すれ違う心





朝 重い体を引きずりながら洗面所まで来た俺は自分の顔を鏡で見てビックリした。


「どうすんだこの顔・・」



やばい・・・これじゃああからさまに泣きましたってつらじゃねぇか

昨日の出来事を思い出しながら、見事に腫上がった両目を見て俺は愕然としていた。



情けねぇ・・・

このままこんな顔で、こんな気持ちで、乾先輩に会うのは不味い・・・

それに他の奴らにもこんな顔見られたら何言われるかわからねぇ・・・

どうしたものか・・・



「今日は朝練休むか・・・」



いや!駄目だ!

今みんなが必死に全国大会に向けて猛練習をしている時にレギュラーの 俺が勝手な行動を取る訳には行かねぇ・・

わかってはいるが複雑だな・・・

取り合えず時間ギリギリに行くか・・

そうすれば会うとしても、桃城か越前ぐらいだろう・・

乾先輩は最近早いしな・・・この作戦しかねぇ






そして俺は作戦を実行に移した。

時間を調節しながら校門を速足でぬけて脇目も振らず部室を目指す。



よし!ここまでは乾先輩にも他の連中にも会わずに済んだ・・・

後は着替えてグランドに出るだけだ・・・

あと少しだ・・・・

俺は覚悟を決めて部室の戸を開けた。



「よ〜越前遅かったな〜〜」



と後ろ向きのまま声をかけて来たのは桃城だった。



クソッ誰にも会いたくなかったのに・・・

やっぱり桃城の奴今日もギリギリか・・・

それに越前の奴はまだ来てないのか・・・

最悪だ・・・

このまま無視してさっさと着替えるか・・・

顔を見られたらおしまいだしな・・・



俺は何も言わずに自分のロッカーの前まで歩いた。

それに気付いた桃城が不思議そうに振り返り俺の姿を確認して大きな声で言った。



「ちえっ! なんだマムシかよ・・お前!声ぐらいかけろよな!暗いんだよ!」 



いつもはここで、なにぃ〜と反論し喧嘩になるのだが、さすがに今日はそんな気分にもなれず、力のない声で答える。



「ああ すまなかったな・・・」



今の俺はこれで精一杯なんだ・・だからたのむ近づくなよ・・・

そう思ってる俺をよそに、予想外の言葉に驚いたのか桃城が俺の側に近づいて来た。



「らしくね〜なぁ らしくね〜よ! お前熱でもあるんじゃねぇのか? いつもの調子はどうしたよ!」



だから近づくな!!

俺は焦りながらこのまま顔を見られるのは不味いと思い、何とか桃城を押しのけようと手を出しながら叫んだ。



「何でもねぇよ!むこうへ行ってろ!」



だがしかし、押しのけようと出した手はしっかり桃城に握られ反対にグイッと引っ張られ 気が付くと目の前に桃城の顔があった。



「何でもねぇって事はねぇだろうがよ! どうしたんだよそのつら!!」



その真剣な眼差しに、俺はビックリして思わず目をそらした。



「だから何でもねぇよ!だいたいお前には関係ねーだろうが!!」



と精一杯反論したが、どうにも格好付かねぇ・・

それどころか 次の瞬間には両腕を捕まれロッカーにバンッと押し付けられていた。



「何が関係ねーんだ!!」



桃城の声は怒りにうち震えているようだった・・

そして俺はこんな桃城を今まで一度も見たことが無い・・・・

桃城お前・・・どうしたんだよ・・・・



「悪い・・桃城・・腕をはなしてくれ・・・・」



俺は俯いたまま、もうそれ以上強く反論出来なくなっていた。



「見てらんねぇ〜な・・・見てらんね〜よ・・・」



震えた声とは裏腹に、桃城は俺の両腕をさらに強く握り締めた・・・

痛い・・・

その時だった、突然部室の戸がバンッと大きく音を立てて開かれた。



「海堂!!」

「いっ乾先輩・・・?」



そこには俺が、今一番会いたくないと思っている人物が立っていた。

どうしてここに・・乾先輩が・・?

もう練習に出てるはずじゃなかったのか?

