cafe image

2006-2007

2004-2005

2002-2003

COLUMN


2010年1月からブログで書いています。
http://blog.goo.ne.jp/junnakamichi


11/23 世界遺産 高野山の紅葉  
 
今年の紅葉は、下界よりひと足早く秋が訪れる和歌山県高野山へ出かけた。関西に生まれ育った私でも、この年まで高野山へ登ったことがなかった。近いようで意外に遠く難波から特急「こうや」で約90分。ふもとの橋本までは45分なのに、そこからは単線でまるで登山電車のようにのろのろと山を登っていくのである。そして終点の極楽橋に着くとケーブルカーに乗り換えさらにバスに乗ると突如として街が現れるのである。そこが標高900m、およそ1200年前に弘法大師によって開かれた真言密教の修行道場である高野山なのである。こんな山奥に様々なお堂や塔が建ち並び、織田信長、太閤秀吉、武田信玄、上杉謙信・・・歴史上の著名人のお墓がある。古くからこの場所を「聖なる山」として崇められてきた証であり、そして2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されている。下界の俗世間に疲れたときは、山に登り身を清めようと思う気持ちは、今も昔も変わらない・・・。日帰りだったが妙にリフレッシュできた一日であった。

10/25 ガンバ VS Fマリノス  

いよいよリーグ戦も終盤、ラスト5試合。現在3位につけているガンバだが、勝ち点2差に上位4チームがひしめく大混戦。残り全てを勝利しなければ「優勝」はできない状況である。そんな中、格下のFマリノスとの一戦は絶対に落とせない試合である。前半からガンバのいい場面が何度かあったがオフサイドの判定、徐々にFマリノスのペースになっていく。後半に入ってもその流れは変えられず、変化を与えるために播戸、佐々木、山崎と次々とカードを切るものの、日本代表の中澤のもとFマリノスの堅い守りを破れず0-0でドロー。なんとも不完全燃焼の試合内容だった。
16:00キックオフだったのでちょうど西の空はキレイな夕焼けに。そして試合が終わる頃は漆黒の夜空になっていた。少し肌寒い秋の一日。せめて試合で熱く盛り上がりたかったサポーターの想いは届かず・・・。次節はスカッとした試合を見せてほしい。


9/26 シルバーウィーク 九州の旅  

シルバーウィークに福岡と佐賀に旅に出た。博多は二度目なので今回は少し足を伸ばして、佐賀県吉野ヶ里遺跡に行って弥生時代にタイムスリップしたり、水郷柳川の川下りを楽しんだり・・・。で、博多では当然、ラーメンを食べなければ!「一蘭」はあまりにも有名で大阪にもお店があるそうだが、何も知らずガイドブックを見て天神店へ行った。行列で待つこと30分、店内に案内されるとそこはカウンターでひとりひとり完全に仕切られ、目の前の暖簾からラーメンが出てくるのである。隣の客とはもちろん店員とも顔を合わさず、ひたすらラーメンに集中できる環境なのである。味は絶品、自分好みにオーダーできるのも嬉しい。
九州に行くとJRの特急に注目していただきたい。何しろ九州の各観光地へ向かう特急の車両がいずれもカラフルで、スタイルが格好いい。デザインもお洒落で、旅気分を盛り上げてくれる。博多駅のホームで思わず童心に帰って写真を撮っていると、まわりには子どもから大人まで、鉄子(?)もたくさんいた。
そしてやっぱり最後はヤフードームで野球観戦。ソフトバンクのCMでおなじみの「お父さん」が出迎えてくれる。そしてそのコピーは「神様、仏様、お父様だ」である。この日、千葉ロッテとの三連戦初日。試合は先発大隣と攝津の完封リレーで勝利。残念ながら曇り空でドームの屋根が開くことはなかったが、勝利の花火を見ることができた。現在2位のソフトバンクだが、優勝を目指して上を見ていたら下から楽天が追い上げてきており、CSまで今年は楽しめそうだ。


9/8 ルーヴル美術館展  
 <ジョルジュ・ド・ラ・トゥール:大工ヨセフ>
京都市美術館で行われている「ルーヴル美術館展」に出かけた。時代は17世紀のヨーロッパ、大航海時代が貿易の時代となり、ニュートンが万有引力を発見するなど科学技術が飛躍的に進歩した時代。裕福な市民階級が台頭し、聖人信仰も高まった一方で、庶民は貧困、戦争、飢饉などに苦しんだ。美術史においては、レンブラント、フェルメール、ベラスケス、ブッサン、ルーベンス、ラ・トゥールら多くの画家が活躍した時代であり、今回の展覧会は、ルーヴルのコレクションの中から71点が見られるのである。
中でもジョルジュ・ド・ラ・トゥールの「大工ヨセフ」は見る者の視線を釘付けにする。光源は幼子キリストが持つ蝋燭ただ一つ。輝く炎は、若々しいキリストの顔を清冽に照らし出しながら、幼子の左手を透かして見るものに届けられる。一方、大工仕事に精を出す養父ヨセフの手元をほのかに照らしつつ、額には年齢と労苦を刻み込んだ皺を浮かび上がらせる。ほぞ穴が穿たれた角材は十字架を連想させ、幼子の将来がすでに暗示されており、キリストに向けられた、慈愛に満ちながら、どこか不安げなヨセフの視線も、運命の予兆に緊迫感を加えている。
今月27日までの開催なので、もう一度、足を運んで見たいくらいである。


8/23 因縁の対決 ガンバVSレッズ   

夏場に入って、調子の上がってきたガンバ大阪。先週、万博で因縁の対決、レッズ戦を観戦した。その前の週にガンバのファンクラブイベントがどしゃ降りの雨の中で行われ、選手とコーチ、サポーターが一体になって盛り上がった。なんとかリーグ戦の上位にとどまり、最後まで諦めない!そんな気持ちで迎えたレッズ戦。スタジアムに入って驚いた。なんとレッズの赤いサポーターが1/4ちかく占領しているのである!こんな光景は初めてである。もちろん早々にチケットは完売しており、この試合に賭ける両サポーターの熱い気持ちがさらに盛り上がり、スタジアムは異様な雰囲気になっていた。
前半はお互い決め手を欠き0-0で折り返した。後半に入って、まず二川に代えて佐々木を投入。77分にはルーカスに代えてチョジェジンと攻撃的に攻め続ける西野監督。ガンバの守備陣も集中力を切らさず守りぬき、両チーム0-0で迎えた86分。マークの厳しいレアンドロに代えて、播戸を投入。ひたすらDFラインの裏を狙う播戸が抜け出し、ロスタイムに入った89分、最初のシュートを弾かれてのこぼれ球を左から押し込み決勝弾!スタンド総立ちの興奮状態となっての1-0で劇的に勝利した。
しかし、今週に入ってアルビレックス戦には勝利したものの、今日のグランパス戦は後半3失点の逆転負け。せっかくいい流れでここまできたのに・・・。


