粋なクロベエ
向田邦子さんのエッセイに「眠る盃」というのがあります。
春高楼の花の宴 めぐる盃♪と歌うべきところを、向田さんはずーっと
眠る盃♪と思い込んだまま歌い続けていた、というお話しです。
似たような覚えは誰にもあるでしょう。わっちもあります。それが「粋なクロベエ」。わっちの場合は、こどもの頃に耳にしたことがある春日八郎さんの「お富さん」を、
ずーーーっと長いこと、神田明神の祭かなにかを背景にした男と女の歌だと思い込んでいました。
どこが祭なのかって? だって、こんな風に覚えちゃったんだもん。
粋なクロベエ 神輿の祭 アダ名姿の洗い髪
死んだはずだよ お富さん
生きていたとは お釈迦様でも 知らぬ仏の お富さん
エーッサエー 縁ヤーだなー
「エッサエー」の掛け声も勇ましく、お神輿をかついだ粋なクロベエさん。
なんつーアダ名かはわからんのだが、なぜか洗い髪のお富さんとばったり出くわしちまった。
「やっ、おめー、生きてたのかっ?!」
「あい」
「てっきり死んじまったとばかり思っていたに・・・」
(・・・ちぇ。まさか、こんなとこで逢おうとはよー。縁があるってのもヤダなー)
ね? 筋とおってるでしょ?(笑)
だから、寸分の疑いも抱いちゃいなかった。でも実際は違ってたんです。
正しい歌詞はこんな具合。
粋な黒塀 見越しの松に あだな姿の洗い髪
死んだはずだよ お富さん
生きていたとは お釈迦さまでも 知らぬ仏の お富さん
エーッサエー 玄冶店(げんやだな、と読む)
この「お富さん」、歌舞伎の超有名演目「与話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)」の
一場面である「源氏店(げんじだな)」を歌にしたものだったんですねー、実は。
クロベエというのは、クロベエさんという人名なんかじゃなくて(笑)
黒塗りの板塀のことで、その黒塀の向こうに松が見えると歌ってるんですねぇ。
にわかに雨が降りだして、蛇の目の傘を手に、艶っぽい洗い髪の女が風呂屋から帰ってくる。
その女がお富さんで、ここから芝居がはじまる、というわけ。
やがて、お富さんが住む黒板塀の家に、体中に刀キズをもつ男が強請にやってくるんですが、
その男というのが、かつてお富さんと浮名を流した与三郎。
許されざる恋の末にメッタ切りにされ九死に一生を得た与三郎の方は、
お富は死んだものと思い込んでいたんですね。
ところが、よその男の妾になって、しゃぁしゃぁと生きていやがった・・・。
そこで口をついて出てきたのが、「しがねぇ恋の情けが仇」ではじまる名せりふ。
その最後の方に「死んだと思ったお富たぁ お釈迦さまでも気がつくめぇ」という言葉が。
つまり「お富さん」の歌詞は、実は舞台を“見たまんま”なんですよ。
いわゆる“写実”?(笑)
どれだけ写実かは、実際に舞台をご覧になってみてくだされ。
「ありゃま、ほんとだ、まんまじゃん!」とビックリされること間違いなしです。
でも、若い方のほとんどが「お富さん」の歌を知らないかもしれませんね。
そういう方は、身近にいるお年寄りに聞いてみてください。十中八九はご存知のはず。
日本全国知らぬ者はない、というくらい大ヒットした曲ですから。
「えーっ、歌舞伎を歌ったものが?!」って驚いちゃう?
そうですよねー。そっちの方が、よっぽどビックリといえばビックリですよね。
でも事実なんですよー。
歌舞伎掲示板の方にいらっしゃるキョーソクさんによれば、
作曲の方が沖縄出身ということもあり、沖縄音階を取り入れてるとか。
そうした曲調が受けたのかもしれませんが、
みんなが知ってる歌舞伎の有名演目を題材にした歌だったから大ヒットしたのかも。
「遅かりし由良之助」と似た社会的風土があってのことだと思います。
(2000・10・15)