WWU軍事名鑑
ここは、WW2で使用された兵器や用語(主に陸戦関係)などを写真を交えて解説するコーナーです。
ファニー・・・・ノルマンディー上陸作戦に際して考案された特殊装甲車両のこと。兵士によってファニー(道化)というあだ名をつけられたこれらの車両は、イギリス陸軍のパーシー・C・S・ホバート少将という人物によって開発された。
既存のシャーマン戦車やチャーチル戦車を改造して作られたこの特殊車両群は、水陸両用車両、地雷処理車、架橋戦車など多彩な顔ぶれであった。実は、これらの車両が開発された背景には、ディエップ奇襲作戦での失敗があったのだが、それについては別項で詳しく解説する。

有名なシャーマンDD(ドナルド・ダック)水陸両用戦車。カンバス地の
帯で戦車を覆い、それに空気を詰めると排水され、浮上する。後尾に
二基のスクリューがつけられている。映画「プライベート・ライアン」でもセリフ
のみに登場(カットされたシーンに実は出ている)。写真はわかりにくいが、後ろむきである。

SSにも登場するチャーチル・クロコダイル戦車。SSでは火炎放射は
全然役に立ってないが、実際は写真のトレーラーに1.8トンのナパーム焼夷剤を
搭載することができ、その火炎は108メートル先まで達したといわれる。

これはシャーマン戦車を改造した地雷処理車で、”クラブ(カニ)”とイギリス兵
からあだ名をつけられた。前面に突き出たドラムに取り付けられた鎖を回転させ、
地面に叩きつけることによって地雷を爆発させるという仕組み。

AVRE(イギリス工兵隊用装甲車両)のチャーチル戦車。この戦車は、
敵の拠点を破壊し、爆破実施班を援護し移動させるために使用された。
武装は290ミリ臼砲で、18キロ重量の砲弾を発射した。砲弾が四角形の形
をしていたために、”空飛ぶごみ箱”(笑)と呼ばれた。ドイツのシュトルムティーガーもこれと用途は同じ。

この戦車は”ファニー”の中でも特にへんちくりんな形をしている。用途は
上方に取りつけられたボビンに巻かれている長さ約100メートルのカーペット
(ココヤシの外皮)を敷いて、後続車両が軟弱で粘土質の滑りやすい地帯を越えていくのを可能にするというもの。

この架橋つきチャーチル戦車AVREは、ARKと呼ばれた砲塔がなくその代わり
に2本の走路を搭載した戦車では小さすぎて障害物を乗り越えられない場合に
使用された。27メートルの橋が前部に取りつけられていて、おろすときには後部の
手動ウィンチを使用する。搭乗員は支点の数メートル以内のところでこの橋を下ろし、
次にケーブルを切断するために少量の火薬を装填する。こうして橋は目標の場所に落ちる。
ディエップ奇襲・・・・・1942年8月に実行された連合軍(主力はカナダ軍)によるフランスのディエップ港奇襲作戦。この作戦は本格的な案ではなく、第2戦線結成のためのいわば舞台稽古的な意味が強かった。本格的な上陸作戦に向けて、色々な経験や情報を得ることが必要であったためと思われる。
作戦の結果はというと、無残な失敗に終わった。実際に上陸した5100名の将兵のうち、3648名が帰らなかった。しかし、イギリスにとってはこれは貴重な体験となった。この失敗から色々な教訓(戦車と通信隊は海岸を確保するまでは上陸させてはならない等)を得たからこそ、ノルマンディーで成功を収めることができたといっても過言ではない。
ノルマンディー上陸作戦の作戦立案者の一人であるルイス・マウントバッテン卿は、後に「ディエップでひとりが戦死したために、Dデーでは10人が助かった」と書いている。
オマハ・ビーチの惨劇・・・・ノルマンディー上陸作戦で連合軍が上陸した海岸のうちで、最も被害が大きかった地区。およそ3000の死傷者を出した。このオマハ・ビーチの担当はアメリカ軍第1師団であった。このような甚大な被害を出した原因として考えられるのが、
1・上陸攻撃には不適当な場所であった
2・ドイツ軍の防御陣地が特に固い地区であった
3・突如ドイツ側が部隊の配置を変えた
4・アメリカ軍は前々項で紹介した地雷原突破戦車を実戦の裏付けがないという理由で受け入れなかった
(唯一採用したDD戦車もその数は無きに等しいものであり、しかも岸からはるか遠くの沖合いで海上に下ろされたため、荒波にもまれてほとんど沈んでしまった)
である。《オマハ・ビーチの惨劇は映画「プライベート・ライアン」で克明にその状況が描写されています。観ていない人はお薦めです。シャーマンDD戦車も実は出ているのですがカットされたようです。戦闘シーンがすごいので心臓に悪いかも(^^;) 》
参考文献
ライフ 第二次世界大戦史
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