




<ジョルジュ・ド・ラ・トゥール:大工ヨセフ>








GW最終日、京セラドームでソフトバンク対オリックスを観戦。今シーズン初めてのスタジアム観戦ということで、やや興奮気味だったが、いきなり1回裏に1点を先制される。先発大隣投手がピリッとしない。4回表ツーアウトから長谷川の内野安打で同点に追いつく。6回表、無死二塁から松中に打席がまわり、センター前のヒット!これでプロ通算1500本安打、プロ野球史上100人目の偉業である。松中は1塁ベース上で花束を受け取るも軽く手を挙げるのみ。まだまだ通過点という感じなんだろうなあ。おめでとう!その後、小久保、オーティズのタイムリーで一挙に4点追加し、結局5対1でソフトバンクの勝利!先発大隣も6回1失点で今期初勝利。これでライオンズと並んで4位に浮上、でも借金はまだ3もある。このまま上向きになってくれるといいのだが・・・。

映画「鴨川ホルモー」を見た。ストーリーは・・・二浪して京都大学に入学した安倍は、葵祭のエキストラのバイトを終え、同じ京都大学の新入生・高村と知り合う。その帰る途中に京都大学三回生のスガから「京大青竜会」というサークルの勧誘を受け、新歓コンパに誘われる。安倍は、京大青竜会へ入会するつもりなどなく、ただ新歓コンパにだけ参加するつもりで会場へ向かった。しかし安倍は、その席で早良京子という女性に一目惚れし、彼女に近づきたい一心で入会してしまう。当初はただのリクリエーションサークルと思われた青竜会だったが、やがて安倍たちは、自分達が京都を舞台に鬼や式神を使って争う謎の競技「ホルモー」で戦うために集められたことを知らされる。半信半疑の安倍たちであったが、吉田神社での儀式を終え、自らの目で「オニ」たちを見るに至り、否応なくホルモーの世界に引き込まれることとなる。
とまあ何のことなのかさっぱり分からない設定だが、これが京都で学生生活を送った者にとっては、妙にリアリティがあるのである。ましてや「ホルモー」を競う京都に実在する4つの大学(京大・立命館・京産・龍谷)の一つを母校としている私にとっては、実になまなましい。四条烏丸の交差点、祇園祭の宵山、三条の居酒屋、鴨川河川敷などのロケーション、実態を隠して甘い言葉で新入生を勧誘したり、サークル内の恋愛、それがきっかけのいざこざ、仲間割れなど今となっては懐かしい思い出が次々とよみがえる。たぶん自分が在籍していたときには気付かなかっただけで、こんな活動をしているサークルが実際にあったのではないかと思えてくるから実に不思議だ。








アジアNO.1クラブチームを決めるAFCチャンピオンズリーグは、14カ国のリーグ戦勝者、主要カップ戦勝者の合計20チームがA〜Gの7グループに分かれてグループステージを戦い、各グループ1位のチームのみが決勝トーナメント(ノックアウトステージ)へ進出できる。ノックアウトステージでは、前回優勝の浦和レッズを加えた8チームでトーナメント方式で戦い、アジアNO.1が決定するのである。そして優勝チームにはFIFAクラブワールドチャンピオンシップ2008の出場権が与えられ、世界一をかけて戦う。
ガンバ大阪は準決勝で浦和レッズを破り、オーストラリアのアデレード・ユナイテッドとの第1戦を万博で戦い、観戦に出かけた。スタンドには日の丸が登場、まさに日本を代表してアジアの頂点を目指す。前半からガンバの超攻撃スタイルがかみ合い、37分二川のピンポイントパスにルーカスが先制、さらに43分には遠藤が左からのシュートで2-0。後半に入っても勢いは止まらず68分にCKから安田のボレーシュートが炸裂しアデレードを下す。まさかこんな一方的な展開になるなんて正直びっくり。11月の寒い夜に、スタンドは大盛り上がり。アウェー側のチケットしか手に入らなかったのでどうなるかと思ったが、オーストラリアからやってきたアデレードのサポーターはわずか20人ほど。一緒に写真を撮ってくれたり、カンガルーのかぶりモノ姿だったり、とってもフレンドリーでマナーも良かった。
アウェー戦は11月12日、断然優位になったガンバ大阪はこのままアジアの頂点に立てるか?

