崖を登って・・穴を掘って・・でこぼこコートで試合して、今日は鷹・・・
負け組の俺達は、マイクロバスを下りてからというもの散々な目にあっている。
練習なのか、しごきなのか、いじめなのか?
判断のつかないコーチの指導や高校生の態度。
最初はそんな状況に戸惑いを隠せなかったけど、蓋を開ければみんな個々にレベルをあげているようで
スポーツマン狩りと称した鷹に追われる練習が終わってからはみんなのコーチを見る目も少し変っていた。
夕食が終わった今も、昨日とはうって変わり和やかな時間を過ごしている。
談笑する者。物思いに耽る者。トレーニングをする者。
そして思いがけず出来たそんな時間に俺の想いを占めるのは1つだけだった。
・・・英二。
ここに来てからというもの携帯をゆっくり見る暇もなく、見る事が出来ても電波が入らい状態で連絡が取れていない。
負け組の・・帰った筈の俺と連絡が取れないとなると、きっと心配している筈だ。
だからそんな英二に一言『俺は大丈夫だ』という事を伝えたくて、俺は携帯を持って電波が入る場所を探していた。
この場所と状況を考えると望みは限りなく低いけど、それでも英二の事を考えると諦めきれない。
俺は携帯を持つ手を高々と上げて歩いていた。
「何してんだ大石?」
「ん?」
声がした方へと顔を向けると、怪訝そうに俺を見る宍戸が立っていた。
「ああ宍戸か」
俺は空に突き出す様に上げていた手を下げて、その手に握りしめていた携帯を見せた。
「いや〜何処か電波の入る所がないかな?って探してたんだ」
「電波?」
宍戸は俺に近付くと、俺の手元を覗きこむ。
「・・携帯か」
「そうなんだ。英二と連絡が取りたくて電波が入る場所を探してるんだけど・・・」
「あ〜そんな場所はねぇよ」
「えっ?」
宍戸は知らないか?そう聞く間もなく、あっさりと否定されてしまった。
宍戸は帽子を取ると頭をかいて、もう一度帽子をかぶり直した。
「俺も長太郎に連絡しようとして電波が入る場所を探したけどよ。なかったからな」
「そう・・なのか・・」
「あの小屋にも電話らしいもの見当たらねぇしよ。あのおっさんはどうやって他の奴と連絡とってんだろうな」
宍戸がこの場所に唯一ある山小屋を見る。
俺もつられる様に、そちらへと目線を向けた。
そうなんだ。
携帯の電波が入らない事で一番最初に考えたのが、山小屋の中にあるであろう電話だった。
こんな山深い場所だけど人が住んでいる以上ライフラインである電話は必ずある。
それで英二に連絡出来れば・・・
そう思って探したけれど、目に着く所には電話は無かった。
「じゃあ連絡を取るのは、無理か・・・」
どうにか一言だけでもと思ったが、諦めるしかないのか・・・
少しだけ残っていた希望も無くなり俺は小さくため息をついて、携帯をギュッと握りしめた。
『俺達は何があっても黄金ペアだ!!』
そう英二に告げたのは俺だ。
全国大会が終わって青学D1としての役目は終わってしまったが、英二とのペアを解消した訳じゃない。
部活を引退しても、公式戦で一緒に戦う事がなくなっても、ずっと俺は英二のパートナーだと思っている。
その事をずっと英二に伝えたいと思っていた。
ただ・・・実際はテニスをする事自体が減ってしまい伝える事が出来なかったけど・・
いやだからこそ合宿の話を聞いた時、これだと思ったんだ。
英二に俺の想いを伝えるチャンスだって、英二が感じている寂しさを埋めるのはこれしかないって・・・
それなのにどうしてこうなってしまったんだろう。
あの時コーチの意図にもっと早く気付いていればこんな事にはならなかったのか?
