やっぱり、ずん生。

・・・どっかのビールのCMみたいなタイトルではじまりましたが(笑)先だって、姿月あさとさんのソロ・コンサートへ行ってまいりましたので、その感想なんぞを。

今回のコンサートは、姿月さんの好きなミュージカル・ナンバーを歌うというのが主なコンテンツだったのですが、わっちゃ、歌舞伎は見ていてもミュージカルつーのはまるっきり見たことがないので、大半が知らない歌(あちゃ・・・)
んでも、一曲一曲の歌詞に気持ちを込めた姿月さんの歌を聴いてたら、じわっと涙なんかも出ちゃったりしましたもんね。『オペラ座の怪人』(見てないので知らないのだが)の「The Music of the night」の超低音から心地よい中音の伸び、高音に至るまでスンバらしかったし、『レ・ミゼラブル』(これまた見ていないので知らないのだが)の「Bring him home」は泣けましたし、最後の
「祈り」のサビの部分に至っては鳥肌ものでしたね。
あれは生でないと、その素晴らしさが伝わらないだろー、おそらく。TVじゃ、あまりの音量に、音響さんの耳がおバカになるかもしんねぇ。んでもって、音量を絞られちゃった日にゃ素晴らしさ半減、感動はそのまた半減になるかも。。。なんてことを思ったりしましたね。絶対に、生で聴くべきです。
さらにさらに、今回すごかったのは、アンコールで『エリザベート』(これはさすがに知ってるよ〜)の
「愛と死の輪舞」を歌ってくれたことです。もちろん生で聴くのははじめて。イントロが流れた瞬間、そりゃもー、めちゃくちゃ興奮しましたよ〜〜〜! 姿月さんの表情が変わり、すっとトート閣下におなりあそばしたのがわかりましたもん。そして、ものすごーく感情のこもった力強い歌声・・・いやーーー、もーーー、何ちゅうたらいいんでしょうね、、、言葉もなし。。。最高でした。

てな具合で「えかったーーー!」というひと言で終わっちゃうコンサートだったわけですが、あえて御託を加えるならば、表題にも書いた「やっぱり、ずん生」ということで、改めて、姿月あさとさんという方は正真正銘「舞台の人」だと思った、ということかな。
ちなみに「舞台の人」とはどーいうことか?と言いますと、わっち的には
「生がいちばん映える人」「生でいちばん輝きを放つ人」というような意味合いでして「お芝居の人」というような意味では決してありません。念のため。
ミュージシャンは誰でもそうでしょうが、ま、ライブとゆーものをします。あまたいるミュージシャンの中には、ライブを見てガッカリしちゃう方も少なくありませんよね? 「こんなんだったら、家でCD聴いてる方がいーや」というやうな。。。
昨今の編集機能はやたらとすごいじゃないですか。なんせデジタル処理できるから、ちょっとぐらい音程がぐらついても、何テイクも録った中から、ちゃんと歌えてるところだけピックアップして繋ぎあわせることだってできるし、音をいっぱい重ねることだって楽勝なわけですね。ある意味、CDが「完成品」ですね、ミュージシャンにとっては。
そうすっとライブは、言っちゃー何だがグリコのおまけで、歌ってる姿、演奏してる姿をお見せする、ま、イベントだったりすんですね。大好きなミュージシャンと同じ時間・空間を共有することで感動するでしょー、ほらねー、とゆーイリュージョンも見せてくれちゃったりするわけですよ。
だいたい人が多く集る空間ってのは、それだけで祝祭空間になっちゃうので、多少は間引きして観た方が正当な評価ができるってものなんですけども、姿月さんの場合、生になると、これほどにスゴイ!とは・・・。
いやーーー、ほんと、すごかった。。。
姿月さんのCDを聴いて、いまいち・・・なんつーことを思っておりましたが、すまん! 見誤っておりましたよ、
姿月先生、あなたは何と素晴らしい

わっちゃ歌舞伎好きってこともあるせいかもしれませんが、生の舞台にすごーく魅力を感じるんですね。何度も何度も撮り直して、いちばんいいシーンをつくり作品を組み立てていくという映画もそれはそれで好きだし、例えばビスコンティやグリーナウェイみたいに完璧なる美空間・構造美をつくりあげるアート系監督なんかも好きだけど、やっぱり舞台が好き。
一回こっきりの人生と似ているからかもしれない・・・ですね。
そういう、毎日が一回こっきりの舞台に全身全霊を傾けている人は美しい、と思います。
もちろん映画俳優さんが全身全霊を傾けていないとは思っていません。たしか『エリザベス』でエリザベスを演じたケイト・ブランシェットだったか誰かが、映画で何テイクも撮るときに、テイクごとに相手の役者さんの表情だったり、微妙な間合いだったりで毎回演技が変わってくるみたいなことを言っていましたから、映画俳優さんも毎テイクごとに一回こっきりの人生を生きているのでしょうし。ただ、舞台は撮り直しがきかない。そこが最大の違いかな、と。
映画は監督のものでもありますしね。舞台には演出家はいるけど(歌舞伎はいない)、幕があがったらあとは役者次第。誰も助けちゃくれねーよとゆー、せっぱ詰まった感が好きなのかも。フットボールも同じですね。監督はいてもピッチの上では選手にすべてが委ねられている。委ねられた方としたらシンドイだろうなぁ。。。とも思いますけどね(笑)でも生きる甲斐があるでしょー、きっと。

姿月さんは、たぶん、一回こっきりの生に全身全霊を傾ける人ではないか、と思います。
美しいです。やっぱり「ずん生」がいちばんです。

(2003/05/19)

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