8/15 世界遺産をめぐる旅 広島  
 
この夏、世界遺産をめぐる旅に出た。日本には現在14件の世界遺産があるが、そのうちの二つが広島にある。
まず最初に訪れたのは、原爆ドーム。1996年文化遺産として登録された。今年の8月6日、64回目の原爆の日に秋葉忠利広島市長は平和宣言の最後に次のように世界に呼びかけた。「We have the power.We have theresponsibility.And we are the Obamajority.Together,we can abolish nuclear weapons.Yes,we can.〜私たちには力があります。私たちには責任があります。そして、私たちはオバマジョリティーです。力を合わせれば核兵器は廃絶できます。絶対にできます。」今年の4月にオバマ大統領は核兵器のない世界を実現させるという、画期的なメッセージを明言した。この発言を支持し、核兵器廃絶のための活動をする責任がある私たち自身を「オバマジョリティー」と呼ぶ。原爆ドームを目の当たりにすると、否が応でも世界の平和を願わずにはいられない。今回、初めて広島を訪れたのだが一人でも多くの世界の人がこの場所に来て同じように感じてほしいと思う。
そしてもうひとつの世界遺産は厳島神社。初めて知ったのだが、ここは宮島っていう本当に島だったんですね。10分ほどフェリーに乗って海を渡らないと行けない。世界遺産に登録されているのは、海に浮かぶ社殿群、有名な大鳥居が立つ前面の海、原始林が茂る背景の弥山を含む島の14%にあたる。推古天皇が即位した6世紀末に創建し、12世紀に平清盛が安芸の守となり、現在の姿になったというから1400年の歴史がある。なんといっても見所は潮が満ちると床付近まで水に浸かってしまう高床式の社殿。よく見ると海中の基礎の上に柱が載っているだけで建物全体が支えられている。そういえば何年か前に台風で大破した姿が記憶にあるが、何千年もの風雨に耐えるには、自然に抗うのではなく身を任せるほうが実は被害が少ないことを証明している。
同じ世界遺産でも一方は1000年以上の歴史を持つ神聖な場所、もうひとつは人類にとって「負の遺産」として残していかなければならない場所である。広島を訪れるなら暑い8月がいい。あの日、起こった悲劇を忘れないために「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」と平和公園の慰霊碑には刻まれている。


7/12 愛を読むひと 

全世界500万人が涙した大ベストセラー『朗読者』(ベルンハルト・シュリンク作)は、世界中で一大ブームを巻き起こした小説であり、それを原作とした映画「愛を読むひと」を観た。邦題といい、感動の・・・なんて触れ込みに単なるラヴストーリーかと思い、あまり期待せずに観に行ったのが良かった。
第二次世界大戦後1958年の西ドイツ、15歳のミヒャエルは学校から家に帰る途中気分が悪くなり、ひとまわり以上年の離れている女性ハンナに助けられる。それから彼女の事が気になるミヒャエルは再び彼女を訪れる。やがて彼はハンナと裸で愛し合う様になるが、彼女はセックスの前に、彼に本を読むことをせがむ。朗読はふたりにとっての前戯のようなもの。ミヒャエルはますます彼女にのめり込んでいく。しかしある日突然ハンナは姿を消してしまう。互いに何の連絡も取らないまま8年の時が過ぎ、ミヒャエルは法学部の学生としてホロコースト裁判の見学に訪れるが、そこで被告席にいるハンナを見てしまう。
ハンナの抱える「秘密」への伏線を巧妙に織り交ぜながら、静かなクライマックスへと進む。いい意味で邦題に騙された!もっともっと深く重いテーマを扱っており、崇高で芸術的な作品だ。オススメ度★★★★☆。


6/28 ACLラウンド16 ガンバVSフロンターレ 

先週、万博で行われたACL(アジアチャンピオンズリーグ)のラウンド16、ガンバはJリーグのフロンターレを迎えた。負ければそこで敗退、そしてホームゲーム、そして何よりもACLのディフェンディングチャンピオンとして絶対に負けられない試合である。しかし、試合前からどうも嫌な予感がする・・・。相手はリーグ戦では上位のフロンターレ、このあいだのワールドカップ予選で大活躍した日本代表・中村憲剛がチームをまとめ、44年ぶりに北朝鮮をW杯に導いたチョン・テセがいる強豪チームである。一方ガンバは先週の新潟戦で敗北し、リーグ戦3試合連続無得点の完封負け状態。点が取れないのである。
試合は、まず27分にレアンドロが先制し喜んだのも束の間、33分にフロンターレの中村のシュートで同点に追いつかれる。そして、39分、加地のクロスにフリーのレアンドロが飛び込んでヘッドで決める。このまま前半を終了。いい流れで後半に入ったものの徐々にフロンターレのペースになっているのが、誰の眼にも明らかに・・・。そして76分に同点、85分に逆転される最悪の試合だった。何度も追加点が取れるチャンスがあったものの決めきれないガンバ、今後のリーグ戦でひとつひとつ立て直していくしかない。
ちなみにこの日、「やべっちFC」の前田アナが取材に来ていたのだが、(テレビ朝日HPのコラムによると)公式戦の初のピッチリポートらしく忙しそうに動き回っていたのが印象的だった。今夜の番組でどんなふうに放送されるか楽しみだ。


6/22 対決。大阪VSベニス 安藤忠雄建築展

サントリーミュージアムの「安藤忠雄建築展2009」を観に出かけた。地元大阪をテーマに、同じく「水の都」であるベニスの街づくりとあわせて安藤建築のプロジェクトを紹介するものである。もともと安藤建築は「水」を取り込んだものが数多くあり、そのコンセプトの分かりやすさが魅力のひとつであると私は思う。今回もずばり「大阪の街を元気にしよう」がテーマであり、その中身は実に分かりやすい。巨大な都市開発プロジェクトや絵に描いたような未来都市を提案するものではない。大川沿いの桜の通り抜けを拡張して淀川から大阪港までつなぐプロジェクトや、中之島対岸の川に面して建ち並ぶビルの壁面緑化プロジェクトなど、ネットワーク型街づくりなのである。それを約20mもある1/300の中之島周辺の模型で再現。これには正直度肝を抜かれる。よく見れば模型作りのプロが作ったものでないことがわかる。おそらく安藤事務所の若い所員だけで作ったのであろう。それだけに訴えかけてくるものがあり、圧倒的なのである。
安藤忠雄は言う。大阪には受け継がれてきた自主独立の精神と、公を思う心意気、そして無類の行動主義という、たくましい民の力があると・・・。
中之島一帯の桜の植樹運動は一口1万円で現在約52000口が寄せられているそうだ。まさしく民の力である。地盤沈下が叫ばれる大阪だが、安藤忠雄にはこの先も大阪を拠点に最終ラウンドまで頑張ってもらいたい。


6/5 杉本博司「歴史の歴史」展

国立国際美術館の「杉本博司”歴史の歴史”」展を観に出かけた。「歴史の歴史」とはいったいどういう意味なのか?杉本博司は東京とニューヨークを拠点にするアーティストだが、若い頃ニューヨークで古美術商をしながら写真作品の制作をしていた。なるほど。彼の日本の古代からの美術、建築、文学などあらゆる芸術の造詣の深さはそこにあったのか。そしてアーティストとして自らのアートをこう語っている。
アートとは技術のことである。眼には見ることのできない精神を物質化するための。私のアートとは、私の精神の一部が眼に見えるような形で表象化されたものである。いわば私の意識のサンプルと言っても良い。私はアーティストとして長年この技術を磨くことを心がけてきた。
つまり技術を磨く上で先人の技術を体得するために手本を必要とし、歴史上の遺物を収集しているのだという。そうして集められたモノの中には、おおよそ個人が所有しているとは思えないボリュームで、なぜこれがここにあるのかと思えるモノばかりである。化石、隕石、月の石、平安時代から鎌倉時代の仏像、「解体新書」、宇宙食、第二次大戦中のタイム誌など歴史を語るモノの数々。そうした遺物と、アートへと転化された杉本博司の作品と一緒に鑑賞できる。
歴史とは生き残った者が語り継ぐ勝者の歴史に他ならない。語り継ぐ者のいなくなった敗者の歴史は遺物となってその内に閉じ込められる。それら遺物に耳を傾けると、確かに何かを語りかけてくる。杉本博司の写真と同じように・・・。