サントリーミュージアムでは11/3(祝)まで 「青春のロシア・アヴァンギャルド」展が行われている。
ロシア・アヴァンギャルドは1917年の革命をはさむ10数年間に、めまぐるしいスピードで展開した鮮烈な芸術運動である。この時代、世界各地で新しい芸術を模索する動きが興っていたが、
ロシアはその中で、最も過激な芸術の実験場であった。革命という社会の大変動を背景に、次々と才能ある芸術家たちが現れ、美術・舞台・建築・デザインなど、さまざまな分野でユニークな試みが繰り広げられたのである。ロシア・アヴァンギャルドの中心的人物のひとりで、20世紀の西欧美術に大きな影響を与えた人物にカジミール・マレーヴィチがいる。彼は、最初から何も再現していない四角や円などの幾何学的な形を、いきなり画面上で組み合わせることによって抽象絵画を作り出し、これをスプレマティズム(絶対主義)と名づけた。
そしてもうひとつロシア・アヴァンギャルド運動の中で、スプレマティズムと並んで大きな勢力を持っていたのが構成主義である。 これは衝動的で即興的な芸術ではなく、さまざまな材料や空間理論や情報伝達技術を構成(construction)して、人間の実際生活に役立つ工業生産物を作り出そうというものである。抽象的な絵画や彫刻といった純粋な表現に使われるのではなく、産業と結びつき、本の装丁や建築、家具、陶器、衣類など、実用的なものへと応用されていく。それは革命による新しい社会の建設という社会主義の理念に添う形で変質していくが、やがて社会主義国家建設の理想にかなうような労働者の姿を写実的に表現した社会主義リアリズムが唯一の方針となり、ロシア・アヴァンギャルド運動は、わずか10数年という短い期間で終息してしまう。
しかしロシア・アヴァンギャルドは完全に消え去ってしまったわけではなかった。革命政府の方針に納得できない多くの芸術家たちが亡命という手段を選び、フランス、ドイツ、アメリカなどで活動を続け、彼らの活動はドイツの工芸美術学校であるバウハウスをはじめ各国で大きな影響を与えた。皮肉にもロシア国内で否定された芸術運動は世界へと広がっていったのである。
この時代の芸術運動はとにかくとっつきにくい。資本主義や社会主義といった政治や、戦争、革命といった世界史と密接に関連しているので、一筋縄ではいかない。しかし、これは教育の問題である。つまり世界史では芸術との関係について教えない。芸術とは非常に個人的なものであり、純粋であれば現実世界から離れてしまうもので社会現象とはオーバーラップしないという考え方があるからである。実際にはそれはあり得ないだろう。
社会が大きく動けば芸術も大きく動く。いつの時代にもアヴァンギャルドは存在するのである。

もはや説明不要のテレビドラマ「ガリレオ」が映画化、それが「容疑者Xの献身」である。原作は東野圭吾の『ガリレオ』シリーズ初の長編にして直木賞受賞のミステリー。ということで、原作を読破してから映画館へ行った。
ある日、貝塚北警察署管轄内で男性の死体が発見される。顔は潰され、指も焼かれて指紋が消されていたものの、ほどなく身元は判明した。捜査には本庁も出動し、貝塚北署の刑事・内海は先輩の草薙と共に、被害者の別れた妻・花岡靖子へ聞き込みに向かう。しかし、容疑者と目された彼女には完璧なアリバイがあった。いきなり壁にぶつかった2人は、さっそく“ガリレオ”こと湯川学に相談を持ちかける。そこで偶然にも、靖子のアパートの隣に住む冴えない男・石神哲哉が、湯川の学生時代の無二の親友だったことが判明する。現在は高校のしがない数学教師をしている石神だったが、彼は湯川が“僕の知る限り、本物の天才”と評するほどの頭脳の持ち主だった。やがて、湯川は石神がこの事件に深く関わっているのではと疑念を抱き始めるが・・・。
おそらく原作を読んで映画を見た大半の人はこう思うだろう。原作にここまで忠実に映像化されているとは驚きだった。特に殺害現場、トリック、アリバイ工作など。石神哲哉役の堤真一には最初、違和感を覚えるが、それはそれで良かったとラストシーンで納得。
またテレビシリーズで毎回見られた、湯川が痛快に難事件を解決していくスピード感やコミカルなキャラは控えめになり、湯川の人間性が描かれている。これもテレビドラマの映画化であればこれくらいの味付けの違いは許されるだろう。献身という言葉の意味が重くのしかかる人間ドラマとして楽しめた。
★★★★☆

Jリーグ第28節、ガンバ大阪vs鹿島アントラーズを万博で観戦した。夏場に勝ち星から見放されすっかり優勝争いから脱落したかに見えたガンバはここにきて3連勝中。対するアントラーズは現在首位である。ここで負けるようなことになればもう後がない状態である。
開始早々から運動量の乏しいガンバに対し、鹿島が試合の主導権を握る。36分に藤ヶ谷が右腿前を強打し、負傷退場。なんとまさかのGK交代。前半を0-0で折り返す。後半は、なんとかして攻撃の変化を作ろうと寺田、播戸を投入。しかしゴールは遠い。結局、両者譲らずの攻防戦を繰り広げ、0-0の引き分け。
今週の水曜日、ACL準決勝の浦和戦もいいところまで攻めながらドロー。厳しい戦いが続く。リーグ戦、ACL、どちらでもいいからとにかく最後までサポーターを楽しませて欲しい。

