かみかけてさんごたいせつ
盟三五大切

【見どころ】
そりゃもう、殺し場ですな。五人切りの場もさることながら、
やはり目を覆うばかりの凄惨さということでは源五兵衛小万殺しの場でしょう。
忠義を捨ててまで惚れた女に裏切られた男の凄まじいばかりの怨念の噴出は、
女の手に刀を握らせ赤ん坊を殺させる残虐なシーンに発展します。
それから、わっちがいちばん唸ったのは、
小万殺しの後で、源五兵衛が何事もなかったかのように食事をする場面。
それも打ち落として持ち帰った小万の首と差し向い
ここはね〜、スゴイよ、ほんと。
茶漬けの茶を小万の首にぶっかけるとこなんて、
複雑な思いが源五兵衛の胸中にはあるはずで、今度見る機会があったら、
その表情をかぶりつきで見てみたいと思っている場面です。
ストーリー的には、いわゆるすれ違い(ドラマ仕立ての王道ですな)が多すぎて
ちょっとヲイヲイな感じもありますが、そんなこたぁ些細なことと
吹っ飛ばすくらいのインパクトが大詰にあり、
唸ったまま劇場を後にするという感じ。ぜひ一度ご覧あれ。

【あらすじ】
深川芸者の小万笹野屋三五郎のふたりは実は夫婦。
三五郎は、近ごろ小万にご執心の薩摩源五兵衛に焼きもちをやきながらも、
せいぜい金を絞り取れと小万をけしかける。

「深川大和町」
薩摩源五兵衛、実は塩谷浪人の不破数右衛門。
その浪宅に、同僚を連れてやってきた小万の腕に五大力の文字。
源五兵衛への心中立てで彫ったものだと言う小万がますます愛しい。
そこへ、やはり塩谷浪人で伯父の富森助右衛門百両を持ってやってくる。
塩谷家に仕えていた頃に御用金を盗まれ勘当になっていた源五兵衛は、
仇討に加わりたくて、金を償うことで勘当を許してもらおうと思っていたのだ。
調達した金を一刻も早く大星由良之助に届けるよう言い置いて帰る助右衛門。
入れ違いに、小万から百両の話を聞いた三五郎がさっそくやってきて、
源五兵衛を言葉巧みに誘い出すのだった。

「二軒茶屋」
三五郎に誘われて源五兵衛が出かけた先は深川の伊勢屋
この一室で、小万身請け話が繰り広げられていた(とうぜん芝居ね)
百両で身請けするという相手に、小万は例の五大力の彫り物を見せ、
自分は源五兵衛の女房だと言う。こうまですりゃ源五兵衛が金を出すかと思えば、
伯父との約束もあるから自重気味で歯切れが悪い、金離れも悪い。ちぇ。
見放されたとあっちゃぁ死ぬまで、と自害しようとする小万。
ここに至って、ついに懐から百両を出す源五兵衛。へへ、しめしめ。
小万を妻として連れて帰ろうとする源五兵衛の前に立ちはだかったのは三五郎。
亭主と手を切らなきゃ連れてはいけねぇよ。小万は俺の女房だ。
だまされたと知って憤り、いったんは三五郎を切ろうとした源五兵衛だったが、
女の色香に迷ったおのれを恥じ、怒りを胸に帰っていく。

「五人切」
三五郎小万を連れ、身請け芝居を演じた悪ダチの家に泊まりにきていた。
小万は源五兵衛をだましたことが気の毒でならないが、三五郎は
そんな小万の腕の五大力の彫り物に針を加えて三五大切とし、満足の笑み。
だが、みなが寝静まった夜中、源五兵衛が仕返しにやってきた。
丸窓を破って入り、階下に寝ていた男女を殺したところで、
二階に寝ていた小万と三五郎は気配に気づき、間一髪で難を逃れる。
源五郎は手当たり次第に五人を殺したが、目当てのふたりは取り逃がしてしまった。