5/21 ピカソとクレーの生きた時代展

兵庫県立美術館では「ピカソとクレーの生きた時代」展が行われている。ドイツのデュッセルドルフにあるノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館が改修されるのを機に、ピカソ6点とクレー27点ほかマティス、シャガールなど20世紀前半のモダンアートのコレクションが見られるまたとない機会である。
今回の目玉はやはりパウルクレーの作品群である。1879年にスイスのベルンで生まれたクレーは、1898年パリと並んで芸術の都であったミュンヘンに出る。1920年ころから現代美術の最前線の画家として知られるようになり、バウハウスで教鞭もとった。同じくバウハウスの教授となったカンディンスキーとは、一時期アトリエを共有していた。クレーは造形や色彩について講義を行い、のちにはカンディンスキーと共に自由絵画教室を担当するかたわら、絵画理論の研究に取り組み、多くの理論的著作を残した。造形について、色彩についての様々な研究は講義のための準備とクレー自身の表現の探求の両方を兼ねており、そのような研究を経るなかでクレーの芸術観と絵についての考えはいっそう深化していくことになったのである。その後、1931年にクレーはデュッセルドルフの美術アカデミーの教授に就任した。しかし、1933年に前衛的芸術に批判的なナチスが政権を掌握すると、クレーは教授職を解任され、スイスへ亡命することになる。戦後、ノルトライン=ヴェストファーレン州は、このような負の歴史を文化政策的に償うために、クレーの作品を購入して美術館を設立したのである。色鮮やかなクレーの作品だが、このような歴史に翻弄されてきたことを知るとまた見る目も違ってくる。

5/7 松中選手 プロ通算1500本安打

GW最終日、京セラドームでソフトバンク対オリックスを観戦。今シーズン初めてのスタジアム観戦ということで、やや興奮気味だったが、いきなり1回裏に1点を先制される。先発大隣投手がピリッとしない。4回表ツーアウトから長谷川の内野安打で同点に追いつく。6回表、無死二塁から松中に打席がまわり、センター前のヒット!これでプロ通算1500本安打、プロ野球史上100人目の偉業である。松中は1塁ベース上で花束を受け取るも軽く手を挙げるのみ。まだまだ通過点という感じなんだろうなあ。おめでとう!その後、小久保、オーティズのタイムリーで一挙に4点追加し、結局5対1でソフトバンクの勝利!先発大隣も6回1失点で今期初勝利。これでライオンズと並んで4位に浮上、でも借金はまだ3もある。このまま上向きになってくれるといいのだが・・・。


5/4 鴨川ホルモー

映画「鴨川ホルモー」を見た。ストーリーは・・・二浪して京都大学に入学した安倍は、葵祭のエキストラのバイトを終え、同じ京都大学の新入生・高村と知り合う。その帰る途中に京都大学三回生のスガから「京大青竜会」というサークルの勧誘を受け、新歓コンパに誘われる。安倍は、京大青竜会へ入会するつもりなどなく、ただ新歓コンパにだけ参加するつもりで会場へ向かった。しかし安倍は、その席で早良京子という女性に一目惚れし、彼女に近づきたい一心で入会してしまう。当初はただのリクリエーションサークルと思われた青竜会だったが、やがて安倍たちは、自分達が京都を舞台に鬼や式神を使って争う謎の競技「ホルモー」で戦うために集められたことを知らされる。半信半疑の安倍たちであったが、吉田神社での儀式を終え、自らの目で「オニ」たちを見るに至り、否応なくホルモーの世界に引き込まれることとなる。

とまあ何のことなのかさっぱり分からない設定だが、これが京都で学生生活を送った者にとっては、妙にリアリティがあるのである。ましてや「ホルモー」を競う京都に実在する4つの大学(京大・立命館・京産・龍谷)の一つを母校としている私にとっては、実になまなましい。四条烏丸の交差点、祇園祭の宵山、三条の居酒屋、鴨川河川敷などのロケーション、実態を隠して甘い言葉で新入生を勧誘したり、サークル内の恋愛、それがきっかけのいざこざ、仲間割れなど今となっては懐かしい思い出が次々とよみがえる。たぶん自分が在籍していたときには気付かなかっただけで、こんな活動をしているサークルが実際にあったのではないかと思えてくるから実に不思議だ。


5/3 小曽根真 ジャズピアノ ライヴ

先週、地元川西のみつなかホールで行われた小曽根真のコンサートに出かけた。日本を代表するジャズピアニストである小曽根真は、1961年兵庫県出身。父、小曽根実の影響でジャズに興味を持ち、独学で音楽を始めた。12歳の時にオスカー・ピーターソンのソロ・ピアノを聞き、ジャズ・ピアノを始める決意をする。1983年、ボストンのバークリー音楽大学ジャズ作曲・編曲科部門を首席で卒業。同年、米CBSレーベルと日本人初の専属契約を結び、全世界デビューを果たす。同時にゲイリー・バートン・グループに参加。1996年、北川潔、クラレンス・ペンと「The Trio」を結成。1998年、同トリオの『ディア・オスカー』でジャズ・ディスク大賞「日本ジャズ賞」を2年連続受賞。2003年、ゲイリー・バートンとのデュオ『ヴァーチュオーシ』で、第45回グラミー賞に初ノミネート。精力的な演奏活動のかたわら、FM番組のパーソナリティー、舞台音楽、ドラマ音楽を手がけるなど、ジャズの世界を超えて、幅広く活動中である。
もう6年ほど前になるが、大阪ブルーノートで塩谷哲とのピアノデュオで一度ステージを拝見したことがある。今回のステージは、一部はソロで、二部はトロンボーン奏者の中川英二郎とデュオで楽しませてくれた。やっぱり生音はいいねぇ。耳の奥まで気持ちよく響いて、とろ〜んとなってしまいました。最高に贅沢な時間です。

2/18 通る企画書の見せ方・つくり方

今月からデザインリフォームを手がける事務所のスタッフとして働いている。昨年の秋ごろ、ネットでこの会社のホームページを見つけ、採用募集していたので応募した。しかし、1回目の面接でバツ。もう一度面接をお願いし、その時は芸大の作品なんかも持っていったが、反応なし。諦めずにラストチャンスをお願いしたら、「企画書を書いて来い」と言われた。さあ、困った!今まで企画書なんかほとんど書いたことがない。本屋さんに行くと「企画書の書き方」の類の本がいっぱいある。しかし、どれも「書き方」ばかりで、役に立ちそうな本は全然見つからない。大事なのは「書く」ことではないだろう。「書いた」ことを「認めてもらう」ことだろう。つまりそれが「通る」ということである。企画書を書けと言われ、書いて終わっている、あるいは提出して終わりが、ビジネスシーンでいかに多いかが垣間見えたような気がした。
この「通る企画書の見せ方・つくり方」は、つまり「見せ方」と「つくり方」の本である。テーマは「常識を捨てて自分らしさを出せ!」である。パワーポイントでそれなりに時間と労力をかけた割にはつまらないプレゼンを今まで受けたことがある人も多いだろう。何が原因か?それはどこかで見たことがあったり、切り口がありがちだったり、先の読める起承転結だったり・・・。常識に縛られているのである。大事なのは中身だと分かっていても、ついつい体裁の良さに重きを置いてしまっている。誰でもカンタンに出来るようになったせいで、かえってつまらなくなってしまっているのである。
で、この本を参考に自分の経験から考えたビジネスプランの企画書をつくってみた。そしてラストチャンスの面接で、プレゼンテーションした。すると採用が出た=企画書が「通った」のである!
仕事に限らず何かしたいことがあれば、その戦略を立て実現させるための発想のヒントが詰まったこの本があれば、もう「企画書を書いて来い」が怖くない。