パンダのドキュメンタリー映画「パンダフルライフ」を見た。8/26に王子動物園の「タンタン」が赤ちゃんを産んだが、まもなく死亡するという悲しいニュースがあった。しかし9/13には白浜で、「良浜」が双子の赤ちゃんを産み、こちらはすくすくと育っているという。日本で生まれたジャイアントパンダが赤ちゃんを産むのは国内初の快挙である。実はパンダの生態はまだまだ分からないところが多く、絶滅の危機に瀕しているパンダを何とかして救わなければならない。このドキュメンタリーの舞台はその白浜アドベンチャーワールドと中国四川省の成都大熊猫繁育研究基地。とくに出産と子育てにスポットを当てた貴重な映像と、ちょっとコミカルな菅野美穂のナレーションでかわいいパンダの映像が満載である。この映画を見れば誰だって顔がニヤける。そして実物を見たくなる。白浜の「愛浜」「明浜」の成長ぶりと双子の赤ちゃんを見に行かなければ・・・。

いよいよ東京の旅も終盤にさしかかってきた。限られた時間でどこに行こうか非常に迷うところだが、やはり表参道は外せない。行く度に新しいブティックが出来ている。今回はMVRDV 設計のGYRE を見るのが楽しみだったが、ダイナミックな外観に比べて内部はフツウだったのがちょっと残念。
そんな表通りの喧騒を避けるかのように裏通りにひっそりとあるのが岡本太郎記念館である。ここは1996年に84歳で亡くなるまで、岡本太郎のアトリエ兼住居だった場所である。ブロックを積んだ壁の上に凸レンズ形の屋根をのせたユニークな建物を設計したのは岡本太郎の友人で、ル・コルビュジェの愛弟子だった坂倉準三である。ここには岡本太郎の「芸術は爆発だ!」の痕跡がいたるところに残っており、アトリエは今でも作業しているかと思えるほどリアルに展示されている。ちょうど開館10周年を記念して「太陽の塔−万国博に賭けたもの」展が開催されている。太陽の塔は大阪人にとっては見慣れているので普段はあまり感じない(感じないようにしている?)が、冷静に考えるとやっぱり物凄いパブリックアートであり、今でも傍を通るたびにエネルギーを感じてしまう。その製作過程のデッサンや設計図面、模型が展示されており、これは興味深い。この記念館は、館内は撮影自由、庭の彫刻作品も自由に触ることができる。岡本太郎は生前、今日の芸術はうまくあってはならない、きれいであってはならない、ここちよくあってはならないと語っている。本当の芸術は、見る者を圧倒し、その人の生活自体を変えてしまうほどの力をもっていると語っている。アートは見て触って感じてほしい・・・岡本太郎の意思がそこにあるように思えた。
最後は、品川駅から歩いて15分ほどのところにある原美術館へ。建物は、東京国立美術館や銀座の和光ビル(旧服部時計店)の設計を手がけた渡辺仁によるもので、1938年に完成した。1979年、当時としてはまだ珍しかった現代アート専門の美術館として開館。館長の原俊夫は、曽祖父に明治・大正を代表する実業家の原六郎、祖父に日本航空の会長などを歴任した原邦造をもつ家系の4代目である。ジャン=ピエールレイノー、イサムノグチ、奈良美智、森村泰昌などの作品が常設されているほか、現在、「アートスコープ2007/2008 」展が開催されており、日本とドイツのアーティストによる絵画、彫刻、インスタレーション、ビデオ、ドローイングなど様々な現代アートが鑑賞できる。築70年経過しているとは思えないモダニズムの館内は、もともと住宅だっただけにスケール感が心地よく、中庭に面したカフェあたりは、ゆったりとした時間が流れている。この美術館のコレクションのラインナップを見ると、その充実ぶりに驚く。つまり訪れるたびに違うものが見られるということ。居心地のよさも含めて、ここは何度でも訪れたいスポットであった。