俺は一瞬顔を上げたが、また直ぐに俯いた・・・

よく考えれば、今俺は桃城にロッカーに貼り付けにされてる状態だ・・・

こんな姿乾先輩には見られたくねぇ、ていうかこの姿を乾先輩はどう思っただろうか・・・・

ホント情けねぇ・・・

乾先輩は俺達の方へゆっくり歩きながら・・桃城に向かって言った。



「桃・・海堂の手を離して貰おうか・・」



その言葉を受けて桃城もようやく俺の手を離した・・・・

そして乾先輩はそのまま俺達の前まで来て、桃城が居るにもかかわらずその存在を無視する様に話を始めた。



「海堂 昨日の・・その・・蓮二の事なんだが・・・」



俺は蓮二という言葉にビクッと体ごと反応した・・

名前を聞いただけで反応してしまう自分に心底嫌気がさした・・

何をビビッてるんだ俺は・・と強く唇をかんだ。

するとそれを見ていた桃城が乾先輩に噛み付いた。



「ちょっと待って下さいよ!! 蓮二って・・確かあの立海の柳さんの事っスよね?あの人とこいつが・・・

海堂が今こんな顔をしてるのと何か関係があるんっスか?」



その言葉を受けた乾先輩は、いつもの声のトーンより更に低く少し怒ったように答えた。



「桃・・悪いが俺は海堂に話があるんだ。席を外して貰えないか」



二人のやり取りを聞きながら動揺を隠し切れない俺は、もしこのまま桃城が席を外して乾先輩と二人っきりになってしまったら・・・

情けない格好を見られたばかりか、更に醜態をさらけだすかもしれねぇ・・

それだけは嫌だ・・・と思った。



「俺は・・俺は別に何も話する事ないっス・・・」



二人きりになるのが怖くて、そう口をわって入るのが精一杯だった。

自分でもこんな逃げ腰でどうすんだ?とも思ったが、今はどうしようにもなかった・・・

本当は・・・・

本当はたくさん聞きたいことがあった・・・

柳蓮二の事も・・・

どうして昨日俺を追いかけて来てくれなかったのかも・・・

そして何より俺の事をどう想っているのか・・・・・・・・・

あの時の気持ちはもう失われてしまったのか・・・・・・・・・・

知りたい・・・

本当は知りたいんだ・・・・

けど・・・今はやっぱり怖い・・・・・



俺は俯いたまま、両腕に力をいれて握り拳を作っていた。



「海堂・・・・・」

「マムシ・・・・」



そんな俺を見て、二人とも言葉を失ったようだった。

すると不意に部室の入口の方から声がかかった。



「お前達いつまでそうしているつもりだ!!朝練はもうとっくに始まっているぞ!!」



俺達三人の視線が一斉に声が聞こえた方へ向けられると そこには手塚部長が立っていた。



「グランド100周だ!!」



その言葉に俺達は固まったが・・・・



「聞こえなかったのか! グランド100周だ!!」

「「 はい 」」



有無を言わせない、手塚部長の言葉に俺達はようやく部室を出てグランドへと向かった。

正直俺はホッとしていた・・・

走っている間は、誰とも顔を合わせずに済む。

話をする事もねぇ・・・・ただ黙々と走り続るだけだ。

ようやく走り終わったと思った頃には、すでに朝練は終了していた。

他の二人は?と思いグランドに目をやると、少し離れた所に桃城が座っているのが見えた。

あいつも終わったんだなと少し安心して、すぐに乾先輩の姿を探した。


グランドにいない・・・・!?


急に心配になり、更に目を凝らして乾先輩を探した・・・・・・・・・・・・いたっ!!!

グランド隅のバックネットの裏で、何やら副部長と話込んでるようだった。

その姿を見ながら俺は安心し・・・自然と笑みがこぼれた。

その時だった・・・

何処からか視線を感じて振り向くと、同じようにグランド100周を走り終え疲れて座りこんでいたはずの桃城が俺を睨みつける様に凝視していた。

俺はその姿に驚いて、すぐに目線を外し、逃げるように部室へ急いだ・・・・

そのまま難なく着替えを済ませ、自分の教室に戻る事が出来た俺は、この先の・・・・・放課後の練習の事を考えると、深い溜め息がでた。

逃げてばかりだな俺は・・・でも今はそうする事しか出来ねぇ

取り合えずこの顔と気持ちが落ち着くまでは、俺は自分の席から動かねぇと心に誓い それを実行した。

昼休みに桃城が現れるまでは・・・・・











「おい!マムシ〜居るか〜?」



桃城か・・・アイツ人の教室にズカズカと入って来やがって一体なんのようだ?



