のリップルフィルタの抵抗はワッテージに気をつけてセメント抵抗から選ぶ。
■部品調達
電源トランス369HXはHammondの新しいカタログにしか載っていないので新製品のようだ。Mouserにしか取り扱いがなかった。注文したら納期6週間と言われた。 出力トランスはHammondお膝元のカナダにあるParts Connexionに発注した。真空管ソケットと電源フィルタの電解コンデンサ(JJ製)もここに発注。
真空管はTube Depotに発注した。ブランドはJJ製に統一。6DJ8は追加料金でペア特性品が注文できる。この店はギターアンプもやっているようだ。ラグ板もここで売っていた。ついでに錫めっき線もいっしょに注文したのに、入ってなかったゾ。(梱包忘れたのね)
そのほかの抵抗・コンデンサ類はカタログが充実しているMouserに発注した。電源トランスが予定より早くできたようで、1ヶ月弱で送ってきた。
配線材は20AWG(0.5sq mmくらい)のケーブルをRadioShackで入手した(Hook-up wire)。導体はちょっと太めの銅線が7芯で適度な硬さがある。
シールド線が線材としてなかなか売っていない。代用としてRCAピンコードのケーブルを使った
ネジについては、ちょっと慣れないインチネジに苦労した。基本的にホームセンターで普通に売っているネジはインチねじである。メートルねじも売っているが、サイズがM4以上でヘッドが6角のマシン用ねじしかない。
インチねじの太さは呼び番号になっていて、番号では太さがわからない。3mmねじの代用には約2.8mm径の#4 を使い、4mmねじの代用には約4.1mm径の#8を使うことにする。インチネジのビスはなぜかヘッドがプラスではなくて、マイナスが基本になっている。プラスのネジはPhilips
screwと呼ばれている。日本で普通に使われているプラスのなべ頭の形状はPhilips pan head と言う。それにしてもマイナスのネジほどドライバーで締めにくいものは無いのに、なぜ未だにマイナスのネジを使っているのだろうか。しかし木ネジやタッピングビスはプラスなので、製作が難しいわけでは無い様だ。インチネジサイズの呼び方はピッチ数(1インチあたりの山数)を併記しており、たとえば#6ネジで長さが1-1/4インチのネジだと、6-32x1-
1/4となる。(1インチ以下の長さは1/2とか3/4とか5/8とか分母が2の倍数の分数で表現し、小数点は使わないのが慣習のようだ。なぜかしらかアメリカは分数が好きなようだ)
■シャーシの製作
アルミパネルのシャーシが手に入らない。アルミ板も0.8mm厚程度のものしかホームセンターには置いていない。代用品を考えていたところ思いついたのは調理用の「まな板」。日本では分厚い白木(楓材?)が多いが、こちらでは竹の集成材でできたものが多い。その中でうまいこと見つけたのがアカシアのまな板。ちょっと高いが($30)、色艶が良くてサイズもぴったり。(アカシアはフローリングにも使われる材料で粘りがあるそうだ)
シャーシの図面は穴あけ位置を正確に書くためにCADで作図する。今回はフリーバージョンのRoot Proを使用した。
まな板に0.8mm厚のアルミ板を裏に重ねてシールド効果を持たせる。真空管のソケットはこのアルミ板に固定する計画だったが、ソケットを固定するビスを受けるナットの外形が大きくてソケットとぶつかる。そこで、ネジでソケットを固定するのではなく、ソケットをまな板とアルミ板の間に挟みこむことにした。
まな板の穴は真空管の径より少し大きい25mm径(1インチ径)のホールソーで空けた。偶然にもこの穴にソケットの固定金具がほぼぴったりと嵌った。(下写真左)
完成したシャーシ
■工具
ホールソー(下写真左 : 真空管ソケットを嵌める穴は 22mm径 (7/8inch)のホールソーでアルミパネルを空けた。木製シャーシに真空管を通す穴はひとつ大きい25mm径
(1inch)で空けた。ソー部分はセンタードリルとは別売りになっていて、ソーを交換できる。
ドリル刃 (drill bit) (下写真中): ネジがインチサイズなら、空ける穴もインチサイズだ。使うネジに適した穴径がどうもピンとこない。1/8とか7/64と分数表示なので大小関係がわかりにくいのだ。
#4のネジ(2.8mm径)には1/8"(3.2mm径)を、#8のネジ(4.1mm径)には11/64"(4.4mm径)のドリルを使うことにする。
この際、ドリル刃のセットを買った。サイズは、1/64, 5/64, 3/32, 7/64, 1/8, 9/64, 5/32, 11/64, 3/16,
64, 7/32, 15/64, 1/4, 5/16, 3/8 がセットされている。このセットにはクイック着脱のチャックがついており、ワンタッチで刃を交換できる。小さい穴からだんだん大きい穴を開けていくときにとても便利だ。
ハンドリーマー (hand reamer) (下写真左): 電源のトグルスイッチを取り付ける穴径はドリル刃では小さいのでこれが必要だった。ホームセンターを歩き回ったがどうしても見つからなかった。あまり使われることが無いのだろう。ホームセンターよりは小さい金物屋(hardware
shop)で発見した。
■配線
真空管ソケットの上に部品を渡すようにして配線距離をなるべく短くなるようにラグ板を配置した。実体配線図は一応スケッチを作ったが差動回路は対称的なので配線は楽だ。
USB 入力のDAコンバータはFujiwara氏による配布基盤+主要部品セット DAC2702 USB-DAC である。配線面の右端の小型トランスはDAコンバータ電源用。
■仕上げ
この足は家具用として売っているもの。ホームセンター内を歩いているときにこんなものが売ってあることに気づいた。ネットを検索すると専門店(Osborn wood products Inc.)があったのでそこから選んで注文した。材質がいろいろ選べるようになっている。比較的安いオーク(Red oak)で選んでみた。 届いたものは無塗装で白木だったがきれいにサンディングしてあった。これにオイルステインで着色して仕上げにニスを塗るのが正式だが、着色とニス仕上げがひとつになった塗料で塗った。
■試運転
ヒータ電圧のトランス出力(6.3V) は定格が6Aもあり、MT管6本の3Aちょっとの消費に対して余裕がありすぎる。電圧が高くなると思ったので、0.47Ωのセメント抵抗をパラにしたものをヒータ電圧供給ラインに直列につないで少しドロップさせた。ヒータ電圧は5.9Vくらいになってしまったが、動作は問題ないだろう。
初段のプレート抵抗の両端電圧を測り、4mA程度が流れていることを確認する。カソード電圧は+2Vなのでほぼ狙い通りの動作点にあるだろう。
終段のカソード電圧は+7.6Vとなったのでややバイアスが浅くなった。プレート電圧が見込みより少し低いためか。B電圧のトランスでの電圧降下は6Vくらいある。LM317の18Ωの両端電圧は1.25Vであり70mAが流れていることがわかる。バランス抵抗をまわして、6BQ5の2つのプレート間の電圧を見るが、ゼロには追い込めない。最小位置でも1V未満なのでこれで良しとした。この程度ならバランス抵抗は不要だろう。もうちょっと慣らしたら6DJ8を左右入れ替えてバランスを再確認してみよう。 NFB抵抗の値
2.2kΩは適当に決めたが、これで結構まともな音が出ている。心配した総ゲインも不足ではない。全段差動らしく素直な音が聴ける。