1/26 パンダバックヤードツアー

今回で三度目となる白浜アドベンチャーワールドへ出かけた。今回の目的、それは昨年9月に誕生した双子のパンダ「梅浜」「永浜」に会うためである。生まれてまだ4ヶ月しか経っていないパンダは、写真のように動くぬいぐるみで、その可愛さは他に例えようもないくらいである。赤ちゃんパンダはすぐに成長してしまうので、この状態を見られるのは「今」だけである。今回はもうひとつ目的があった。それはパンダバックヤードツアーである。オプションで用意されているこのツアーは、パンダの獣舎に入り、エサをあげることができるというものである。普段はガラス越し、もしくは屋外で見られる場合も数十メートル先でしか見られないパンダを間近で見られる。それだけに一日30人に限られ、開園後3分で締め切りとなってしまうほどのプレミアが付いている。このツアーの申し込みは、開園ゲートから50m先に用意されたチケットブースで先着順である。つまりゲートが開くと同時に大のオトナが一斉にスタートし走らないと手に入れることができないのである。さながら西宮神社の福男である。前回は状況がつかめず少し遠慮してしまったがために、わずかの差で逃してしまった。ということで今回は開園1時間前からゲートに並び、他人を押し退けて猛ダッシュして、念願のツアー参加が実現したというわけである。
バックヤードに入るのは手と靴の裏を十分に消毒しなければならない。パンダは病気に弱い動物なのである。今回、エサをあげるのはオスの「幸浜」3歳。初めて白浜に行ったときにはまだ赤ちゃんだったパンダで、ずっと成長を見守ってきた。3歳でも体重90kg、立ち上がると大人の背丈よりも高く、間近で見るとその大きさに圧倒される。金属の棒の先にリンゴなどの果物を付け口先に近づけるとパクッと食べてくれる。感動である。穏やかに見えるパンダだが実は鋭いツメを持ち、時々檻の間から腕を出してくる。危険なので1メートル以内には近づけない。それでも写真のように至近距離で対面できるのは感動的であり、貴重な体験であった。

12/20 純粋なる形象 ディーター・ラムスの時代

サントリーミュージアムの「純粋なる形象〜ディーター・ラムスの時代」展を見に出かけた。1955年以来、ブラウン社(BRAUN)において40年以上にわたり500を超える製品をデザイン・監修してきたディーター・ラムス。バウハウスやウルム造形大学に象徴される機能主義的なドイツデザインの精神を、ラムスは一人の企業人として継承し、製品の企画から設計、製造、さらに広告にいたるまで、あらゆる開発プロセスと密着しながらデザインのあるべき姿を模索したのである。
ディーター・ラムスの「良いデザインの10原則」というものがある。(1)Good design is innovative.良いデザインは、革新的である。(2)Good design makes a product useful.良いデザインは、製品を有用にする。(3)Good design is aesthetic.良いデザインは、美的である。(4)Good design makes a productunderstandable.良いデザインは、製品を分かりやすくする。(5)Good design is unobtrusive.良い製品は、押し付けがましくない。(6)Good design is honest.良いデザインは、誠実である。(7)Good design haslongevity.良い製品は、恒久的である。(8)Good design is consequent down to the last detail.良いデザインは、あらゆる細部まで一貫している。(9)Good design is environmentally friendly.良いデザインは、環境に優しい。(10)Good design is as little design as possible.良いデザインは、できるだけ少なく。
なんと美しい言葉の数々なんだろう!そしてそれをカタチにしたブラウン社の商品は思わず見とれてしまうほど美しい。今日、危機的状況に陥っている自動車メーカーや派遣労働者を切り生産調整している家電メーカーに、このようなポリシーは存在したのだろうか?デザインは人々を幸せにするチカラ、可能性をもっている。私は「Good design is as little design as possible.できるだけ少なく」がいちばん気に入っている。

11/24 丹波・大国寺の紅葉

紅葉を求めて丹波篠山方面へドライブにでかけた。篠山市内で一度食べたらやみつきの「小西の黒豆パン」を買って、少し離れたところにある大国寺へ。大国寺は大化年間(645〜650年)に建てられたと伝えられており、豊臣秀吉や代々の篠山城主の崇敬を受けたといわれる名刹である。また国の重要文化財に指定された仏像が多数あり、丹波の正倉院ともいわれている。
ちょうど紅葉のシーズンまっさかりだが境内は数えるほどしか人がいない。静かに紅葉を満喫といいたいところだが、あまりに人がいないことをいいことに一面に落ちているイチョウとモミジの落ち葉で拾っては空に投げて遊んだ。お寺の鐘も独り占めで突くことができた。


11/9 ガンバ大阪 AFCチャンピオンズリーグ決勝

アジアNO.1クラブチームを決めるAFCチャンピオンズリーグは、14カ国のリーグ戦勝者、主要カップ戦勝者の合計20チームがA〜Gの7グループに分かれてグループステージを戦い、各グループ1位のチームのみが決勝トーナメント(ノックアウトステージ)へ進出できる。ノックアウトステージでは、前回優勝の浦和レッズを加えた8チームでトーナメント方式で戦い、アジアNO.1が決定するのである。そして優勝チームにはFIFAクラブワールドチャンピオンシップ2008の出場権が与えられ、世界一をかけて戦う。

ガンバ大阪は準決勝で浦和レッズを破り、オーストラリアのアデレード・ユナイテッドとの第1戦を万博で戦い、観戦に出かけた。スタンドには日の丸が登場、まさに日本を代表してアジアの頂点を目指す。前半からガンバの超攻撃スタイルがかみ合い、37分二川のピンポイントパスにルーカスが先制、さらに43分には遠藤が左からのシュートで2-0。後半に入っても勢いは止まらず68分にCKから安田のボレーシュートが炸裂しアデレードを下す。まさかこんな一方的な展開になるなんて正直びっくり。11月の寒い夜に、スタンドは大盛り上がり。アウェー側のチケットしか手に入らなかったのでどうなるかと思ったが、オーストラリアからやってきたアデレードのサポーターはわずか20人ほど。一緒に写真を撮ってくれたり、カンガルーのかぶりモノ姿だったり、とってもフレンドリーでマナーも良かった。

アウェー戦は11月12日、断然優位になったガンバ大阪はこのままアジアの頂点に立てるか?


11/3 青春のロシア・アヴァンギャルド

サントリーミュージアムでは11/3(祝)まで 「青春のロシア・アヴァンギャルド」展が行われている。

ロシア・アヴァンギャルドは1917年の革命をはさむ10数年間に、めまぐるしいスピードで展開した鮮烈な芸術運動である。この時代、世界各地で新しい芸術を模索する動きが興っていたが、
ロシアはその中で、最も過激な芸術の実験場であった。革命という社会の大変動を背景に、次々と才能ある芸術家たちが現れ、美術・舞台・建築・デザインなど、さまざまな分野でユニークな試みが繰り広げられたのである。ロシア・アヴァンギャルドの中心的人物のひとりで、20世紀の西欧美術に大きな影響を与えた人物にカジミール・マレーヴィチがいる。彼は、最初から何も再現していない四角や円などの幾何学的な形を、いきなり画面上で組み合わせることによって抽象絵画を作り出し、これをスプレマティズム(絶対主義)と名づけた。
そしてもうひとつロシア・アヴァンギャルド運動の中で、スプレマティズムと並んで大きな勢力を持っていたのが構成主義である。 これは衝動的で即興的な芸術ではなく、さまざまな材料や空間理論や情報伝達技術を構成(construction)して、人間の実際生活に役立つ工業生産物を作り出そうというものである。抽象的な絵画や彫刻といった純粋な表現に使われるのではなく、産業と結びつき、本の装丁や建築、家具、陶器、衣類など、実用的なものへと応用されていく。それは革命による新しい社会の建設という社会主義の理念に添う形で変質していくが、やがて社会主義国家建設の理想にかなうような労働者の姿を写実的に表現した社会主義リアリズムが唯一の方針となり、ロシア・アヴァンギャルド運動は、わずか10数年という短い期間で終息してしまう。
しかしロシア・アヴァンギャルドは完全に消え去ってしまったわけではなかった。革命政府の方針に納得できない多くの芸術家たちが亡命という手段を選び、フランス、ドイツ、アメリカなどで活動を続け、彼らの活動はドイツの工芸美術学校であるバウハウスをはじめ各国で大きな影響を与えた。皮肉にもロシア国内で否定された芸術運動は世界へと広がっていったのである。