「ちょっとつらかせ・・」



そう言い放つと俺を無理やり立たせ、引っ張りはじめた。



「おっおい! 何処まで引っ張るつもりだ!」



俺は捕まれた腕を振り払おうと試みたが、更に強く握られる。



「良いから黙って付いて来い!!」



桃城の気迫に押され、とうとう屋上までやって来た。

昼の屋上には珍しく俺達しかいない ようだ。



「おい・・もうここまで来たんなら良いだろうが」

「ああ・・悪かったな・・・」



やっと桃城の腕から開放され、俺達は向かい合わせに立っている。

本当にどうしたんだ桃城の奴・・・

そんな中、俺は今朝の出来事を思い出し、出来る事ならコイツとも、桃城ともあまり顔を会わせたくはなかったのにな・・などと考えていた。

それでもこんな状況になってしまったのだから、そうは言ってられない・・

俺は思い切って桃城に話しかけた。



「・・で、俺に何の様だ・・?」



桃城は真っ直ぐ俺の目を見て少し思いつめた様に答えた。



「お前・・乾先輩との間に何かあったんだろ?あの人が・・その・・好き・・なのか?」

「なっ・・・・」



俺は言葉に詰まった、まさか桃城からこんな形で乾先輩の事を聞かれるとは思っていなかったからだ。

1年の時からずっと今まで一番のライバルで喧嘩友達と言ってもいいぐらいよく衝突した相手に乾先輩が好きだなんて・・・

恥ずかしくて言えない・・・・・・・・



「だから・・・好きなのか?」



俺が言葉に詰まって色々考えていると、桃城は同じことをもう一度聞いてきた・・・・

その目は余りにも真っ直ぐで・・真剣で・・

誤魔化す事が出来ないことを悟った。



「ああ・・・そうだな・・・」



桃城が真剣に聞いてんだから、俺も真剣に答えないといけねぇそう思った。

桃城は俺の言葉を受けて、俯きながらフウ〜と大きく深呼吸をして、再度俺を見つめ直し俺が思いもしなかった・・

思いがけない言葉を口にした・・・・



「俺じゃ駄目か?」

「はぁい!?」

「だ・か・ら!! 俺じゃ駄目かって聞いてんだよ!!!」



そう叫んだ桃城の顔は真っ赤になっていた・・・・・

うそだろ・・コイツ何が言いたいんだ?

まさか・・そうゆう事なのか?

頭の中が真っ白になって、急に恥ずかしくなってきた。

そして自分の顔もどんどん赤くなっていく・・・

そんな気持ちを誤魔化す為に、思わず桃城を指差して叫んでいた。



「おま・・おま・・お前・・・何言ってんだよ!!!!」

「俺だって!わんねーよ!けど・・そう思っちまうものは仕方ねーだろ!!!

お前が悪ぃんだぜ・・・朝にあんな顔を俺に見せただろ?


俺だってな・・・・ 俺だって出来れば、この気持ちを抑えて気付かねぇフリしたかったのによ・・・


あんな顔見せられたら、抑えきれねぇじゃねーか!!」


もっ桃城お前・・・

俺の心臓は高鳴りますますどう答えていいか解らなかったが、 桃城の気持ちは痛いほどよくわかった。

そして俺自身の気持ちもにも・・・・



「すまねぇ・・桃城・・・俺は・・」



と言いかけた言葉を桃城の声が遮った。



「そんな事は 前から解ってんだよ!! けどお前の辛そうな顔見てたら俺どうしていいかわからねーだろ!!」



と言いながら俺の頭を両腕で挟み俺のおでこと自分のおでこをくっ付けた。



「ほっとけね〜なぁ ほっとけね〜よぉ・・・・だからそんな顔すんな・・・・・・ お前には俺が付いてるだろ〜がよ・・・

乾先輩が今度お前を泣かすような事をしたら 今度は俺があの人をぶん殴ってやるからよ・・・だから安心しろ・・・」



そう言い終ると俺の頭から手を離し、背中を向けてさらに話を続けた。



「まぁあれだ・・・お前もっと自分に自信持てよ・・・俺が保障してやるからよ」



桃城・・お前そんな風に俺の事を見ていてくれたのか・・・

素直にうれしかった・・・

しかしこれだけ俺の事を考えてくれてる桃城に対して、俺は何も答えられない・・・・・

チクショーどうしたらいいんだ!!