国立新美術館を出て歩くこと数分、東京ミッドタウンへ。ガレリア3 階のインテリアショップをひととおり覗いて、サントリー美術館に入る。美術館の設計を手がけたのは建築家・隈研吾。日本の伝統と現代を融合させた「和のモダン」を基調とする「都市の居間」というのがテーマ。館内は、木と和紙を意匠に用いた和の素材ならではの自然のぬくもりと、柔らかい光が見事に表現されており、まさに「ほっとする」空間が広がっている。床材にウイスキーの樽材を再生利用しているというのもサントリーならでは。こういう空間にふさわしくちょうど「小袖〜江戸のオートクチュール」展が行われていた。江戸時代の服飾形式の中心であった小袖は、形がシンプルなため、模様や色などの意匠を見せることが重視された。上層階級の女性たちは、小袖の意匠に想いをめぐらし常に新しい表現を求めたという。呉服商が仕立てた小袖は、まさに江戸時代の高級注文服(オートクチュール)であった。松坂屋京都染織参考館が所蔵する江戸時代初期から後期の小袖は、それこそ唯一無二で、どのような女性が身に付けていたのか想像するだけでも楽しい。和テイストのモダンな空間で、しばし時間が経つのを忘れる。
つづいて同じく東京ミッドタウン内にある「21_21 DESIGN SIGHT 」へ移動。折り曲げられた巨大な鉄板の屋根が地面に向かって傾斜する独創的な造形の建物は、安藤忠雄の設計である。ここはデザインを通して世界を見る場所というのがテーマになっている。ミュージアムというよりもリサーチセンターであり、デザインについて考える場所であり、ものづくりの現場でもある。地下空間に広がる予想を超えるダイナミックな空間では、アジアの多様な文字文化に着眼し文字と視覚表現の関わりを追求している浅葉克己ディレクションによる「祈りの痕跡」展が行われている。「書く」という人類最大の発明から生まれる芸術や文化について、ここではじっくり向き合いそして考える場所なのである。都会での日常生活においてこのような体験はなかなか出来ない。ひとりで訪れて、静かに心ゆくまで時間を過ごすのがおすすめである。
8/16 東京・アートと建築をめぐる旅〜その1

夏休みを利用して2泊3日で東京へ出かけた。ひたすらアートと建築をめぐる旅、まずは上野公園の中にある国立西洋美術館へ。何度か美術館の前を通り過ぎたことはあったが、今回初めて中に入った。20世紀を代表する建築家のひとりであるフランス人建築家ル・コルビュジエの設計により、1959年3月に竣工した歴史的建造物である。現在、フランス政府とル・コルビュジエ財団が中心となって、世界に存在するル・コルビュジエの設計した建築物の中の代表的な作品をまとめてユネスコの世界遺産として登録する計画が進められており、その一つに挙げられている。内部空間では、ホールの天井にある三角形のトップライトと2階へと続く斜路が見もの。ゆっくりと移動すると、空間の変化を噛み締めるように楽しめるのである。地下の会場では「コロー〜光と追憶の変奏曲」展が行われており、ルーヴル美術館の全面的協力を得て30余点が出品されている。コローの作品は、ロマン主義から発し、新古典主義的イタリア憧憬、ロマン主義、歴史主義的アカデミスム、レアリスム、自然主義、そして新しい印象主義的感性や写真術的技法、ジャポニスムと多岐にわたり、一連の変遷を鑑賞することができた。
つづいて国立新美術館へ移動。この美術館の最大の特徴は収蔵品を持たない点であり、国内最大級の展示スペースを持つアートセンターとしての役割を果たすまさに新しいタイプの美術館である。エントランスロビーのアトリウムは天井高が21.6mもあり、そこに巨大な逆円錐が二つ置かれ、それぞれレストランとカフェになっている。透明で大波のようにうねる外壁面はガラスのカーテンウォールである。圧倒的なスケールでありながら館内が静かで人ごみの不快感を覚えないのは、建築家・黒川紀章の設計と総工費380億円の賜物か?居心地のいい美術館である。メイン会場では、「ウィーン美術史美術館所蔵 静物画の秘密」展が行われていた。ウィーンの美術史美術館が所蔵する豊富な作品群のなかから「静物画」にスポットを当て、なぜ「静物画」が、広くヨーロッパ各地に展開したのかその隠れた理由を探るというものである。特別出品のディエゴ・ベラスケス「薔薇色の衣裳のマルガリータ王女」は、後の神聖ローマ帝国皇帝となるハプスブルク家のレオポルトとの婚姻用に描かれたもので、マドリッドからウィーンへと贈られた。脇に描かれているマーガレットはもちろん王女の名前マルガリータにちなんだもの。ピンクの衣装とマーガレットの花が、少女の可憐さを際立たせているのである。
8/6 南海VS近鉄

