待宵の小侍従の打ち明け話

 後白河法皇の御所でのことである。いつになくのんびりした様子で、側近の公卿が二・三人と女房たち何人かで、院を囲んで雑談していると、院がおっしゃるには、
「皆、人それぞれ、忘れがたい思い出のこと、隠し事というのがあるであろう。懺悔(ざんげ)にもなるであろう。さあ、包み隠さず申してみよ。」
 まずは法皇から、次第に各自述べてきたのであったが、待宵の小侍従の番になった。才気煥発で知られた小侍従のこと、人々が、
「さぞかしこちらには艶っぽいお話があるでしょうな。」
などとからかうと、小侍従もさる者、ふふッと笑って、
「はいはい、たくさんございますわ。そうそう、生涯忘れられないできごとがございます。このままでは死んでからも、このことの妄執だけで、成仏できそうにないくらい。院の御前で白状したら、少しは罪が軽くなりますかしら?」
などと思わせぶりなことを言う。そうして語り出したのは、次のような一件であった。

「ずうっと以前になりますけど、ある殿方から、私を迎えに車をよこされたことがあったんです。もう、夢でも見るように、心の底から好きになってしまった方でしたから、『どうしよう、どうしよう』って、そればっかり。秋なんです。月が冴え渡って肌寒いくらいの風。だんだん夜が更けてくると、心は千々に思い乱れて、心細いったらないの。遠くに車の音が聞こえて『ああ、このお車に違いないわ』と胸がどきどきして。門の中に車がカラカラっと入ってくると、もういよいよ心は上の空。いっそ、みっともないくらいの急ぎようで、車に乗りましたわ。」
 一同、固唾を呑んで、小侍従の話に聞き入る。

「さて、そのお方のお住まいに行きついて、車が車寄せに停められると、御簾の内から薫物の香りも素晴らしく、やわらかな着物をお召しになって、そのお方が出ていらっしゃいましたの。車の簾を手ずから持ち上げて私を下ろすだけでも、たいへん慕わしく思ったものですが、それだけじゃない、立ったまま着物の上から私をギュッと抱きしめて、『ずいぶん遅かったな』などとおっしゃるんです。もうその時の気持ちなんて、言葉では言い表せないくらいだったもの。」
 ふむふむ、ナットク。

「しんみりと睦言を交わしているうちに、秋の夜長といってもあっという間です。遠くには暁の鐘。もう小鳥さえ鳴き始めます。睦言もまだ尽きないまま、心細い気持ちでお別れなの。朝の霜よりももっと頼りない感じ。車を近づけてくる音がすると、魂でも抜けてしまったようになって、ぼうっとしたまま帰ってきたんです。」
 そうでしょうなあ。

「帰ってからもう一度寝られれば、飽かぬ名残を夢にも見られるでしょうが‥‥、眠ることもできません。ただ、とても珍しい薫物の移り香だけが、二人の逢瀬の形見。思いに沈んで鬱々とするばかりでした。実はその夜、そのお方と衣を取り替えて着ていたんですけれど、そのお方ったら、朝、人を寄越して取り返すんですもの。移り香の思い出の品とまでまた別れてしまった私の心の内なんて、何とも申しようがありません。それはそれは、切ないものでしたわ。」

 この話を聞いて、法皇も人々も、 「それは、さぞ辛いことだったでしょう。ここまで話したからには、その相手の名前も言ってしまいなさい。」
と言うのであったが、小侍従は、
「そればかりはできませんわ。」
と強く断る。ところが法皇は
「それでは懺悔にならんではないか。」
と、どうしても聞こうとなさる。そこで小侍従、またふふッと笑って言ったものである。
「よろしいのですね? それでは白状いたしましょう。法皇様、覚えていらっしゃいません? ほら、法皇様がまだご在位のころ、あのかくかくしかじかの年・月のことですわ。某々を御使いにして、私をお召しになったじゃありませんか。まさか『知らぬ』とはおっしゃいませんわよねえ。申し上げたことに、何か間違いでもございまして?」
 一座はどっと沸き、法皇は恥ずかしさに居たたまれなくなって、逃げておしまいになりましたとさ。

後白河院の御所にして小侍従が懺悔物語のこと(古今著聞集巻第八好色 三百二十二)

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