美作(みまさか)の国の猿神退治


今は昔、美作の国〔現在の岡山県東北部〕に、中参〔ちゅうさん=中山神社〕・高野〔高野神社〕という神社があった。その神社のご神体は、中参が猿、高野が蛇であった。年に一度の例大祭の時には、生け贄を供える慣わしであった。その生け贄には、土地の人の未婚の娘を立てるのであった。この慣わしは、昔から今まで途絶えることなく、長年行われてきた。

その国に、立派な家柄というほどでもないが、十六,七のかわいらしい娘を持っている人がいた。両親はこの娘を愛して、我が身にも増してかわいがっていたが、なんとこの娘が例の生け贄に当たってしまったのだ。祭りの当日に翌年の生け贄が決まって、一年の間によく養い太らせて、次の年に捧げるのである。娘が生け贄に決まったので、両親の嘆き悲しみは限りないものであった。しかし、逃げようもないことなので、月日が経つのに従って、余命が縮まり、親子として顔を合わせる残り時間が短くなっていく。残りの月日を数えて、親子して嘆き悲しむほかはなかった。

その頃、東国のほうから、所用でこの美作の国に来ている者がいた。この男は、多くの犬を飼っては、山に入って猪や鹿を犬に食い殺させて猟をする「犬山」とよばれる猟師であった。たいへん心が猛々しい男で、物を恐れるということがなかった。その男が、この国に滞在しているうちに、ふとこの話を小耳に挟んだ。そのうち、その男が用事があって、例の生け贄の親の家に行くことがあった。案内を乞うている間に、そこの縁先に腰を下ろして、蔀の隙間からひょいと覗くと、生け贄の娘が横になっている。たいへんかわいらしくて、色も白く髪も長く、田舎育ちの娘にはめずらしいほどの上品さであるが、物思いにでもふけるように、髪を乱して涙ぐんでいる様子を見ると、この男は哀れに思って、かわいそうでならなかった。

いよいよ、親に会って用談を済ませたが、そのうち生け贄の親が語り出した。
「大事な一人娘を、こんな生け贄などというものに名指しされてしまい、どれほど嘆き暮らし思い明かしましたことか。月日が過ぎるにしたがって、永遠に別れてしまわねばならぬ日が近づいてくると思うと、悲しさで気も狂わんばかりです。何と情けない土地に暮らしているのでしょう。こんなところに生まれて、こんな目に会うなんて、前世によほど大罪を犯したのでしょうねえ。」
これを聞いて、犬山の男が言った。

「人は誰でも、命に勝るものはありません。また、人の宝といえば、子に勝るものはないでしょう。それなのに、ただ一人お持ちの大事な娘御を、目の前で膾切りにされて殺されるのを、黙って見ているとは、いやはや情けないお父上じゃ。もうお死になさい。いえ、死ぬ気でやる、命を賭けるということですよ。敵に行き会ったからには、あえない最期をとげる者も、確かにおりましょう。仏の神のと言うのは、命大事と思うから。ならばその命大事は何のためかといえば、宝である子のためにこそでしょう。その大事な娘御の命が風前の灯のような今、命が大事と言っていてはなりますまい。」
と、一気にまくし立てた。
「このままでは娘御はもう死んだも同然、どうせ死ぬ身の上の娘御ならば、私の妻にして下され。私が娘御の代わりに死にましょう。ですからお父上はご心配めさるな。」

父親はそれを聞くと、当然ながら
「さて、それはまたどうなさるおつもりか。」
と尋ねる。犬山の男は、
「やり方があるのですよ。まず、このお宅に私がいるとは人におっしゃらないで下さい。ただ精進潔斎するのだと言って、注連縄を張っておいてください。」
と言う。父親は、
「娘さえ死なないで済むものなら、私の命はどうなってもかまわない。お任せします。」と腹をくくった様子。結局、この東国の男にこっそり娘をめあわせると、当人同士いたく気に入り、お互いに離れがたく思うようになった。

さて、犬山の男は、年来飼いならしておいた犬の中から二匹を選び出して、
「いいかお前達、私に代われよ。」
と言い聞かせて、特に大切に飼った。そして、山からこっそり猿を生け捕りにしてきて、人のいないところで犬を調教し、猿を食うように訓練した。ただでさえ、犬と猿は仲のよくないものであるが、こんな風に教えて練習させたので、この二匹の犬は、猿さえ見れば何度も飛びかかって、食い殺してしまうようになった。このように十分に訓練しておいて、男自身は刀をたいへん鋭く研いで準備しておいた。この男は妻に語った。
「わたしは、お前の代わりに死のうと思っている。死ぬこと自体は決まったことだから是非もないが、お前と別れるのがつらい。」
この言葉に、妻は得心が得られなかったが、ありがたいと思うことしきりであった。