ペナントレースが後半戦に突入する第一戦、ソフトバンク対オリックス戦を京セラドームに見に行った。数ヶ月前にチケットを手に入れていたので、全然予想していなかったのだがサプライズが二つあった。一つはソフトバンクが南海ホークス時代のモスグリーンのロゴが入ったユニフォームで登場。そしてバックスクリーンには当時の「大阪球場」の看板が用意されていたのだ。客席ではソフトバンク、ダイエー、南海のいろんなユニフォーム姿のファンが詰め掛けた。相手チーム側から「かっとばせ〜○○、南海倒せ〜オウ」と声援が飛べば、こちら側からも「近鉄倒せ〜オウ」と返す。極めつけはラッキーセブンの時には、南海ホークスの応援歌(初めて聴いたので歌えないよ・・・)が用意されており、昭和の時代に完全にフラッシュバック。客席はホームの1塁側オリックスファンよりも3塁側ソフトバンクファンのほうが埋まっているのではと思えるほど盛り上がっていた。
そしてもう一つのサプライズは、695日ぶりに一軍に戻ってきたオリックス清原和博(40)の登場である。これには3万人が総立ちで拍手を送り、この日、いちばんの盛り上がりを見せた。結果は空振りの三振だったが、ソフトバンクのファンからも熱い声援が飛んだのは言うまでもない。試合は両チームの投手戦で、同点の9回2死二塁から本多が右中間三塁打を放ち決勝点を挙げ、ソフトバンク大隣投手が8回8安打2失点で10勝目をマーク。
あらためて野球の面白みが存分に味わえたいい試合だった。やっぱりスタジアムに足を運ばないとね。
7/31 建もの探訪 〜 愛知県

名古屋で2泊した週末に愛知県でどうしても行きたかった建築物を見に行った。ひとつは、豊田市立美術館である。設計はニューヨークのMoMA新館も担当した谷口吉生である。近年、各地に誕生しているミュージアムと比較すれば派手さはない。しかし、谷口吉生設計の美術館はどのミュージアムよりも圧倒的に美しい。モス・グリーンのスレートと乳白の磨りガラスで構成されたモダンな外観や、水平、垂直の直線と矩形を基調とするミニマルな建築空間は、谷口吉生のミュージアムの真骨頂といえよう。造園家ピーター・ウォーカーと共同で設計した庭園は、湿と乾、円と四角、不整形と幾何学、私と公といった対立要素で構成されている。まわりの庭園も内部空間もスロープや階段でレベルが次々と変化し、いくら歩き回っても飽きることがない。
そしてもうひとつは明治村にある帝国ホテルである。フランク・ロイド・ライトによって設計され、大正12年(1923)4年間の大工事の後に完成した帝国ホテルの中央玄関部が移築されたものである。外観は大谷石で複雑な幾何学模様の彫刻を施し、レンガには櫛目が入れられている。柔らかで華麗な姿は建築というよりは壮大は造形芸術作品である。内部のメインロビーの吹き抜けは、一部大谷石に代えてプレキャストコンクリートなどの新建材で復元されているものの、当時の雰囲気はそのままに、「光の籠柱」と大谷石の柱、食堂前の「孔雀の羽」と呼ばれる大谷石の大きなブラケットなど見所は多い。光と影を知り尽くしたライトの仕事にただただ圧倒された。
7/27 ap bank fes 08

今年もやってきた夏フェスの季節!先週の3連休は「ap bank fes 08」に参加してきた。昨年は台風の影響で1日しか開催されなかったが、今年は3日間とも好天に恵まれ、競争率10倍という2日目のチケットを手にいざ静岡県つま恋へ・・・。初参加の昨年は日帰りという強行スケジュールに失敗し、最終の新幹線に乗ることが出来なかった反省を踏まえ、今年は名古屋市内で前泊、当日の夜も名古屋で宿を確保した万全の態勢で挑んだ。そのかいあってフェス当日も余裕の会場入り。フェス本来の目的である「環境について考える」物販、ワークショップ、フードエリアをゆっくり見ることができた。そこで原宿表参道発の街をきれいにする運動を続けるグリーンバードのエコバックに目が留まった。このエコバック、実は原宿の街ではためいていた旗を再利用したもの。なので少し汚れているし値段も高めだが、少しでもこの活動のチカラになれればと思い購入。kurkkuの店では、カッコいいマイ箸を見つけた。最初は少し恥ずかしかったが、外食のときにマイ箸で食べるのが今ではすっかり習慣となっているので、これも購入した。
ライヴも最初から最後までじっくり堪能することができた。今年は小林武史、櫻井和寿を中心としたBankBandをバックに、Salyu、広瀬香美、KAN、大塚愛、RIP SLYME、小田和正といった豪華なラインナップが続き、バンドアクトとしてthe pillows、そしてミスチルが締めくくった。
フェスの主催者であるap bankは、各地の人々の行う小さな試みを支援することで、「自分たちの力で社会を変えていける」と思う人が増えて、新しい未来が生まれていくことを目的としている。つまりあくまでも「自分たち」なのである。まわりが何とかしてくれると期待するのではなく、ましてや無関心でいるのではなく、「自分たち」が小さな試みを実行していくことが大事なんだという発想だ。さあ、今日からまた一年の始まりだ。
7/2 奇跡のシンフォニー