この時代の芸術運動はとにかくとっつきにくい。資本主義や社会主義といった政治や、戦争、革命といった世界史と密接に関連しているので、一筋縄ではいかない。しかし、これは教育の問題である。つまり世界史では芸術との関係について教えない。芸術とは非常に個人的なものであり、純粋であれば現実世界から離れてしまうもので社会現象とはオーバーラップしないという考え方があるからである。実際にはそれはあり得ないだろう。

社会が大きく動けば芸術も大きく動く。いつの時代にもアヴァンギャルドは存在するのである。


10/18 容疑者Xの献身

もはや説明不要のテレビドラマ「ガリレオ」が映画化、それが「容疑者Xの献身」である。原作は東野圭吾の『ガリレオ』シリーズ初の長編にして直木賞受賞のミステリー。ということで、原作を読破してから映画館へ行った。
ある日、貝塚北警察署管轄内で男性の死体が発見される。顔は潰され、指も焼かれて指紋が消されていたものの、ほどなく身元は判明した。捜査には本庁も出動し、貝塚北署の刑事・内海は先輩の草薙と共に、被害者の別れた妻・花岡靖子へ聞き込みに向かう。しかし、容疑者と目された彼女には完璧なアリバイがあった。いきなり壁にぶつかった2人は、さっそく“ガリレオ”こと湯川学に相談を持ちかける。そこで偶然にも、靖子のアパートの隣に住む冴えない男・石神哲哉が、湯川の学生時代の無二の親友だったことが判明する。現在は高校のしがない数学教師をしている石神だったが、彼は湯川が“僕の知る限り、本物の天才”と評するほどの頭脳の持ち主だった。やがて、湯川は石神がこの事件に深く関わっているのではと疑念を抱き始めるが・・・。

おそらく原作を読んで映画を見た大半の人はこう思うだろう。原作にここまで忠実に映像化されているとは驚きだった。特に殺害現場、トリック、アリバイ工作など。石神哲哉役の堤真一には最初、違和感を覚えるが、それはそれで良かったとラストシーンで納得。
またテレビシリーズで毎回見られた、湯川が痛快に難事件を解決していくスピード感やコミカルなキャラは控えめになり、湯川の人間性が描かれている。これもテレビドラマの映画化であればこれくらいの味付けの違いは許されるだろう。献身という言葉の意味が重くのしかかる人間ドラマとして楽しめた。

★★★★☆


10/13 ガンバvsアントラーズ

Jリーグ第28節、ガンバ大阪vs鹿島アントラーズを万博で観戦した。夏場に勝ち星から見放されすっかり優勝争いから脱落したかに見えたガンバはここにきて3連勝中。対するアントラーズは現在首位である。ここで負けるようなことになればもう後がない状態である。
開始早々から運動量の乏しいガンバに対し、鹿島が試合の主導権を握る。36分に藤ヶ谷が右腿前を強打し、負傷退場。なんとまさかのGK交代。前半を0-0で折り返す。後半は、なんとかして攻撃の変化を作ろうと寺田、播戸を投入。しかしゴールは遠い。結局、両者譲らずの攻防戦を繰り広げ、0-0の引き分け。
今週の水曜日、ACL準決勝の浦和戦もいいところまで攻めながらドロー。厳しい戦いが続く。リーグ戦、ACL、どちらでもいいからとにかく最後までサポーターを楽しませて欲しい。

9/19 パンダフルライフ

パンダのドキュメンタリー映画「パンダフルライフ」を見た。8/26に王子動物園の「タンタン」が赤ちゃんを産んだが、まもなく死亡するという悲しいニュースがあった。しかし9/13には白浜で、「良浜」が双子の赤ちゃんを産み、こちらはすくすくと育っているという。日本で生まれたジャイアントパンダが赤ちゃんを産むのは国内初の快挙である。実はパンダの生態はまだまだ分からないところが多く、絶滅の危機に瀕しているパンダを何とかして救わなければならない。このドキュメンタリーの舞台はその白浜アドベンチャーワールドと中国四川省の成都大熊猫繁育研究基地。とくに出産と子育てにスポットを当てた貴重な映像と、ちょっとコミカルな菅野美穂のナレーションでかわいいパンダの映像が満載である。この映画を見れば誰だって顔がニヤける。そして実物を見たくなる。白浜の「愛浜」「明浜」の成長ぶりと双子の赤ちゃんを見に行かなければ・・・。


8/20 東京・アートと建築をめぐる旅〜その3

いよいよ東京の旅も終盤にさしかかってきた。限られた時間でどこに行こうか非常に迷うところだが、やはり表参道は外せない。行く度に新しいブティックが出来ている。今回はMVRDV 設計のGYRE を見るのが楽しみだったが、ダイナミックな外観に比べて内部はフツウだったのがちょっと残念。
そんな表通りの喧騒を避けるかのように裏通りにひっそりとあるのが岡本太郎記念館である。ここは1996年に84歳で亡くなるまで、岡本太郎のアトリエ兼住居だった場所である。ブロックを積んだ壁の上に凸レンズ形の屋根をのせたユニークな建物を設計したのは岡本太郎の友人で、ル・コルビュジェの愛弟子だった坂倉準三である。ここには岡本太郎の「芸術は爆発だ!」の痕跡がいたるところに残っており、アトリエは今でも作業しているかと思えるほどリアルに展示されている。ちょうど開館10周年を記念して「太陽の塔−万国博に賭けたもの」展が開催されている。太陽の塔は大阪人にとっては見慣れているので普段はあまり感じない(感じないようにしている?)が、冷静に考えるとやっぱり物凄いパブリックアートであり、今でも傍を通るたびにエネルギーを感じてしまう。その製作過程のデッサンや設計図面、模型が展示されており、これは興味深い。この記念館は、館内は撮影自由、庭の彫刻作品も自由に触ることができる。岡本太郎は生前、今日の芸術はうまくあってはならない、きれいであってはならない、ここちよくあってはならないと語っている。本当の芸術は、見る者を圧倒し、その人の生活自体を変えてしまうほどの力をもっていると語っている。アートは見て触って感じてほしい・・・岡本太郎の意思がそこにあるように思えた。
最後は、品川駅から歩いて15分ほどのところにある原美術館へ。建物は、東京国立美術館や銀座の和光ビル(旧服部時計店)の設計を手がけた渡辺仁によるもので、1938年に完成した。1979年、当時としてはまだ珍しかった現代アート専門の美術館として開館。館長の原俊夫は、曽祖父に明治・大正を代表する実業家の原六郎、祖父に日本航空の会長などを歴任した原邦造をもつ家系の4代目である。ジャン=ピエールレイノー、イサムノグチ、奈良美智、森村泰昌などの作品が常設されているほか、現在、「アートスコープ2007/2008 」展が開催されており、日本とドイツのアーティストによる絵画、彫刻、インスタレーション、ビデオ、ドローイングなど様々な現代アートが鑑賞できる。築70年経過しているとは思えないモダニズムの館内は、もともと住宅だっただけにスケール感が心地よく、中庭に面したカフェあたりは、ゆったりとした時間が流れている。この美術館のコレクションのラインナップを見ると、その充実ぶりに驚く。つまり訪れるたびに違うものが見られるということ。居心地のよさも含めて、ここは何度でも訪れたいスポットであった。


