【歌舞伎の名ぜりふ】


弁天小僧(青砥稿花彩画、浜松屋の場)

知らざぁ言って聞かせやしょう
  まさご            ぬすっと
浜の真砂と五右衛門が歌に残した盗人の
              しらなみ
種は尽きねぇ七里が浜 その白浪の夜ばたらき
                ちご
以前を言やぁ江の島で年季勤めの児が淵
ひゃくみ    まきせん    こざら いちもんこ
百味講で散らす蒔銭をあてに小皿の一文子
     さいせん                    かみ
百や二百と賽銭のくす銭せぇ だんだんに 悪事はのぼる上の宮
   こうちゅう まくらさが
岩本院で講中の枕捜しもたび重なり
 てながこう ふだつき                 わかしゅ つつもたせ
お手長講の札付にとうとう島を追い出され それから若衆の美人局
       てらじま       じい       こわいろ
ここやかしこの寺島で小耳に聞いた祖父さんの 似ぬ声色でゆすりたかり
   ゆかり
名せぇ由縁の弁天小僧菊之助たぁ俺がことだ

※音羽屋の血筋(菊五郎、菊之助、勘九郎)以外が演じる場合は、「音羽屋の」となるみたい。



白浪五人男のツラネ(青砥稿花彩画、稲瀬川勢揃いの場)
                             えんしゅうはままつざい
日本 駄右衛門:問われて名乗るもおこがましいが、生まれは遠州浜松在
                      なりわい
        十四の年から親に放れ、身の生業も白浪の沖を越えたる夜働き
                           かけがわ  かなや     しゅくしゅく
        盗みはすれども非道はせず、人に情を掛川から金谷をかけて宿々で
              たかふだ     はいふ たらいご
        義賊と噂 高札にまわる配付の盥越し
                きょうがい    
        危ねぇその身の境界ももはや四十に人間の定めはわずか五十年
        ろくじゅうよしゅう             
        六十余州に隠れのねぇ 賊徒の首領 日本駄右衛門
                        ちご
弁天小僧菊之助:さてその次は江ノ島の岩本院の児あがり、
                ふりそで  まげ 
        ふだん着慣れし振袖から髷も島田に由比ヶ浜、
                          つつもたせ
        打ち込む浪にしっぽりと女に化けた美人局、
                  こぶくろざか
        油断のならぬ小娘も小袋坂に身の破れ、
              たつ くち 
        悪い浮名も竜の口 土の牢へも二度三度、
               
とりいかず      うじこ
        だんだん越える鳥居数、八幡様の氏子にて鎌倉無宿と肩書きも


         島に育ってその名さえ、弁天小僧菊之助。
              ひけ                  がき       
忠 信 利 平:続いて次に控えしは月の武蔵の江戸育ち、幼児の折から手癖が悪く、
        ぬけまい                    さいごく
        抜参りからぐれだして旅をかせぎに西国をまわって首尾も吉野山、
               おおみね
        まぶな仕事も大峰に足をとめたる奈良の京、
         ごう       てらでら ごうか                みたけ つみとが
        碁打ちと言って寺々や豪家へ入り込み盗んだる金が御嶽の罪科は、
         けぬけ    ふたえみえ
        蹴抜の塔の二重三重、重なる悪事に高飛びなし、後を隠せし、
            おなめぇがた
        判官の御名前騙りの忠信利平。
               つら            ちゅうごしょう こしゅ      きりど
赤 星 十三郎:またその次に列なるは、以前は武家の中小姓、故主のために切取りも、
          やいば     とがみがはら        と
        鈍き刃の腰越や砥上ヶ原に身の錆を磨ぎなおしても抜き兼ねる、
             ふかみど やなぎ  やつしちごう はなみずばし
        盗み心の深翠り、柳の都谷七郷、花水橋の切取りから、
         いまうしわか                  つきかげがやみこしがたけ
        今牛若と名も高く、忍ぶ姿も人の目に月影ヶ谷神輿ヶ嶽、
                              ほしづきよ
        今日ぞ命の明け方に消ゆる間近き星月夜、その名も赤星十三郎。
                ひけ     しおかぜ         そなれ    まが
南 郷 力 丸:さてどんじりに控えしは、潮風荒き小ゆるぎの磯馴の松の曲りなり、
                            よぶね       ふなぬすびと
        人となったる浜育ち、仁義の道も白川の夜船へ乗り込む船盗人、
                  しらは           しょ         つみとが
        波にきらめく稲妻の白刃に脅す人殺し、背負って立たれぬ罪科は、
               とらがいし
        その身に重き虎ヶ石、悪事千里というからは
            しま  き  そら         しぎたつさわ
        どうで終いは木の空と覚悟はかねて鴫立沢、しかし哀れは身に知らぬ
           きれ
        念仏嫌えな南郷力丸。



お嬢吉三(三人吉三廓初買、大川端の場)

 おぼろ しらうお かがり かす
月も朧に白魚の 篝も霞む春の空
             こころもち
つめてぇ風もほろ酔いに 心持ちよくうかうかと
   がらす          けぇ
浮かれ烏のただ一羽 ねぐらへ帰る川端で
さお しずく ぬれて あわ
棹の雫か濡れ手で粟 思いがけなく手に入る百両