ひさしぶりにシネコンに足を運ぶとすごい人の数・・・。「花男F」がお目当ての人らしい。それを横目に静かに「奇跡のシンフォニー」のチケットを買った。
ストーリーは、ニューヨークの養護施設で育った11歳の少年エヴァン。生まれつき類い希な音感(いわゆる絶対音感)を持つ彼は、音楽を通じていつか両親に出逢えると信じていた。だが、その実の親であるライラとルイスは息子が生きていることを知らない。11年前、新進チェリストのライラとロック・ミュージシャンのルイスは運命的に出会うもライラの父によって仲を引き裂かれた。その後妊娠した彼女は交通事故に遭い、死産したことを知らされた。以来、ライラは傷心の日々を過ごし、彼女を失ったルイスは音楽への情熱も失い息子の存在も知らないまま金融業界へ身を投じていた。
そんな両親への思いが募るエヴァンは、ある時ふとしたことから施設を抜け出し、マンハッタンに辿り着く。やがて、元ストリート・ミュージシャンにギターの才能を見出され、またたく間に彼は才能を開花させていく。そして両親探しのきっかけを掴むエヴァン…。
音楽って本当にパワーがあるんだと思える。この映画での人と人との出会いは、すべて音楽。ロックでもクラシックでもすばらしい音楽には人を引き寄せるチカラがある。そしてその先には必ずハッピーが待っているはず・・・。
温かい気持ちで映画館を出ると「花男F」目当ての人たちにまた圧倒された。
6/25D&DEPARTMENT PROJECT

デザインとリサイクルを融合した事業を展開する「D&DEPARTMENT PROJECT」、そのデザイナー兼社長であるナガオカケンメイのブログをまとめた本がある。これがなかなか面白い。
2002年に東京・世田谷でスタートした「D&DEPARTMENT PROJECT」はカンタンに言うとデザイン事務所が考えたリサイクルストアである。身の回りには様々なものがある。それしか選択肢がなくて仕方なく買ったもの、そもそもデザインなんて気にする必要のないもの、値段だけが決め手だったものなど。それらのすべてが気に入って100%満足しているかといえば、それはありえない。だれしも出来れば自分の気に入ったものだけに囲まれて生活がしたい。しかし、現実は難しい。そこでデザイナーの視点でセレクトされた定番商品やリサイクル商品のお店が身近にあればと考えたのが、ナガオカケンメイである。日本のものづくりの原点となる商品、企業だけをブランドとする「60VISION」の発案やロングライフデザインをテーマにした隔月刊誌の発行などを通じて、日本のデザインの底上げをしようとする試みである。
大阪・南堀江にある大阪店に足を運んでみると、店内はどことなく懐かしくデザインのいいものが並ぶ。デザインがいいとは格好がいいとか、背伸びしたしたような商品ではなく、手に馴染むとか作り手の意思が感じられるといったイメージである。そして一つひとつの商品には発売してから何年経っているか、つまりどれほどのロングライフ商品で、なぜ長い間、商品として流通してこられたかが分かるように説明が付いている。なるほど・・・デザイナーの視点のお店とはこういうことだったのか・・・。ちなみにはじめてだったので何も買わずに店を出た。本当に自分にとって必要なものかじっくり考えてから買いに行っても多分、そこにあるはずだから。そういうコンセプトの店である。限定品で誤魔化されたり、セール品に惑わされる消費行動は極力避けていきたい。この本を読んでデザインに対する考え方を、今いちど考えてみたいと思った。
6/11 小田和正 LIVE

先週、大阪城ホールで行われた小田和正のライヴに出かけた。8年ほど前に一度、ライヴを見て以来である。この間、小田和正はクリスマスの時期だけのTV番組「クリスマスの約束」の制作や音楽イベントの参加、そしてオリコンシングル・アルバムの両方で1位獲得最年長記録を持つなど、その活躍は還暦を過ぎても衰えることはない。ステージ上ではなぜか(笑)走り回るパフォーマンスが有名で、「ラブ・ストーリーは突然に」では客席に降りて一人ひとりにマイクを向けて歌わせるというむちゃぶりもある。ほとんどのファンは自信を持って歌い始めるが小田和正の高いキーで歌えるわけがなく、このあたりの意地悪さがファンにはたまらない。またライヴ中盤では会場周辺をビデオカメラを持って散策する様子が会場で流されるのも恒例となっている。このときも近寄ってくる年配女性に向かってババア呼ばわりする悪態ぶりで、歌の世界とのギャップが激しいのも人気の秘密かと思われる。それにしてもあの澄んだ歌声は奇跡である。オフコースの「さよなら」が大ヒットした1979年に初めて耳にした小田和正の声、その声は30年近く経ってもほとんど変わることがない。そして歌の世界もほとんど変わらない。聴くもののイメージを膨らませる叙情的な歌詞、美しい旋律、緻密に練り上げられたサウンド・・・。早稲田の大学院で建築を専攻していた小田和正は、売れるずっと前から建築を設計するように、音づくりを行ってきた。寸分の狂いも許されない建築の世界と同じように・・・だから「美しい」のである。本当に美しいものに触れると人は自然と涙が流れてしまう。
5/15 国宝 大絵巻展