8/18 東京・アートと建築をめぐる旅〜その2

国立新美術館を出て歩くこと数分、東京ミッドタウンへ。ガレリア3 階のインテリアショップをひととおり覗いて、サントリー美術館に入る。美術館の設計を手がけたのは建築家・隈研吾。日本の伝統と現代を融合させた「和のモダン」を基調とする「都市の居間」というのがテーマ。館内は、木と和紙を意匠に用いた和の素材ならではの自然のぬくもりと、柔らかい光が見事に表現されており、まさに「ほっとする」空間が広がっている。床材にウイスキーの樽材を再生利用しているというのもサントリーならでは。こういう空間にふさわしくちょうど「小袖〜江戸のオートクチュール」展が行われていた。江戸時代の服飾形式の中心であった小袖は、形がシンプルなため、模様や色などの意匠を見せることが重視された。上層階級の女性たちは、小袖の意匠に想いをめぐらし常に新しい表現を求めたという。呉服商が仕立てた小袖は、まさに江戸時代の高級注文服(オートクチュール)であった。松坂屋京都染織参考館が所蔵する江戸時代初期から後期の小袖は、それこそ唯一無二で、どのような女性が身に付けていたのか想像するだけでも楽しい。和テイストのモダンな空間で、しばし時間が経つのを忘れる。
つづいて同じく東京ミッドタウン内にある「21_21 DESIGN SIGHT 」へ移動。折り曲げられた巨大な鉄板の屋根が地面に向かって傾斜する独創的な造形の建物は、安藤忠雄の設計である。ここはデザインを通して世界を見る場所というのがテーマになっている。ミュージアムというよりもリサーチセンターであり、デザインについて考える場所であり、ものづくりの現場でもある。地下空間に広がる予想を超えるダイナミックな空間では、アジアの多様な文字文化に着眼し文字と視覚表現の関わりを追求している浅葉克己ディレクションによる「祈りの痕跡」展が行われている。「書く」という人類最大の発明から生まれる芸術や文化について、ここではじっくり向き合いそして考える場所なのである。都会での日常生活においてこのような体験はなかなか出来ない。ひとりで訪れて、静かに心ゆくまで時間を過ごすのがおすすめである。


8/16 東京・アートと建築をめぐる旅〜その1

夏休みを利用して2泊3日で東京へ出かけた。ひたすらアートと建築をめぐる旅、まずは上野公園の中にある国立西洋美術館へ。何度か美術館の前を通り過ぎたことはあったが、今回初めて中に入った。20世紀を代表する建築家のひとりであるフランス人建築家ル・コルビュジエの設計により、1959年3月に竣工した歴史的建造物である。現在、フランス政府とル・コルビュジエ財団が中心となって、世界に存在するル・コルビュジエの設計した建築物の中の代表的な作品をまとめてユネスコの世界遺産として登録する計画が進められており、その一つに挙げられている。内部空間では、ホールの天井にある三角形のトップライトと2階へと続く斜路が見もの。ゆっくりと移動すると、空間の変化を噛み締めるように楽しめるのである。地下の会場では「コロー〜光と追憶の変奏曲」展が行われており、ルーヴル美術館の全面的協力を得て30余点が出品されている。コローの作品は、ロマン主義から発し、新古典主義的イタリア憧憬、ロマン主義、歴史主義的アカデミスム、レアリスム、自然主義、そして新しい印象主義的感性や写真術的技法、ジャポニスムと多岐にわたり、一連の変遷を鑑賞することができた。
つづいて国立新美術館へ移動。この美術館の最大の特徴は収蔵品を持たない点であり、国内最大級の展示スペースを持つアートセンターとしての役割を果たすまさに新しいタイプの美術館である。エントランスロビーのアトリウムは天井高が21.6mもあり、そこに巨大な逆円錐が二つ置かれ、それぞれレストランとカフェになっている。透明で大波のようにうねる外壁面はガラスのカーテンウォールである。圧倒的なスケールでありながら館内が静かで人ごみの不快感を覚えないのは、建築家・黒川紀章の設計と総工費380億円の賜物か?居心地のいい美術館である。メイン会場では、「ウィーン美術史美術館所蔵 静物画の秘密」展が行われていた。ウィーンの美術史美術館が所蔵する豊富な作品群のなかから「静物画」にスポットを当て、なぜ「静物画」が、広くヨーロッパ各地に展開したのかその隠れた理由を探るというものである。特別出品のディエゴ・ベラスケス「薔薇色の衣裳のマルガリータ王女」は、後の神聖ローマ帝国皇帝となるハプスブルク家のレオポルトとの婚姻用に描かれたもので、マドリッドからウィーンへと贈られた。脇に描かれているマーガレットはもちろん王女の名前マルガリータにちなんだもの。ピンクの衣装とマーガレットの花が、少女の可憐さを際立たせているのである。


8/6 南海VS近鉄

ペナントレースが後半戦に突入する第一戦、ソフトバンク対オリックス戦を京セラドームに見に行った。数ヶ月前にチケットを手に入れていたので、全然予想していなかったのだがサプライズが二つあった。一つはソフトバンクが南海ホークス時代のモスグリーンのロゴが入ったユニフォームで登場。そしてバックスクリーンには当時の「大阪球場」の看板が用意されていたのだ。客席ではソフトバンク、ダイエー、南海のいろんなユニフォーム姿のファンが詰め掛けた。相手チーム側から「かっとばせ〜○○、南海倒せ〜オウ」と声援が飛べば、こちら側からも「近鉄倒せ〜オウ」と返す。極めつけはラッキーセブンの時には、南海ホークスの応援歌(初めて聴いたので歌えないよ・・・)が用意されており、昭和の時代に完全にフラッシュバック。客席はホームの1塁側オリックスファンよりも3塁側ソフトバンクファンのほうが埋まっているのではと思えるほど盛り上がっていた。
そしてもう一つのサプライズは、695日ぶりに一軍に戻ってきたオリックス清原和博(40)の登場である。これには3万人が総立ちで拍手を送り、この日、いちばんの盛り上がりを見せた。結果は空振りの三振だったが、ソフトバンクのファンからも熱い声援が飛んだのは言うまでもない。試合は両チームの投手戦で、同点の9回2死二塁から本多が右中間三塁打を放ち決勝点を挙げ、ソフトバンク大隣投手が8回8安打2失点で10勝目をマーク。
あらためて野球の面白みが存分に味わえたいい試合だった。やっぱりスタジアムに足を運ばないとね。


7/31 建もの探訪 〜 愛知県

名古屋で2泊した週末に愛知県でどうしても行きたかった建築物を見に行った。ひとつは、豊田市立美術館である。設計はニューヨークのMoMA新館も担当した谷口吉生である。近年、各地に誕生しているミュージアムと比較すれば派手さはない。しかし、谷口吉生設計の美術館はどのミュージアムよりも圧倒的に美しい。モス・グリーンのスレートと乳白の磨りガラスで構成されたモダンな外観や、水平、垂直の直線と矩形を基調とするミニマルな建築空間は、谷口吉生のミュージアムの真骨頂といえよう。造園家ピーター・ウォーカーと共同で設計した庭園は、湿と乾、円と四角、不整形と幾何学、私と公といった対立要素で構成されている。まわりの庭園も内部空間もスロープや階段でレベルが次々と変化し、いくら歩き回っても飽きることがない。
そしてもうひとつは明治村にある帝国ホテルである。フランク・ロイド・ライトによって設計され、大正12年(1923)4年間の大工事の後に完成した帝国ホテルの中央玄関部が移築されたものである。外観は大谷石で複雑な幾何学模様の彫刻を施し、レンガには櫛目が入れられている。柔らかで華麗な姿は建築というよりは壮大は造形芸術作品である。内部のメインロビーの吹き抜けは、一部大谷石に代えてプレキャストコンクリートなどの新建材で復元されているものの、当時の雰囲気はそのままに、「光の籠柱」と大谷石の柱、食堂前の「孔雀の羽」と呼ばれる大谷石の大きなブラケットなど見所は多い。光と影を知り尽くしたライトの仕事にただただ圧倒された。