・・・・・・違うな。
原因はどうあれ結果的に俺は英二を1人あの合宿に残して来たんだ。
一緒に頑張ろうといいながら帰ってきてしまった。
その事実は大きい。
『ほ 本当に帰っちゃうのかよ・・・』
帰り際の英二の不安そうな顔を思い出すと心が痛い。
やっぱりどうにか連絡を取る方法はないだろうか?
1人頑張る英二を励ます為にも、俺はまだ終わっていない事を伝える為にも・・・
一言でもいいんだ。英二と話がしがしたい。
・・・・そういえば
越前達はコーチのお酒を取る為に洞窟の中を進んで合宿所に潜り込んだと言っていたな。
俺も同じ道を進めば、英二に会いに行く事が出来るだろうか・・・?
「・・・大石。おいっ!大石って!」
「ん?ああっすまない宍戸。ちょっと考え事を・・・」
「ったく・・しっかりしろよ。連絡がっとれないって言っても
俺達がここでこうしている事を知らない訳じゃねぇんだからよ」
「えっ?」
宍戸が口元に笑みを見せる。
俺は宍戸の言った言葉を頭の中で反復して宍戸を見つめた。
どういう事だ・・?
英二は俺がここにいる事を知っている・・というのか?
「宍戸。それはどういう意味なんだ!」
俺は気持ちを抑える事が出来ず、宍戸に詰め寄った。
宍戸は片手で俺の肩を抑えると、俺と少し距離を取った。
「だから落ちつけって、ちゃんと説明するからよ」
「ああ。そうだな。頼む」
英二と連絡が取れない今、もし宍戸が言う事が本当なら有りがたい。
リスクを冒して洞窟を進まなくても、俺が合宿に戻る可能性を英二が知っていてくれれば
英二に変な誤解や心配をかける事もないからな。
俺は構える様に宍戸を見た。
宍戸は腕を組んで空を見上げる。
「あーええっと・・」
少し間をおいて話始めた。
「俺、実は説明苦手なんだよな。わかりにくいかも知れないがいいか?」
「全然大丈夫だ。わかってる事を順番に教えてくれ」
俺は小さく頷いて宍戸を見つめた。
「ああ。わかった。じゃあ先ずだ・・携帯が繋がらない事がわかった後、
俺が最初にした事はあの山小屋の中の電話を使う事だ。だがそれは探したけど見つけられなかった」
「それは俺も探したよ。でも宍戸の言うとおり俺も電話は見つけられなかった」
「それで次に考えたのが樺地だ。俺達負け組には奴がいる事を思い出したんだ」
「樺地くんがいると何かあるのか?」
「ああ。樺地は跡部に言われて、特殊な携帯を持たされているからな」
「特殊な携帯・・?」
「そうだ。跡部がいつでも樺地と連絡がつくように、衛星がどうのこうの・・
兎に角いつでも繋がる携帯だ。それを樺地は持っている」
「そうなのか。跡部が絡むと・・話のスケールがでかく感じるな」
「まぁな。確かにあいつは何でもアリな奴だからな。
いつも一緒にいると感覚が麻痺していちいち驚かなくなるけどな」
跡部の顔を思いだして、俺達は肩をすくめて笑った。
そうか・・そんな携帯があったのか、じゃあ心配する事はないな。
俺は安心して話を再開した。
「それで、どうだったんだ。鳳くんとは連絡はついたのか?」
話したい相手は鳳くんだろうけど、携帯自体は跡部のものだ。
傍にいればすぐに話す事も出来ただろうがいなければ折り返しという事もある。
「いや。それが妨害電波があるとかで繋がらねぇんだ」
「えっ?」
妨害って・・・そんなもの流れてるのか?
いや・・今までのでたらめな移設やコーチ陣の態度から考えればありえる話だな。
って納得している場合じゃない!
連絡がとれたって話じゃなかったのか・・・?