九州の旅行でぜひ立ち寄りたかったのが、東京・京都・奈良に次いで開館した最も新しい国立博物館である九州国立博物館。「日本文化の形成を、アジア史的観点から捉える」という独自のコンセプトのもと、地元久留米出身の建築家菊竹清訓の渾身の作品である。カマボコ型のダイナミックな造形美、ガラスの外壁に映る大宰府の緑が美しい建築である。
館内の催しは現在、京都国立博物館所蔵の「国宝 大絵巻展」が行われている。絵巻とは、日本が誇る絵画と物語の総合芸術であり、物語を描いた絵を巻子(かんす=巻物)に表装したものをさす。古くは8世紀の奈良時代の国宝「絵因果経」、平安時代の国宝「粉河寺縁起」、鎌倉時代の国宝「一遍聖絵」などが出品されており、物語の展開に従って絵と詞(ことば)が次々とあらわれ、見る者を楽しませてくれる。漢文が理解できなくても、活き活きとした絵を丁寧に見ていくと、ユーモラスな場面なども理解できる。まさに絵巻が千年の時を超えて語りかけてくるようだ。
こういう場面に出くわすといつも思うのが、日本の歴史をもっと勉強しておけばよかったと思う。日本史は決して嫌いじゃなかったし苦にならなかったけど、暗記で済ませてしまうのは実にもったいない。今からでも遅くない。DSで始めてみようか・・・。
5/9 ヤフードーム

GWを利用して九州・福岡への旅に出た。ちょうど博多では「博多どんたく」が行われており、ヤフードームでのホークスvsバファローズの3連戦、名づけて「どんたくシリーズ」の最終戦を観戦した。そもそもなぜ福岡まで出かけて、ソフトバンクを応援しているのかといえば・・・ソフトバンクがまだダイエーと名乗っていたころ、私は日々の買い物を近所のダイエーで済ませていた。その店内でいつも流れていたダイエーの応援歌「いざゆけ無敵の若鷹軍団〜」が耳につき、ついにはソラで歌えるようになってしまったのである。で、いつかは本拠地で試合を見てみたいという思いで、念願叶ったというわけである。
この日は先発の和田投手が3回までに毎回得点を許し3失点の乱調で序盤を終える。5回裏、ホークスが1点差に詰め寄ってなおも2死三塁のチャンス。ここで3番松中選手が逆転の6号2ランを右翼席に突き刺した。打った瞬間、バットを持ったまま右腕を高々と突き上げてガッツポーズ。続く小久保選手がカウント0−2からのストレートを右中間スタンドまで運ぶ「MKアベック弾」が炸裂。終わってみれば7−3の逆転勝利。小久保選手と松中選手が2日連続でお立ち台に立つ最高の試合内容だった。
ヤフードームではソフトバンクが勝利すると、場内の照明が暗くなり花火が打ち上げられる。さらに開閉式の天井が徐々に開くというサプライズまであるのである(知らなかった)。今年はホークスが福岡の地に移転して20年になる記念の年。かつて南海ホークスだったころ、大阪には阪神、阪急、近鉄、南海と4球団もあり、特に南海は地味な存在だった。私のまわりでホークスの帽子をかぶっている子どもは一人もいなかった。そのホークスが、福岡で熱心なファンに支えられ、これほどまでに愛されていることを知った。今度は大阪に試合で来たときに応援しようと思う(ビジター用レプリカウェアも購入したことだし・・・)。
4/16 MacBook

はじめてパソコンを買ったころはまだ「Windows95」だった。それから10年以上経ち、家でも会社でもWindowsオンリーでやってきたが、満を持してついにMacBookを手に入れた。Macについては過去に買おうと思ったことは数知れず、しかしそのたびに本当に使いこなせるか?Win機種と両方使うことでムダになるんじゃないか?など葛藤の連続だった。しかし時間は流れ、WinとMacの垣根は以前とは比較にならないほど低くなった。インテルMacのブートキャンプを使えばWinが起動するのである。つまりMacの顔して中身はWinなんてことができる時代なのである。
通勤途中の道路沿いにマクドナルドがある。そのマクドはLANが完備され各テーブルに電源があるので、窓際の席でノートパソコンを開くビジネスマンや学生の姿がいつも見られる。そこでいつも思うのは、白いリンゴマークを見るたびに、その持ち主がクリエイターに見えてしまうのである。単にメールかネットをやっているだけかもしれないのに、何故かクリエイティブな作業をしているんじゃないかと思えてしまう。コレってものすごいブランドイメージだなと思う。つまりはそこにやられた!のである。
で、実際にMacを使ってみて思うこと。それはWinでは感じられなかったワクワク感と無限の可能性を秘めているドキドキ感。まさしくクリエイティブなことがしたくなるのである。
3/20 ウィリアム・メレル・ヴォーリズ展