7/27 ap bank fes 08

今年もやってきた夏フェスの季節!先週の3連休は「ap bank fes 08」に参加してきた。昨年は台風の影響で1日しか開催されなかったが、今年は3日間とも好天に恵まれ、競争率10倍という2日目のチケットを手にいざ静岡県つま恋へ・・・。初参加の昨年は日帰りという強行スケジュールに失敗し、最終の新幹線に乗ることが出来なかった反省を踏まえ、今年は名古屋市内で前泊、当日の夜も名古屋で宿を確保した万全の態勢で挑んだ。そのかいあってフェス当日も余裕の会場入り。フェス本来の目的である「環境について考える」物販、ワークショップ、フードエリアをゆっくり見ることができた。そこで原宿表参道発の街をきれいにする運動を続けるグリーンバードのエコバックに目が留まった。このエコバック、実は原宿の街ではためいていた旗を再利用したもの。なので少し汚れているし値段も高めだが、少しでもこの活動のチカラになれればと思い購入。kurkkuの店では、カッコいいマイ箸を見つけた。最初は少し恥ずかしかったが、外食のときにマイ箸で食べるのが今ではすっかり習慣となっているので、これも購入した。
ライヴも最初から最後までじっくり堪能することができた。今年は小林武史、櫻井和寿を中心としたBankBandをバックに、Salyu、広瀬香美、KAN、大塚愛、RIP SLYME、小田和正といった豪華なラインナップが続き、バンドアクトとしてthe pillows、そしてミスチルが締めくくった。
フェスの主催者であるap bankは、各地の人々の行う小さな試みを支援することで、「自分たちの力で社会を変えていける」と思う人が増えて、新しい未来が生まれていくことを目的としている。つまりあくまでも「自分たち」なのである。まわりが何とかしてくれると期待するのではなく、ましてや無関心でいるのではなく、「自分たち」が小さな試みを実行していくことが大事なんだという発想だ。さあ、今日からまた一年の始まりだ。


7/2 奇跡のシンフォニー

ひさしぶりにシネコンに足を運ぶとすごい人の数・・・。「花男F」がお目当ての人らしい。それを横目に静かに「奇跡のシンフォニー」のチケットを買った。
ストーリーは、ニューヨークの養護施設で育った11歳の少年エヴァン。生まれつき類い希な音感(いわゆる絶対音感)を持つ彼は、音楽を通じていつか両親に出逢えると信じていた。だが、その実の親であるライラとルイスは息子が生きていることを知らない。11年前、新進チェリストのライラとロック・ミュージシャンのルイスは運命的に出会うもライラの父によって仲を引き裂かれた。その後妊娠した彼女は交通事故に遭い、死産したことを知らされた。以来、ライラは傷心の日々を過ごし、彼女を失ったルイスは音楽への情熱も失い息子の存在も知らないまま金融業界へ身を投じていた。
そんな両親への思いが募るエヴァンは、ある時ふとしたことから施設を抜け出し、マンハッタンに辿り着く。やがて、元ストリート・ミュージシャンにギターの才能を見出され、またたく間に彼は才能を開花させていく。そして両親探しのきっかけを掴むエヴァン…。
音楽って本当にパワーがあるんだと思える。この映画での人と人との出会いは、すべて音楽。ロックでもクラシックでもすばらしい音楽には人を引き寄せるチカラがある。そしてその先には必ずハッピーが待っているはず・・・。
温かい気持ちで映画館を出ると「花男F」目当ての人たちにまた圧倒された。

6/25D&amp;DEPARTMENT PROJECT

デザインとリサイクルを融合した事業を展開する「D&amp;DEPARTMENT PROJECT」、そのデザイナー兼社長であるナガオカケンメイのブログをまとめた本がある。これがなかなか面白い。
2002年に東京・世田谷でスタートした「D&amp;DEPARTMENT PROJECT」はカンタンに言うとデザイン事務所が考えたリサイクルストアである。身の回りには様々なものがある。それしか選択肢がなくて仕方なく買ったもの、そもそもデザインなんて気にする必要のないもの、値段だけが決め手だったものなど。それらのすべてが気に入って100%満足しているかといえば、それはありえない。だれしも出来れば自分の気に入ったものだけに囲まれて生活がしたい。しかし、現実は難しい。そこでデザイナーの視点でセレクトされた定番商品やリサイクル商品のお店が身近にあればと考えたのが、ナガオカケンメイである。日本のものづくりの原点となる商品、企業だけをブランドとする「60VISION」の発案やロングライフデザインをテーマにした隔月刊誌の発行などを通じて、日本のデザインの底上げをしようとする試みである。
大阪・南堀江にある大阪店に足を運んでみると、店内はどことなく懐かしくデザインのいいものが並ぶ。デザインがいいとは格好がいいとか、背伸びしたしたような商品ではなく、手に馴染むとか作り手の意思が感じられるといったイメージである。そして一つひとつの商品には発売してから何年経っているか、つまりどれほどのロングライフ商品で、なぜ長い間、商品として流通してこられたかが分かるように説明が付いている。なるほど・・・デザイナーの視点のお店とはこういうことだったのか・・・。ちなみにはじめてだったので何も買わずに店を出た。本当に自分にとって必要なものかじっくり考えてから買いに行っても多分、そこにあるはずだから。そういうコンセプトの店である。限定品で誤魔化されたり、セール品に惑わされる消費行動は極力避けていきたい。この本を読んでデザインに対する考え方を、今いちど考えてみたいと思った。

6/11 小田和正 LIVE

先週、大阪城ホールで行われた小田和正のライヴに出かけた。8年ほど前に一度、ライヴを見て以来である。この間、小田和正はクリスマスの時期だけのTV番組「クリスマスの約束」の制作や音楽イベントの参加、そしてオリコンシングル・アルバムの両方で1位獲得最年長記録を持つなど、その活躍は還暦を過ぎても衰えることはない。ステージ上ではなぜか(笑)走り回るパフォーマンスが有名で、「ラブ・ストーリーは突然に」では客席に降りて一人ひとりにマイクを向けて歌わせるというむちゃぶりもある。ほとんどのファンは自信を持って歌い始めるが小田和正の高いキーで歌えるわけがなく、このあたりの意地悪さがファンにはたまらない。またライヴ中盤では会場周辺をビデオカメラを持って散策する様子が会場で流されるのも恒例となっている。このときも近寄ってくる年配女性に向かってババア呼ばわりする悪態ぶりで、歌の世界とのギャップが激しいのも人気の秘密かと思われる。それにしてもあの澄んだ歌声は奇跡である。オフコースの「さよなら」が大ヒットした1979年に初めて耳にした小田和正の声、その声は30年近く経ってもほとんど変わることがない。そして歌の世界もほとんど変わらない。聴くもののイメージを膨らませる叙情的な歌詞、美しい旋律、緻密に練り上げられたサウンド・・・。早稲田の大学院で建築を専攻していた小田和正は、売れるずっと前から建築を設計するように、音づくりを行ってきた。寸分の狂いも許されない建築の世界と同じように・・・だから「美しい」のである。本当に美しいものに触れると人は自然と涙が流れてしまう。

5/15 国宝 大絵巻展

九州の旅行でぜひ立ち寄りたかったのが、東京・京都・奈良に次いで開館した最も新しい国立博物館である九州国立博物館。「日本文化の形成を、アジア史的観点から捉える」という独自のコンセプトのもと、地元久留米出身の建築家菊竹清訓の渾身の作品である。カマボコ型のダイナミックな造形美、ガラスの外壁に映る大宰府の緑が美しい建築である。
館内の催しは現在、京都国立博物館所蔵の「国宝 大絵巻展」が行われている。絵巻とは、日本が誇る絵画と物語の総合芸術であり、物語を描いた絵を巻子(かんす=巻物)に表装したものをさす。古くは8世紀の奈良時代の国宝「絵因果経」、平安時代の国宝「粉河寺縁起」、鎌倉時代の国宝「一遍聖絵」などが出品されており、物語の展開に従って絵と詞(ことば)が次々とあらわれ、見る者を楽しませてくれる。漢文が理解できなくても、活き活きとした絵を丁寧に見ていくと、ユーモラスな場面なども理解できる。まさに絵巻が千年の時を超えて語りかけてくるようだ。
こういう場面に出くわすといつも思うのが、日本の歴史をもっと勉強しておけばよかったと思う。日本史は決して嫌いじゃなかったし苦にならなかったけど、暗記で済ませてしまうのは実にもったいない。今からでも遅くない。DSで始めてみようか・・・。