「四谷鬼横町」
幽霊が出るという古びた長屋へ引っ越してきたのは、小万三五郎の夫婦。
その門口で念仏を唱える者がいる。三五郎の父親、徳右衛門だった。
不破数右衛門(って実は源五兵衛じゃん!)に仕えていた徳右衛門は、
盗まれた金を償うことで主人を仇討の一味に加えてもらうべく画策していたのだ。
その父親に、源五兵衛からだまし取った百両を父親に差し出す三五郎。
父親は、さっそく、その金を主人に届けると出かけていく(ヲイヲイ・・・)
入れ違いに酒を持ってやって来たのが源五兵衛(あらら)
恐ろしい来客に、小万も三五郎も腰が引けて、歯の根もあわない。
しかし、源五兵衛は小万のことは思い切ると言い置いて帰っていった。
いつ殺されるかとビクビクしていたふたりは、ほっと一安心
夜中になって起きた幽霊騒ぎの中で、三五郎は高師直の館の絵図面を見つける。
これがありゃ役にたつから譲ってくれと、小万の兄で家主の弥助に頼むが断られる。
やがて、その弥助が御用金強奪の犯人(!)であることが発覚するが、
突如として苦しみ出す。どうやら源五兵衛が持ってきた酒に毒が入っていたらしい。
やはり遺恨を持っていたのか・・・。が、今はそれどころじゃない!
弥助が高家にこのことを訴えると行きかけるので、三五郎はやむなく出刃でブスリ
そこへ徳右衛門が戻ってきて、自分の家で三五郎をかくまうことに。
しばらくして源五兵衛が舞い戻ってきた。毒酒の成果を確かめに来たのだ。
生きていた小万への恨みを並べ立て、小万をいたぶり、なぶり殺し
ついには赤ん坊までも小万の手に刀を握らせ殺してしまう。
源五兵衛は小万の首を布に包んで懐に入れると、雨の中へと出ていった。

「愛染院門前」
ここは三五郎の父親の住み家となっている愛染院
そこへやってきた源五兵衛は懐から小万の首を出すと机に置き、
差し向いで食事をはじめる(複雑な思いが胸にあっての演技だと思うんだよね〜)
ほどなく徳右衛門が戻り、絵図面を源五兵衛に渡すのだが、
源五兵衛はもう夢は諦めたと、おのれの悪事の数々と仔細を打ち明ける。
ややっ! 三五郎というは、そりゃ我が息子! げっ!
ここに至ってはじめて、三五郎が実は自分のために働いていたことを知る。
死のうとする源五兵衛。その時、室内に置いてあった樽の中から声が。
なんと三五郎が出刃包丁で自らの腹を切っていた。
すべてが元凶は自分と小万。源五兵衛の殺しの分も自分が罪を負うから、
仇討の一味に加わって欲しいと苦しい息の下から訴える。
折しも、夜討ちの装束に身を固めた浪士の面々が、源五兵衛を迎えに来た。
いよいよ討ち入り。
源五兵衛は義士の数右衛門として門出するのであった。

【うんちく】
文政八年(1825年)初演。作者は四世鶴屋南北。
評判を呼んだ「東海道四谷怪談」から十日もたたないうちに書かれたもので、
やはり「忠臣蔵」の外伝的な内容で「四谷怪談」の後日譚でもある。
「四谷怪談」のパロディ的な要素もあり、大詰の幽霊が出るという長屋は
民谷伊右衛門が住んでいたことになっているし(となりゃ、とうぜん出る幽霊はお岩)
三五郎の父親はお岩稲荷建立の勧進に回りながら塩谷浪士と会っているという設定。
最後に三五郎が出刃包丁で切腹して果てるのも、
「四谷怪談」の直助権兵衛の最期の場面を取り入れたものだとか。
また、人気狂言の「五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ)」を
作者の並木五瓶自らが書き改めて数カ月前に大当たりを取ったばかりの
「略三五大切(かきなおしてさんごたいせつ)」という狂言を、
南北流にさらに書き替えたものでもあるという。
「四谷怪談」以上の大当りを取るために思いついた趣向だろうという話だが、
加えて前の年に実際に起こった連続殺人事件も盛り込んであるとかで、
「これでもか、これでもか」のパワープレーを見るが如き。
もちろん、人気戯作者の苦労は並大抵じゃぁないだろうと想像しつつも、
冷酷な人殺しが、最後に義士のひとりに加えられ、
忠義の士と賛えられることになることの皮肉は痛烈で、やはり南北。
・・・ではあるが、個人的にやぁ、最後のまとめは不要な気もするのだが。
にしても、大したたまげたじじいだ、と感心しきりである。