傍にいなくて話せない事はあっても、特別な携帯が使えないというのは考えもしなかった。
意表をつかれた俺は顔から笑みが消えた。
「それじゃあ駄目じゃないか・・・」
特殊な携帯でも連絡がつかないのなら、それは俺がもっている携帯と変わりはない。
役に立たなきゃ意味が無いじゃないか・・・
「そんな顔すんなよ大石。話はここからだ」
しかし俺の焦りとは裏腹に、宍戸は変わらず焦った感じは無い。
揺るぎのない目で俺を見る。
「なぁ大石。俺達がここに来てからもう今日で2日目の夜だ。
負けて帰った俺達が家に着くまでにこんなに時間がかかると思うか?」
「いや・・それは・・・」
どんなに山奥といっても、来た時間と帰る時間にこんなに差がでる訳がない。
だから心配しているんだ。
きっと英二は俺に電話をかけてきている。
その携帯が繋がらないとなると、俺が拒否しているんじゃないかって・・・
俺の事を信用していない訳じゃないだろうけど、あんな帰り方だと誤解を招いても仕方がないとも思える。
英二は繊細なんだ。
「俺家に着いたら長太郎に連絡を入れるって約束してたからな。
アイツの事だそんな俺と連絡がつかないとなると、きっと家にかけている。
そこでだ俺が家に戻ってないとなると、こんな時相談するには1人しかいねぇ」
「跡部って事か・・」
「そうだ。で、跡部が一番にする事は、特別な携帯を持たせている樺地に連絡をする。
って事になるだろうな。でもそれが繋がらないとなると・・」
「そうか負け組の俺達が全員無事に家に戻っているかどうか調べるという事になる」
「ああ。そいう事だ。跡部はあれで責任感の強い奴だからな。
相談されれば答えがでるまで調べるさ」
「なるほどな」
確かに跡部は何だかんだ言いながらも面倒見がいい。
それは学校の違う俺でも感じる事だ。
そうだな・・跡部ならこの特殊な状態の俺達を見つけてくれるだろう。
けど・・問題は・・・
「それだと氷帝の中だけで、他の学校や英二にその事が伝わっているかどうか
わからないじゃないか?」
「いやそれは長太郎がしてるだろうよ。アイツあれで意外と慎重というか細けぇというか
跡部の話を聞いて裏を取ってるだろうからな」
「本当か?」
「ああ。恥ずかしいけど、俺の事が絡んでるからな。間違いねぇよ」
宍戸が手で額を隠す。
どうやら照れているようだ。
「そうか。それなら安心だな」
「おう。後は俺達があの合宿に戻るだけだ」
「そうだな」
これだけ宍戸が自信を持って断言するんだ。
きっと英二は鳳くんに俺の今の状況を聞いているだろう。
ならこれから俺がすべき事は1つしかない。
俺を待っていてくれている英二の為に、必ず戻るという事。
勝ち組の英二に負けないぐらいに、俺も力をつける事。
今まで以上に頑張らばきゃいけないという事だ。
「よし!んじゃ戻るか。向こうでみんな盛り上がってんだよ!」
宍戸が俺の肩を叩くと、目で山小屋んの方を指す。
「何かやっているのか?」
「ああ。立海の真田がありったけの酒を集めてあのコーチに貢ぐんだと」
真田が・・・?