5/9 ヤフードーム

GWを利用して九州・福岡への旅に出た。ちょうど博多では「博多どんたく」が行われており、ヤフードームでのホークスvsバファローズの3連戦、名づけて「どんたくシリーズ」の最終戦を観戦した。そもそもなぜ福岡まで出かけて、ソフトバンクを応援しているのかといえば・・・ソフトバンクがまだダイエーと名乗っていたころ、私は日々の買い物を近所のダイエーで済ませていた。その店内でいつも流れていたダイエーの応援歌「いざゆけ無敵の若鷹軍団〜」が耳につき、ついにはソラで歌えるようになってしまったのである。で、いつかは本拠地で試合を見てみたいという思いで、念願叶ったというわけである。
この日は先発の和田投手が3回までに毎回得点を許し3失点の乱調で序盤を終える。5回裏、ホークスが1点差に詰め寄ってなおも2死三塁のチャンス。ここで3番松中選手が逆転の6号2ランを右翼席に突き刺した。打った瞬間、バットを持ったまま右腕を高々と突き上げてガッツポーズ。続く小久保選手がカウント0−2からのストレートを右中間スタンドまで運ぶ「MKアベック弾」が炸裂。終わってみれば7−3の逆転勝利。小久保選手と松中選手が2日連続でお立ち台に立つ最高の試合内容だった。
ヤフードームではソフトバンクが勝利すると、場内の照明が暗くなり花火が打ち上げられる。さらに開閉式の天井が徐々に開くというサプライズまであるのである(知らなかった)。今年はホークスが福岡の地に移転して20年になる記念の年。かつて南海ホークスだったころ、大阪には阪神、阪急、近鉄、南海と4球団もあり、特に南海は地味な存在だった。私のまわりでホークスの帽子をかぶっている子どもは一人もいなかった。そのホークスが、福岡で熱心なファンに支えられ、これほどまでに愛されていることを知った。今度は大阪に試合で来たときに応援しようと思う(ビジター用レプリカウェアも購入したことだし・・・)。

4/16 MacBook

はじめてパソコンを買ったころはまだ「Windows95」だった。それから10年以上経ち、家でも会社でもWindowsオンリーでやってきたが、満を持してついにMacBookを手に入れた。Macについては過去に買おうと思ったことは数知れず、しかしそのたびに本当に使いこなせるか?Win機種と両方使うことでムダになるんじゃないか?など葛藤の連続だった。しかし時間は流れ、WinとMacの垣根は以前とは比較にならないほど低くなった。インテルMacのブートキャンプを使えばWinが起動するのである。つまりMacの顔して中身はWinなんてことができる時代なのである。
通勤途中の道路沿いにマクドナルドがある。そのマクドはLANが完備され各テーブルに電源があるので、窓際の席でノートパソコンを開くビジネスマンや学生の姿がいつも見られる。そこでいつも思うのは、白いリンゴマークを見るたびに、その持ち主がクリエイターに見えてしまうのである。単にメールかネットをやっているだけかもしれないのに、何故かクリエイティブな作業をしているんじゃないかと思えてしまう。コレってものすごいブランドイメージだなと思う。つまりはそこにやられた!のである。
で、実際にMacを使ってみて思うこと。それはWinでは感じられなかったワクワク感と無限の可能性を秘めているドキドキ感。まさしくクリエイティブなことがしたくなるのである。

3/20 ウィリアム・メレル・ヴォーリズ展

滋賀県近江八幡市を拠点に建築家・実業家として活躍したヴォーリズの活動の軌跡をたどる展覧会が滋賀県立近代美術館で行われている。
1905年、24歳のW.M.ヴォーリズは、現在の八幡商業高等学校の英語教師として来日した。2年後、教師の職を解かれたが、ヴォーリズは近江八幡にとどまり、建築事務所や現在の近江兄弟社を設立し実業家として活躍した。1941年には日本国籍を得て一柳米来留(ひとつやなぎ・めれる)と改名、1964年に近江八幡の地で亡くなった。
今年は、ヴォーリズが建築設計監督事務所(後のヴォーリズ建築事務所)を開業してからちょうど100年にあたる。ヴォーリズが残した建築作品は全国各地に点在するが、やはり滋賀県内、近江八幡市内に数多く見られる。豊郷小学校校舎の建替え計画の話が進み、保存運動が沸き起こったニュースは記憶に新しい。関西では、大丸心斎橋店や京都四条大橋のそばになる東華菜館など馴染みがある。これほどまで異国の地で活躍できたのは、彼がキリスト教伝道者としての使命と理念にもとづいた合理性と簡素さを目指し、日本の風土となじんだ親しみやすく清明な様式を備えていたためといわれている。
ヴォーリズに関して興味深いのは、彼は建築の高等教育を受けておらず実務経験もなく建築事務所を始めたという点である。いわばアマチュアなのである。そのあたりを建築史家の藤森照信氏はこう分析する。彼が採り入れたスパニッシュスタイルは、ヨーロッパの建築様式の中では異端であり、イスラム、クラシック、ゴシックなど様々な起源を持つ。つまり何でもあり性はそのままアマチュア建築の本質である。ふつうの人がヴォーリズ建築に自分たちと同じアマチュア性を感じ取っているに違いないという。
なるほど・・・布教活動が出発点なのだから日本人に親しみやすいように創っていたのは当然かもしれない。

2/6 アトリエ インカーブ展

2/3で終わってしまったがサントリーミュージアムでは、「アトリエ インカーブ」展が行われていたので、先日、見に出かけた。2002年に大阪で設立されたアトリエインカーブは、障害をもつ人々が自立することを目指した創作活動の場である。彼らの芸術的才能とその表現に魅了されたプロのデザイナーが集まり、その創造性を商品として販売し、収入を得ながら社会とつながっていくことを目指している。今回の展覧会に出品している5人は、アウトサイダー・アート(一般的に、正規の、あるいは伝統的な美術教育や訓練を受けていない人たちが、沸き上がる衝動のままに生み出したアートのことを指し、結果として知的障害者や精神障害者などが制作するアートも含む)を扱うギャラリーとして知られるニューヨークの『フィリス・カインド・ギャラリー』と契約している。一貫して「鉄骨図面」を描き続ける寺尾勝広、格闘技に興じる人物画に夢中の新木友行、雑誌の広告ページをモチーフにする武田英治など今まで見たことの無いアートの世界に触れることができる。既成概念にとらわれず純粋に描くことを楽しんでいるのが、ひしひしと伝わってくる。そして子どものころ、ひたすら自由に絵を描いていた自分をきっと思い出すはず。

1/6 Little DJ 〜小さな恋の物語

お正月休みにノスタルジックな映画を一本見た。「Little DJ 〜小さな恋の物語」の舞台は1977年の函館。野球とラジオのDJが大好きな12歳の少年・太郎(神木隆之介)は、試合中に突然倒れ、海辺の病院に入院することに。ある日、入院生活に退屈していた太郎は、院内に流れるクラシックに興味を示し、音の発信源を探って“大先生”の部屋に辿り着く。棚いっぱいのレコードと高価なオーディオ機器に興味津々の太郎を見て、大先生は太郎に院内放送のDJをしてみないかと提案する。そんなある日、太郎は交通事故で入院中の1つ年上の美少女・海乃たまき(福田麻由子)と出会い、恋に落ちる…。
ストーリーの結末は、安易に想像がつくがそれでも涙してしまうのは、主演の二人の汚れの無い演技である。想いを伝えることの難しさ・・・大人になるとそんなことも忘れてしまう。いやたぶん伝えることを諦めてしまっているのかもしれない。でも大切な人にはやっぱり伝えなきゃってあらためて思う。
一年のスタートをすがすがしい気持ちにさせてくれた一本である。