滋賀県近江八幡市を拠点に建築家・実業家として活躍したヴォーリズの活動の軌跡をたどる展覧会が滋賀県立近代美術館で行われている。
1905年、24歳のW.M.ヴォーリズは、現在の八幡商業高等学校の英語教師として来日した。2年後、教師の職を解かれたが、ヴォーリズは近江八幡にとどまり、建築事務所や現在の近江兄弟社を設立し実業家として活躍した。1941年には日本国籍を得て一柳米来留(ひとつやなぎ・めれる)と改名、1964年に近江八幡の地で亡くなった。
今年は、ヴォーリズが建築設計監督事務所(後のヴォーリズ建築事務所)を開業してからちょうど100年にあたる。ヴォーリズが残した建築作品は全国各地に点在するが、やはり滋賀県内、近江八幡市内に数多く見られる。豊郷小学校校舎の建替え計画の話が進み、保存運動が沸き起こったニュースは記憶に新しい。関西では、大丸心斎橋店や京都四条大橋のそばになる東華菜館など馴染みがある。これほどまで異国の地で活躍できたのは、彼がキリスト教伝道者としての使命と理念にもとづいた合理性と簡素さを目指し、日本の風土となじんだ親しみやすく清明な様式を備えていたためといわれている。
ヴォーリズに関して興味深いのは、彼は建築の高等教育を受けておらず実務経験もなく建築事務所を始めたという点である。いわばアマチュアなのである。そのあたりを建築史家の藤森照信氏はこう分析する。彼が採り入れたスパニッシュスタイルは、ヨーロッパの建築様式の中では異端であり、イスラム、クラシック、ゴシックなど様々な起源を持つ。つまり何でもあり性はそのままアマチュア建築の本質である。ふつうの人がヴォーリズ建築に自分たちと同じアマチュア性を感じ取っているに違いないという。
なるほど・・・布教活動が出発点なのだから日本人に親しみやすいように創っていたのは当然かもしれない。
2/6 アトリエ インカーブ展

2/3で終わってしまったがサントリーミュージアムでは、「アトリエ インカーブ」展が行われていたので、先日、見に出かけた。2002年に大阪で設立されたアトリエインカーブは、障害をもつ人々が自立することを目指した創作活動の場である。彼らの芸術的才能とその表現に魅了されたプロのデザイナーが集まり、その創造性を商品として販売し、収入を得ながら社会とつながっていくことを目指している。今回の展覧会に出品している5人は、アウトサイダー・アート(一般的に、正規の、あるいは伝統的な美術教育や訓練を受けていない人たちが、沸き上がる衝動のままに生み出したアートのことを指し、結果として知的障害者や精神障害者などが制作するアートも含む)を扱うギャラリーとして知られるニューヨークの『フィリス・カインド・ギャラリー』と契約している。一貫して「鉄骨図面」を描き続ける寺尾勝広、格闘技に興じる人物画に夢中の新木友行、雑誌の広告ページをモチーフにする武田英治など今まで見たことの無いアートの世界に触れることができる。既成概念にとらわれず純粋に描くことを楽しんでいるのが、ひしひしと伝わってくる。そして子どものころ、ひたすら自由に絵を描いていた自分をきっと思い出すはず。
1/6 Little DJ 〜小さな恋の物語

お正月休みにノスタルジックな映画を一本見た。「Little DJ 〜小さな恋の物語」の舞台は1977年の函館。野球とラジオのDJが大好きな12歳の少年・太郎(神木隆之介)は、試合中に突然倒れ、海辺の病院に入院することに。ある日、入院生活に退屈していた太郎は、院内に流れるクラシックに興味を示し、音の発信源を探って“大先生”の部屋に辿り着く。棚いっぱいのレコードと高価なオーディオ機器に興味津々の太郎を見て、大先生は太郎に院内放送のDJをしてみないかと提案する。そんなある日、太郎は交通事故で入院中の1つ年上の美少女・海乃たまき(福田麻由子)と出会い、恋に落ちる…。
ストーリーの結末は、安易に想像がつくがそれでも涙してしまうのは、主演の二人の汚れの無い演技である。想いを伝えることの難しさ・・・大人になるとそんなことも忘れてしまう。いやたぶん伝えることを諦めてしまっているのかもしれない。でも大切な人にはやっぱり伝えなきゃってあらためて思う。
一年のスタートをすがすがしい気持ちにさせてくれた一本である。