ほんに今夜は節分か
              よたか
西の海より川のなか 落ちた夜鷹は厄落とし
まめだくさん
豆沢山で一文の 銭と違って金包み

こいつぁ春から縁起がいいわぇ



与三郎(与話情浮名横櫛、源氏店の場)

      ごしんぞ
与三郎:え、御新造さんぇ、おかみさんぇ、お富さんぇ、
    いやさ、これ、お富、久しぶりだなぁ。
お 富:そういうお前は。
与三郎:与三郎だ。
お 富:えぇっ。
与三郎:おぬしぁ、おれを見忘れたか。
お 富:えええ。
              あだ
与三郎:しがねぇ恋の情けが仇 命の綱の切れたのを
              きさらづ          みとせご
    どう取り留めてか 木更津から めぐる月日も三年越し
                             やつしちごう
    江戸の親にやぁ勘当うけ よんどころなく鎌倉の 谷七郷は喰い詰めても
    つら         きず             よぞう
    面に受けたる看板の 疵がもっけの幸いに 切られ与三と異名をとり
    おしが ゆすり            じでぇ げんじだな
    押借り強請やぁ習おうより 慣れた時代の源氏店
            くろべぇ 
    そのしらばけか黒塀の 格子造りの囲いもの
             とみ    しゃか
    死んだと思ったお富たぁ お釈迦さまでも気がつくめぇ
               たっしゃ
    よくまぁ おぬしぁ 達者でいたなぁ
              いちぶ    けぇ
    安やい これじゃぁ一分じゃぁ 帰られめぇじゃねぇか



清心(花街模様薊色縫、百本杭川下の場)

しかし、待てよ。今日十六夜が身を投げたのも、
またこの若衆の金を取り殺したことを知ったのは、
お月さまとおればかり。
人間わずか五十年、首尾よくいって十年か二十年がせきの山。
つづれをまとう身の上でも金さえあればできる楽しみ、
同じことならあのように騒いで暮らすが人の徳。
ひとり殺すも千人殺すも、取られる首はたったひとつ。
とても悪事をし出したからは、これからは夜盗家尻切り、
人の物はわが物と栄耀栄華をするのが徳。
こいつぁめったに死なれぬわぇ。



揚巻(助六由縁江戸桜)

こりゃ意休さんでもない、くどいこと言わんす。
お前の目を忍んでな、助六さんに逢うからは、
客さん方のまんなかで、悪態口はまだなこと、
叩かりょうが踏まりょうが、手にかけて殺さりょうが、
それが怖うて間夫狂いがなるものかいなぁ。
慮外ながら揚巻でござんす。
男を立てる助六が深間、鬼の女房にゃ鬼神がなると、
今からがこの揚巻が悪態の初音。
意休さんと助六さんをこう並べて見た所が、
こちらは立派な男ぶり、こちらは意地の悪そうな顔つき。
例えて言おうなら雪と墨。
硯の海も鳴戸の海も、海という字にふたつはなけれど、
深いと浅いは間夫と客。間夫がなければ女郎は闇。
暗がりで見ても助六さんと意休さんを取り違えてよいものかいなぁ。
たとえ茶屋舟宿の異見でも、親方さんの詫び言でも、
小刀針でもやめぬ揚巻が間夫狂い。
さぁ、切らしゃんせ。
たとえ殺されても、助六さんのことは思い切れぬ。



風鈴お姫、実は桜姫(桜姫東文章)

権助:お姫や、またお帰りか。よく鞍替えに出るの。てめぇも判人のためになる女だ。
桜姫:判人衆のためにゃなるが、亭主のためには、わらわはならぬかえ。
   コレ、自らが鞍替えより、アレ、あの女はどこから連れて来たのだ。
   コレ、口はばったいこったが、主の下っ端と決まったおなごは、
   自らよりほか、この日の本にふたりとあっていいものかな。
   そのうえにまだいとけなき、見りゃアあの女の子が、とっけもねぇ、
   お乳や乳の人に抱かせて、養育あらばイザ知らず、自らなぞは子供は嫌いだよ。
   エエ、しみったれな。好かねぇ事を、よしねぇな。
権助:勘六どんや。ちっとのうち行ってる間に、せりふはよっぽど仕込まれたと見えるが、
   どうしてもまだお姫様が抜けねぇわえ。
勘六:そのはずだわな。根が生まれが生まれだから、どこぞの曲がり角にゃぁ地金が出るのよ。

権助:コレかかァや。ほんに久しぶりで帰ったの。コレ、酒も一升貰ってある。
   未だ日が暮れねぇが、寝仕度をしておこうか。
桜姫:よしねぇな。今夜は自らばかり寝所に行って、仇な枕の憂いものう、ひとり寝が気散じだよ。
権助:コレ、かかァ、てめぇ煩かろうが、この捨て子も、
   てめぇの夜具の裾へでも入れて寝かしてやらねぇか。
桜姫:エエ、よしねぇな。そんなしみったれたものは、自らは好かねぇわな。
権助:てめぇもよく自ら自らと聞いて呆れるわ。
   コレ、かかァ、先に聞いたが、てめぇの所へ化け物の客が上がるというじゃあねぇか。
桜姫:エエ、よしねぇな。化物話はよしてたも。