まさかお前とこんな風になるなんて・・・・



「桃城・・俺・・・」

「おっなんだ・・俺に惚れたか?」



はぁ?なんだよ急に・・・と思ったが・・・

桃城の顔を見てハッとした・・・

俺の気持ちを察してくれたのか・・・?

急にふざけたようにニシシと笑うお前に・・何故だか・・そうだな・・・ と腹が据わった。

そして少しだけいつもの調子を取り戻して・・言う。



「馬鹿・・ありえねぇ・・」



桃城は、ハハハと笑いながら



「やっぱり、その方がお前らしーよ・・お前が元気じゃなきゃ俺も調子でねーからな」



と言いながら俺の方へ歩いて来て、すれ違いざまにポンと肩を叩いた。



「じゃあ 俺もう行くわ」

そして、さっき俺達が入ってきた入口の方へ歩き出した。

俺は慌てて声をかける。



「桃城! ありがとよ!!」



すると桃城は後ろを向いたまま、右手だけを大きく上げた。

一人残った俺は心の中でもう一度桃城に礼を言いながら・・・決心していた。



「もう逃げるのは止めだ・・」



ぐちぐち悩んでたって仕方がねー 俺の気持ちは決まってるんだ・・・・

柳蓮二の存在とか乾先輩が今俺をどう想っているか?とかそんな事は逃げる為の 口実に過ぎない・・

それをアイツが・・・桃城が教えてくれた・・・・

俺は・・俺だ!!

今度は俺が乾先輩を捕まえて告白してやる!!!!

そう思うと早く今の自分の気持ちを伝えたくて、心が駆り立てられるのがわかった。



早く・・・

早く乾先輩に会いたい・・



午後練が始まったら、真っ先に乾先輩の所へ行こう。

迷いが吹っ切れた俺は自分の教室にもどる事にした。

逸る気持ちをおさえながら・・・・











放課後・・・急いで部室に向かったが、そこに乾先輩の姿は無かった。

少し拍子抜けしたが取り合えずグランドで待つ事にしたが ・・・いつまでたっても、乾先輩は現れなかった。



「どうゆう事だよ・・・」



と思わず気持ちが沈みかけた時に副部長が現れた。



「やぁ海堂・・ひょっとして乾を待っているのかい?」



と聞かれ俺は素直に



「はい」



とだけ答えた・・・すると副部長は少し考えてから俺に告げた。



「今日はたぶんもうこないだろう・・実は今朝の練習が終わってすぐに乾の家から 連絡が入って、

立海の柳が昨日から帰ってないらしい・・・。心当たりはないかって・・・ それを聞いて、乾の奴、俺のせいだって・・

だから探しに行くって、そのまま出て行って学校には未だに戻って来ていない。」



俺は今朝の出来事を思い出していた・・

あの時バックネット裏で話してたのはこの事だったのか・・・・

じゃあ・・・あれからずっと乾先輩は柳を探しているのか・・・・?

やっと会えると思ったのに・・・この気持ちを伝えようと決心したのに・・・

何だか・・だんだん腹が立ってきた・・・

クソッ・・・・

こんな気持ちのままじゃ何もできねぇ・・・

そんな姿をジッと見ていた副部長が、俺の心を見透かしたように声をかけてきた。



「海堂・・行ってこい!」

「えっ!?」



思わず聞き直した俺に副部長は笑いながら答える。



「だから行って来いって・・・乾が今何処に居るかはわからないが、今のまま練習してたって、どうせ気になって身が入らないだろ?

手塚には俺が適当に話を合わせておいてやるからさ、行って自分の気持ちにケリをつけてこいよ」



俺は副部長のやさしさに感謝して、頭を下げた。



「はい!ありがとうございます!」

「あっそれと海堂・・もう1つ約束してくれ・・乾が見つかるまで帰ってくるなよ」



そう言って微笑んだ。



「はい!失礼します!!」



俺はもう一度頭を下げて、全速力で学校を後にした。




乾先輩・・・俺必ずあんたを見つけ出すから・・・



その時は俺の話を聞いてくれ・・・





                                                                        求める心に続く



今回の話を書いて思うのは・・・桃って男前!って事です(笑)そして桃×海のカップリングでも良かったかな?


なんて・・・でも乾×海にした以上乾×海で通しますよ。なのでみんなついて来て下さいね。