娘とオオカミ

昔、摂津の国、能勢の大金持ちの庄屋さんが、このごろ、自分の持ち山の木が盜み採られるので、見回りに行っていると、奥から、

人影が近づいてきました。

岩影に隠れよく見回すと、これは医者の道越なので驚きました。

「まさか、道越様ともあろうお方が」

と思いましたが、その日はそのまま帰り、考えているところへ、あくる日、山番が駆け付けていったのです。

「庄屋様、また杉の林が一山ごっそり採られてしまいました。」

しかもその山は、昨日道越が歩いていた山なので庄屋はもう、道越に違いないとすぐに道越を訴え、道越は捕えられました。

しかし、道越は

「私は決して人の木など採りません。私が山を歩いていたのは、薬にする草や木を探しに歩いていたのです。」

と言い張ったのです。役人はこれを聞くと

「そんなことを言って逃げるつもりやろ。どうしてもそうやと言うのなら本当の盗人の捕えられるまで牢屋に入っとれ。

 もし、誰も捕えられなかったら、やっぱりお前さんに違いないからな」

とそう言って道越を牢屋へ入れてしまったのでした。

ところで、この道越の家には妻と一人の娘がいました。娘は、大変お父さん思いでお父さんのことを思うともう悲しくてなりません。

ちょうど夏でしたので、娘は自分達だけが蚊帳のなかで寝ているのがお父さんに悪い気がして、蚊帳も吊らないで寝ました。

そのうちに夏は過ぎ、秋になり、冬になりましたが、やはり、お父さんは帰ってきません。娘はもう、身も世もなく泣き崩れて

「こうなったうえは、観音様におすがりするより仕方がない」

神山(こやま)という山にある観音様へ三七日の願を掛けることにしました。

能勢の冬は寒くて体がそのまま土に凍り付いてしまいそうです。

娘はその凍り付くような冬の夜更けを毎晩、高い石段を昇り、願を掛けました。

そして、いよいよ二十一日の最後の晩になりました。娘は

「今日で満願になるんや。どうか、お父様の罪が晴れますに。」

それこそ一心に心のなかで祈りながら、石段の下まで行って、ふと、上を見上げたのです。



すると、石段の途中に、大きなオオカミが目を光らせて娘を見下ろしています

娘は腰を抜かすほど驚きました。

といって、今日のお願いをせねば今まで二十日の間お願いしたことが無駄になります。

決心した娘は、目をつむり、観音経を唱えながら一段一段と石段を登っていったのです。

すると、無事に観音堂の前に辿り着いたので目を開くと、オオカミはもういません。娘は夢かと喜んで

「どうか、お父様が無実であります様に」

と、観音様にお願い致しました。

すると、どうでしょう。そのころ獄中の道越の足を縛っていた鎖が、手も触れないのにぷつりと切れたのでたいそう驚き、

「そうや。これはきっとわしが無実であることが、天に届いたのに違いない。」

とそう思ったのです。そして、そのとおり間もなく本当の盗人が捕まって、道越は許されて、家に帰ってきたのでした。

こうして道越の家には、再び、一家揃って楽しい月日を送ることができるようになったのです。

    

おしまい