いよいよ祭りの当日がやってきた。宮司以下多くの人々が、生け贄の娘を迎えに来た。新しい長びつを持ってきて、
「生け贄の娘を、これに入れなさい。」
と言って、寝室に差し入れてきた。犬山の男は、狩衣と袴だけの簡単な恰好で、刀を身に付けて長びつに入った。また、例の二匹の犬を、左右の脇に入れて横にならせた。両親は、娘を入れたようなふりをして、長びつを部屋から出す。鉾・榊・鈴・鏡を捧げた者達が雲の湧くように集まって、大声で先払いをしながら行列して神社へと向かう。妻は、
「ああ、どんなことになるのでしょう。」
と恐ろしがり、自分の代わりになって行った夫のことを案じていた。親のほうは、
「後で、家が滅びても構わん。同じ死ぬなら、こうでもしてみるほかはあるまい。」
と思っていた。

このようにして、生け贄を神社に持っていき、祝詞を奏上して、玉垣の扉を開ける。この長びつを結んである紐を切って、中に入れて退出する。玉垣の扉を閉じると、宮司達は扉の外に、順順に整列した。犬山の男が、長びつにほんの小さな穴を開けて覗いてみると、七,八尺ばかりの巨大な猿が、上座に座っている。歯は白く、顔と尻は型のごとく赤。以下次々と左右に猿が百匹ばかり列をなして座り、真っ赤な顔で、眉を怒らして大きな喚き声を上げている。その前には、まな板の上に大きな包丁が置いてあり、酢・塩・酒なども並べてあった。まるで、人が鹿でも捌いて食べようかという具合。

やがて、上座の大猿が立って、男の入った長びつを開いた。他の猿共も皆立ち上がって、一緒に開こうとしたその時! 男は急に飛び出して、
「それ! 食いつけ!」
と犬たちに叫んだ。その声に応えて走り出た二匹の犬が、大猿に食いついてねじ伏せてしまった。男は、氷のような刀を抜いて、この頭目の猿を捕まえてまな板の上にひき伏せると、首に刀を付きつけて、憎々しげに言い放った。
「お前のように、人を殺して肉を食べるような奴は、こうしてやるわ。お前のそっ首をたたき切って、この犬たちのえさにしてやる!」
猿は、ただでさえ赤い顔をいっそう赤くして、目をしばたたいたり、歯をむき出したり、みっともない様子で涙を流して命乞いをしたが、男はまったく聞き入れない。
「お前は、何年も何年もたくさんの人の子を食べたであろう! その報いじゃ! 今日こそぶち殺してやるわ! さあ、覚悟しろ! もしお前が本物の神であるなら、おれを殺してみろ!」
と、今にも首を切ろうとする。連れてきた二匹の犬も、多くの猿を食い殺した。やっとのことで逃げた猿も、木に登り、山に隠れ、仲間を呼び集めて、山全体に響き渡るほどわめき散らしたけれども、どうしようもない。

そうしている間に、一人の神官に神が乗り移って、叫び始めた。
「私は、今日より後、永遠に生け贄を取らず、人の命も奪わない。また、あの男も、私をこんな目に合わせたからといって、殺めてはならない。生け贄の娘や、その両親・親族も罰してはならんぞ。ただ、何とか私を助けてくれろ。」
これを聞いた宮司らは、皆社の中に入って、犬山の男に、
「おん神もこう仰っておられるゆえ、許して差し上げなされ。もったいないことじゃ。」と言ったが、すぐには男も言うことを聞かない。
「いや、おれは命は惜しくないぞ。今までの多くの犠牲者に代わって、こやつを殺してやる。こいつと刺し違えてもよい覚悟じゃ!」
そこで、祝詞を奏上し、重大な誓言を立てて、過ちを詫びたので、やっと男も納得し、
「よしよし、これからはこういう真似はしないことだ。」
と猿を放してやったので、猿神は山に逃げていった。

犬山の男は無事家に帰って、妻と長く幸せに暮らした。両親の喜びも、一方ならぬものであった。また、その家にも、何一つ祟りのようなものは起こらなかった。それこそ、前世の果報というものであろうか。その後この美作の国では、生け贄を立てなくても平穏であったと語り伝えているとか。


「美作の国の神、猟師の謀によりて、生け贄を止むること(巻二十六第七)

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