「酒を貢ぐって・・どうやって?」
「合宿所から盗むんだろ?」
「そんな事して大丈夫なのか?」
「勝ち組に追いつく為だ。多少の危険は仕方ねぇよ。
それに大石だって菊丸に早く会いたいんだろ?」
「それは・・」
会いたい。
宍戸の話を信じるなら、急いで連絡を取る必要もないのかも知れないが・・・
合宿を離れて2日、英二の笑顔を見る事が出来るなら一日でも早く合宿に戻りたい。
本音を言えば、それが変わらない素直な気持ちだ。
「荒っぽいけどよ。あのコーチの指導が必要なんだ。
みんなやる気になって準備を始めてる。大石も行くだろ?」
そうだな。確かに荒っぽいが、あのコーチの指導をちゃんと受ける事が出来れば今よりずっとレベルを上げる事が出来るだろう。
負け組の俺達が勝ち組に追いつく為には必要な選択だ。
迷っている暇はないという事か
「わかった。そういう事なら俺も頑張るよ」
「まぁ。酒を盗む時は隠密行動だから、菊丸に会うのは無理だろうけどな」
「し・・宍戸・・・」
宍戸がからかう様に俺を見る。
「・・そんな事は、わかってるよ」
言葉とは裏腹に赤くなっているだろう顔を俺はそらした。
「もうみんな集まってるかな?」
「ん?そうだな。だいたい集まってんじゃねぇか?」
「先に合宿所に行っているって事はないだろうか?」
「それはねぇだろ。一端全員集めて役割分担するって柳と乾が言ってたからな」
「そうか・・・」
思ったより山小屋から離れていて着くまでが遠い。
みんなを待たせていなければいいが・・・
逸る気持ちを抑えられず足を速めると、目の前を何かが横切った。
「わぁっ!!」
「な何だ今の!?」
「ネ・・ネコかな?」
「ネコな訳ねぇだろ?ここは山だぜ?ネズミかウサギだったんじゃねぇのか?」
「ああ。そうだった。ここは山だったな」
動揺して一瞬自分がいる場所を忘れていた。
「激ダサだな大石。野犬ならともかく小動物に驚くなんてよ」
「それは急に出て来たから・・・・」
・・・・ネコに犬?
俺は立ち止まって宍戸を見た。
「何だよ?」
「前にもこんな事あったよな?」
「はぁ?大石が小動物に驚くって事か?」
「いや。宍戸とネコと犬の話をした事だよ。確かお互いペットショップに行く途中で・・・」
「ああ!あったな。菊丸と長太郎が偶然同じペットショップで待ってたあの時だよな」
「そうそう俺がネコ派で宍戸が犬派で・・」
「お互いずっと平行線だったよな。
しかしなんでネコなんだよ。絶対犬の方がいいと思うんだけどな」
宍戸が腕を組む。
俺はそんな宍戸を見て、手を腰にあてた。
「いやネコだろう。あのクリッとした大きな目に見つめられると自然と頬が緩むじゃないか」
「それなら犬の優しい目もいいだろう。あの目を見ていたら安心するしな」
「いやいや。ネコの天邪鬼的な性格も人を引き付けるだろう」
「いいや。犬の忠誠心の方がいいに決まってるじゃねぇか」
「ネコだろ?」
「犬だな」
「「・・・・・・・」」
「これじゃあまた平行線だな」
「ホントこれであいつらが止めに入ったら、この前と全く同じゃねぇか」
「ホントだな。あの時は着くまでこの調子で英二と鳳くんが呆れて・・・・」
「・・・英二」
「・・・長太郎」
「「・・・・・・・・」」
「宍戸。たくさん酒を取ろうな」
「ああ。必ずコーチに特訓して貰って這いあがってやる」
「行こう」
「おう。急ごうぜ」
お互い顔を見合わせて改めてみんながいる場所へ足を出した時、目の前の夜空に大きな星が流れた。
「あっ宍戸っ!」
咄嗟に宍戸の腕を掴かんで、指をさした。
宍戸も迷わず俺の指した方を見上げる。
合宿に戻れますように
合宿に戻れますように
合宿に戻れますように
「宍戸祈れたか?」
一瞬の事で宍戸は見逃したかも知れない。
そう思いながら宍戸を見たが、宍戸は笑顔で頷いた。
「ああ。祈った」
「そうか。じゃあ行こうか」
「ああ」
俺達は小走りに走りだした。
『俺達は黄金ペアだ』
英二・・・離れていても俺達の想いはきっと繋がっている。
必ず力をつけて戻るから待っていてくれ。
最後まで読んで下さってありがとうございます!
合宿所話第二弾・・・流星の裏側です☆
きっと大石と宍戸も恋人に会うために頑張っているんだろうな・・・
って事で書いて見ました。
今年最後の最後になりましたが、1年頑張ってこれたもの
足を運んで下さるみなさんのおかげです。
来年も自分のペースで頑張りますので宜しくお願いしますvv
2010.12.31